開花その56 錬金術 後編



 エライことになってしまった。


 翌日から、私以外の面々も魔法回復薬らしきものの再現実験に挑んでいるのだが、他の者がどんなに魔力を込めても、爆発になど至らない。


 それを私だけが何度もポンポン爆発させまくっている、この異常さ。


 その爆発を超えたところにあの変な丸薬が位置するのなら、それは人類にとっては未踏の大地だろう。


 頭を抱えるしかない。


 やけになって、先輩が五人がかりで魔力を込めたが何も起こらなかった。

 本当にこれは、単に魔力量だけの問題なのだろうか?


 そんな話になっている。


 とりあえず魔力回復薬モドキは一度終了し、別の実験で確認をしようということになる。


 何だか私の人体実験のようになってきた。悪い傾向だ。


 いよいよとなったら、泣いてここから逃げ出してやる。

 新入生の女の子を泣かせたら、目覚めが悪いぞ、先輩たち。



 しかし、そんな事にはならない。


「これ以上の実験は、アリスに負担が大きすぎます。先輩方も一度冷静になって、根本的に考え方を見直しませんか?」


 私のイケメンお兄様が、そうおっしゃる。


「私からも、そうお願いしたい」

 殿下も援護してくれた。


「そうです。これは変ですよ」

 勇気を振り絞り、エイミーもそう言ってくれた。嬉しい。



「済まなかった。実験となると見境が無くなるのが我らの悪癖だ。アリスには申し訳ないことをしてしまった。謝罪しよう」


 会長が、やっと正気に戻った。


 普段は心優しく冷静に周囲を見られる人物なのだが。さすが変人の巣窟のトップだけあって、ツボにハマると暴走が止まらない、止められない。


「なんだ、姫様と一緒ですね」

 またルアンナが、余計な口出しを。


「違うよ!」


「あ、失礼。姫様は普段からそれほど冷静ではありませんから、暴走が通常運転でした」


「嫌だ。フランシス師匠の悪影響が、まだ尾を引いているのかなぁ」



 まぁでも兄上のお陰で、一度仕切り直しとなった。


 ただ一つ残された魔力回復薬らしき丸薬を、試してみようと思う人はいない。


「あの魔力回復薬(仮)はどうしたんですか?」


 丸薬を鑑定したアルフレッド先輩は、何やら私に対して責任を感じているようで、申し訳なさそうに小さくなっている。


「今はここの並びにある研究室で、慎重に調べている最中だ」


 会長が言う研究室とは、卒業生が立ち上げた錬金術学会本部に隣接する研究施設である。


 そこは、この一帯が一般人を寄せ付けない理由となっている、もう一つの魔境というか、その総本山である。


 その他にも、錬金術学会に連なる薬学同好会と魔道具愛好会が軒を並べている。本家の研究室やら学会やらから分かれて独立した、怪しげな組織であるのは言うまでもない。


 きっとアルフレッド先輩も卒業したら、ここへ鑑定術友の会とか作るんじゃないかなぁ?


 で、近所の年寄りを集めて金を巻き上げる……



「ねえ、オーちゃん。ここにも一通りの実験器具が揃ってるよね」


「そりゃ一応は」


「ちょっと貸して」


「いいですね。ぜひ、私もやってみたいです」


 学園長が乗り気なので、地下の隠れ家で例の実験を再現してみることになった。


 放課後の研究会から解放され、寮で食事を済ませた後の夜間である。眠い。


 学園長や秘書のファイのようなレベルであれば、魔力に不足はない。たぶん。


 きっと、私のやったような爆発まで行けるだろう。

 そしてその先も、見てみたいじゃないか。


 ダメなら、私がまた一人で丸薬を作ってみる。


「では、ファイも呼びましょう」



 三人が揃い、いよいよ地下核実験の開始だ。(気分的に)


