開花その54 学園長
ここは王立学園。間違っても、王立魔法学園ではない。
しかし、入学式で学園長の姿を見て驚いた。
昨年は入学試験も面接もなく良かったと思っていたが、入学式でいきなりあんな人に出会ったら、そりゃびっくりする。
周囲の生徒は誰も気付いてはいないようだが、学園長挨拶のために壇上に上がった女性は、明らかに大きな魔力を誇る、そこそこの歳を経たエルフであった。
何故こんなところにエルフが?
しかし、驚いたのは向こうも同じだった。壇上から見下ろす学園長の眼が、一瞬私に釘付けになった。
「ルアンナ、学園長は私の存在に気付いたよね」
「そのようですね。事前に姫様へ挨拶の一つもないとは、けしからんエルフです。ちょっとヤキを入れて来ましょうか?」
「止めて。どこの不良だよ」
「では、すぐに体育館の裏へ呼び出しますか?」
「……」
ということがあの星片の儀騒ぎの前にあったのだが、そんな事が些細に思えるほどあのトゲトゲ水晶には悩まされたので、すっかり忘れてしまっていた。
その後無事に入学式が終わり新入生のクラス分けがあり、私は兄上と第三王子と同じクラスになった。これは予定通り。
クラスでは担任教師の指示で簡単な自己紹介をするに留め、本日は早々に解散となった。
そして、続いては入寮である。
入寮に当たり、侍女のプリちゃんとセルカに合流した。荷物も無事に運び込まれ、ちゃんと整理されている。
ポンコツの二人であるが、なんかホッとする。
「姫様、急いで手続きを済ませてください」
ルアンナが突然言う。いや、私にしか聞こえないよ。
「何か予定があった?」
「はい」
「何だっけ?」
「ですから、体育館の裏で学園長が待っています」
「はっ?」
何てことをしてくれやがるんだ、こいつは。
確かに否定はしなかったけど、冗談だと思うだろ、普通。
私は走って、体育館の裏へ向かった。というか、そもそも体育館てどこだ!
「そこを左です」
寮は学園の敷地内にある。校舎へ向かって学園内を走る私は、ルアンナのナビに従い右に左に曲がる。
結局入学式の行われた講堂が、観客席付きの体育館を兼ねているらしい。
今後、様々な授業や行事に利用されることだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
儀式用の黒いローブを着用した妙齢の女性が、そこで不安そうに立ち尽くしている。
「あっ、ひ、姫様!」
私を見つけた学園長が、悲鳴のような声を上げた。
ほら、私ってドワーフ疑惑もあったけど、結局は現存する唯一のエルフの王族たる、ハイエルフらしいので。
しかし今の学園長には、壇上から威厳に満ちた挨拶をしていた面影はない。ルアンナに、どれだけ脅かされたのだろうか。
「あ、大丈夫です。結界を張りましたので、誰にも気付かれませんから。私、ここの学園長を務めるオードリー・ルメルクと申します」
知ってる。それはさっき、入学式で聞いたばかりだからね。
「あのう、すみません。うちの駄精霊が余計な事をしたようで……」
「いいえ。光と闇の精霊ルアンナ様から直接お声をいただけるなんて、夢のようです」
うーん、ルアンナはダメ精霊の見本市だぞ。人間界に長くいると、エルフの価値観も変わってしまうのだろうか。
「学園長は、私がここへ来た理由をご存じないのですか?」
「はい。リッケン侯爵が養子に迎えたご令嬢は、少し魔法に長けた普通の生徒だと思っていましたから、それ以上何も……」
「そんな馬鹿な」
学園長は魔術師協会とは遠い立場にあり、それはきっと王室に近いという意味だろう。
つまり、私の事情を知った上で、学園内部で様々な便宜を図ってくれた協力者が他にいる、ということだ。
で、仕方なく、私は色々と説明しましたよ。エルフ三人娘が知っている程度の事は。
「ということは、姫様はリンジーとも知合いですか?」
「あれ、そう言えば、彼女は王都にいるんですよね」
「ええ、この学園で働いてもらっています」
「何だ、そうだったのか。じゃ、ネリンも知っていますよね」
「ええ。冒険者として、何かと学園でも世話になっています」
意外と狭い、エルフコミュニティであった。
「そういう事情でしたら、私も姫様に最大限の協力をさせていただきます。もう、最初からそう言ってくれればよかったのにねぇ」
「こちらこそ、何かスミマセン」
私は、学園長にいらぬ恥をかかせてしまったように思えて、恐縮する。
「いやぁ、さすが姫様。入学初日にもう学園をシメてしまいましたね」
ルアンナが面白がって私に言うが、本当に困ったものだ。
しかしよくよく考えれば、正式に学園長に呼び出されるようなことにならずに良かった、とも言える。
しかし、ルアンナには本当に気を付けなければ……
「姫様、お昼ご飯はまだですよね。ぜひ学園自慢の食堂で召し上がってください」
そこで学園長と別れて、私は昼食のために一人で学園長お勧めの食堂へ行った。
「パンダ、寮に残っている二人に、昼食はこっちで済ませると伝えておいて」
「ガッテンです」
使い魔は便利だなぁ。ただし、パンダがうちの武装メイド二人の前に出て無事でいられるかは知らんけど。
さて、私の知る学食とは違い、もう少し高級で大きなレストランという感じの場所である。しかも、レジがない。
何を注文しても、無料だ。
