開花その55 新学期 中編



 話は少し戻り、入学式の翌日。


 私が入った学園の寮は、男女別に五階建ての大きなレンガ造りの建物二棟に分かれて、同じ学園の敷地内に建つ。


 私に割り当てられた二階の立派なお部屋には、トイレ、浴室に簡易キッチン付きの居間と二つの寝室があり、片方の寝室には侍女が二名で暮らすことになる。


 通常、使用人は一階の勝手口近くにある使用人部屋で寝泊まりするらしいが、要人警護を兼ねるような場合に備え、幾部屋かこういう広いお部屋も用意されているのでした。


 学生の身分で二人も従者を連れて入寮するボンクラは、一人では何もしない坊ちゃん嬢ちゃんに違いなく、余程の大貴族か大商人の子弟に限ると入寮してから聞いた。どうせ私はボンクラだ。もう遅い。


 まあ、私がお世話になっているリッケン侯爵は、ウッドゲート家とは家格の違う大物貴族なので、きっと許される範囲なのだろう。


 ゴメンネ、義父様パパ、無駄遣いをさせて。



 このような贅沢部屋は最上階に集中しているようで、二階には東西の両端に二部屋しかない。


 もう一部屋は空室だったので、あとはワンルームの一人部屋だけが、廊下の南側に並ぶ。北側には、共用の水回り設備や談話室などが並んでいた。


 私の部屋は西側の一番奥で、水回りやプリちゃんセルちゃんの寝室は西側から北側にある。


 居間と私の寝室は南側で日当たりも良く、眼下に王都の街並みも見えて爽快だ。


 隣のワンルームには同じ新入生の、エイミー・スクレイナーという商家の娘が入っていた。


 スクレイナー商会と言えば王室御用達の有名な貴金属商で、我がウッドゲート家が守る隠し鉱山とも何らかの関係があるのかもしれない。


 魔道具の取り扱いもしているようなので、ドワーフやエルフとの繋がりも疑われるので、一応少し用心しておこう。


 エイミーも私のような大部屋に住んでもおかしくない豪商の娘なのだが、青い目と金髪のお姫様のような外観からは想像もつかない、しっかりした娘だった。


 素行も良く学業も優秀であるのか、私と同じ一組である。


 是非、お友達になりたい。


 一組にはクラウド殿下がおられるので、身元のしっかりした学業優秀な者で固められているのだ。


 恐らく、裏口から入った私以外は。



 寮の一階には大きな広間があり、朝夕はそこで食事をすることになる。


 ただ、私のように従者を抱えている者は、部屋まで食事を運ばせることも多いらしい。


 本日は入寮初日の夕食ということで、全員が食堂として利用している広間へ集まるようにと、あらかじめ伝えられている。


 入寮時のガイダンスで世話になった上級生と寮長に加え、生活を支えてくれる料理人や小間使いの面々が一堂に会する。


 食堂の数あるテーブルは全て壁際に移動され、立食パーティーの支度が整っていた。

 中央の空間に学年別に並び、新入生は一番前に集められている。


 生徒だけでも百人を越えるので、世話をしてくれる下働きの人数も多い。


 最初に寮長を始めとする主だった世話係と、各階の学生代表の挨拶があり、その後新入生の自己紹介の後、立食パーティーの予定だ。



 寮には王族に連なる高貴な身分の方々がほぼいないので、私のような侯爵令嬢がほぼ最上位貴族になってしまう。


 その分殿下のいたクラスの雰囲気よりも、かなり空気が軽い。それに寮長以下全員が、女性だしね。


 人畜無害な爺さんの一人や二人いないかと見回したが、見事に女性ばかりであった。


「オヤジキラーの姫様としては、少し物足りないですか?」

「余計な事を言うな」


 私の敵は性別不明のルアンナだけである。あ、パンダも敵性が高いかな?


