開花その46 再び魔の海へ 後編
「姫様、先に出ます!」
プリスカは、ドゥンクの背に乗って海上を先行することにした。
その影の中に、嫌がるパンダを監視役として放り込む。
さて、これで邪魔者はいなくなった。
「船の結界は、ルアンナに任せたよ」
「へーい、喜んで~」
気合が抜ける。
先行するプリスカが、早くも魔物の前衛と接触した。
水中から伸びる、太い触手。タコだね。
それを一刀両断し、プリスカはドゥンクを前進させる。前衛の雑魚には用がない、とでもいうように。
水中から身を躍らせるウツボのような魚の牙の並んだ口を避け、首を剣の一振りで切り落とす。ドゥンクが攻撃を上手く躱し、プリスカの剣が切り裂く。
すぐに、青い海が真っ赤に染まる……
地獄絵図の始まりだった。
群れの中心へ斬り込むプリスカがいるので、私も特大雷撃魔法など使えない。
何のために船から見えないような場所まで来たのだ、とも思うが、こんな時こそ新魔法を試してみたい。
幸い、ドゥンクは海上を走っている。それなら水中への攻撃だな。
私は水魔法の素を使い、水の刃を連続して放ってみた。
水の刃が通った場所から、魔物の魔力が消える。
「これはなかなか、手応えがあるぞ」
連続して放つと、海中が真っ赤に染まる。
「うわぁ!」
水の刃自体は小さく射程も短いので、どうも中途半端に傷つき暴れ回る魔物が多く、見ていられない。
こういうのは、私の主義に反する。
海での広域殲滅魔法は雷撃が有効なのだが、それだと水面にいるドゥンクとプリスカも、たぶんこんがり焼けてしまう。
それなら、巨大な水の刃を作ってみようか。
収納水魔法を大量に使い、競泳プールほどの長い刃を作った。
思ったよりも、安定している。周囲に障害物が何もないので、変な緊張感が不要だからかな。
うん、これはいける。
それを放たずに維持して、その刃の下五メートル辺りにもう一本。成功。
更に、当たりが出たのでもう一本。
三段の刃を揃えて、放った。
見事に水の刃は、魔物の群れを切り裂いた。
海が青い血と赤い血に染まる。その血が魔物を興奮させ、周囲から更に多くの魔物を集めてしまう。
これは、あまり嬉しくない。
そこで、私も考えた。当たりが出たのでまた三本とばかりに、今度は棒アイス、いや氷の刃を同じように三本作り、放った。
これだけ周囲がオープンならば、五十メートルのつもりの刃が二倍三倍になっても困らない。
例え刃が水面に出てしまっても、ドゥンクならば軽々と避けるだろう。近くに他の船がいれば、そうはいかない。
ここなら、私は気楽に魔法を使える。
これが、正解だったようだ。
高速で放たれた氷の刃は白く凍った海水の尾を引きながら進み、魔物の切断面をも瞬時に凍らせて、そこからは血が流れ出ない。
そのままバラバラになった体が、深海へ沈んで行く。
海中深くで氷が溶けて血を撒き散らしてくれれば、魔物は深海に引き寄せられるかもしれない。
私はもう一度、三段式氷の刃を放ち、魔物の多くを沈めた。
そんな私の思惑に関係なく、プリスカは海面に顔を出す魔物を次々と切り捨てている。
「おい、いい加減にしてくれ。本当にパンダの出番が来そうだぞ」
「勘弁して下さいよ~」
「パンダ。お前の尊い犠牲は忘れない」
「そうじゃなくて……」
「いいんだぞ、プリちゃんの尻に抱きついても」
「命の方が大事です!」
「そうか。じゃ、ドゥンク、そろそろ船に戻ってくれる?」
「えっ、それだけでっか?」
「他にどうしろと?」
「いや、ドゥンクはん、おおきにやで」
「いやいや、パンダのしゃべり方、段々おかしくなっとるやろ!」
よくわからんが、こちらの無益な争いは終わった。
「さて、戻るよ~」
どうやらレッドバフの方でも、別の魔物との戦いが始まっているようだ。
ドゥンクが強制的に魔物との戦いを終了し、船へ戻って来る。
プリちゃんと私の刃で切り刻まれた魔物は海に沈み、それを追って他の魔物も海底へ消えつつある。ここは、もう大丈夫だろう。