似ているのはセルフサービスで、注文受取カウンターの奥にある厨房が良く見渡せる事くらいだろうか。
そう言えば、生前のアルバイト先で世話になった公共施設の食堂も、似たような感じだった。
既に食堂内は上級生たちで賑わっており、私のような新入生らしき姿は見当たらない。
新入生は、みんな帰った後だからね。
しかしそんな私に、声を掛ける者がいた。
「アリス様、お待ちしておりました!」
その声はカウンターの奥、厨房から届いた。
見れば、そこにリンジーの姿が。
そうか。マツマツの高級宿の料理人から転職して、ここに職場を見つけていたのか。
「本日はご入学、おめでとうございます。先ほど、学園長から連絡がありました。今日のおすすめ料理は、これですよ」
それは肉と野菜をじっくり煮たシチューと硬めの白パン、ポテトサラダにデザートは野イチゴのムースのセットである。
セットメニューは日替わりでABCの三種類があり、他にパスタやサンドイッチなどの軽食や、肉や野菜を焼いた王国定番メニューなどが並ぶ。
中には私が見たこともない料理もあり、大陸各地の名物料理が網羅されているようだった。
「大陸中から様々な人が集まるので、誰でも故郷の味を楽しめるように配慮しています」
なるほど。リンジーがここで働く理由の一つは、それなのだろう。
入口近くの空席を見つけてそこへトレイを持って座ると、私の向かいに立つ生徒がいる。
「ここへ座ってもいいかな?」
明らかに高位貴族の子弟らしき上級生が、笑顔でこちらを見ていた。
「勿論ですわ」
「僕はムライン公爵家の次男、アルフレッド。三年生だ。君は入学式で盛大に目立っていた子だね」
「正確には、入学式の後で行われた、星片の儀ですけど……」
「ああ、そうだったね」
ムライン公爵は我が義父リッケン侯爵の親友で、恐らく私の素性以外は色々と聞き及んでいるのだろう。
私はそっと立ち上がり、貴族式の礼をする。
「新入生の、アリス・リッケンです。どうかお見知りおきを」
そうして椅子へ座り直し、改めて相手を見た。
三年生ということは、丁度学園の真ん中の学年だ。公爵家なので、王族に繋がる家系で、油断はできない。しかし兄上の安全を見守る上では、きっと大きな力添えとなるだろう。
そんな風に少し打算を巡らせていると、食堂内が妙にざわめき始めた。
ふと目を上げると、トレイを持った学園長が私の隣に立っている。不相応に若く見えるが、エルフだからな。こいつが騒動の源か。
「私も同席させてもらっていいかな?」
そんなの、いいも悪いもないじゃないか。
公爵家の倅もびっくり箱から飛び出るように立ち上がり、突然現れた珍客に黙礼する。
私も立ち上がろうとするのを学園長は手で止めて、さっさと私の隣に腰を下ろしてしまった。
何じゃこれは。
やはりエルフというのは、何年人間社会にいても間が抜けているというか何と言うか……
同席するなら最初から一緒に来ればいいのに、とも思う。
学園長は何も言わずに私と同じAセットメニューを食べ始めたので、私とアルフレッド様も黙って食事をする。凄く気まずい。
これでは、うっかり愛が芽生える隙間もない。
いや、私はローティーンの子供に興味はないので、最初からその心配はないのだけれど。(素敵な兄上を除く)
「アルフレッド君。新入生を、よろしく頼むよ」
いや、あんたに言われなくても、と、きっとアルフレッド様もお思いの事でしょう。今年は何しろ、第三王子のクラウド殿下がいるからね。
そうしてその後も黙って食事をして、学園長は颯爽と去って行った。
何しに来たんだ?
雰囲気を壊されてすっかりやる気を失った私たちは、親睦を深めることもなくそのまま別れ、私は寮へ帰った。
思いがけずリンジーと再会して食事をしただけなのだが、無駄な時間を過ごしたような気がして、なんか悔しい。
あの学園長は要注意人物として、心の隅のブラックリストにあるルアンナの隣に記載しておこう。
エドとの関係など聞きたいこともあったのだが、しばらくは会いたくない人物№1に格上げだ。
そもそも、学園長の持つ魔力は膨大だ。ここは魔法学園ではないのに、と私が驚くほど無駄に大きい。
エルフの里にも、あんなのはいなかった。ひょっとすると、エド以上かもしれない。
では何故あんなのが、人間の国で学園長をしているのか。
それはきっと、私みたいな生徒が入学して来るのを監視しているのだろう。壇上から私を見つけた時に見せた彼女の動揺は、きっとそういう意味だ。
驚きを顔に出すなんて、学園長もまだまだだね。
今回はたまたま、私のように善良なエルフだったから良かった。しかし兄上の身を狙うような輩が学園へ潜り込み、王宮にも手を出そうと試みるやもしれぬ。
最近の不穏な情勢に対して、王国が打った手の一つなのだろうか。
彼女の着任が五年前なので、その頃には既に邪神復活を目論む勢力が台頭し始めていたのかもしれない。
少し抜けているが、あんなのが見張っているのなら、ここは結構な安全地帯なのかもね。
私は少し、緊張が解けるのを感じる。
ああ、入学初日から疲れ果てて、気力がすっかり萎えてしまった……
私は男子寮には入れないので、兄上にはシロちゃんを張り付けている。
無事に入寮したかなぁ。
終
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