開花その51 三人のエルフ 前編2



「あれは、この手の仕事のプロですね。手際が良すぎます」


 二人の賊は、プリスカも簡単に出し抜かれるほどの手練れであった。


「あの男たちは、私に魔力封じの腕輪を着けようとしていました」


 意識を取り戻したカーラが、そう言った。


 私たちはカーラの部屋に入り、私が収納から出した熱いお茶を飲みながら、事情を聴いている。


「だから、セルカの魔力を感知できないのか」


 私はすぐにセルカの魔力を追ったが、既に何も感知できなかった。


「カーラには、何か襲われる心当たりがある?」


「いいえ、何も」


「他の二人は?」


「二か月ほど前に、自分の目標を持って旅立ちました。リンジーはチチャ川の畔マツマツへ。ネリンは王都へと向かった筈です」


「そうだったのか」



 しかし、セルカの手掛かりは、何もない。男たちの目的は、何だろう。


「ひょっとして、私の関係者として狙われたのか?」


 だとすれば、人質は丁重に扱われるだろう。


 大人の姿になった私の素性を知る者は、少ない。


 だとすれば、ウッドゲート領の関係だろうか。雪の中に駆け付け魔獣ネメスと闘っていたところを見た邪宗の生き残りがいたのか?


 それならば、エルフ三人娘がこの冬ウッドゲート領にいたことを知る者がいても、おかしくはない。三人が本物のエルフだとは、知らないだろうけど。


 その時の私は、まだ五歳の幼女姿だった。


 とすれば、セルカはリンジーかネリンに間違われて、攫われた可能性がある。


 プリスカや師匠の身辺を探っていれば、こんな面倒な女を攫おうとする阿呆はいないだろう。



 それから、私は必死に集中して、セルカを攫った二人の男の魔力を探した。


 あれだけの能力を持つ魔術師は、多くない。だが、魔力感知を妨害するような道具を使う以上、私のように魔力を感知する人間が他にいても、おかしくはないということだ。


 だとすれば、魔力封じの腕輪などを着用して潜伏している筈だ。


 それでも魔法が使えなければ不便なので、完全に魔力を抑えるようなことはしないだろう。


 だから私は、小さな魔力の反応を片端から調べている。


 この街でそこそこの魔力を持つ者は千人ほどもいて、その内の二人が昨日の賊だろうと思う。



「ルアンナ、街の精霊たちにも、聞いてみて」


「姫様、もうわかりましたよ」


「早いっ!」


「いえ、丁度魔道具の煙の中から走って行く不審人物を追いかけて遊んでいたカラスの精霊がおりまして」


「もっと早く言ってよぅ」


「いえ、我もたった今知ったところです」


 よし、じゃあそこへ乗り込むか。



「居場所を突き止めたよ」


「さすが姫様」


「プリスカ、判っていると思うけど、こんな街中で人を殺すなよ。これを使え」


 私は刃の無い鉄棒のような剣をプリスカに渡す。


「これは?」


「弱い雷撃魔法を発する剣だ」


 電撃警棒、スタンガンという奴に似ているが、こいつは先端だけでなく鉄棒部分のどこで当てても雷撃魔法を発する。


「これなら存分に戦えます」


「殴り殺すなよ」


「まさか」


「その棒は切れないが、簡単には折れないぞ。安い剣なら軽く折る。頭を叩けば頭蓋が砕けるぞ。気を付けろ」



 鬼に金棒を与えてから、カーラも一緒に敵のアジトを襲撃に出かけた。


 逃走からまだ二時間ほど。きっと油断しているだろう。


 今度は私の影には、ドゥンクとシロちゃんを潜ませている。

 一応、パンダもいるが。


 街外れの小さな宿屋の地下に、セルカは運ばれていた。


 魔法により眠らされているのか、縛られたまま寝台に横になっている。


 影を伝って侵入したシロちゃんが、全てを伝えてくれた。地下室への隠し扉の前にはもう一つの部屋があり、そこに先ほどの二人の男が向かい合って、酒を飲んでいる。


 その部屋は宿屋の勝手口からしか出入りできないので、一般の客は全く気付かない。


