開花その41 無人島 後編
ところが翌朝、フランシス師匠は何故か海の冒険者に強く請われて、海の魔物退治に行くことになってしまった。
うーん、師匠にもついに春が来るのだろうか。いや、それはないかな。
必然的に私は、一人で池を作りに行く事になる。ああ、どうなっても知らんぞ。
「大丈夫。姫様には私がいますから」
ルアンナは、自分からもう私のことは手に負えない、などと言ったことをもう忘れたようだ。
だから精霊って奴は……
浜のキャンプ地から近く、水を運びやすい立地条件。しかも、深い緑に囲まれ、今まで見つからなかったような場所。
私は誰も見ていないのを確かめてから樹木の上を飛んで、上空から地形を確認する。
この島は水はけがよいのか、毎日降る雨もすぐに地下へ吸い込まれてしまう。
それでもこれだけの森が育つのだから、地下水はきっと豊富なはずだ。
探すのは、ちょっとした窪みのある土地。
候補地を見つけて地上へ降りる。
そこは大きな木の生えていない凹んだ地面で、きっと大雨の時にはちょっとした水たまりができるのだろう。しかも、キャンプ地からすぐ近い。
これなら少し地面を掘ってやれば、自然の池ができるかもしれない。
そこで私はどんな魔法を使うか、考える。師匠がいれば、土魔法で穴を掘って貰っただろう。
だが私の場合は……そこに生えている灌木と共に周囲の土をごっそり削り取り、空間収納へ入れた。
これで池の穴は出来た。あとはこれで自然に水が溜まってくれればいいが、そううまくはいかない。
仕方なく土魔法で軽く内部を固め、池の底に水が常に滴るよう調整したスプ石を置き、水魔法でドカンと水を満たした。
これで、ひと月くらいは水が満たされたままになるだろう。
万が一水位が下がれば、また溢れるほど足してやるぞ。
そのうちこの池をキャンプ地の中に入れるくらいに、防護柵を広げよう。
これで何とか、島で生き延びる準備が出来た。
あとは船員たちの誰かが偶然に、この池を発見してくれるのを待とう。
次は、古代遺跡だな。
それにしても、私の行く先々に封印魔獣がいるのはおかしい。どんな呪いだ。
大陸部の封印魔獣はほぼ把握していたが、まさかこんな島にまで遺跡があるとは。もしかすると、この海の先には別の大陸があって、未知の人々が住む国があるのかも。
考えても仕方ない、遺跡に行くか。
シロの案内に従い、私は樹上すれすれを飛んで、目的地へ向かう。
確かに森の奥地は、魔物の気配が更に濃い。
しかも、私が近付くにつれ、遺跡の発する魔力が呼応するように強くなる。
いやこれ、本当に大丈夫か?
遺跡が見えた。
二つの黒い岩山の頂の間に、そこだけ白い石造りの祠がある。そこが神殿の入口で、地下の岩の中に、封印された魔獣の気配を感じた。
「シロが近付いた時も、こうだった?」
「いいえ。昨日見た遺跡は、完全に眠ったままでした」
勘弁してくれ。もうこれ以上使い魔はいらんぞ。
私はこのまま空高く舞い上がり、一息に大陸まで飛んで戻りたい衝動にかられた。
大陸まではかなり遠いが、一人ならきっと可能だろう。
「ルアンナ、どうなの?」
「平気ですよ。遺跡の結界が、姫様の魔力に反応しているだけです。封印の力は魔力を補充され、より強固になるでしょう」
「そうなの?」
「はい。普通なら」
「止めて。いつも必ず、普通じゃない方向へ進むんだから!」
一瞬でも安心した私がバカだった。
怖いのでそれ以上近寄らず、遠くからぐるりと見守るだけにした。
特に見た目の変化もないし、これ以上近付く必要もない。
どんな奴が封印されているか知らんが、いざとなれば、キマイラとパンダに頑張ってもらおう。
私がその場を離れると、神殿遺跡の魔力異常も収まった。
キャンプに戻り、船長にキャンプ地周辺の探索状況を聞いてみた。
まだ周囲の魔物退治とキャンプ地の整備に人手を取られていて、周辺の探索は明日から始めるとのこと。
「じゃ、探索班にはプリちゃんを護衛に付けようか?」
「おお、それは助かります」
「じゃ、後で話しておくよ」
私は、途中でシロが集めた果実と、私が弓で狩った魔物の肉を土産に渡した。
「あ、そうそう、黒い岩肌の見える山の頂上付近には近づかない方がいいよ」
「元より、そんな無茶をするのは姫様方だけでしょう」
再び夜。三人で、本日の報告会。
フランシスと海の冒険者一行は、島の入り江の中にいる危険な魔物を片端から討伐。
小型の魚介類系の魔物は弱いし食料にもなるので、放置している。
「海の中へ結界を張るのは難しいので、外海からの侵入には今のところ無力です。継続的な警戒が必要ですね」
フランシスと冒険者は、基本的に海辺から離れられない、ということか。
プリスカは、キャンプ周辺での採集班の護衛に出ていた。
「木の実や果実、薬草を採集しました。赤いリンゴのような実がなっている樹木系の魔物がいて、何人かが軽い怪我を負いました。次からは丈夫な山刀が必要です」
「ああ、その魔物については、シロからも聞いてる。全員で共有しておかないと」
「で、その実は食べられるんですか?」
師匠、それはどう考えても、食べてはいけない奴でしょ?
