開花その55 新学期 後編
皆様におかれましては、きっと良からぬ期待をしているのではないでしょうか……。
きっと、あのポンコツのルアンナが、兄上を魔術研究会へ導いてしまうのでは、と。
まさかそんな事を、私が黙って見過ごすわけがないでしょ。
翌日から授業が始まり、一年生では数少ない選択科目も、無事兄上と同じ科目に設定できた。
学園の授業はハイレベルなのだが、それはあくまでも普通の王国貴族にとって、という意味だ。
私は五歳までに男爵家の蔵書を片端から読み漁ったインドア派だったので、座学についてはそれなりのレベルにある。
不思議なのは、前世の記憶に目覚める前の私が理解できなかった小難しい書籍も、今の私には当然のことのように思い出し、内容を吟味し理解しているということだ。
三歳、四歳の時に訳も分からず読んでいだ本の深い意味が、今更ながらに記憶を辿り改めて理解できるという、謎の追体験をしている。
この記憶力があれば、前世なら医者や弁護士にでもなれただろうに。
元々アリソン・ウッドゲートの基本性能は非常に高く、この二年間の間にも何らかの成長をしていた、という事らしい。まあ、ハイエルフだからね。
連邦の
その基礎能力のおかげで、一年生の基礎科目についてはほぼ既知の内容であり、これなら特別な勉強をせずとも、義父殿に恥をかかせることはなかろう。
さて、知識はあっても経験が伴わず、それが実践に結び付かぬのが、私の弱点である。
ほら、事件は現場で起きているからね。
足掛け二年に及ぶ旅暮らしの中で、普通の子供には得られない貴重な体験を積み重ねた今でも、王立学園の謎に満ちた混沌特殊世界は、私にとって未知に溢れている。
それに、私のように学園へ潜入した賊が、兄上の身を狙っている可能性もあるのだ。
気を引き締めて行かねば、と思う。
クラウド殿下の人徳なのか、我がクラスは殿下を中心にまとまり、とても仲が良い。
まあ、学園がそういう目的でこのクラスに人材を集めた、とも言えるが。
退屈な教室での授業と違い、鍛錬と呼ばれる武術や魔法の実践練習の場では、学ぶことが多かった。
ウッドゲート領では魔物と闘う術を幼い頃より学ぶが、学園では人間同士の戦闘が主目的となる。嫌な世界だ。
魔物と闘いたければこんな場所にいないで、冒険者にでもなれ、という事らしい。
我がウッドゲート領の特殊性が、ここに際立つ。
だが、騎馬での戦闘や重い甲冑を想定した戦い方など考えてもいなかった私には、とても興味深い。
ただ、この世界には魔法という反則技があるので、例え魔法の使えない戦士でも、強力な魔力を帯びた武器防具を利用することで、まるで違った戦いになる。
新入生は魔法なしで武術の基礎を学ぶが、上級生になれば魔法と武術の境界は薄くなり、専門化するらしい。
それに、座学で学んだ戦術の実践授業もある。
クラス対抗の陣取り合戦のようなものだが、ゲーム性が強く面白い。ただ、時代遅れの重い甲冑を付けて野山を駆け回るようなのは、やりたくないなぁ。
今の戦争では、魔法防御の無い甲冑など、何の役にも立たない。
金属鎧は雷撃魔法に弱く、鎧の隙間を火や熱湯などで攻撃されれば、瞬時に終わる。
極端に言えばほんの小さな生活魔法の種火でも可能な戦法で、大袈裟な甲冑はいとも簡単に無力化されるのだ。
剣による接近戦の中、フェイスプレートの中に着火魔法を使われ絶叫する上級生の模擬戦を見て、私の認識は改められた。
ここは私の知る西洋の中世に似ているが、中身は完全に別物だ。非魔法使い用の防具には、高価な魔法防御が付与されている。
そこで重要なのは、結界や障壁魔法なのだ。
私はこの半年間、機会があれば、例の魔法収納の在庫を増やしていた。
生活魔法レベルまで小さいものはまだ少ないが、一般人が使う魔法レベルの収納在庫を増やそうと努力した。
今までは偶然できた不揃いの小魔法を大切に使っていたのだが、子供姿で学園の寮に入るとなると、小さな魔法を使わざるを得ない場面が増えるだろう。
谷の館で賊を相手に使った雷撃魔法などは、例え相手が死んでも構わないと、半ば自暴自棄で放ったのでどうにかなった。
それは、一歩間違えば賊の世話をさせられていた使用人までも巻き込みかねない、非常に乱暴な使い方だったと、今では反省している。ホントだよ。
しかし学園では、そうもいかない。授業中の模擬戦で相手の生徒を殺傷しない程度の小魔法を、多数用意しておかねばならなかった。
これが、とにかく一番面倒だった。
人のいない場所で結界を張り、その中で必死に魔法を発動するのだが、手頃な小魔法の発生割合は極めて低い、貴重品だった。
結果として、暴発する大魔法の在庫ばかりが増える。まあ、そちらは幾らあっても特に問題は無さそうだった。
そしてたまに生まれる出来損ないの極小魔法を大切に集めて、分類し保存した。ホント、何をしているんだか。
「それで、魔術研究会の学園内での評判はどうなんです?」
私は放課後の地下室で、学園長と情報交換をしている。
まさか、私が世話になっている魔術師協会とは関係ないよな?