 おかげで、誰にも気付かれずに私たちもその部屋へ侵入できた。


「な、何だお前はっ!」


 男がプリちゃんに気付いて立ち上がるよりも早く、電撃棒が二人の男の首筋を殴打して、簡単に床に倒れた。


「首はダメだよ、死んでない?」


 賊が気の毒になるような嫌な音がしたので、私は駆け寄り首に手を当てて、生存を確認した。


 私は魔術師用の手枷と足枷を収納から出して二人の男を拘束してから、治癒魔法をかけてやった。



「プリちゃん、この街の警備隊か冒険者ギルドにひとっ走り行ってくれる?」


「かしこまりました」


「私はこの宿の主を捕まえておくから」


「殺さないでくださいよ」


「いいから、早く行けっ!」


「ふふ、姫様たちは、相変わらずですね」

「いや、今はもっと悪い」


 そして店主と従業員を縛り上げ、安全を確保してからセルカの拘束を解き、魔力封じの腕輪も外して、治癒魔法と回復魔法を使った。


 地下室で目覚めたセルカは、何が起きたかも理解できずにぼんやりしている。


 寝台に座らせたまま果実水を飲ませ、カーラの部屋からここまでの事情を説明した。


 状況を理解するとセルカは恐怖に震え始めたが、カーラが隣に座って優しく手を握り、髪を撫でて落ち着かせた。


 カーラも同じ賊に襲われ、意識のあるうちに縛られ連れ去られそうになったのだが、さすがに百年近く生きている人は貫禄が違う。



 床に転がっている犯人とその一味は、プリスカが連れて来た街の警備隊に引き渡された。これから尋問を行い、カーラが狙われた理由や黒幕の存在が、判明するといいのだが。


 他の町へ行ったリンジーとネリンが心配なので、この一件は秘密裏に処理してくれるという。


 ただこの場所は王家の直轄領なので、事件はダイレクトに王宮の関係者へ伝わるだろう。嫌な感じだ。


 とはいえ、いつも大騒ぎを起こしては慌てて逃げる、の繰り返しだった私としては、初めて被害者として認定されて悪い気はしない。


 だが私たちはか弱い乙女なので、被害にあった事実も秘密にして貰い、何事もなかったようにカーラの家に戻った。


 さすがに部屋の扉が吹き飛ばされ、土埃が周囲を覆ったりしたので、下の魔道具店の店主も心配して様子を見に来ていた。


 本日は店が休業で、店主は街の離れた場所に棲んでいるらしい。


 店の二階を借りてカーラは下の店で働いているが、元は狭い部屋にエルフの三人で暮らしていたらしい。



 犯人も捕らえられ、こちらの被害も軽微だったので、その夜はカーラと共に街のレストランで食事をした。


 一番酷い目にあったセルカはほぼ眠っていたので、カーラのケアのお陰ですぐに元気を取り戻した。


 だが、心配なのは他の二人のエルフだ。


 結局三人は、別々にやりたい事、住みたい場所を見つけて、三者三様に別れたのだった。


 気の長いエルフにしては、素早すぎる決断だ。別に、三人の仲が悪かったのではなかろう。


 互いに信頼し合っていたが、その分だけ相手を思いやり、互いの意思を尊重する基盤ができていた。


 争いの絶えない人間と違い、エルフたちが長い間平和に暮らしているのも、個人主義の考え方がきっと根本的に違うのだろう。


 特にウェットな元日本人の部分を基準にすると、慣れるまでは三人揃って何年か暮らすのが当然、と私は勝手に思っていた。



 リンジーが今住んでいるのは、私が誤って川に橋を架けた、あのマツマツだ。


 私とフランシスの話を聞いただけで、そこで暮らしたいと思ったのは何故だろう。不思議だ。


 マツマツへは、カーラも同行すると言う。


 確かに、東へ向かう街道はよく整備されて、しかも、距離も近い。


 翌日休暇を貰ったカーラが合流し、朝一番の駅馬車に乗ることになった。

 ……筈だった。


 しかし、私たちはその夜遅く、メタルゲート号に乗ってチチャ川に浮いていた。どうしてこうなった?



