開花その47 変色海域 後編
薄気味悪いピンク色の水が、海底火山の噴出物によるものだとすれば、この海域を離れた方がいいだろう。
私たちの漂着した島も、大洋の只中にある火山島だった。
特に巻き込まれ体質の私は、何も考えずに一刻も早くこの場から立ち去るべきである。
私は後方へ合図をして、進路を東寄りに変える。
「ウミちゃん、海の底の方はどうなってるの?」
そう言おうとして、思い留まる。
先日うっかりクラゲと一緒に殺しかけたウミちゃんに、また過酷な任務を与えてしまうところだった。
しかし、好奇心には勝てない。
「じゃ、私がちょっと見て来るね。後はよろしく」
私はプリちゃんに言い残して船室を出ると、すぐにドボンと海へ飛び込んだ。背後で叫び声が聞こえたが、何を言っているのかもわからぬほどの早業で、私は水中へ消えた。
島の周囲の海底と違い、大洋の底は暗い。魔法で照らしつつ、進む。相変わらず加減ができず、妙に明るい。ま、暗いよりはいいか。
確かに、海底が隆起して白い熱水が勢いよく噴出している場所があった。
暗く冷たい海底に、温泉が噴き出ていると思ってほしい。
周囲の魔物が喜んで集まり、熱と毒にやられて死屍累々。屍の山が続く。
手前にいる連中は、まだ辛うじて息のある怪物たちだ。
このまま地中のマグマが露出すれば、大爆発を起こすだろう。危険すぎて、これ以上近寄る理由はない。もう充分だ。
だが、戻ろうとした私の視界の隅に、ライトの魔法に照らされた何か白い物体が光る。
気になり振り向くと、それは島にあったのと同じ、あの白い石の祠であった。
どうしてここに……
島の遺跡は、私の光魔法により完全に沈黙した。
まさか、それが理由で、ここに新たな島が誕生しようとしているのか?
今のところ、石の祠には邪悪な気配や魔力は感じられない。ただ、海底に流れる地脈というか、何らかの力の流れが南北に走っているのを知覚した。
どうすりゃいいんだ?
私は海上の気配を探るが、メタルゲート号もレッドバフを追い、この海域から遠ざかっているところだ。
良かった。今ここで海底火山の爆発があっても、さほど大きな影響は受けないだろう。
試しに、治癒魔法を祠に向けて放ってみた。
まさか、そんなことで火山が沈静化するとは思っていないよ。ちょっと試してみただけだ。
だが、おかげで近くで死にかけていた魔物たちが、一斉に息を吹き返した。
当然、そいつらは私を見つけて餌にしようと群がって来る。
はぁ。
仕方なく私は逃げながら、考える。
プリスカに教えた熱線ビームは、海上での戦闘を考慮してのもの。果たしてそれが、海中でも使えるのだろうか?
これは実戦で試せという、神の導きに違いない、という言い訳を胸にして、私はためらわずに撃った。
誰も見てはいないのだから、遠慮なくやらせてもらう。
突然目の前で小さな爆発が起きて、後ろへ吹き飛んだ。
知ってたよ。水中でこんなものを発射すれば、その場で水蒸気爆発を起こすか、それさえ起きずに減衰され泡となって掻き消されるか、どちらかだろう。
細いビームにしておいてよかった。
水中での遠隔攻撃は、氷魔法や土魔法による物理攻撃が必要か。
さて、まだ水中で試していない魔法はなんだ?
そこで私は、エルフの魔弓を思い出した。あれは陸上から撃った魔法の矢が、水中まで追尾して魔物に命中していた。
あれを、水中で使えるのかな?
で、やってみました。
私が改造してエルフ三人組に贈った魔弓は、魔導石により魔法の矢を自動生成する。数本の矢を同時に放てて、連射も可能だ。命中率は、元になったエルフの魔弓と同じ性能を維持する。
私が使う弓は、魔導石の無い普通のエルフの魔弓だ。それに無属性の魔法の素で矢を供給し、魔法の矢を連射できる。うーん、そもそもよくわからん魔法を無属性って呼んでいるけど、いいのか?
放たれた矢は不思議な緑の光に包まれ、水の抵抗など感じさせぬように突き進んで、標的に次々と命中した。
こうなれば、誰も見ていないのでやり放題だ。
魔物の数が多いので、ちまちまと細い矢で倒すのも飽きてくる。
そこで魔法の素をグレードアップして、太く長い矢を同時に何本も連射した。
それぞれの矢が何体もの体を貫通し、また次の標的へ迫る。これなら効率がいい。
そして調子に乗った私が気付いた時には、その内の一本が魔物を貫通した後、あの白い祠を上から直撃してしまった。
私はあの祠を無意識に、敵認定していたのか?
だがあっと思う間もなく祠は無残に消し飛び、更に地中深くへと矢が進む。もういいんだって、どこ行くの? 地中にも、敵がいるのか?
……これは、マズイ気がする。
次の瞬間、海底が不気味に震えながら広範囲で隆起して、私の周囲の海水が瞬時に沸騰した。ああ、これは海底火山の爆発かも、と思う間もなく私は結界ごと吹き飛ばされていた。
えっと、さっきまで深海にいたのに、なぜ私は今、空を飛んでいるのでしょうか?
しかも、落ちているのではない。結構な速度でまだ上昇している。
「ああ、どこまで飛ばされるんだろう」
「あれ、姫さん下に陸が見えまっせ」
「いたのか、パンダ」
「そりゃ、プリちゃんと二人きりで船に残されたら怖いし……」
でもついに、大陸へ戻って来た!