「急いでレッドバフの支援に戻るよ!」
「わかりましたっ!」
不完全燃焼気味のプリスカは、それを聞いて目を輝かせる。まだやる気かよ。
私はうんざりしつつも、レッドバフが心配で速度を上げた。
大型船は、半透明の細く長い触手に襲われていた。触手の数は、数十本に及ぶ。
甲板では海の冒険者とフランシス師匠が、必死で結界を展開しながら触手の攻撃を逸らしている。
触手の先は、鋭い針のようになっているようだ。
「あれは、毒針ですね。少しでも触れれば、僅か数十分で命を落とすでしょう」
プリちゃんが説明してくれた。有名な魔物のようだった。
そして触手の本体は、船を何重にも取り巻く、
「毒クラゲって、ウミちゃんの毒も効かないの?」
船を守っているウミちゃんも、きっと苦戦中なのだろう。
「はい。触手の毒針を食いちぎりながら接近し、本体中心の核を破壊せねばなりません」
「それは厄介だね」
「フランシス様のアイスランスと冒険者の銛で、既に多くのクラゲを仕留めていますが、何しろ数が多く苦戦しております」
船からの攻撃に多くを沈められたクラゲ共は、船からやや距離を置いて長い触手を伸ばして攻撃している。
「うーん、これなら弱い雷撃魔法で一体ずつ仕留められるかな?」
船室から出たくて仕方のないプリスカを、私は引き止める。
だがその前に、レッドバフの甲板から一人の冒険者が海へ飛び降りた。
「あれは、シオネだね」
長い銛を手にしたシオネはクラゲの触手を伝い、器用に本体の上に着地する。
そしてスライムのようなゼリー状の体に、深々と銛を突き刺した。
見事に核を貫いたようで、シオネを追って迫る触手が力なく落ちる。
シオネはすぐに隣のクラゲの背に飛び移り、迫る触手を掻い潜りながら、再び銛を突き刺した。
あっという間に、二体のクラゲを仕留めた。
だが、クラゲの数はまだ多い。
隣のクラゲの背に飛び移ったシオネを追って、船に向かっていた触手の一部が戻される。
「姫様、私が援護します」
プリスカの言葉に、頷くしかなかった。
「ドゥンク、頼んだよ」
ドゥンクの背に乗ったプリスカが海の上を駆け、シオネの元へ向かう。
だがそれを簡単に許すほど、クラゲも甘くない。
大量の触手がプリスカに迫り、ドゥンクが躱しながらプリスカが切り捨てるが、容易に接近を許さなかった。
船の上では、もう一人の冒険者が海へ降りようとしてプリスカの名を叫んでいる。
シオネの妹の、セルカだった。
セルカはプリスカに剣を学んでいる弟子なので、師匠の危機に駆け付けたいのだろう。
だがそれより早く、船から身を躍らせる者がいた。
「師匠!」
まさかの、フランシス師匠であった。
フランシスは、触手に囲まれたシオネの元へ進む。
続いてセルカも、船から飛び降りた。
こちらは触手に頼らず、開けた海面を物凄い勢いで走っている。
これは水魔法で足場を作りながら移動する、高度な魔法技術だ。
私には、こんな繊細な魔法制御は絶対に不可能だ。
本当に、この娘は魔法の天才なのかもしれない。
プリスカとセルカ、シオネとフランシスの二組が、互いにクラゲと闘いながら合流しようと接近している。
セルカの剣の腕も中々で、密集するクラゲの背を飛び跳ねながら、プリちゃんと二人で触手を斬りまくり、シオネの乗るクラゲに向かって進む。
残念ながら二人の持つ剣ではクラゲ本体の核までは届かず、魔法を放ってもゼリー状の分厚い体に吸収されてしまう。
核を仕留められるのは、シオネの銛とフランシスのアイスランスだけだった。
その二人を触手から守るべく、プリスカとセルカが必死で接近していた。
私も何かしなければと、陽動作戦を始める。
派手なファイヤーボールを、手近なクラゲに向けて放つ。表面を焦がすだけで効果は小さいが、周囲のクラゲが一斉に私の方へ触手を伸ばし始めた。
そのまま火魔法の収納からファイヤーボールを連発すると、触手先端の毒針を焦がす程度の効果はあるようだ。
こうしてクラゲの群れを少しでもこちらへ引き寄せれば、戦力は分散する。
