開花その51 三人のエルフ 後編1



 一泊三食付きで金貨十五枚を、どう判断すればよいのか。


 私たちが普段贅沢して泊まる街の普通の宿で、朝夕二食付きで一人銀貨一枚程度である。金貨一枚はその百倍に当たるので、ここでの一泊は普通の宿千五百泊分に相当する。


 とはいえ家族十人程度(ベッドルームはダブルかツインが普通)と従者の部屋まであって三食付くのだから、一人当たりの宿泊料金はその十分の一としても、一般の宿に半年近くは泊まれる値段だ。


 それがただの一泊分である。


 このまま何事もなく数日宿泊すれば、あっという間に百枚単位で金貨が飛んで行く。


 だが、実は私は本物の金持ちだ。何しろつい数か月前までは、その金貨を造っている場所に住んでいたのだから。


 私が何もしないで、黙って見ているわけがないだろう?


 一生金には困らないほどの財産を、私は持っているのだ。私の一生、だよ。


 どうやって、とかは聞かないでね。エドとかネルソンとか、悪い大人に騙されて資産を持たされた、とでも思ってくれ。


 元々国王からもかなりのお金を持たされていたからね。あ、あれも元はエドのお金か。


 まあ、それはエルフの国の隠れ女王として、最低限必要なのだそうだ。


 普段は目立たぬよう山で野宿などしているが、出し惜しみはしない。



 その夜、宿へ侵入者があった。二人の男は、どちらも大きな魔力を持つ。


 私から見れば遠くにいても一目でわかるような強い魔力が二つ、宿へ接近して来た。

 当然、狙いはリンジーの寝室である。


 さすがに高級宿だけあって、見習いのリンジーにも狭いが個室が与えられている。

 母屋から裏へ張り出した、厨房の上にある屋根裏部屋のような場所だが、悪くない。きっと、リンジーの優秀さに期待しているのだろう。味音痴のエルフが、出世したものだ。



 幾ら訓練された歴戦の強者であっても、不意を突かれなければ、私たちの敵ではない。


 敵を撃退するのは簡単だが、問題はその後だ。


 カーラのいたドロルでは派手に暴れてくれたおかげで、警備隊に身柄を預けることができた。


 しかし貴族や金持ちが宿泊するこの場所で、大きな騒ぎを起こすことは望まない。何より私が恐れるのは、世間の注目を浴びることだ。


「出来る事なら、誰にも気付かれずにひっそりと処理したい」


 うっかりそう呟くと、プリスカの瞳が輝く。


「お任せください。人知れず処理いたしますので」

 いや、ちがーう!


 重りを付けてチチャ川の底に沈めるぞ、とかそういう話をしているんじゃない。


「だから、殺すな。生け捕りにして、私たちの部屋まで連れて行く」


「それは難易度が高めですね」


「大丈夫、不可視、無音の結界を張るから」

 いや、結界を張るのは、ルアンナだけどね。



 プリスカが電撃棒で二人を沈黙させ、リンジーとの感動の再会の興奮と共に二人の賊を私たちの部屋までお持ち帰りして、無音の結界はそのまま維持した。


「無音の結界があるから、話をしても大丈夫だよ!」


 私が言うと、リンジーが私に抱きついて来た。


「姫様、お元気そうで。フランシスはどうしたの?」


「ああ、遂に結婚して、パーセルと言う港町で暮らしている。相手は、そこにいるセルカの兄さんだ」


「へへ、私も人間界に慣れたので、そんなつまらない嘘には引っ掛かりませんよ」


「いや、本当だって」


「ほら、どうせその辺に隠れて脅かそうとしているんでしょ?」


「セルカ、何とか言ってくれ」


「はい。初めまして、姫様の忠実なる下僕のセルカです。以後よろしくお願いいたします。姫様のおっしゃることは本当で、フランシス様は私の兄シオネと婚姻を結び、故郷のパーセルで海の冒険者として暮らしております」