「それが、巧妙にカモフラージュされていますが、仕切るのは貴族至上主義の派閥ですね」
それならば、穏健派の魔術師協会とは水と油だろう。
寮の新入生歓迎会で声を掛けられた赤髪の魔術師テン・オハラ先輩の父親は騎士団に所属する騎士である。
騎士爵は、私が頂戴した特級魔術師爵と同じで、領地を持たない一代限りの貴族に相当する。つまり跡継ぎは不可能で、子弟が成人すれば平民と同じである。
まあ、それは他の貴族も嫡男以外は同様なのだけど。
このまま上手く立ち回れば、優秀な魔法使いの血が欲しいどこかの貴族の嫡男と婚約を結ぶか、王宮魔術師団に採用されれば、父親のように一代限りの爵位を得ることもあるだろう。
私の兄上も幼い頃より魔物討伐に加わり鍛えられているので魔力も大きく、その辺の柔な生徒と違い実践的で危険な魔法を躊躇なく使う。
だから今後、魔術研究会へ誘われる可能性は充分にあった。
「やはり、魔術研究会へは近寄らないようにしよう……」
「ブランドン様、課外活動はどちらにいたしますの?」
私は授業の休み時間に、よく兄上とお話をするようになっていた。
「アリスはもう決めたのかい?」
近くにいたクラウド殿下が割り込んで、逆にこちらへ振って来る。うう、邪魔者め。
そういうのはいいんだって、もう。
「私は今のところ、独学で魔法の勉強をできればいいな、と思っているだけです」
「それなら、錬金術研究会はどうだい?」
錬金術だって?
この世界では、科学の概念がなく魔法と魔術は明確に区別されていない。
魔法は身近にある能力の一つで、生活魔法と区別して高度な魔法を、魔術と呼ぶ傾向がある。
魔法は個人の魔力の発動により行使されるが、魔術はより広く魔道具や薬品の使用により行使されるものを含む。
私の良く知る普通の化学反応も、魔術の一つに数え上げられていたりする。
元々魔力や魔法が普通に存在するこの世界では、自然の力は精霊による魔力の行使であると信じられている。
魔術師協会は庶民の使う生活魔法と明確に区別するため、魔法使いではなく魔術師と自らを呼んでいるらしい。
錬金術は学園では高学年の選択科目として、専門性の高い授業を行っている。
魔法薬学や魔道具学との境界も曖昧で、錬金術はこれらを横断する幅広い概念として存在するようだった。
それだけに、低学年の生徒にはハードルが高い。
「殿下は、錬金術に興味がおありなのですか?」
そう問いかける兄上の目は、少年のようにきらきらと輝いて美しい。いや、実際に少年なんですけどね。
あ、でもこれはダメなやつだ。完全にそっち側へ行ってしまった人間の瞳である。
「ブランドンも興味があるのか。錬金術は奥が深く、取り組み甲斐のある分野だ。学園の研究会も五・六年の先輩が中心だが、多くの研究成果を上げていると聞いた。一度三人で見学に行かないか?」
「素晴らしいです。是非ご一緒させてください」
「どうだい、アリスも?」
「えっと、エイミーも誘っていい?」
「もちろんだとも」
「ねえ、エイミー。ちょっと来て!」
私は半ば強引に、エイミーを引きずり込んだ。
実は入学式の後、食堂で少し話をした三年生のアルフレッド先輩について調べていたら、彼が錬金術研究会に所属していることが判明した。
私には無縁と思っていたが、アルフレッド先輩は寮で兄上の隣室にいて、しかも私と同様、護衛を兼ねた従者を二人連れて入寮している。
私とエイミーの部屋関係によく似ていて、兄上の警護上大変好ましい配置だ。