もう少しでセルカとプリちゃんが合流できる、と見ていると、シオネが苦し紛れに刺した銛が足元のクラゲの核を捉え、周囲の触手が力なく落ちる。
シオネはすぐに銛を引き抜き、妹の近くへ移動しようと隣のクラゲへ飛び移る。
しかし勢いよく抜いた銛の重さにバランスを崩し、海中へ落ちそうになった。
そこへ、何本もの触手が襲い掛かる。
すかさず後ろにいた師匠が風の刃を放って触手を切り落とし、シオネはどうにかクラゲの背に飛び移ることができた。
師匠もすぐに続いて身体強化の魔法で跳躍し、その後を追う。
だが空中へ跳び上がった師匠を追うように、新たな触手が空中へ延びる。
そしてその一本が師匠の背中へ深く突き刺さり、体を貫き先端の毒針が胸へと抜けた。
師匠はそのまま海へ落ち、赤い血の帯を残して海中へ消える。
集結した三人の目前、ほんの一瞬の出来事であった。
すぐにそれを追って海中へ飛び込もうとするシオネを、何本もの触手が阻む。
狂ったように叫び声をあげて触手を薙ぎ払うシオネだが、その程度でクラゲの勢いは弱まらない。
プリスカとセルカが遅れてそこへ合流し、襲い来る触手と闘っている間に、押し寄せるクラゲの群れに海面は埋め尽くされて、フランシスの姿は完全に消えた。
「ウミちゃん、師匠の位置は判る?」
私も必死にお馴染みの師匠の魔力を追っているが、毒のせいか、既に命の火が消えているのか、それを感知できない。
「ええい、クソっ!」
私はその場で海中へ向けて、広域治癒魔法を全力で放った。
あのスケルトンの軍団を消滅させたときのような、光が満ちる。
違うのは、今は太陽がギラギラと照り付ける海の上だ。
そしてスケルトンと違い、私の治癒魔法は傷付いた多くのクラゲもまた、治療してしまう。
しかし、そんなことに構っている時間はない。
私は必死に集中して、海中に沈む師匠の魔力を感知する。まだ命の灯が残っていれば、必ず傷は癒されている筈だ。
「見つけた!」
私はそのまま、海へ飛び込んだ。
結界で全身を包んだまま、師匠の体を探す。
いた。クラゲの長い触手に絡まれたまま、海中を力なく漂っている。
私はそこへ近付き、師匠の体を自分の結界へ引き入れる。
傷は、完全に治癒している。
恐らく、毒も消えているだろう。
だが、大量の海水を飲んで、呼吸が止まっていた。
私は風魔法で師匠の肺に空気を送る。
鼻から口から耳から目から、水芸のように海水が噴き出した。
脈は?
師匠の首に手を当てると、弱いながらも心臓の鼓動が感じられた。
私はもう一度、師匠に治癒魔法をかける。
突然、ピクリと体が動き、同時に両眼を開けた。
「姫様」
「ちぇっ、生きてやがったか」
私はそのまま二人を結界で包んだまま水面へ出て、ドゥンクを探す。
「ドゥンク、もう少しだけ耐えて」
私は空中へ飛び上がり、再び下降して、ドゥンクと共にプリスカとシオネ、セルカの兄妹を自分の結界に引き入れた。
私は再び上昇する。
「そそそ、空を飛んでます!」
「姐さん!」
「姫様、やりましたね」
私は騒がしい結界の中から、下の海へ向けて雷撃魔法を放った。
一瞬にして、クラゲの群れは全滅した。
私はすぐにレッドバフの甲板へ着地し、巻き添えで軽く感電している船員や冒険者に、治癒魔法をかけて回る。
今は周囲の海にいた魔物がほぼ死滅しているので、治癒魔法が多少暴走しようが関係ないから気楽なものだ。
「ふう、どうにか乗り切ったね」
「ひ、姫様。我にも治癒魔法を……」
地獄の底から届くような声が、頭の中へ響く。
「あ、ウミちゃん。ゴメン」
すっかり忘れてたよ。
一番酷い巻き添えを食らっていたのは、ウミちゃんでした。やぁ、あれで生きているんだから、さすが、ウミちゃんは強いねぇ……
「せめて先に一言ってくだされば……」
「すぐに行くから、死なないでよ~」
私の使い魔になるというのは、こういうことなのだ。な、パンダよ。
終
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