開花その58 精霊の呪い 前編
野外教室のトラブルについては、偶発的な特殊事件として闇に葬られた。
セミ巨大化薬の存在と、その証拠たる錬金術研究会伝統のごみ袋については、王宮の地下深くにあるという特殊保管庫で、永遠の眠りにつくこととなった。
歴代の錬金術研究会のメンバーが、裏で動いていたのは間違いない。
そして再燃した私のエナドリ爆弾についても、私がわざと実験の失敗を続けていれば他の誰にも再現性のない幻となり、徐々に周囲の関心を失った。
結局王宮は何一つ得る物がないまま、事件の幕は下りた。これが大人の解決と言えよう。
おかげで命拾いした者は、数多い。
錬金術研究会では下働きを続ける私だが、あの一件以降特に五年生の態度が激変し、非常に優しくなった。何か得体の知れない、不気味な少女だと思われたようだ。
だが、それだけでは終わらない。
「君が、一人で怪物を撃退した研究会の勇敢な少女だね」
「君の機転と勇気が学園の生徒を救い、錬金術の名を大いに上げたと聞いたよ」
あの日の会長のように、私の後ろに立ち頭を撫でる変なおっさんが増えた。
闇へ葬られたはずの私の行為は、怪しい錬金ゾーンの誰もが知るところとなっていた。
「やはり、姫様はオヤジキラーですね」
駄精霊の言うことは、悔しいが一理ある。
確かにあの場で私の行動を目撃できたのは、私を探して引き返した班の仲間だけだ。そして会長を通じて、その情報は即座に上の研究者へと広がっていた。
「アリス、今度はうちの研究室を見に来ないか?」
三十過ぎの研究者が十歳の新入生を勧誘するという、未曽有の事態に発展している。
「会長、アリスを守ってください」
アズベル会長も殿下にそう言われて骨を折っているようだが、大先輩たちは珍しいおもちゃを簡単に手放す気はないらしい。
学園長と顧問のシモンズ先生が間に入るが、最終的には殿下の意向を汲んだ王宮の介入で、事は収まった。
王宮が私に対して非常に好意的なのは、何よりも殿下のお力あっての事だろう。
クラウド殿下の存在感が、日に日に大きくなっている。
それはそれで悔しいが、殿下の隣に控える兄上の影響力が殿下を動かしていると思えば、喜ばしい。
おかげで落ち着いて、穏やかな暮らしが戻った。
戻った?
いや、学園へ来てからは、ずっと何かあったよね。
クラスメイトとも打ち解けて、錬金仲間以外の友達とも仲良くなった。
特に、二人の獣人とはよく話す。
白い毛の耳と尾を持つ犬獣人の女の子がメイ、黒毛の猫獣人の男子がハース。
エルフの森で出会った獣人たちは、虎や狼など強そうな種族が目立ったが、王都周辺で暮らす獣人は、猫、犬、狐が多いそうだ。人間界の三大獣人族と呼ばれる。
こちらでは学問上魔物に分類されてしまう肉食獣系の獣人は、何かと人間の街では暮らしにくいらしい。
「じゃ、兎は?」
「恥ずかしがり屋の兎獣人は、耳が目立つので嫌みたい……」
「そうなんだ」
王都の事情に詳しいエイミーが教えてくれた。少し残念。
そういえば、長耳エルフも学園で何人か見かけた。あれは、わざわざ魔法で耳を伸ばした若いエルフだ。
多くは、両親と共に王都で暮らしているらしい。森に住むエルフに対して、長耳エルフはアーバンエルフとも呼ばれ、最近増えているようだ。
まあ、家畜や人を襲うこともないので、特に心配されていない。
メイとハースも王都に家があり、両親の住む実家から学園へ通っている。
メイの家は多くの食材を扱う仲卸業で、王都の高級レストランへ食材を納めている。
仕入れる食材へのこだわりと目利きには信頼が厚く、犬獣人の嗅覚が存分に発揮されているらしい。
ハースの父親はその抜群の身体能力を買われて、王宮騎士団の部隊長に就いている。
ハース自身も、身軽な動きと素早い魔法攻撃による、強力な戦闘力を持っている。いや、十歳にしては、という意味だよ。
二人は幼馴染であり、ライバルでもあるようだ。
殿下のいるこのクラスにいるということは、二人とも相当に優秀なのだろう。
しかし普段の二人は、好奇心に満ちたクソガキであった。
「ねえねえ、セミの幼虫が地面から出て来るには。まだ季節が早いんじゃない?」
「知らないよ」
「で、近くで見たら、どんな感じだった?」
「俺の剣で倒せるかな?」
「私の雷ソードならきっと効いたよね!」
「だから、知らないよ!」
「あ、アリスは冷たーい」
「エイミーはもっとちゃんと教えてくれたのにぃ」
「エイミーに聞いたんならもういいだろ、うるさいよ……」
野外教室で遭遇した事件に二人はほぼ関わっていないのだが、中心にいた私やエイミーに、しつこく何度も詳しい話を聞きたがった。
更には、クラウド殿下にも物おじせずに話すので、周囲をちょっとハラハラさせる。
しかし兄上と殿下はそんな二人と話すのが楽しみのようで、昼には食堂へ誘うことも多い。
興奮すると耳や尾が激しく動くので、獣人の思考は比較的読み易い。
そういう表と裏の無い明るい性格が、やや屈折している私やエイミーには嬉しかった。きっと、兄上やクラウド殿下も同じなのだろう。
そんな二人がある朝、揃って尻尾を垂らして意気消沈していた。
「どうしたの、二人とも?」
「ああ、アリスか。おはよう」
「別に、何でもないわ」
いやこれ、何かあっただろ?
