開花その52 後始末(六歳編最終話)



 私たち二人は地下室の奥にいたので、スリープの影響を受けなかった、ということになっている。


 表向きには私でなく、カーラとネリンだけど。


 しかし今後しかるべき部署が事件の調査をする中で、この建物が被害の中心地にあることが、遅かれ早かれ判明するだろう。


 その責めについては、ネリンとカーラを誘拐し地下へ閉じ込め、自分たちは一階で吞気にカードゲームをしていた三人に負って貰おう。


 例えば何か、不良品の魔道具が暴発したのだとかなんとか。

 魔道具屋で働くカーラが、それらしい魔道具を見た、などと証言してくれればよい。


 私の筋書きでは、カーラの着けられた魔力封じの腕輪も不良品で、二人は魔法を使い自由の身となるべく地下室から出たところで、異変を察知した。


 そして外に出て道に倒れる多くの人を発見し、躊躇うことなくその場で救助活動に当たった。



 二人の迅速な救助と治癒魔法のおかげで、大きな被害は免れた。

 あくまでもその功労者は、ネリンとカーラの二人である。


 まあ、似たような経験のある王宮関係者の中には、前科者の私を疑う者もいることだろう。けれど、肝心のアリソン・ウッドゲートについては、五歳の夏に王宮から姿を消して以来、行方不明のままということになっている。



