番外4 師匠の幸せな結婚 後編
その頃王都では、セルカとプリスカが格式のあるリッケン侯爵家の王都邸で家政婦として働きながら、様々な貴族のしきたりを学んでいる最中であった。
「先生、この裾がヒューヒューするスカートと、無理にお腹を締め付ける窮屈な服を毎日着るのは、何の拷問でしょうか?」
「馬鹿者。これが普通の娘の服装だ。早く慣れろ」
そう言うプリスカも、貴族の屋敷の使用人が着用するメイド風の服装には、辟易としていた。
来春にはアリソンの付き人として一緒に女子寮へ入る必要があるので、プリスカも男装を止めている。その分ルアンナの魔法で髪や目の色を変え、使用人のお仕着せを着ていれば、元冒険者のプリスカだとは誰も気付くまい。
その勉強も始まったばかりで、二人が侍女として主人に仕えるには、まだまだ時間がかかる。
しかし二人とも剣と魔法の実力は王宮の騎士にも負けぬ腕を持つため、時には護衛として伯爵家の家族に同行することもあった。
そうして少しずつこの国の貴族たちの世界に関わりながら、来春に備えている。
そんなところへ、暢気なフランシスとシオネがやって来た。
勿論、事前にアリソンから伯爵宛に早便で連絡が届いていたので、その日セルカとプリスカは休暇を貰い、私服で屋敷の外へ出てフランシスとシオネを迎えた。
セルカとプリスカは行儀作法を学ぶため、とある貴族の屋敷で働いている、としか言えない。
フランシスとシオネもさすがに王都へ来ているので、それなりに小ぎれいな服装をしている。しかし伯爵家で働くセルカとプリスカは、派手ではないが流行のファッションに身を包み、すっかり街に溶け込んでいる。
「おお、セルカが女装をする時代になったか……」
「兄さん、それはどういう意味ですか?」
「プリスカも女装だし……」
フランシスは二人の女らしい姿を目にして、何やら嫉妬心のようなもやもやした気持ちが芽生える。
夜になって合流したネリンとリンジーも、飾らないがセンスの良い色の服を着て、薄い化粧までしていた。まるで、別人のように清楚で美しい。
「こ、これでは私たち二人だけ、際立って野暮な田舎者に見えるじゃないの……」
「まあ、本当に野暮な田舎者ですから、仕方がないですね」
プリスカは、いつものように突き放す。
「フランシスは、今更着飾っても仕方ないでしょ!」
リンジーも同様だった。
「二人とも、それはないわよ。シオネさんはきっと、きれいに着飾ったフランシスが見たいんじゃない?」
そうネリンに問われれば、ここぞとばかりにシオネは何度も頷く。
「そりゃそうです」
「じゃ、明日は二人の服を私たちが結婚祝いに贈りましょう」
「いやいや、プリスカとセルカには、もう結婚祝いを貰っているので……」
気恥ずかしさでフランシスは遠慮するが、二人のエルフは許さない。
「じゃ、私とネリンと二人でね」
そうして、翌日はリンジーとネリンが王都を案内し、二人の新しい服をプレゼントした。
「うん、これなら堂々と王都の大通りを歩けるわね」
「本当、二人とも立派な体つきだから、衣装が映えるわ」
早速着替えた二人は、確かに見栄えが違う。
「似合うよ、フランシス」
「あなたも、別人みたい」
二人の世界に、リンジーとネリンは微笑ましい気分になる。
普通の人間ならアホらしくなるような場面だが、エルフの二人はまだまだ、自分の伴侶を選びたいと思える年齢でもないようだ。
しかしその頃、仕事の合間にセルカはプリスカと話している。
「先生は、誰かを好きになったことはないのですか?」
「うーん、私はパーティを組まずに一人で冒険者をしていたからねぇ」
「やっぱり、強い男じゃないとダメですか?」
「そうね。こういう暮らしをしていると、それが最低条件になって自分の首を絞めているような気もするわ。あんたも気を付けなさい」
「いや、どう気を付けるんだか……」