 こいつ、完全に雰囲気に吞まれまくっているな。


「えっ、本当なの、カーラ?」


「そうみたい」


「ひえー」


「さて皆様、ここで気絶している二人は、いかがしましょう」


 プリスカが、お預けを食らった犬のように、涎を垂らしそうに床に横たわる男たちを見ている。既に、魔力封じの手枷足枷を着けているので安心だ。


「まさか、起こして拷問、とか考えているんじゃないよね?」


「ギクッ」


「それはカーラを襲った賊がやられている頃だろうから、こいつらには私の忘却魔法の実験台になってもらおう」


「え、その魔法って、姫様の冗談だったのでは?」


 セルカが、怯えた声を出す。


「いや、いつだって私は本気だよ」


「ひえー」



「じゃ、ちょっと捨てて来るから」

 私は二人を抱えて、窓から空へと飛び立った。


 かなりの高さまで上がり、街外れの土手下へと降り立った。すぐ横にはチチャ川が流れる音がして、周囲は虫の鳴く声がするだけだ。月は厚い雲に隠れ、闇は濃い。


 そこで私は、二人を治癒魔法で目覚めさせた。


「大声を出しても、誰も来ないよ」

 ごくりと唾を飲み込む音が、二つ。


「言いたいことがあれば、聞くよ」


「「何もない」」


 二人とも、いい度胸だ。


「じゃ、こっちのあんたから」


 私は実験台として、手前の男に忘却魔法らしきものをかけてみた。


「ど、どうしたんだ、目が見えない。ここはどこだ?」

 男の慌てた声が響く。


「お前は何者だ?」


「わ、判らん。俺の名前も、何も覚えていない。どうなっているんだ?」


「よし、忘却魔法は成功なようだ。少々忘れすぎたようだがな」


「お、おい、まさかそれを俺にもかけるのか?」


「当然」


「待て、知っていることは話す。俺はただ、親方に頼まれただけだ」


「親方とは?」


「俺たちを拾って仕込んでくれた、エスクロウ傭兵団の特殊部隊だ」


「親方の名と、本拠地は?」


「そ、それはわからん。エスクロウという名前以外、知る者はいない。本拠地は次々と移動する。連絡手段は親方から指示があるだけ……」


 これだけの強さを持ちながら、何も知らない末端の兵士なのか。


 私は黙って二人の男に、忘却魔法をかけた。


 そしてすぐに雷撃魔法で気絶させ、この河原で起きたことも全て忘れさせた。


 手足の戒めを外し、そのまま私は宿へ飛んで帰る。


 やはり、特定の記憶だけを消すのは難しいようだ。



 部屋へ戻ると、セルカ以外の三人は話が弾んでいた。


 私はセルカに近付き、肩を抱く。


「セルカ、明日は王都へ行くよ」


「ひえーっ」

 セルカの悲鳴に、三人が振り向く。


「明日の朝にはこの街を出て、夜には王都までひとっ飛びするから」


「ネリンが心配なので、行ってくれるんですか」


「うん、早く行かないと、間に合わないかもしれない」


「では、私も休暇を貰います」


 リンジーが言うが、働き始めたばかりの職場で、そんな事が出来るのだろうか?