 しかし、今回の一件では、私も大いに肝を冷やした。一歩間違えば、かなりの大惨事を引き起こした可能性がある。


 それは、深夜のチチャ川の水辺で使った、あの忘却魔法である。


 もしあれが今回のスリープ魔法のように広く周囲へ影響し、マツマツの市街へ拡大していたら、被害はこんなものでは済まなかった。洒落にならんぞ。


 というわけで、今後私の不完全な忘却魔法は封印し、スリープは収納魔法に小さなスリープの素を造って保管しよう。そのうち、山奥の動物でも相手に試してみる。

 対人雷撃魔法のように実用化できると、すごく便利なのだけど。


 あ、でもその雷撃魔法も、もっと弱いバージョンを造らねばならないかな。



 私は前世の二十歳の姿を真似たアリスに戻り、以後の事情聴取はカーラに丸投げした。しかし、仕事をクビになったリンジーと違い、カーラはそろそろ家に戻らねばならない。


 一通りの捜査が終わり、カーラは被害者であり怪我人を治療した功労者でもあることから、幾ばくかの報奨金が出ると言うのを必死で辞退して、何とか自由の身となった。


 結局、王都で丸三日足止めされたが、四日目の夜には私が飛行魔法により、カーラの住むドロルの街の近くまで送って行った。


 例によって二人で朝を待ち、カーラは街道を歩いて仕事場兼住居となっている魔道具店へ戻った。


 私は町の近くで別れ、朝だと言うのに森の奥から一気に高空まで上昇して、王都の近くまで飛んだ。


 一人なら気楽なもので、安全性はルアンナの結界任せで、あとは好き勝手に飛行する。


 雲の上を飛んでいれば、明るい時間でも誰かに見られる心配はない。


 あっという間に王都へ舞い戻り、何食わぬ顔で宿へ入って旅の仲間と合流した。



 ネリンはそのまま王都で冒険者の仕事に復帰し、新しい依頼を受けて街の外へ出かけたという。


 リンジーは王都のレストランやホテルを回り、料理人の仕事を探し始めていた。

「口入れ屋とかへ行った方がいいんじゃないの?」


 私は聞きかじりの知識で、プリちゃんに聞いてみる。


「貴族の館や大店の奉公人などは、口入れ屋を通すことが多いですね。でも評判の良い店で責任のある仕事を任されるためには、結局本人の資質がものを言います」


「特別な才能を示さないと、採用して貰えないってこと?」


「そうですね。特別に口入れ屋を通して集めなくても、働きたいという者は大勢いますから」


「なら逆に、将来性のある見習いや腕の良い料理人は、別の店に引き抜かれたりとかするんだ」


「そう。だからリンジーは、例え短い時間でもマツマツの超有名宿で仕事をした実績を持って、あちこちの店を回っているのでしょう」



「早く仕事が決まるといいね」


「大丈夫ですよ。魔法の才能だけでも、厨房では引く手数多でしょう」

 プリちゃんは、自信ありげだ。


「料理に、魔法が関係あるの?」


「当然です。姫様には縁のない話でしょうが、適切な魔法を適切に用いることで、通常では不可能な手順の料理を素早く大量に作ることが可能になります。食材を洗い、水を切って斬り刻み、潰し、温め、冷やし、混ぜ合わせる、などの作業に魔法を加えるだけで、一人で何人分もの働きが可能になるのです」


「そっか。私もその適切に、ってところ以外は全部得意なんだけどなぁ」


「刺抜き魔法で一度に何十人もの怪我を治すような人には、料理は危険ですね。厨房の料理人が、全員同時に調理されてしまいます」


「やめて、想像しちゃう」


 私だって、単純に切るだけとか温めるだけ、とかなら、どうにかなったりする部分もある。まあ、しかし雑だけど。



「ねえ、プリちゃんは錬金術とかできないの?」


「私には、無理ですね。それに、あのデリケートな作業を姫様がやるイメージは、ちょっと……」


「あ、鼻で笑ったな!」


「私は少しだけ、できますよ」

 黙って聞いていたセルカが、遠慮がちに声を上げた。


「私が作る謎金属とかって、錬金術じゃないの?」


「「違います!」」


「錬金術は特別な素材を混ぜ合わせ、適切な手順で魔力を加えることにより、新たな物質を作り出します。何もないところからポンポン金属を作り出す、姫様が異常なんです」


 酷い言われようじゃないか。自分たちだって、毎日ポンポンと水とか氷とか出してるだろ。それと同じなのに。


「で、セルカは何が作れるの?」


「えっと、初級傷薬と虫除け薬です」


「舟酔いの薬も早く覚えろよ」

 プリちゃんが混ぜ返す。


「そんなの聞いたことがありませんよ。野原で摘んだ薬草と専用の魔道具を使って、作るのです。兄さんが冒険者になってから、いつも怪我が絶えなかったので一生懸命覚えたんです」


 確かにあいつらはいつも半裸で走り回っているので、この二つは必需品なのだろう。


 そうか。錬金術とは、盲点だったな。魔法薬とか魔道具とは、どう違うのだろうか?



「姫様、まさか錬金術を学びたいとかおっしゃらないですよね?」

 何故か、怖い顔したプリちゃんに睨まれる。


「えっ、ダメなの?」


「錬金術は、危険な技術です。専門家ですら調合や魔力の加え方を僅かに誤り、事故で命を落とす者が多いと聞きます」


 真面目な顔で、説教が始まる。


「いや、そんな大それたものじゃなくてさ……」


「ですから、生活魔法ですら広域上級魔法に変えてしまう姫様だからこそ、敢えて言うんです!」


 うーん、まるでナントカに刃物的な言われ方だ。それでいいのか?


 いや、仕方がないか。

 もう少し、調べてみることにしよう。



 さて、それから私たちは再度ケーヒル伯爵に面会し、現状を相談した。


 約束通り、伯爵はその後も独自のネットワークにより、ウッドゲート家に関する情報を収集してくれていた。


 それによると、やはり一部の勢力がウッドゲート家と王家の密約に疑いを持ち始めているのは、疑いようがない。


 その密約を探るためにウッドゲート領へ様々な密偵が送られたが、どうやら誰一人戻らなかった様子。


 現地にいる王宮の諜報部隊だけではとても防ぎきれないような、選りすぐりの手練れや潜入の得意な密偵を送っても、何の成果も出ない。敵さんは、かなり焦り始めていたようだ。


