番外5 セルカの災厄 前編


2023年もあとわずか。ということで、年末特番(?)です。

わけあって、本編時間軸より少しだけ先の話となります。

皆さま今年もありがとうございました。

良いお年を。そして来年もよろしくお願いいたします。


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以下本文



「どうした、セルカ。ホームシックか?」


 どこからか漂う花の香りに気を取られた隙に、プリムの木剣が一閃しセルカの手から稽古用の模擬刀を弾き飛ばす。


 鈍い打撃音を残して宙を舞った木剣は、鋭く回転して女子寮裏口近くの地面にドスンと音を立てて突き刺さった。


 軽々と振り回している二人の木剣だが、実は見た目以上に重く物騒な得物だ。


 だがそれを真に理解できる者は、近くにいない。

 同じ寮に詰めるメイドたちが仕事の合間に二人の手合いを眺めながら、雑談に興じている。だが、彼女たちには魔法や武術の心得など、まるでない。



「ほんと、あんたたち二人は暇さえあればそうやって剣術ごっこで遊んで。少しはこっちの面倒な仕事も手伝って欲しいわ」

 メイドの一人が、痺れた手を振りながら剣を拾いに来たセルカへ声を掛ける。


「うちのお嬢様は、おたくのご主人様のような我儘を言わないからね。それに、集まっておしゃべりしている暇があるのなら、もっと熱心に働きな!」

 木剣を肩に担ぎ、立ったまま一休みするプリムが、セルカの代わりに答えた。


「そりゃアリス様みたいな規格外の神童とは、一緒にできないよ」


「だからこそ、私たちもこうして鍛錬を続けないとクビになるのさ。あんたたちみたいな、お気楽メイドとは違うんだよ」

 今はプリムと名乗っているプリスカが、大袈裟に両手を広げて見せる。


「それにしてもそんなに鍛えて、一体あんたたちは何と闘うつもりなんだい?」

「さあ?」


「だってアリス様はこの間の野外教室で、引率の教師や護衛の冒険者も逃げ出した怪物を、たった一人でやっつけたって言うじゃないか?」

 五年生の貴族令嬢に仕える中年女が、目を大きく開けて二人を見る。


「その噂、本当なのかい?」

「だって、うちのお嬢様は岩のように大な虫と、キャンプ地にできた大穴を実際に見たって言うし。帰っていらしても、その晩はベッドで震えていたわ」


「そういや、アリス様はクラウド殿下の婚約者候補の筆頭らしいね」

 話が二人の望まぬ方向へ、どんどん膨れていく。


「いやいや、幾らなんでもそれは。怪物を倒したのは、護衛騎士の魔法でしょう。アリス様でも、それは無理ですよ」

 剣を手に戻ったセルカが、笑って否定する。内心では、泣きたい気持であった。


 何しろ二人は学園では決して目立たぬようにと、きつくアリスから言われていた。


 せっかく半年の間耐えて、どうにか貴族の侍女として恥ずかしくない程度の仕事や作法を身に着けたのだ。


 それなのにアリス本人が入学以来、次々と大小の事件を起こしては目立っている。

 その度に、こうして他の侍女たちの噂話を聞いては、火消しに回っているのだから。



 漁師をしていた両親を海で失ってから、セルカと兄シオネの幼い兄弟は、海辺の家に残り二人だけで暮らすことを選んだ。


 二人に手を差し伸べたのは、海の冒険者と呼ばれる傭兵団をまとめる男だった。


 兄のシオネは魔法で強化した体術で、巨大な銛を魔物に打ち込み戦う。


 妹のセルカは図抜けた魔法技術により、水上だけでなく水中を移動する魔物の動きを捉え、魔法で攻撃ができた。



 セルカは昨夏初めて大型船に乗り込み、兄のシオネと共に海の冒険者として航海の警護に当たった。


