開花その58 精霊の呪い 後編



「この学園に来てから、エルフと獣人の登場率が高すぎだよなぁ……」


「姫様、おっしゃる意味がわかりませんが」


「いや、ちょっと言い訳をしたいなぁ、なんて……」


「ですから、誰に?」


 いや、ルアンナには関係ない。ただの独り言だよぅ。



 ファイが学園長に化けていられたのは、背格好が似ているエルフ同士であったからだ。最低限の髪や目の色、顔かたちなどを似せてローブなど纏えばどうにかなってしまう。


 ルアンナのように年齢性別まですっかり別人に変えてしまうようなことは、エルフにも難しいらしい。


 で、実はそのダークエルフもまた、二人と似たような背格好の女性らしい。


 まあ、エルフはみんな似たような美形だし、その分個性が薄いとも言えるが。


 だからその道のプロであれば、ファイや学園長に化けて何か細工をすることも難しくはなかったのだろう。


 彼女は王宮の信頼厚いエージェントとして、学園へ送られている。私とクラウド殿下の幻の婚約騒ぎだって、ひょっとしたら知っているのかも。


 面倒な奴が面倒なことをしているが、まだ敵と決まったわけではない。人の良いクラウド殿下に忠誠を尽くすのなら、そう悪い事も出来ないだろう。気分的に。


 ただ、あの突然行われた魔力測定は、完全に私への嫌がらせだよなぁ……


 ステファニー・バロウズ。やはり、ダークなエルフなのか?


 ちなみに、ハイエルフはダークエルフをも統べる王族という位置付けらしく、少し心が軽くなった。これでマウントが取れるぞ。いや、本当かな?



 それから二日後、呪われた当の貴族は容態が安定し、久方ぶりに王宮内の職場へ出勤したらしいという報告が入った。


 特に何も変わったことはしていないようだが、例の司祭が渡す薬が効いたようである。


「で、その貴族なんですが、姫様のおっしゃる通り、ちょっと難しい仕事をしていましたよ」


 パンダは余程プリちゃんが怖いのか、率先して危険な王宮へ侵入して、呪われた貴族の身上を調べて来た。


 王宮も簡単に魔獣の侵入を許すとは、警備がザルだね。ダークエルフ、恐るるに足らず。


「で、その貴族だけど」


「へい。家名をブリソネというその子爵の家は代々王国の財務畑に籍を置き、今は主に貨幣の流通に関わっているようでして……」


「まさか、こいつも隠し鉱山の関係者なのか?」


「さあ、ワイに探れるのはこの辺までです」

「いや、充分だ」


 この先は、誰かもっと王宮に近しい者を抱き込む必要がある。



 その後、ブリソネ子爵の容態が安定したことにより、嫡男のジャンもエマにきつく当たることは無くなった。


 同時に、メイとハースも元気を取り戻す。


 しかし、これは一時的な安定に過ぎないだろう。


「ルアンナ、その後の司祭の動向は?」

「それがどうも、行方不明なのです」


「いや、それって大丈夫かな。ブリソネ子爵はその司祭の薬が切れたらまた寝込むんじゃないの?」


「そうでしょうね。薬で一時的に症状を緩和しても、そう簡単に精霊の呪いは解けませんよ」


 これは、急いだ方がよさそうだ。


「ルアンナ、ブリソネ子爵から目を離さないで。きっと司祭の側から接触があると思うから」


「次は脅迫ですかね」


「恐らく、それが狙いでしょうね。嫌な話になって来たなぁ」



 その夜、私は再び学園長の隠れ家へやって来た。今回は、向こうから呼び出されたのだ。


「ステファニー・バロウズと個人的な会見を持ちました。先方も、是非姫様に協力したいと申しております」


「それで、謝罪は?」


 私としては、本人から直に謝罪を受けなければ、この胸のもやもやは収まらない気分だ。


「実は謝罪の品として、これを預かりました……」


 オーちゃんがおずおずと差し出した物は、赤い宝玉の付いたブレスレットである。


「これで手打ちにしろと?」


「いえ、姫様の信頼を戴くための証として、お納め願いたいと」


 私には鑑定の力が無いが、この品物からは深い魔力を感じる。


「ねえこれ、鑑定書はないの? まさか、呪われていないよね?」

 私はちょっと腰が引けた。ヘタレだ。



(姫様なら、大丈夫。手に取って、身に着けてみてください)