「元気がないじゃないの。ちゃんと朝ごはん食べて来た?」
私が声をかけても、どこか上の空である。
まあ、そんな日もあるか。
その朝は、そう思って見守った。
だがいつもはたっぷり食べる昼食も残していたし、何よりも二人だけ他人を避けるように離れている。
授業が終われば、連れだってすぐに帰ってしまった。
「ドゥンク、あの二人が心配だから、影に隠れて見守ってくれる?」
「はい」
どう、凄いでしょ。最近ドゥンクも少しずつ人間の言葉を話せるようになったんだ。
「姫さん。たまにはワイにもやらせてーな」
「パンダは私の部屋で留守番をするように、と言ってあるはずだが?」
「そんな殺生な。姫さんが留守の間に、プリちゃんに首を落とされますよ」
「まだ許してもらえないのか?」
「へい、そのようで」
しかし、このセクハラパンダを十歳の女の子の影に潜ませるのは、犯罪行為に等しい。シロちゃんには兄上の警護をお願いしているし……
「じゃ、死なないように精一杯祈っておくよ」
「へっ、それだけ?」
「がんばれ!」
「……」
無言でパンダは消えた。
その哀し気な瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。まさかね。
夜になって、ドゥンクが戻って来た。
面倒なメイドは部屋から追い出し、パンダだけは仕方なくチェストの上へ置いたままにしている。
あの後、二人はまっすぐ家に帰らずに、ブレット商会という家具や調度品を扱う店へ入った。
そこで二人は奥にいた店主へ丁寧に挨拶して何やら謝罪をし、二階の住居へ上がって商会の娘エマと会って話をした。ちなみに、店主の一家は狐獣人なのだそうだ。
そういえば、学園の上級生に狐の獣人族がいたような気がする。
商会の娘エマは学園の四年生で、話しぶりからメイとハースは実の姉のように彼女を慕っているらしい。
どうやら三人は学園で何か失敗をして、昨夜互いの両親からひどく叱られたようだった。
その内容の一端が、ドゥンクにも少しだけ分かった。
ある貴族がブレット商会で購入した品物が原因で、現在病に臥せっているらしい。
その貴族の嫡男が困って教会関係者の同級生に相談したところ、どうも原因となった品物を売った商会の娘であるエマに、嫌味の一つも言わずにいられなかったようだ。
彼らはエマの同級生で、エマが囲まれ非難されているところへ偶然メイとハースが通りかかった。
メイとハースは物陰に隠れて、彼らの話を聞いてしまったのだ。
相手の貴族からすれば家の名誉に関わる一大事なので、絶対にこの件を表沙汰にはしたくない模様だ。
会話を聞いて事情を察した二人が一人残されたエマに近寄り、話を聞いてしまったことを明かす。
そして三人は事態の収拾に向け共に動こうとしたのだが、それが即座に彼らの親に露見し、制止された。
今後の商売の行方を左右されかねない、貴族との非常にデリケートな問題である。そこへ子供が勝手に首を突っ込むな、ということだ。
そんなこんなで、三人はそれぞれの親から厳しく叱られたようである。
「ありがとう、ドゥンク。よく少ない時間でこれだけ分かったね」
でも、どうして三人の子供が動き始めたのを、すぐにその親が知ることになったのだろう?
明日、メイとハースに聞いてみるか?
でもその前に。
「ねえドゥンク。明日は学校で、その相手の四年生の方に密着してくれるかな?」
で、翌日。
昨日ほどではないが、メイとハースにいつもの無邪気な陽気さは感じられない。
クラスの皆が気付いているが、何となく話題にしにくい。
早速、午前中のうちにドゥンクは狐獣人のエマの近くに潜み、その同級生の貴族並びに教会関係者の友人を特定してくれた。
午後には貴族の屋敷へ忍び込み、病で伏している父親の状況を確認できた。
ドゥンクの調べによると、その某貴族の病というのは精霊の呪いらしい。
「ルアンナ、出番だよ。精霊の呪いって何?」
「はいはい。姫様は精霊の加護や祝福を受けていますが、その逆に精霊の怒りを買うような行いをする者が、災いを受けることもございます。それが精霊の呪い、と呼ばれるものです」
「私はしょっちゅうルアンナの怒りを買っているみたいだけどねぇ」
「ははは。精霊の呪いは特定の場所や物に長い時間をかけて蓄積し、その力を強めることが多いですね」
「そうか。確かに気まぐれな精霊の怒りを買うたびに呪いを受けていたら、身がもたないよね」
「その通りですね」
「それは認めるんだ」
私もそれで苦労している。
でも驚くことに、ルアンナは更なる情報を得ていた。
「最近王都のとある古物商が、古い聖杯を入手しました。それは遠い昔、南に栄えた王朝の礼拝堂で精霊に聖水を捧げていたクリスタルガラスの盃です。それが高価な調度品を扱う商人により、ある貴族の手に渡ったと聞き及んでいます」
「あんた、妙に詳しいね」
「はい。王都の精霊界でも噂となっておりました」
「精霊界?」
「はい」
「精霊の井戸端会議みたいな?」
「そうとも言いますね」
中編へ続く
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