「このままだと、姫様みたいに周囲には強面の中年男と年寄りばかりになってしまいそうで怖いわ」
「あ、それ判ります」
「フランシスの奴は、最後に上手くやりやがったな」
「あ、もしかして先生も兄さんを狙ってました?」
「それはなかったよ」
「そうですよね。兄さんはボーっとして間が抜けてるから」
セルカの容赦ない言い方に、思わずプリスカは吹き出してしまう。
「若くて強くて賢くて優しい男なんて、他の女が放っておくわけがないですよねぇ」
セルカが続けると、二人は互いに見つめ合い、深い溜息を吐いた。
フランシスとシオネは王都で何日か過ごした後、ハイランド王国の旧王都であったアネールへ向かう。
そこから先は、川下りの船旅になる。
大きな船ではないので揺れるが、その揺れもまたシオネには心地よい。
さすがにシオネは安心してホッと一息ついた。
隣のフランシスも、船旅は楽しいように見えた。
川面に流れる風は、かなり冷たい。季節は、もう冬がすぐそこまでやって来ている。
フランシスは、長かった旅を振り返る。
アリソンのいる谷の館では、もうそろそろ雪が降る季節だ。
自分は、このまま南へ下って海へ向かう。
もう、こんな長い旅に出ることもないだろう。雪も降らない暖かな南の街で暮らしていくのだ。
フランシスは身を切るような風に顔を向け、アリソンと旅した日々を懐かしく振り返る。
「本当に、姫様と出会ってからは滅茶苦茶な日々だったな……」
「大丈夫、これからは落ち着いて暮らそう」
「そうだね」
確かにこの旅も、奇跡的に大きなトラブルもなく終わろうとしている。
「姫様が一緒なら、きっとまた大きな魔物に襲われたりするんだわ」
川面を不安そうに眺めるフランシスの隣で、シオネが肩を抱く。
「大丈夫。あの海の魔物に比べたら、こんな川の魔物なんて、軽く倒してやるさ」
いつもの銛の代わりに、シオネは護身用に短い槍を背負っている。
「そうね。あの酷い漂流生活を切り抜けた今の私たちなら、怖いものはないでしょうね」
顔を見合わせて、二人は笑う。
そんな事を言っていられたのは、船がパーセルに到着するまでであった。
長い旅から戻った翌朝、二人は旅の土産を持って、海の冒険者の本部へと挨拶に行った。
「シオネ、もう帰らんのかと思ったぞ!」
そこには、激怒する傭兵団の団長が待ち構えていた。
「いや、ちゃんと帰って来たじゃないですか」
「ふざけるな。お前に与えたのは、二週間の休暇だぞ。二か月じゃない!」
「いや、急いだのでまだひと月半くらいじゃないすか?」
「急いだ、だと?」
「ええ。そりゃもう、大急ぎで帰って来たんですけど……」
「一体、どこまで行って来たんだ?」
「えっと、長い長い話になりますけど、聞きたいですか?」
「そんな暇はない!」
「ごめんなさい。私の実家が遠かったもので、ご迷惑をおかけしました」
「いや、フランシスさんに謝られると、こちらも困るんだが……」
「そうだよ、団長。あんまり怒ると、フランシスは別の街に引っ越そうと言い出すかも……」
「いい加減にしろ。二人とも、明日からすぐに仕事をしてもらうからな!」
「「ええ~」」
「当たり前だ!」
「だから、シオネがもっと一生懸命走れば早く帰れたのに……」
「それは、無理だって!」
「じゃ、特訓しないとね」
「いや、必要ないでしょ」
「私の隣を走るのは嫌なの?」
「それは、嫌じゃない」
「じゃ、毎朝走ろうか!」
「はい……」
項垂れるシオネの心の中に、ある一つのイメージが湧いた。
大きなお腹を抱えてゆっくり歩く、妊婦の姿だった。
そうか。子供ができれば、走れなくなる。よし、頑張ろう。
「あらっ、何だかやる気満々じゃない」
「うん、そうね……」
顔を赤らめたシオネは、妻の顔を見ることができずに下を向いた。
終
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