 食事の後、酔った勢いで私たちは宿を引き払い、魔道具店の店主から休暇を貰って来たカーラと合流して、街の外へ出た。


 それから街道沿いの林の中にメタルゲート号を出して乗り込み、夜陰に紛れてチチャ川まで空をひとっ飛び。


 朝が来る前にマツマツの下流側に着水し、暗闇の中で上陸地点を探している。


 酔いが醒めて、またやってしまったことを後悔するが、ここには怒り狂う師匠がいない。


 いつものように、蒼ざめて呆然としたセルカがいるだけだ。



 適当な場所から上陸して、船を収納する。そのまま明るくなるまで土魔法で作ったシェルターで仮眠を取り、朝一番でマツマツの街へと向かった。


「リンジーは、何をしたいんだって?」


「貴族相手の高級な宿屋で働きたい、と言っていました」


「将来は、ホテル王か」


「はっ、何ですか?」


「いや、独り言」


 宿で働くとなれば、住み込みだろう。一日中宿から動かないことが多いと思う。


 広いマツマツでも、高級宿のある区画は限られている。その中でも特に貴族に選ばれるような宿は、そう多くない。


 私たちは朝の賑やかな大通りを歩きながら、屋台の並ぶ道端のベンチで揚げパンと甘いお茶を飲みながら、それとなく周囲の住民に聞き込みを行った。


 私が昨年橋を架けるまでは、対岸へは巨大な筏に馬車を乗せて、ロープで引いていた。土手が高くて、川の近くからは川面を見渡せない。


 平坦な対岸よりもやや小高い丘のあるマツマツでは、金持ちは川を見下ろし水害にも強い、丘の上に住んでいた。


 貴族向けの高級宿も、そんな邸宅を改装したところが多い。


 私は大方の予測をして、リンジーの気配を探った。


 この時期、気候が安定して暑くもなく寒くもない、旅には最適な季節を迎えている。


 当然ながら宿は大混雑で、一年で一二を争う繁忙期だった。


 だから、朝の宿でリンジーを捕まえて話をするのは、非常に難しそうだ。


 とりあえず居場所の確認だけをして、様子を伺うことにする。



 そうしてついに、彼女が働いている宿を特定した。


「この宿だね。間違いない」


 シロちゃんはリンジーを覚えていたので、影に潜んで宿へ侵入し、小さな白蛇の姿で見て貰った。セルカが捕まった時と同じだ。


「姫様、間違いありません。ただ、厨房の見習いとして働いているので客に姿を見せることは少ないようですが」


「ありがとう。どこかの白黒人形と違って、シロちゃんは有能だねぇ」


 出来れば、リンジーの働いている宿へ宿泊して、万が一の襲撃に備えておきたい。


 こんな時に師匠がいれば、陰でなんやかんやと悪いことをして、偶然一部屋空きました~みたいなことを平気でするのに、と思う。


 朝に客が出発したばかりの部屋が空く可能性を考え、すぐに宿へ入った。


 それにしても、こんな高級宿には泊まった経験どころか、足を踏み入れたこともない。


 匹敵するのは、王宮の内部だけであろうか。



 受付の美女に気後れを悟られぬよう、精一杯お貴族様らしき雰囲気を発散させて、私たちは近付いた。


「こんな朝からですが、今夜の部屋は空いているかしら?」


 私たちも、一応それなりに豪商の娘と使用人に見える程度に身なりを整えている。しかし裕福な貴族には、逆立ちしても見えないだろう。


 私たちを値踏みする美女に、私は隠し鉱山で手に入れた金銀と宝石類の輝くアクセサリーをこれでもかと身に着け、見せつけた。


 成金の娘だから、多少悪趣味でも仕方がない。金払いはいいぞアピールが功を奏したのか、やがて美女はにっこり笑った。


「はい。ちょうど今、出立したお客様の部屋が一つ空きました。ベッドルームが五つと従者の控室が二つ、広い居間に寝室にはバス、トイレ付きで一泊三食金貨十五枚になりますが、いかがいたしましょうか?」


「安いな! ここに決めよう」


 私が言うと、プリちゃんとカーラが黙って頷く。セルカは相変わらず魂が抜けたように、呆然と立ちすくんでいた。



 後編1に続く



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