「違う、あれは陸じゃない。巨大な亀が泳いでいるんだよ」
よく見れば、アロハシャツの模様のような、ウミガメのシルエットが浮いている。
それにしても、大きいぞ。強い魔力を感じるので、普通の亀ではないようだ。
海底の異変を感じて、浮上したのだろうか。
では私たちの船は……
いたいた。遠いなぁ。でも、無事であればいい。
このまま吹き飛ばされたままなら、どんどん船から遠ざかる。
「じゃ、カメさんの背中で一休みさせてもらおうか?」
「だ、大丈夫でっか?」
「ルアンナ、あの亀知ってる?」
あのサイズの亀ならば、きっと千年や二千年は生きているだろう。いや、亀は万年か?
「昔、どこかで会ったような無かったような……」
全くあてにならない。
「ところで、火山はどうなった?」
空中で回転して、私が飛ばされて来た方角を振り返る。
そこには大きな黒い雲が浮かび、水面は白く泡立っている。
そこを中心として、同心円状の波がゆっくりと広がっている。津波の発生か?
まあ小さなうねりなので、大丈夫だろう。
私は依然として火山の噴出物と一緒に上昇している。周囲には薄い煙と火山灰やら軽石のようなものが、まだ少し飛んでいた。
再び下を見て亀の位置を確認し、自力で下降する。
高度を下げると、亀の大きさがよくわかる。
ひょっとしたら、私たちの流れ着いたあの火山島よりも大きいかもしれない。
ずっと海面に浮いていてくれれば、甲羅の上に街が作れるだろう。
私は、ウミガメの背中の中央へ着地した。何となく、そこに気になる物が見えたからだ。
近くで見ればやはりそれは、白い石で造られた小さな祠である。
またこれか。
「ルアンナ、この亀と話はできないの?」
「やってみる」
「……」
「ダメだね。図体はでかいけど、これは古い契約に従い意志を持たずに動いているだけの生き物だ」
「邪神の祠を海に設置して回る、魔道具みたいな?」
あの島の祠を私が浄化したから、この海域へ新たな祠を置いた。
それによって海底火山が活性化したのか、火山のある場所へ設置したのか、どちらだろう。
だけど、設置したばかりの祠もまた、私が破壊したので、今は次の設置場所へ移動するところかもしれない。
一体、何のために?
古代、祠の邪神が祀られた島は、南北の大陸を結ぶ航路の要衝だった。それが人間に敵対する行為であったとは思えない。
逆に、人間の活動を援助するために邪神を利用して島を造り、維持するような仕組みが造られていたのかもしれない。
だとすれば、私は亀の邪魔をしてはいけないよね?
例え海底火山が人の住める島に成長するのに、千年かかろうとも。
海底の地脈のようなものは、南北の大陸を繋ぐ何か大切な絆のようなものなのだろうか。
とりあえず、亀の背にある祠は破壊せず、ウミガメの魔力と共にマーキングしておき、いつか余裕ができたら調査に来たい。
私は祠に近付き、石の扉を開けてみようと手を伸ばしたが、未完成なのか祠は大きな石の彫刻のようで、とても内部に空間があるようには見えない。
あちこち触って魔力を流してみたりしたが、何の変化もなかった。
「ウミちゃん、このウミガメの事、何か知ってる?」
「いえ、何も」
「そうか。この上に乗ったまま、北の大陸へ戻りたいなぁ」
「承知しました」
「「えっ」」
「カメさんや。あんた、喋れるんですかい?」
「進路を北に向け、転進します」
「どういうこと?」
「主様の命には、従うように申し付けられておりますので」
「どうして私が主人なのよ?」
「そのように、教えられております」
「誰に?」
「さあ、誰でしたか、昔の事ゆえ、忘れ申した」
「だから、どうして私が主なの?」
「精霊の加護を持つハイエルフの大賢者様が主として現れるまで、我は永遠に海を彷徨う定めでした」
「あんた、名前は?」
「さあ、そんなものがあった記憶はありません」
「じゃ、あんたは今日から、スープよ」
「はい。私の名は、スープです」
我ながら、名付けの趣味が悪いのは認める。口に出してから後悔したが、もう遅い。でもそう言った途端に、スープの体は光に包まれた。
「スーちゃん、これからよろしくね」
「有難き幸せ。長年にわたる我が彷徨に意味があったことを嬉しく思います。今日の事は、絶対に忘れませぬ」
スーちゃんは、何だか泣いているようだった。おい、まさかここで卵を産むんじゃなかろうな。
ウミちゃんだって、使い魔になっても海からは出られない。
恐らくスーちゃんも同じだろう。
「お気に召さなければ、空を飛びましょうか?」
「ははは、それはいいね!」
さすが一流のウミガメジョークと思ったら、スーちゃんはゆっくりと水面を離れ、本当に空に浮いた。これ、マジな奴だ。
「ねえ、一度海に降りて。私の連れが近くの船にいるんだけど、大陸までその船を引いて行ってよ。お願い」
「わかりました」
レッドバフの位置は決して近くないが、スーちゃんの図体を考えれば、遠くもない。
幾らなんでもスーちゃんが飛んで行ったら、レッドバフの乗組員が腰を抜かす。
ま、泳いで行っても大して変わらないような気もするけど。
「ウミちゃん、案内してあげて!」
「承りました」
こうして、私たちはスーちゃんに引かれて、無事北の大陸への航路を進むことになった。
レッドバフの乗組員には、新たな
終
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