 だが運悪く大嵐の後で魔物に襲われ、いよいよ船が沈むという時に近くを通りかかったアリスたち一行に救われた。


 あの日、遂に死を覚悟した海に突然現れ魔物を駆逐したフラムとプリムの強さにセルカは心打たれ、自らの弱さを思い知った。


 その後漂着した無人島でセルカはフラムを師匠として魔法を学び、プリムを先生と呼び剣を教わる。


 無事に船が大陸へ戻り魔法の師匠フラムが兄と結婚することになり、代わりにセルカがアリスとの旅に同行した。


 以来、セルカは必死に魔法と剣を学んでいる。



 初めて会った時にアリスは姫様と呼ばれていたが、本人は二十歳の商家の娘だと名乗っていた。


 その後彼女の本名はアリソンという、とある子爵家の次女であることが判明した。当時の年齢は六歳。この春には七歳になられたそうだ。意味が分からない。


 護衛の二人も、フラムはフランシスで、プリムはプリスカ、というのが本当の名であった。


 そしてアリソンが単なる貴族の娘ではなく、国王直々に特級魔術師爵という爵位を賜っていることも知る。

 従って、セルカ自身も今はアリソンに仕える家臣の一人らしい。


 しかしそのアリソンが、今は十歳の侯爵家の養女アリスとして王立学園に入学している。


 アリソン自身は先祖返りで生まれたハイエルフという種族で、知られている唯一人のエルフ族の王であり、今後千年以上もそれが続くだろうと……???



 更に言うと今の学園長もエルフで、実は百五十年前に文字通りこの学園を創建した人物なのだそうだ。


 その学園長が、入学式の後にアリソンへの忠誠を示している。


 加えてアリソンは光と闇の精霊ルアンナの加護を持ち、何体かの魔獣を使い魔として使役している。


 本当に、自分は何のためにここにいるのだろうかと、セルカは考え始めると止まらない。


「うん。考えたら負けだ」



 王都の冒険者ギルドには、プリスカの知り合いがいた。

 ネリンというその冒険者は一見すると普通の若い女性だが、実は遥か西にあるエルフの里から昨年やって来たばかりのエルフなのだった。


 年齢は八十歳を過ぎているというが、十代の若者にしか見えない。


 昨年秋から王都の侯爵家で貴族の従者となるべく学んでいた合間にも、セルカとプリスカはネリンの案内で何度か王都周辺の森へ魔物を狩りに行っていた。


 ネリンは弓と魔法の名手で、プリスカのような魔法剣士との相性が良い。


 セルカはその中間に位置する剣技を修行中の魔法使いで、三人揃うと面白いように魔物を倒せた。


 そうして得た臨時収入でセルカは魔術書を集め、新たな魔法を学んでいる。



 夏が近くなり、王室では何かの記念式典が催されるらしい。学園も連休となり、セルカとプリスカも主から三日間の休暇を貰った。


 そこでネリンを誘い久しぶりに魔物狩りに行こうと計画していたのだが、急な依頼が入りネリンは不参加となる。


 行先は、セルカが初めて入る洞窟であった。だが王都近郊に、危険度の高い迷宮はない。


 ネリンも二人の腕なら何の心配もないと言うので、三日間地下迷宮で思う存分に暴れるつもりであった。



「マップによると、ここは地下四層まである。私は三層までしか行ったことが無いが」

「最下層にはどんなボスがいるんですかね?」


 行先については、ネリンに任せきりだった。当日の朝、ギルドに預けられていたネリンの案内図を入手して二人で検討する。


 ギルドのテーブルで王都周辺の地図と迷宮内部の詳細な案内図を、二人は頭を寄せ合って見ている。


「ここは自然の洞窟に魔物が住み着いただけで、地下に迷宮のコアはない。だから、ボスもいない。ただ魔物が新たな穴に住み着くこともあり、今でも緩やかに拡大している、とある」