「私は女性でパンダはオスですね」

「いや、そんな感じもするけど、私の心を読まないでよっ!」


 最近顕著なのは、ルアンナとの同調シンクロ率が高まったせいなのか、言語化前の思考を深読みされている気がする。


 今までは、独り言のようなのはルアンナに伝わっていなかったのだけれど。


 私の呟きツイートが情報漏洩している。いや、ポスト前の情報が、漏洩しているのか。


 とにかく、これ以上駄精霊とシンクロしたくないのよ。


「そんな冷たいことを……」

「だから、心を読むな!」



 既に星片の儀での騒ぎを知る者が多いのだろう、私が挨拶をした時には室内に波のような、ざわめきが広がった。


 しかし、きれいな白髪の寮長が咳払いを一つすると、どよめきはかき消え、室内は元通りに静まりかえる。スゴイ。


「これなら、マダムキラーも行けそうですね」

 いや、寮長怖いよ。無理。


 正直、あの手の厳粛な年寄りには関わりたくない。



「学園内と同様に、寮生は皆平等に扱われます。同じ学年であれば、互いに敬称は不要です。ただし、新入生は先輩に対して尊敬の心を持って接することを望みます」


 寮長は、厳しい顔を緩めてそう言った。


 入学式でも学園の理念として似たような事を言っていたが、クラスの担任は殿下に遠慮してなのか、ここまではっきりとは言わなかった。


 私はエイミーに近寄り、隣の部屋なので、これからよろしくね、と挨拶をする。

 クラスでは席が離れていて、話す機会がなかった。


 エイミーはやや戸惑った表情を浮かべたが、さすがに商家の娘だけあって如才ない笑みを浮かべ、こちらこそよろしくお願いします、と返した。


 やはり、平民の立場からすると私のように得体の知れない貴族は怖いのだろうか。

 大丈夫、取って食ったりしないよ。



「エイミーの家は、王都にも屋敷があるんでじゃないの?」

 私と同じで彼女も近くに家があり、そこから通学できるのだと思う。


「はい。でも父から、一人で学んできなさいと言われて」

「そうか。厳しいご両親なんだね」


「アリス様も、王都にお屋敷がありますよね」


「様を付けると、寮長に叱られるよ。アリス、でいいから。私は元々、平民が貴族の養子になっただけだから、こっちの方が気楽でいいのよ」


 エイミーは、はっとした顔をする。どうやら私の表向きの素性についても、よく知らないようだ。


「アリスさんは、凄い魔法の才能をお持ちなのですね」


「あのね、さんもいらない。アリス、でいいから。私は魔法の才能のお陰で侯爵家に養女として拾われたようなものだから、それだけなの」


「でも、羨ましい。私は商売のための人脈を作るようにと父に言われて来たけど、この学園の優秀な生徒たちに囲まれると、全く自信がなくて……」


 だがそう言うエイミー自身も、中々の魔力を持っている。


 恐らく頭も良さそうで、何一つ貴族の子女に劣る事はないように見えるが。


「大丈夫よ。私の知っている貴族の子女なんて、みんな口だけの、未熟な子供だから」

 さすがに、大人もね、とは言えない。


 あの残念な王様の治める国だからなぁ。



「お二人とも、こちらはいかがでしょうか」


 立ち話をしていると、各種の料理を盛った皿と飲み物を持った二人が、割り込んできた。


 プリちゃんとセルちゃんが、私たち二人分の料理を取り分け、運んでくれたのだった。


「あ、ご苦労さん。あんたたちもお手伝いしてるんだ」

「ええ、人手が足りないもので」


「エイミー、この二人は私の従者で、プリムとセルカ。いつも隣の部屋にいるから、何か困った時には頼ってね」


「プリムです。どうかお嬢様をよろしくお願いいたします」

「セルカです。私たちにも、気楽に声を掛けてくださいね」


「あ、あの……エイミー・スクレイナーです。どうかよろしくお願いいたします」


 さすがに少し狼狽えているが、十歳にしては充分しっかりしている。


 何だか、私が守ってやらねば、という気持ちにさせられる。


 それから二人で新入生の仲間に挨拶に向かい、他のクラスの生徒たちとも交流を深めた。



「ねえ、アリス。あなたと話がしたかったの」


 とろけるように柔らかで美味だったローストビーフを大量ゲットしようと、新入生の輪を抜けて料理の行列へ並ぼうとしたら、途中で上級生に呼び止められた。


 振り向いた私は、余程間抜けな顔をしていたのだと思う。ひょっとしたら、ローストビーフの事ばかり考えて、涎を垂らしていたかもしれない。


「あら、あなた可愛いわね。入学式じゃ、はっきりと顔も見えなかったけど」


 その上級生は私より頭一つ背が高く、プリスカのような赤い髪を長く伸ばした健康的な女生徒だった。


「私は三年生の、テン・オハラ。学園一の魔術師を自認していたけれど、あなたの魔力には負けているみたい」


 なるほど。確かに人間としては、師匠やセルカに匹敵するような魔力量だ。


「いえ、私は魔力量だけ多くても制御できない未熟者ですから、これからじっくりと勉強します」


 事を荒立てたくはないし、これは実際、本当の事だ。


「あら、それなら魔術研究会へ入らない? きっとあなたの力になれるわ」

 なるほど、そういう事か。


「まだ入学したばかりでよくわからないので、考えておきます」


「そうね、よく考えてみて。ところで、あなたの得意な魔法は?」


「えーと、結界魔法と風魔法でしょうか」


 これも嘘ではない。風魔法で強引に宙を飛び、結界障壁で守りながら、どうにか着地する。これがいつものやり方だ。


「ああ、それはいい。私たちは今、優秀な結界魔術師を探しているのよ」


「はは、私は少しも優秀じゃありませんよ」


「じゃ、一度私たちの研究室へ見学に来てくれたまえ」


「はい。いずれ」

 オハラ先輩がやっと開放してくれたので、私は慌ててローストビーフを取りに料理の列へ並んだ。



 魔術研究会だって?

 師匠の無茶な特訓の数々が、トラウマとなって蘇る。


 絶対に入るものか。


 課外活動は自由選択なので、私は兄上と同じところに入るのだ。もし兄上が帰宅部なら、私もそれでいい。


 まさか、兄上が魔術研究会へ入らないよな?


「ルアンナ、大事なお願いがあるんだけど……」

「言わずとも、姫様のお望みは判ります」


「ありがとう!」

 こんな時には、黙って私の心を汲んでくれるルアンナが嬉しい。



 後編へ続く



  

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