「大丈夫か?」

 プリちゃんが心配げにリンジーを見た。


「ダメなら、私も王都で仕事を探します」


「そうか。私はドロルへ戻れるから、王都にも行きます」


「じゃ、今夜はもう眠って、休もう。明日はリンジーが準備出来次第、出発だ」


「セルカもこんな高級宿には二度と泊まれないかもしれないから、ふかふかのベッドで良く寝ておけよ」


「緊張して、寝られそうにありません……」


「では私が、眠りの魔法をかけてやろう」


「そ、それはもしかして、二度と目が覚めない奴では?」


「いや、まだ使ったことがないのでわからん」


「実験台は勘弁を~」


「忘却魔法はどうでしたか?」

 プリちゃんは、楽しそうに尋ねる。


「うん、自分の名前も忘れるほどに、完璧だった」


 私は胸を張る。師匠がいたら、怒られたろうなぁ。


「さすが、姫様」

 プリちゃんは純粋に感心していた。


「私、もう寝ます!」

 そう言って、セルカは逃げるように、自分の部屋へ消えた。


「では、私も自分の部屋へ戻ります。また明日」


 リンジーが、普通に部屋を出て行った。あんな事があった後なのに、さすがエルフは度胸が違う。



 翌日、荷物をまとめたリンジーが部屋へ迎えに来た。


「やはり、クビになりました……」


「では、王都へ行こう」


「はい」


 私たちは宿を出て、のんびりと街道を歩いて東へ向かう。


 どうせ明るいうちには、派手なことはできない。


 積もる話をしながら、のんびりと歩くのにはいい季節だった。


 それでも、半日ほど歩いて街を離れれば、それ以上歩く意味もない。


 歩きながら、メタルゲート号を出せそうな平坦な森を探していた。そこで早めの夕食にして、日が暮れるのを待って空を舞う作戦だ。


 ドゥンクを野に放ち、偵察をお願いする。


 ドゥンクは森を駆け巡り、道から森へ入って谷側へ下がった場所に、理想的な平地を見つけてくれた。


 私たちはそこに船を置いて、中で寛ぎ時間を潰した。


 特にエルフの二人は師匠の結婚相手に興味津々で、セルカを質問攻めにしている。これはそのうち、師匠を冷やかしに出かけそうだ。



 さて、日が暮れれば、私たちの時間だ。


 王都は広いので、手前の森の中に降りて、そこからは徒歩になる。


 しかし心配で、先頭を行くプリスカの足も自然と速くなった。


 ちなみに王都はプリスカの本拠地なので、身元を隠すためにお約束の男装をして貰った。これにはセルカが興奮して、おかげで文句の一つも言わず必死に走って付いて来る。


 セルカの瞳が怪しく輝くのが私には怖くて、迂闊に近寄れない。こいつが本気を出した時には、何か恐ろしい狂気じみたものを感じる。


 あ、それがプリちゃんとの共通点か。



 王都でのネリンの住居は、リンジーが知っていた。


 ネリンは、プリスカと同じ王都の冒険者ギルドに所属する、冒険者になっていた。王都を出入りする貴族や商人の護衛、それに近隣の街や村から依頼されての魔物退治など、王都での仕事は多い。


 既に並みの冒険者では及ばぬ実力を秘めているネリンなら、すぐに王都で名が売れるだろう。


 それだけに、ネリンが自宅にいる確率はかなり低い。


 私たちはネリンの住む家を訪ねたが、やはり留守であった。


 次に、プリスカの案内で冒険者ギルドへ向かった。


 プリムとセルカは、私の父親が経営する大店に雇われている護衛という位置付けは変わらない。プリムが男装していようが、知ったこっちゃない。


 ギルドで偽のギルド証を提示して、プリムがネリンの事を訪ねたが、基本的には冒険者が請け負った仕事に対しては、ギルドが答えることはない。


 ただ、遠くから訪ねてきた友人に対して、今はギルドの仕事を受けていないので家にいる筈だ、程度の答えは返って来た。


 それからギルドの外で待ち伏せして、出入りする冒険者たちに片端からネリンの事について聞き込みを続けた。



 どうやらネリンは正式にはどこのパーティにも属さず、仕事の都度様々な人と組んでいたらしい。


 腕利きの魔法使いを求めるパーティは多く、勧誘もかなり激化していたようだ。


 しかし、昨日までの足取りは掴めたものの、今日の予定は誰も知らない。


 もし誘拐されたとすれば、私たちが空を飛んでいた昨夜のことになる。


「あ、あと一日早く来ていれば……」


 カーラとリンジーは悔やむが、それは仕方がない。こちらとしては、二人を無事に守れたことが奇跡に近いのだ。


 その中で、耳寄りな情報があった。


「貴族の仕事は受けていなかったけど、少し前にどこかの田舎貴族の嫡男が王都へ来た際は、珍しく護衛の仕事を受けていたな」


 何人かの冒険者が、同じようなことを言っていた。


「それはひょっとして、ウッドゲート子爵では?」


「ああ、確かそんな名前だったわ」


「まさか!」



 後編2に続く



  

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