あの日学園長ならぬファイの意味不明の乱入で私はほとんどお話も出来なかったのだが、アルフレッド先輩には、ぜひお兄様と仲良くなって欲しいと願っていた。
これは、またとない機会だろう。
まあ、私とエイミーが研究会に入るかは別として、殿下と兄上が一緒に錬金術研究会へ所属すれば、護衛対象者がまとまって警備も楽になるし、私も安心だ。
その日の放課後、早速私たち四人は校舎の北側にある研究棟へ向かった。
国の研究機関として卒業後も学園に残り研究を続ける者たちも、同じ場所に研究室を構えている。
その一角に、錬金術研究会の部屋があった。
物々しい結界を纏った魔法煉瓦造りの部屋は、そこで普段何が行われているかを雄弁に語っている。というか、なんかここはヤバい。
室内では、三人の生徒が何かの実験中であった。
「すみません、見学をさせていただきたいのですが」
突然現れたクラウド王子の一行に、上級生たちは手を止めて固まった。
「こ、これは殿下。よくぞこんなむさくるしい研究室へ」
「どうぞ、中へお入りください」
「では、遠慮なくお邪魔しましょう」
「私は会長のアズベル、五年生です。しかし、新入生が四人も見学に来るなんて、初めてです」
「錬金術は極めて不遇な学問分野ですので、足を運んでいただき恐縮です。私は副会長のリヤド、四年生です」
「私は三年の、アルフレッドと申します」
三人目は例のムライン公爵家の次男、アルフレッド先輩であった。
私は、雑多な物が並ぶ室内をぐるりと見回す。
「おお、あの金色の細長い棒は、ひょっとして本物の金ですか?」
同じように室内を見ていた殿下が、壁に掛かる細く長い金属の棒を見つけて声を上げた。
両端が尖ったその細長い針は、どう見ても私がドワーフの鍛冶師バルム親方の護衛で魔物に囲まれた際に大量に生み出した、あの六メートルもある長い金の針の一本である。
「いいえ、あれは金ではありません。どうぞ、手に取ってみてください」
会長が軽く言うので、殿下は歩み寄り、壁からその長い針を降ろそうと手に取る。
いや、それは力自慢のドワーフでも持てなかった重量物。無理すると、大怪我をするよ……
「こ、これは……重くて私にはとても持てそうにありません」
さすが王族、賢明な判断だ。
「そうでしょう。それはとあるドワーフの工房に秘蔵されていた物で、彼らの技術をもってしても傷一つ付けられないという、謎多き金属なのです」
いや、私が咄嗟に害虫駆除の生活魔法として出した、金色の針なんですけど。
私の収納には、それがまだ何百と眠っている。
あれからまだ、一年半ほどしか経っていない。バルム親方、これは幾らで売ったんだよ?
こうして私の悪行の数々が徐々に世に出て汚染、いや拡散するのを目の前にすると、山から下りようとしないエドの心境には、心の底から共感を覚える。
「こちらの白い半球状の石は、高熱を感知すると大量の水を吹き出すという、ドワーフの秘術により造られた高価な魔道具です」
なんかヤバい話をしているが、私には聞こえない、知らない、関係ない……
研究室の中では上級生の様々な説明が続いているが、私はまるで興味がない風を装い、一人他所を向いていた。
そういえば、プリちゃんとセルちゃんに渡した剣は、あれと同じ金の針素材で造ったのだった。
うっかり人前では使えなくなってしまったな。帰ったら二人には、よく言っておかねば……
それにしても、ここは色々ダメだ。この危ない研究室には、二度と近寄らないぞ!
終
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