開花その56 錬金術 前編



「ねえ、オーちゃん。錬金術研究会の学園内での評判はどうなの?」


 例によって放課後、学園長の隠れ家の中である。既にオードリー学園長をオーちゃん呼びの私は、大概にしろよ、と心の中では自分に突っ込んでいる。いやホント。



 錬金術は高度な専門性を求められる科目なので。選択授業は五、六年生しか受けられない。


 だから必然的に研究会の主体も、高学年ばかりになる。


 そんな場所に三年生のアルフレッド先輩がいたのだから、要注意人物に格上げだ。


「あそこは天才秀才と呼ばれる生徒の中でも、特別な変わり者が集まる研究室として有名です」

 ああ、やっぱりそうか。


「それに加えて、卒業生が立ち上げた錬金術学会の本部もあの研究室の並びにあり、あの一帯が危険地帯と知る一般生徒は近寄りません。まさか、姫様は興味をお持ちで?」


 冗談じゃない。

 錬金術には興味はあるが、あの研究会は別だ。


「いや、私ではなく殿下と兄上が興味津々で、ちょっと困っているんですけど」


「それは問題ですね。錬金術は事故の絶えない未開で危険な分野ですから……殿下の身に何かあっては大変です」


 あ、なるほど。王宮からNGが出るか。それはいい。



 ところが、である。


 翌日の放課後、再び兄上と殿下に強制徴用されて、その危険地帯へ赴く羽目になってしまった。


 だって、誘われたら断れないじゃないか。(殿下じゃない、兄上にだよ)


「ルアンナ、私たち四人だけでいいから、しっかり守ってよ」

「合点承知」


 密かに、駄精霊の加護を付加しておく。



 私たちが二度目の見学へ行くと、以前より多くの人数が研究室の隅に集まり、何やら相談中のようである。


 そういえば前回来た時も、何らかの実験中だった。


「すみません、お取込み中にお邪魔して」


 殿下がそう言えば、先輩方の誰もが許すに決まっている。いくら変人の集まりでも。


「いえ、丁度良いので、是非殿下にご覧いただきたい物があります」


 アズベル会長がそう言うと、海が二つに割れる奇跡のように集団がさっと分かれて道を造り、その先に置かれている物体が嫌でも目に入る。


 それは、金色に輝く短剣である。

 いや~な予感がする。


 クラウド殿下を先頭に、我らもカルガモの雛状態で物体Xに近寄る。


「どうぞ、手に取ってみてください」

 会長に勧められるがまま、殿下は台上に置かれた短剣をその手に取る。


 刀身とつばつかが一体となった、全てが金色の、刃渡り四十センチほどの薄刃の短剣である。鞘はない。


 殿下は右手で柄を握り、左手を添えて持ち上げる。


「見た目よりも、遥かに重い。まさかこれは、あの針と同じ素材なのですか?」

 殿下は、驚愕に声が高くなる。


「遂に、錬金術によりあの長針を変形させ、剣を造ることに成功いたしました」

 会長が、感慨深げにそう言った。



 おいおい、本当かよ?


「連日寝る時間も惜しみ、我が研究会の総力を結集して取り組んだ成果でございます」


 聞けば、先日私たちが見学に来た時も、多くの会員が研究室の裏で仮眠中だったらしい。


 それにしても、錬金術恐るべし、である。


「これは、父上には報告したのか?」


「いいえ。つい今しがた出来上がったばかりですので、これから鞘を作成して、王室へ献上いたす所存です」


 いいタイミングで来たのだな。


「では、刃はまだ付いていないということか」


「はっ。これを研ぐ道具を只今検討中であります」


 私の場合は最初から刃の付いた状態で創るので、研磨不要なのだが。


 あの針はどうなった、と見ると、一メートルほど短くなった針が壁に掛かっている。短剣に使われているのは六、七割程度。残りは実験で消えたか。


 でもこの短剣一本でも、ずっしりと重い。普通の両手剣くらいの重さがありそうだ。


 何しろ鍔や柄までこの重い金属でできている。一般人では振り回せないぞ。


 プリちゃんセルちゃんは、同じ素材でこの倍以上長い片手剣を平気で振り回しているが。あいつらも大概だ。


 それにしても、一体どうやってこれを造ったのだろうか?



 これは、とんでもない大事件である。


 ここの変人連中の能力は、事実上ドワーフの鍛冶師を超えている。


 恐らくこのニュースが公になることはあるまい。


 王宮が全力で秘匿する筈だ。


 そして、私の金の針の需要が密かに高まる。


 ドワーフやエルフへの圧力が高まらないように、後でこっそりと、オーちゃんのところへ百本くらい届けておこう。売ったら儲かりそうだけど。


 ついでに銀の串素材も組み合わせれば、もっと軽い剣ができるだろう。

 粉末にすれば研磨剤としても使えるかな?



