開花その51 三人のエルフ 後編2
エルフ三人娘は、私が谷の館に逗留中に自ら志願して、女中の真似事をしていた。私には、今後の人間社会に入るための勉強をさせてほしい、と称して。
三人は、谷の住人よりも非常識な田舎者として、我が家の使用人の頭を大いに悩ませた。だろうね。
当初は私の客人扱いであった者が、突然使用人の立場になったのだから、周囲も困っていたのを覚えている。
それも、全員で鉱山の城へ移動するまでの短い間だったけれど。
だから、エルフたちは私の兄上とも面識がある。
確か、来年王都の学園へ入学するため、今年中に一度、兄上自らが王都を訪れる必要がある、という話をしていた。
それを知ったネリンが、兄上の警護を引き受けたのだろう。
次に、私たちは魔術師協会へ行った。
お世話になっている、ケーヒル伯爵に会うためだ。伯爵は自領よりも王都にいることがほとんどで、この街の事情には詳しい。
だが、協会長としての仕事も忙しいらしい。
そんな多忙な伯爵だが、約束もなく訪ねて行った私たちを、歓待してくれた。
「少し見ないうちに、賢者様は随分と成長されましたな」
そう言えば、昨年王都で会った時には、私は五歳の幼女だった。
「この方が、旅するのが楽なので、つい……」
私たちは各々が挨拶を交わし、三人のエルフが人間の町で暮らすために一緒に旅をしていたことと、夏に別れてそれぞれ別の道を歩み始めたことを説明した。
師匠の結婚については、直接手紙で知らせが届いているだろう。
そして、二人のエルフの身に続けて起きた襲撃事件と、この街に住む三人目のエルフ、ネリンの行方についても。
「実は、ウッドゲート子爵のご子息については、周囲に不穏な噂がありました」
伯爵は驚きもせず、そんな事を言い始めた。
「表では語られませんが、昨年谷を襲ったのとは別の邪宗の一派が、子爵家と王家の間に何か密約があるとの疑いを持ち始めています」
「いや、それはスミマセン。私が派手に暴れたもので……」
昨年、父上と私が王都に呼ばれた一件は、様々な憶測を呼んでいるらしい。
ただ世間が知るのは、ウッドゲート男爵が子爵となり、その領地を広げたという事実のみだ。
「それで今回、ネリン君がウッドゲート家の護衛を勤めたことで、君たち三人とウッドゲート家の関係が注目され、昨冬ウッドゲート領に三人が滞在していたことまで知られてしまったのです」
「えっ、伯爵はそんな事までご存じだったのですか?」
「はい。名前までは知りませんでしたが、あの邪宗と闘いそれを退け、客人として三人の若い凄腕の魔術師が谷の館に逗留していた、との噂までは王宮も掴んでいます」
「まさかそれが理由で、ネリンも狙われたとか?」
「その可能性は、大いにありますね。何故なら今回の王宮訪問で、来年嫡男のブランドン君が王都の学園寮に入ることが正式に決まりました。来年以降の警護体制には、王宮も今から頭を悩ませています」
兄上の身が、狙われる?
そんな恐ろしいことが……
「実際に、谷の周囲を警護する王宮の諜報部隊は、最近大忙しで大幅に増員されたと聞き及んでいます」
私の知らぬ間に、大変なことになっていたようだ。しかし伯爵は、そんな事まで話してしまっていいのだろうか。逆に心配になる。
「でも、私たちを誘拐して、どうするつもりだったのでしょうか?」
カーラは、納得できない思いを口にする。
「確かに、貴族が王家との密約を簡単に破るとは思わないでしょう。例え人質を取られて脅されても。だがその人質が嫡男であったなら、揺らぐかもしれない。今回はそのための布石、或いは子爵家の秘密を少しでも聞き出そうとしているのか……」
「なるほど、相手は打つ手がなく、焦っているということですね」
私は少し安心した。
しかし、今はネリンの行方が心配だ。
「ネリンの行方には、何か心当たりはありませんか?」
「いや、そこまでは判りません。私も協会の伝手を使い調べさせましょう」
私は、伯爵に何の手土産もなく訪れたことを後悔した。
正直言って、ここまでの情報を伯爵が持っているとは。この人は、信頼できる優秀な味方だ。
「手土産と言っては何ですが、これを幾つか置いて行きます」
私は半球形の白い石をゴロンと卓上に並べた。
「これはまさか、最近噂に高いドワーフのスプ石では!」
「さすが伯爵、ご存じでしたか。これは私がドワーフの村にいた時に造ったもの。水魔法が仕込まれておりますので、火災の折には役に立つでしょう」
「噂には聞いていましたが、本物を見るのは初めてです。これも、賢者様のお仕事でしたか。私、改めて感服いたしました」
伯爵は宝石に触れるように石ころを持って、顔を近付けて眺めている。
「本日は、これで失礼いたします。連絡先は、こちらまでお願いします」
プリスカが黙って宿の名を書いた紙を差し出す。私たちは協会を退出し、ネリンの行方を捜すことにした。
とはいえ、八方塞がりである。
「どこか、静かな場所へ移動しよう」
私はネリンの微弱な魔力を補足すべく魔力感知を続けているが、王都は広すぎて難しい。
それに、恐らくは魔力封じの腕輪を着けているのだろう。
だが、静かな場所で集中すれば、或いはその魔力の痕跡を辿れるかもしれない。
プリスカが、王宮から離れた広場へ連れて行ってくれた。
広場を囲む円形の建物の屋上へ上ると、街が見渡せる。
人のいないベンチに腰を下ろし、無音の結界を張った。
ルアンナも、今は王都中の精霊たちに声を掛け続けている。私も、出来る限りのことをしよう。
「カーラとリンジーは、王都でもう一度襲われる可能性があるからね。下手に街をうろついて聞き込みなどしていると、危ないな」
伯爵の話を聞いた今、敵がかなり手強い組織であると判明した。きっと、かなり上位の貴族も絡んでいるのだろう。
目立つような動きをすれば、こちらが逆に狙われる。既に冒険者ギルドでの聞き込みを、堂々とやってしまった。いや、待て。逆に、その方がいいのか?
