開花その45 呪いの島 後編
嵐が去って雨も上がったまま、久しぶりに風も弱い静かな夜だった。
山側へも土魔法で堤を築き、これ以上土砂がキャンプの中へ流れ込まぬように、昼間のうちに師匠が中心になって、弟子の魔法を指導しながら対処していた。
師匠も、中々やるもんだ。
おかげでまだ解体されずに残っていた小屋を監視小屋として利用し、冒険者と船員が特別なチームを作り、警戒態勢を敷いていた。
空は晴れて、細い月が昇った。久しぶりに見るその月明かりからも、監視班の男たちは大きな勇気を与えられているだろう。
そんなことを、月の精霊でもあるルアンナが自慢げに語る。
今夜は、昨日までの胃がキリキリ痛むような緊張感とは違う。
これで雨季が明けるか次の嵐が来るまでは、何とか持ちこたえられるだろうと、誰もが楽観的に考えていた。
「キャンプ地が、敵に囲まれている!」
監視小屋から、いきなり悲痛な声が響く。
その夜、キャンプ地に押し寄せたのは、正体不明の武装集団だった。
剣や槍で武装した軍隊の行軍ように、人間のいる場所を目指して次々と山を下りて来る。
レッドバフの周囲には結界が張られていて、その襲撃の直接的な被害は免れるだろう。
しかし結界の外にいた監視小屋の面々は、突然の襲撃に直面し、混乱した。
「どこから現れた?」
「わからん」
「武器を持った軍団だ」
「敵なのか?」
「海賊か?」
「いや、魔物だろう!」
「あれは、スケルトンの集団だ!」
ぬかるんだ土の上を平然と歩いているのは、骨格標本のような人間の骨だった。
何体もの骸骨が、棒切れや棍棒、錆付いた剣や槍で武装し、ぎこちない動作で人に襲い掛かろうと迫る。
「船長へ報告を。走れ!」
「ここで食い止めるぞ」
「武器を取れ!」
「船を守れ」
「なんだ、この数は」
気が付けば、見渡す限りスケルトンの集団に囲まれていた。
「ここは、死霊の島だったのか?」
冒険者と船員の混成団は、それでも果敢に戦った。
しかし暗闇から押し寄せるスケルトンは数が多く、とても今の人員で対処できるとは思えない。
だが、魔物を黙って船に近付けるわけにはいかなかった。
アンデッド系の魔物の特徴は、物理攻撃に対する耐性が高いことだ。
スケルトンの場合、剣や槍で骨を砕いても、暫らくすると砕かれた骨が集まり、元の骸骨に戻る。
監視小屋にいた最前線の者たちは果敢に戦ったが、次第に魔物に押され、負傷者を抱えて後退する。
一転して現れた悪夢のような光景に、船を警護する屈強な冒険者たちも、震えた。
「これは、あの土の下から蘇った死霊なのか?」
昼の間に見た光景が、男たちの脳裏には蘇っているだろう。
その日の昼間、私たちは、森の尾根を少し下った不安定な足場の上で、まだ水の流れる山肌に残る石造りの建物らしき残骸を見下ろしていた。
白い石材の一部には精巧な彫刻が施されていて、高度な文化が栄えていたことを伺わせる。
「近くで見てみたいけど、この状態では危険で近寄れない。それよりも、今大切なのは自分たちの身の安全と、食料の確保だよ」
私がそう言うと、採集班は一斉に後ろへ下がった。
今にも自分の足下の地面が、あの谷のように崩れるような気がして不安になったのだろう。
「プリちゃん、足元に気を付けて、無理をしないようにね。私は先に帰るから、後は頼むよ」
私はそう言って、踵を返して森の中を歩き始めた。
特に魔力の異常は感じないが、あの建物の周辺には、何か妙な気配があって気が抜けない。
「シロちゃん、あの建物の残骸を調べられる?」
「はい。ちょっと行ってきます」
小さな白蛇姿のシロは戻ってから、土に埋もれた街の規模に驚かされた、と言った。
白い石を加工して造られた建物は非常に頑強な構造で、しかも精巧な装飾が施されている。
そのことから、これらの建物は山上の祠に連なる神殿の一部であったのではないかと推測された。
大昔、まだ島のほとんどが海に沈む前には、島の低地に多くの人々が住んでいただろう。
そして岩山の聳えていたこの地域は、神域として多くの神に仕える人々が暮らしていたのではないか。
つまり今回現れたのはその聖域に暮らす聖職者や、それを守る護衛、それに彼らの暮らしを世話する多くの信心深い人々の暮らしていた地域だった可能性が高い。
「元聖職者たち、というけれど、そもそもあの祠に祀られているハイネス様というのは、どんな存在なのだろう?」
「我はかつてあの祠を破壊するために、空と大地の守護獣と闘いました」
ウミちゃんが告白する。
「ハイネス様は、この島だけでなく広い大洋を守る守護神。例え島が沈もうとも、広大な海の危機が訪れるまで目覚めぬ、と言われておりました」