 ルアンナにそそのかされて、私は手を伸ばす。


 右手で取り、左の手首に着けてみた。


 私の魔力を受けて赤い宝玉が強く輝き、光が消えるとブレスレットも消えていた。なんだ、これは?


「ああ、やはり呪われていましたか」

「そのようですね」


 学園長とファイが、私を見て頷いている。


「呪いの腕輪?」

「はい。そのようですね」


「何を落ち着いているのさ。何とかしてよ!」


「大丈夫、精霊の祝福と呪いは、本来同じものなのです」


「どういうこと?」


「例の貴族が呪われた聖杯も、南の教会で聖水を満たされていた頃には、祈りを捧げる人々に祝福を与えていたでしょう」


「そうね」


「しかし、民を滅ぼした王国の末裔がそれに酒を注いで飲んだりすれば、呪われるは必然」


「なるほど。じゃこれは祝福を貰える腕輪なんだ」


「「……」」


「どうして、ここで黙るの?」


「いや、姫様は特にお変わりないですよね?」

「うん」


「そもそも、姫様を呪えるようなアイテムがこの世に存在するとは思えませんし……」

 二人とも、無責任だ。


「例の子爵だって、その日の夜中に突然苦しみ始めたって言うじゃない……」


(大丈夫です。そのうちきっと、姫様のお役に立つことでしょう)