 伯爵の話を聞いて、私はエドとネルソンの存在を思い出していた。

 きっと、彼らが金鉱の秘密を守ってくれているのだろう。


 ああ、ありがたや、ありがたや。


 しかしこれでめでたし、めでたし。とはならないのだ。



「だがそのために、来年王都の学園へ入学する嫡男ブランドン君の身の安全が、心配されています」


 伯爵は、そう憂慮する。そして、王宮もまた、心配しているらしい。


 王宮としても、地方の一子爵家の嫡男風情に、大袈裟な警備を付けるわけにもいかない。それでは自ら、そこに何かあるぞと認めたことになってしまう。


 しかし、このままでは兄上の身に、何が起こるかわからない。そんなの嫌だ。

 そこで、私は考えた。


「あーあ、私が早く学園へ入れればなぁ……」


 何気なく呟いた一言に、伯爵が食いついた。


「確かに、アリソン殿の変化の力があれば、それは可能ですね。学園へは、私でも手を回せるでしょう。あとは、どう身分を取り繕うか……」


 ケーヒル伯爵は顎に手を当てて考え込んでいる。確か、彼には既に成人した子が何人かいて、娘たちは皆嫁いでいる。ケーヒル伯爵の隠し子にでも化ける?


 兄上は学園寮に入ることが決まっている。私自身も学園へ入学して同じ寮に入れば、常に兄上の近くにいられることになる。確かに、これは名案だ。


「明日まで時間を戴きたいのですが。私が、何とかしてみましょう」


「すみません。よろしくお願いいたします」


 ひょんなことから、とんでもない計画が動き出した。



 翌日の午後、私たちは期待に胸を膨らませて、魔術師協会本部を訪ねた。


 実際には三人とも実に奥ゆかしく控えめな胸なのだが、余計なお世話だ。


 巨乳担当だった師匠が抜け、プリスカをリスペクトする体脂肪率控えめなセルカが加わったので、このざまさ。


「アリソン様。ご紹介します。こちらは本協会に並々ならぬご支援を戴いている、リッケン侯爵でございます」


 隣に立つ黒々とした髪の整った顔立ちの男性が、こちらを向いて恭しく頭を垂れた。


「お会いできて、光栄です。大賢者様のご活躍はこのケーヒル伯爵より何度も聞き及んでおります。私にできる事であれば、ぜひ協力をさせてください」



 それからとんとん拍子に話は進み、魔術師協会の後ろ盾の一人、リッケン侯爵の末娘として、私は来季から学園へ入学する手筈を整えてくれた。



 リッケン侯爵は若いが魔術師協会にとっては有力な支援者で、しかも国王の甥にあたるムライン公爵とは幼馴染で昵懇の間柄である。


 リッケン侯爵は数年前に娘を病で亡くしているため、将来有望な魔術師の娘を養子に迎えたことにすれば、学園へ入学させることも容易だった。


 しかも侯爵令嬢ともなれば子爵家よりも身分が高く、学園内でも動きやすい。


 更にリッケン侯爵の親友であるムライン公爵の次男は優秀で、現在学園に在学中なのだと聞いた。


 きっと、何かと力になってくれるだろう。


 ムライン公爵は王家の血筋なので、私の正体が伝わると情報が王宮へ筒抜けとなる恐れがある。そのため、表向きはあくまでも普通の新入生として入学する必要があるのだが。


 プリスカとセルカは、私の侍女として一緒に学園寮へ入る。


 それまでに侍女としての仕事と行儀作法の見習いとして、リッケン侯爵の館で徹底的な教育を受けることになった。


 私は二人と別れ、一度谷に戻り、エドとネルソンに会って話を聞いてみるつもりだ。

 冬の間は谷に残り、陰から家族を守るのだ。


 そしていよいよ春になれば、姿を変えてリッケン侯爵家に世話になり、プリスカとセルカに合流する。



 えっと、ただ一つ心配だった、学園の入学試験や面接がなくて、とても助かった。さすが、侯爵家である。


 ちなみに、懸案だったリンジーの王都での仕事も、無事に決まったようである。



 アリソン六歳編 終



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