ソラちゃんの説明はざっくりしすぎていてよくわからないが、要するにハイネス様は、この島の聖職者など眼中になかったような気がしなくもない。ちょっと可哀そうだけど。
「つまりハイネス様は魔獣なんかじゃなくて、ルアンナみたいな精霊に近い存在なのかな?」
「うん、私もそんな気がするよ」
ルアンナを封印しても誰ひとり損も得もしないような気がするので、きっともう少し真っ当な力を持っているのだろう。
「姫様、何か悪いことを考えていませんでしたか?」
「いや別に」
そんなことがあって、夜になってその聖職者たちがアンデッドとなって蘇り、島にいる人間を襲っているのだと推測できる。
「つまり、私たち異教徒の侵略者から島を守ろうとしているってことだ」
黙って土に埋もれていれば良かったのに、こんな時に大規模な土砂崩れが起きるとは……
「あまり戦いたくはないが、放置すれば今後別の船が漂着した時に、きっと酷いことになる」
私は今まで森や迷宮で色々な魔物と遭遇したが、アンデッドに出会うのは初めてのように思う。
いや、正直見た目が怖いから、師匠とプリちゃんに任せたい。
私が何も言わずとも、師匠とプリちゃんは船に残っていた冒険者たちと共に、スケルトンとの戦いに臨む。
だが、特にプリスカとは、いささか相性が良くない。
スケルトンは物理攻撃を受けてバラバラになっても、すぐに元の姿に戻る。
剣で幾ら切り刻んでも、数分後には元通りになって戦列に加わる。
これではきりがない。
魔法による火球で爆散しても、結果は同じだ。
火炎魔法を長時間浴びせて完全に灰にしなければ、何をやっても復活してしまうようだった。
これでは数が減らず、次々と湧いて来る新手が増えるばかり。
「どうしたんだ、魔法の特訓の成果を出してみろ」
私は無茶を承知で、フランシスを煽ってみた。
「そもそも、アンデッドは教会に任せて、冒険者はダンジョンで出会わぬ限り手を出さぬのが通例」
プリちゃんが、師匠に代わって答えてくれた。
というより、師匠は弟子たちを守りながら魔法を使い続けているので、そんな余裕がない。
「そうか、教会の聖魔法か」
あれ、それなら最適なのがいるじゃないか。
「ルアンナ、光の精霊の出番だよ!」
「何を言います。それよりも、姫様の光魔法でイチコロですよ」
「え、光魔法って、あの棘抜きの生活魔法の事?」
「姫様。あれは、マジで言っていたのですか?」
「そう。私の治癒魔法は、刺抜きの生活魔法のつもりでずっと使っていたんですけど、何か……」
「いやもう何でもいいから、最大の威力で島中にその治癒魔法をかけてみてくださいよ!」
「いいの、最大で?」
「構いません!」
「どうなっても知らないよ」
最大火力。いい響きだ。いや、治癒魔法だけどね。何だかとても嬉しいぞ。
私は少し気を溜めて、躊躇なく刺抜き魔法をぶっ放した。
いつものように周囲が暖かな光に包まれ……包まれて……包まれたまま……いつまで続くんだよ、これは?
永遠とも思える光が消えると、あれだけ地を埋め尽くすようにいたスケルトンの群れが跡形もなく消えていた。
「おお、なんだ。あの骨はただの棘だったのか……」
「それは違いますが、これほどの威力とは、仰天しました」
ルアンナも驚くほどの効果で、島からアンデッドの気配がさっぱりと消えた。
「おお、魔物が消えた!」
「おおお、怪我が治っている!」
「俺たちは、助かったのか。奇跡だ。聖なる光よ!」
そこここで、歓声が上がる。
ま、本当に死にかけてた奴もいたから、危ないところだった。
「んっ、気配と言えば……神殿の、ハイネス様の気配も消えたぞ」
それどころではない。神殿の祠を含め、全ての遺跡の封印自体が消えている。
もしかして、ハイネス様も一緒に成仏させてしまったか? いや、仏にはならんか。こういう時は、浄化、というのかな。
「あのさ、ソラちゃん。ちょっと聞くけど、もしかしてこの島の文明って、かなりヤバい人たちだった?」
「姫様、そのヤバいというのは?」
「例えば、ソラちゃんの住処に生贄を捧げていたりとか……」
「ああ、勿論。毎月数人の若い人間が我が庵に捧げられていたが、それが何か?」
「その人たちって、どうなった?」
「それはせっかくの好意ですので、残さず美味しく戴きましたが」
「だから、その残虐な島を滅ぼすために、ウミちゃんが派遣されたのか!」
そうだ。ソラちゃんてば、思いっきり肉食の猛禽類だもんね。
主神のハイネス様自体が、もしかすると邪神そのものだったのかも。
今はすっかり存在感が無くなり、浄化されてしまったようですけど……
うん、これにて一件落着。明日からまた、忙しくなるぞ。
いや、どうせ私は暇ですけど、何か?
終
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