「ファイにはずっと避けられてたみたいで、久しぶりだね」


「まさか。たまたま、お会いできるタイミングがなかっただけですよぅ」


「それなら、今日だって最初からいればいいのにさ」


 初対面では騙されたので、意地悪くからかっていると、オーちゃんが助けに入る。

「ファイはこれで、結構忙しいのですよ」


「こんな時間まで働かせていたの? それは、オーちゃんが遊んでいるからでは?」


「そ、その通りです!」


 力を入れて、ファイが同意した。意外と、仲良しになれるかもしれない。



 実験に必要な材料を集めて、先ずは私が手本を見せる。


 実験用の特殊な結界の中に収められた薬品に魔力を込めると、ドン、と爆発が起きて、結界が震える。


 いや、本来はこれでエナジードリンクができるんだよ。


 結界ごと廃棄して、次は同じ材料に、遠慮なく強い魔力を流してみる。


 すると、あの時と同様、膨張した液体が途中から収縮を始め、豆粒大の丸薬が完成した。


「鑑定できる?」

「はい」


 学園長は、何でもできるなぁ。


 一般的に鑑定術とは、精霊の力を借りて物の本質を見極める力であると言われている。


 しかし高位精霊であるルアンナのポンコツぶりを知る私としては、精霊の力に頼るのは悪手だと思うのだが……


「確かにこれは毒ではありません。そして、普通の元気薬とも違います。魔力と体力を回復させる薬、で間違いありませんね」


「なんと、体力も回復させるとは」

 まだよく理解していないファイは、かなり驚いている。


「何か致命的な副作用があるとか?」


「ありません」


 そうか。本物ができちゃったのか。


「では、二人にもやってもらいましょうね」



「爆発させないためには、大量の魔力が必要なのですね?」


「中途半端は、いけません。どーんと行ってください」


「では、先にファイから」


「え、私ですか?」

 いきなり学園長に指名され、慌てるファイ。


「あの、錬金術自体が初めてなのですが、大丈夫でしょうか?」


「あんたは器用だから何とかなるでしょ。爆発しても結界があるし、大丈夫」


「では、やります」


 ズドン。

 爆発してしまった。


「ゆっくり魔力を込めると、途中で爆発するよ。一気に大魔力を流し込むの」


「では、もう一度」

 ドカン。


 前よりも、大きな爆発で、部屋が少し震えた。


「これ以上は、無理ですよぅ」

 ファイは、学園長の後ろに隠れた。


「では、次に私が」


「わかってるよね、オーちゃん。一気に大魔力、だよ」


「はいはい、お任せください。では行きますよ」


 ズドン、ドカン、ガラガラ……

 やはり、爆発したか。


 しかし、最後のガラガラが気になる。


 室内は大きく揺れて、煙が充満している。結界はどうなった?



「ひ、姫様、ご無事ですか……」

 死にそうなオーちゃんの声が。


「あんたたち、大丈夫なの?」


「いえ、天井が落ちて下敷きに……」


 私は慌てて風魔法で煙と粉塵を払い、二人を探した。


 崩れた石の天井が、床に積み重なっている。その下から、二人の気配がした。


「ちょっと待って、石をどけるから」

 私は崩れた土や石を全て、収納へ入れて消した。


 下から、手足がおかしな方向へ曲がって埃まみれになったエルフが、二人現われた。


 服も焦げて吹き飛び、半裸である。


 確かに、これは息がある方が不思議というような状況である。瀕死、とも言う。


 大慌てで、洗浄魔法をかけてきれいにしてやった。


 あ、治癒魔法が先か。


 おお、ファイが泣いてるぞ。



「おかげさまで、何とか助かりました。どうなったのですか、今の爆発は?」


 学園長が、恐怖で我を忘れて泣いているファイを抱き寄せ、私に礼を言った。


「こっちが知りたいよ。ちゃんと結界張ってたの?」


「もちろんです」


「でも私は結界のお陰で、かすり傷一つないんだけど……」


「それは……」

 それきり、学園長は黙り込んだ。



「姫様には、私の結界もありますから」

 ルアンナか。


「もしかして、ルアンナの結界は私だけ守ってたの?」


「当然です」

「だからか……」


 地下室は、入口側の壁面を除き、ほぼ壊滅状態だ。これが研究会だったらと思うと、ぞっとする。


 まさか、学園長は自分を守る結界を弱めてまで、全ての魔力を試薬に注いだのだろうか?


 しかも、結局魔力が足りずに爆発した?


 それでも、ファイの全力の結界が二人を守っていた筈だ。それが、結界ごと吹き飛んだのか……やばいな。


 まあ、それにしてもこれは、事故というより自爆だ。私に責任はない。実験に乗り気だったのはオーちゃんだし。



「学園長、おめでとう。エルフの結界も無効化する、強力な爆裂魔法の完成だねっ」


 私はそう言って片手を上げて、踵を返した。

 どちらかというと、自爆魔法だけど。



「エルフの結界でも防げないとすると、凄まじい威力ですね……」

 ルアンナは面白がっているが、二人のエルフは終始無言だ。


 そこだけドアは重要施設としてルアンナに守らせていたので、私は黙ってその場を去った。


 あとは二人に任せる。



 この実験は危険すぎるので、封印だ。これぞ本物の封印魔法、なんちゃって……

 はぁ、面白くも何ともないな。



 その夜、王都では珍しく、やや大きな地震が観測されたという。



 終



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