「それなら、このマップを当てにはできないんですか?」

「大丈夫、これが今年の最新版らしい」


「今年三つ星を獲得した最優秀モンスターは、どこにいるのでしょう?」

「そうだな、三層から下ならどこへ行っても結構楽しめそうだ」


「では、三層を目指しますか」

「そうだな。セルカが先行してくれ。私はマップを見ながら指示するから」


「はい。当分、先生の出る幕はないですよ」



 プリスカに前衛を任されはしたものの、元々海の冒険者であったセルカは、地下迷宮へ入るのが初めてだった。


 本来ならば、剣士のプリスカが前衛で魔法使いの自分が後衛となるのが普通である。


 それだけ自分の剣が信頼されているという嬉しさの反面、試験に臨む生徒の気分で緊張感もあった。


(もしかして、私に背中を預けるのがまだ不安なのかしら?)



 元は自然の洞窟だが長い年月魔物の巣となっているので、内部には迷宮と同じような魔力が蓄積されているらしい。


 入口付近には冒険者たちが長年使う灯火類が壁や天井を照らしていて、迷うことはない。


 更に奥へ入ると、魔力により発光する植物や虫の仲間が湿った内壁を覆い、完全な暗闇ではない。


 足元を照らすため灯火の魔法を使っているが、いざとなれば無くても戦えそうだった。


 入り組んだアリの巣のような洞窟を進み、様々な魔物を倒しながら進んだ。

 魔力を温存するため、魔物の多くは剣だけで倒す。


「どうです、先生。暇でしょ?」

「うん、まだ雑魚ばかりだが、ちょっと気になることもある」


「何ですか?」

「この最新版にも記載のない分岐や魔物が、幾らか出現している」


「それはちょっと嫌ですね」

「ああ。この先も気を引き締めていこう」


 もう一つ、二層に入って以降、他の冒険者の気配がまるでない。そんなものかと思いながらも、セルカは気になっていた。



 以前はプリスカも、ネリンのように王都を拠点として活動する冒険者の一人だった。この洞窟にも、何度か潜ったことがある。


 ネリンに貰ったマップはプリスカの記憶とほぼ変わらぬように見えたが、奥へ足を進めるとその印象が変わる。


 何よりも、魔物の密度が濃い。


 まるで長い間放置されていた迷宮のように、人に飢えた魔物が次々と襲い来る。


 一層では弱い魔物の群れを簡単に退けられたが、二層に入ると出現する魔物のレベルが格段に上がった。


 それでもセルカとプリスカの力であれば、まだ危険は感じない。実際、ネリンのマップとの違いは、ほんの僅かに思える。


 だが歩くごとに、その違和感は徐々に拡大していた。



 海では魔物との死闘を何度も経験したセルカだが、陸地では強い魔物と遭遇していない。


 何よりも、王都ではネリンとプリスカという強力な冒険者と組んでいる限り、最初から苦戦する要素は少なかった。


 今日は二人のパーティだが、セルカは自分が前衛で活躍できる分だけ充実感が大きい。


「先生、思ったより迷宮の魔物は多いんですね」

 行き止まりの狭い通路の奥にある小部屋でひと休みなしながら、セルカはプリスカを振り返る。


 だが、プリスカは難しい顔をしている。

「いや、今日の様子はおかしい。王都の近くでこれほど多くの魔物に遭遇するのは、初めてだ」


「だから、他の冒険者がいないんですかね?」


「いや、それは恐らくネリンが招集された急ぎの仕事に、多くの冒険者が駆り出されているせいだと思うが……」


「ああ、森の中で新しい魔物が出現しているという」


「そうらしい。離れた場所なので、近くに残る中級以上の冒険者は少ないのだろう」


「じゃ、今日は貸し切りで狩り放題ですね」


「ああ、でも無理をするな。三層の入口付近で様子を見て、マップとの違いが大きければ引き返すぞ」


「はい」



 中編へ続く



  

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