 ルアンナが言うのなら、まあいいか。


「ルアンナが大丈夫って言ってるから、今日は帰る。クソ、覚えてろよ、ダークエルフめ」


「いや、姫様。まだ話の続きが……」


「明日になって私の身に何もなければ、聞く」

 私はそのまま寮へ帰った。



 翌日の昼休みに、学園長の私室にこっそりと呼び出された。


 地上の校舎内にある、執務室だ。


 部屋へ入ると、落ち着かなげに座っていたエルフが跳び上がるように立ち上がった。部屋にいたのは学園長と二人きりで、ファイはいない。


「姫様!」


 学園長やファイほどではないが、魔力の大きなエルフだ。私は不機嫌そうな顔でじっと見つめた。だって、お腹が空いているんだもの。


「今日はここへ食事を取り寄せました」

 オーちゃんが私の不機嫌そうな顔を見て、先にそう言った。


「はぁ、それならいいか」


「あの、申し遅れました。ステファニー・バロウズです。いつぞやは、大変失礼をいたしました」


 酷い怯えようである。


「学園長に何を言われたか知らないけど、そんなに怖がらなくてもいいでしょ!」

 私は、ますます不機嫌になる。


 そうか。こいつは私の行った悪行の数々を知っているのだな。魔獣を葬ったこととか、あれやこれやを。


 それでも、南の海での出来事は知るまい。


「本当にダークエルフなの?」


「はい。ほら、この瞳を見てください」


「え、ダークエルフって瞳の色が違うだけなの?」


「はぁ、それ以外に何か?」


 何かもっと禍々しくて悪そうな奴を想像していた。ゴメン。


 それから私たち三人は昼食を共にしながら、腹を割って話し合った。


 以前食堂で一緒に食事をした時には何も得るものが無かった。だが今日は本物の学園長も一緒だ。


 我々の共通の目標は、学園の平和であり殿下の安全であり、兄上の安心・安全である。共に手を取るに値する仲間であろう。


 中々有意義な食事会となり、私は満足だ。


 あ、でも肝心な事を聞きそびれた。他でもない、あの呪いの腕輪の件である。

 ま、いいか。何も起こっていないし。



 職場に復帰したばかりのブリソネ子爵が、再び仕事を休んでいる。そこへ薬を持った司祭が訪れた。


 苦しむ子爵を前に人払いをした司祭は、遂にその本性を現した。


 ルアンナによると、司祭は王国が扱う金貨の出所に興味があるようだった。


 子爵は自分の立場では知らないと言い張ったが、それならば知る者を教えろ、と食い下がる。


 何百年も聖杯に宿り続けた精霊の呪いは、教会の大司教でも破れない力を持つらしい。やがて呪いの力は家族にも及ぶであろう、と脅した上で薬を一包だけ置き、明日の夜また来るのでよく考えるようにと言い残し、司祭は去った。



「呪いは、本当に解けないの?」


「本人が罪を悔い、精霊に祈りを捧げなければ、それは難しいでしょう」


「他の精霊や教会の司教様でも無理という事?」


「そうですね。あとは聖杯に宿る精霊と話をしてみないと」


「話せないの?」


「はい。今は完全に呪いモードに入っているので、誰の話も聞きません」


「うわぁ、厄介だね」


「それに、今飲んでいる薬もやがて効かなくなるでしょう」


「どうして?」


「単なる対症療法ですから。次第に体が弱り、やがて死に至れば周囲の家族へと呪いは広がるでしょう」


「じゃ、その司祭にも治せないってこと?」


「恐らくは」


「酷いな」


「これ、もし子爵が死んで司祭が姿を消せば、それを売ったブレット商会の責任を問われそうだよね」


「どうでしょう。人間の考えることは判りません」



 とりあえず、学園長へ相談だ。


 その夜、地下の隠れ家へオーちゃん、ファイ、ステファニーが集まった。


「こんな場所があったとは……」


 ファイが後から連れて来たステファニーは、驚いて部屋を見回している。


「王宮への報告を含め、他言無用でお願いします」


「姫様のお仕置きが嫌でなければ、止めませんが」


 オーちゃんが付け加えた一言でステファニーは私をちらりと見て、震える。こいつら、一体何を吹き込んだんだ?


 まさかあの爆発で二人揃って死にかけた一件で、私は逆恨みされているのだろうか?


 うーん、逆恨み、だよねぇ……二人ともノリノリだったし。



「では、今こそブレスレットの力を使いましょう」


「はっ?」


「いえ、姫様に差し上げたブレスレットの力があれば、呪いも浄化できるでしょう」


「そうなの?」


「当然です」


「二人とも、知ってた?」


「ですから、それを説明する前に怒って帰ったじゃないですか!」


「だって、祝福を貰える腕輪じゃないって……」


「ですから、祝福を与える腕輪なんです!」


「え、じゃ呪いもかけられる?」


「そうです。よく注意して使ってくださいね」


「うわぁ、返したくても、もう返せないしなぁ……」

 既に腕輪じゃないし……



 で、私は夜にこっそりと子爵の家に侵入し、呪いを解いてきましたよ。はい、一件落着!


 高位のエルフが三人もいると、こういう時に何も考えなくて済む。


 私一人じゃどうにもならないよ。


 それから怪しい司祭を捕えようと、ステファニーの部下が密かに子爵家の屋敷を見張っている。


 しかし、それきり司祭の姿を見た者はいない。用心深い奴だ。



「はい、ドゥンクとパンダとルアンナ、今回は色々ありがとう。おかげで助かったわ」


「へい。何でもやりますから、留守番だけは勘弁を……」


「じゃ、一応プリちゃんにはパンダを殺すなと念押ししておくよ」


「へ、それだけ?」


「じゃ、祝福を与えようか?」


「じょ、冗談じゃねぇっす。浄化されちまう」


「お前の煩悩だけ浄化できるかもよ」


「いえ、それはちょっと……」


 そうか。こいつの存在自体が邪念と煩悩の塊。浄化したら何も残らない、か。忘れていたけど、魔獣なんだよな、こいつ。



 終



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