 しかし偶然この秘密を知った我ら四人の新入生は、口封じの意味もあって、必然的に錬金術研究会へ入会することが既定路線となってしまった。


 何てことだ。


 確かに私も、あの針を加工した技術を知りたいとも思う。けどね。皆、変人だし。


 しかし、えらいことになってしまった。



 それから連日、放課後は怪しい研究室へ四人で向かう日々が始まってしまった。


 とはいえ、錬金術の何たるかも知らぬ我ら四人組は、先ずは基礎からのお勉強が中心となる。


 どうして、一日の授業が終わったというのに毎日この危険な部屋に通い、結界に囲まれながら更に勉強をさせられるのか。


 その理不尽さに、私以外の誰も気付かない。おかしいぞ。


 このままでは、昼間の授業を復習する暇もない。

 ま、仕方がないか。復習は何も生まない、とか言うからな。



 そんな事を思いながら、私は机の上の試薬に魔力を流し込む。


 私の不満が爆発するよりも早く、試薬が臨界点を超えて爆発した。


「またアリスか」


 教育係のアルフレッド先輩が走り寄り、手慣れた様子で結界の中でくすぶる試薬をゴミ箱代わりの魔法袋へと廃棄する。


「ごめんなさい」


 恐らくこの魔法袋の中身を全部ぶちまけたら、王都は壊滅するだろう。


 この研究室を襲撃しようという物好きがいるのなら、核爆弾並みの危険を秘めたこのゴミ袋を真っ先に何とかすべきだ、と忠告する。


 最終兵器ゴミ袋。何と素晴らしく危険な響きだ。


 危険な生物・化学兵器や低レベルから高レベルまでの放射性廃棄物が、この小さな袋にこれでもかと詰め込まれているのを想像すれば、その異常な危険度が理解できるだろうか。


 私のやった小さな爆発など、可愛いものだ。


 一度ゴミ袋の中身をちらっと覗いてみたら、歴代の会員様が表には出せないようなヤバい失敗を全てここに廃棄したまま、目出度くご卒業されている。


 そこには武器や魔道具の失敗作に加え、おぞましき呪いとか病とか毒とかの、錬金術師の闇が詰め込まれていた。どうすんだ、これ。



 私たち四人のしていることは、小学校で理科の実験をしたこともないような生徒を、まとめて大学の化学実験室に放り込んだようなものだ。


 事故が起きない方がおかしい。というか、事故慣れし過ぎて、矢鱈と事後処理の手際がいい。


 そういう意味では、結界魔法と魔法の袋は非常に相性がいい。相思相愛と言える。


 机の上の実験道具と、それを扱う人間と、それぞれ別の結界で覆う。これだけでかなりの安全が保障される。


 それ以外に、実験用の机自体が魔道具で、四方に防護障壁を備えている。


 そうして何重にも安全装置があって、滅多に死亡事故は起きない、と会長は胸を張る。


 つまり、たまにはあるということだ。

 まあ、険しい山で岩登りをするよりは、多少安全なのかもしれない。



 ほぼ全ての実験で、繊細な魔法制御が求められる。そもそも私には、最も不向きな分野である。


 いっそのこと、私はただの魔力供給マシンと化して、あとは皆さんでお好きなだけどうぞ、と言いたい。


 その日爆発した実験は、基本的な魔法薬である目覚まし薬と疲労回復薬に特別な果汁を混ぜて魔力を少々加えて冷却すると、気力と体力が若干回復する元気薬ができる、というものだった。


 要するに、カフェインたっぷりのエナジードリンクの完成だ。


 ではなぜ、エナジードリンクが爆発するのか?


 そこが錬金術のデリケートかつ奥深く、とても胡散臭いいところで、実際に似たような方法で安定した爆薬が開発されたことも過去にはあったらしい。


 爆発も、無駄ではない(場合もある)のだ。



 さて、それなら爆発の原因を究明するためにも、より大きな魔力を加えたらどうなるかを検証してみよう。


 特に望まれてはいないが、暇なので。


 なに、厳重な結界があるので、問題はない。


 今度は、躊躇わずに魔力を流し込む。


 大爆発を覚悟したが、一瞬膨れ上がった液体は爆発せずに収縮を始め、最終的に大豆ほどの小さな粒になって安定した。


 アルフレッド先輩が、眉をひそめて私を見る。


「アリス、今度は何をやらかしたんだ?」


「さあ、何でしょう?」


 私の脳裏には、とある仙人が作った体力を全回復するような豆が思い浮かぶが、そんな都合のいい物じゃないだろう。オラ、こんなの食えねぇぞ。



 慎重に鹿のフンのような粒を取り出して、先輩は鑑定を始める。


 アルフレッド先輩は鑑定術の素質を見込まれ、この研究会に籍を置いている。


 使途や効能不明の魔道具や魔法薬などの鑑定の他、それらを使用した痕跡なども辿れるそうだ。


 ドロルでカーラを襲った賊がセルカを攫った際に使った土煙には、魔力を散乱させる効果があった。


 あれは視界を遮るだけでなく、鑑定による追跡を攪乱するための道具だったのだ。



「特に爆発物ではなさそうだから、安心していいよ」

 いつの間にか、研究室にいた生徒が集まっている。


「恐らくこれは、魔力回復薬に相当する丸薬だと思う」

 室内が、ざわめいた。


 あの照り焼きソース以外に、この世界には有効な魔力回復薬という物はない。


「アリス、同じものを幾つか作って欲しいのだけれど、できそうかい?」


「やってみます」


 これはきっと、失敗した方がいいのだろうな……

 うっかりそんな物を量産したら、エライことになる。


 そう思って、適当にまた爆発を繰り返して首を捻っていたら、日が暮れた。良い子の一年生は、早くお家に帰らねば。


「残念ですが、再現できません」


「そうか、また明日挑戦してみよう」


 げっ、もう勘弁してくれぇ!



「姫様も、本当に懲りない人ですねぇ」


「うるさい」


 実際、ルアンナの言う通りだけど。



 後編へ続く



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