「向こうから迎えに来てもらおう作戦?」
「囮ですね」
「私なら魔力封じの腕輪は何の意味もないし、ネリンのいる場所まで向こうが連れて行ってくれれば助かる。そこがもし別の場所なら、敵を捕らえてネリンの居場所を聞き出すのみ」
「まさか、姫様自身が囮になるなんて……」
「大丈夫、私にはルアンナが付いているし、常にドゥンクとシロちゃんが守ってくれるよ」
「本来なら、それは私の役目なのですが……確かに姫様の魔力を封じる道具はありませんし、結界を破れる者もいないでしょう」
プリスカは、仕方なくそう言った。
「姫さん、ワイも力になりまっせ」
「こら、こんなところで出て来るな……あと、一応エロパンダもいるし」
「確かに姫様なら無敵に思えますが、どうやって敵を誘き寄せますか?」
「それはほら、ルアンナの変身魔法で私がカーラの姿になればいいんじゃない?」
私はそれからカーラの姿になって、あちこちネリンの行きそうな場所を訪ねて回った。
他のメンバーは宿に籠り、万一の襲撃に備えている。
エルフとセルカの魔法に電撃棒を持ったプリスカがいれば、そう簡単にはやられないだろう。
私は吞気に街を歩き回って、次第に人の気配の少ない場所までやって来た。そろそろ、来るかな。
強い魔力が三つ、私を囲むように近付いて来るのを感じた。
前方の路上に、中年の女がうずくまって苦しんでいる。
私は駆け寄って、どうしましたかっ、と言った途端に急に眠気に襲われた。なるほど、これがスリープの魔法か。よし、今度使ってみよう。
ばったり倒れて寝たふりをしていると、両手に魔力封じの腕輪を着けられた。そのままやって来た馬車に乗せられて、どこかへ運ばれて行く。
行先が、当りだといいなぁ。
結果的に言うと、そこは当たりだった。私が暗い部屋に放り込まれると、すぐに「カーラ!」と叫んでネリンが寄って来た。
私は眼を開け、ネリンを見る。
小さな魔道具の灯が照らす暗い地下室のような場所に、ネリンがいた。私と同じ、鍵のかかる重い魔力封じの腕輪を両手に着けられていた。
私はルアンナに無音結界を張ってもらい、口を開く。
「ごめんね、ネリン。私はアリソンなの」
「えっ、姫様?」
「カーラもリンジーも無事よ。救けに来たの」
「ああ、そうでした。姫様には、こんなおもちゃは通用しませんものね」
そう言って、ネリンは両手を上げて腕輪をガチャガチャと打ち鳴らす。
「そう。でも、ここの連中を放ってはおけない。ここには何人いるの?」
「そうですね、昨夜から最大で五人の違う声を確認しています」
「で、今は何人いる?」
「たぶん、五人全員」
「なるほど、私の魔力感知と同じだ。地下に二人、一階に三人。二階以上にいる魔力の弱い連中は、一般人だね」
「凄い、姫様の魔力感知は、また精度を上げましたね」
「うん、海で色々あったからね。じゃ、ちょっとスリープの魔法を試してみようか」
「え、姫様が魔法を使うんですか?」
「そんなに嫌そうな顔をしないでよ」
「だって……」
「フン、ほら、スリープ!」
あ、ネリンまで眠ってしまった……またこれか!
私は慌ててネリンに回復魔法と治癒魔法をかけて、目覚めさせた。そして邪魔な腕輪を破壊して、ついでに部屋のドアも風魔法で破壊する。
廊下へ出ると、二人の見張りが熟睡していた。
その邪魔な体を跨いで一階への階段を上ると、部屋の中でカードゲームをしていた三人が、テーブルに突っ伏して眠っていた。
よし、では手筈通り、王都の治安を守る守備隊に引き渡しましょう。この場所を案内してやって、ドゥンク。
ドゥンクは影の中から、プリスカの元へ跳んだ。
少し経つと、外がやけに騒がしい。守備隊が到着したにしては、早すぎる。
建物の扉を開いて外を見ると、意外なことに明るく広い道が目の前に見えた。
ここは、街外れにある大きな食糧倉庫の並ぶ一角だった。
だが、その広い道に、人がやたらと大勢倒れている。どんな酷い災害現場だ、と思って私は気が付いた。
みんな、眠っているんだ!
「ほーら、姫様。災害級のスリープですよ」
「……」
「あ、でもこれをやったのは、カーラですね」
「うん、そうそう」
私は頭を抱えながら、カーラにどう言い訳しようか考える。
その間にも、外の騒ぎは次第に大きくなっていた。
これは、ちょっとマズイぞ……
結局、私たちは外へ飛び出して、大慌てで怪我人の救助をすることになった。
終
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