「匂いはいいが、食べれば体が痺れる」
「ということは、誰か食べたんだね」
「はい。すぐに死ぬようなことはないですが、木の魔物に体液を吸われて干物にされてしまうようですね」
「あ、干物と言えば、魚の干物や干し肉を作って、帰りの保存食にしたいところだけど、この天候なので、難しいの」
フランシスは、そう言って私の目を見る。
「師匠は何が言いたいのかな?」
「私の魔法で乾燥させていいでしょうか?」
「ダメに決まってるでしょ」
「姫様!」
「明日は、保存食を作る燻製小屋を建てよう」
「燻製というと、あの煙で燻す奴ですか」
「そう。木屑を燃やした煙で燻し、肉や魚を乾燥させて保存する」
「それならここでも出来そうですね」
「明日、船長と相談してみるよ」
「では私たちは、明日も海辺の警戒と食料確保を」
「今日、キャンプ地の近くに池を造っておいたから、プリスカは明日探してみて。すぐ近くだから」
「はい。これで一安心ですね」
「あと一つ、嬉しくないお知らせがあります」
「それは聞きたくないんですけど……」
師匠が耳を塞ぐ。
「金岳と銀岳の鞍部に、古代魔獣が封印された遺跡があります」
「げっ」
「まさか」
「私だって、信じたくなかったよ。でもシロが見つけて、今日は空から偵察して来た」
「で、どうなんです?」
「シロが見た時は安定していたようだけど、私が近付いたら遺跡の魔力が活性化した」
「それはやはり……姫様の行くところ、魔獣あり。一刻も早くこの島から出ましょう」
「ルアンナが言うには、封印の結界に魔力が補充されたのだろうと」
「それならいいのですが……」
プリスカが、不安に血の気を失った白い顔を伏せる。
それを見て、私は思い出した。
「そういえば、プリちゃん」
私がそう呼ぶと、プリスカは本気で嫌そうな様子で顔を上げた。
「お友達のパンダが心配していたぞ。もっと沢山食べなければ、体に良くないと」
「ぐっ、余計なお世話です」
「友人の忠告は有難く聞いておくものだ」
フランシスが訳知り顔で、プリスカの肩に手を置く。
先輩として、何かいいことを言ったつもりなのだろう。
ところでそのパンダはすっかりマスコット人形のように、船室の隅に座ったままピクリとも動かず、全てを黙って聴いているのであった。
翌日、私は朝一番で船長に会い、燻製小屋制作の許可を得た。
忙しい船大工の手を借りるわけにはいかないが、漁村出身で燻製作りの知識を持つパウロという若い男が、手を貸してくれることになる。
「今はキャンプ近くで魚介や動物、魔物の肉などを手に入れることができるが、今後もこの小さな島で豊漁が続くとは限らない。しかも、帰りの航海用の保存食も用意しなければならない」
「それで、燻製を作ると?」
「うん。この天気じゃ天日干しは無理だからね。漁村で造っていたと聞いたので、パウロに手を貸してほしい」
「あのね、普通燻製は冬に作るもの。こんな夏の雨季に燻製なんて、作ったことがないよ」
「そうなの?」
「まぁ、でもやってみるしかないか」
「獲物は今、余るほどある。先ずは必要な物を揃えよう」
「その前に、姫さんも魔法が使えるんだろ。それなら石の土台とか、小屋を建てる材木とかは魔法で用意できるの?」
「うん、私にできないことは、フラムに手伝って貰おう」
「それじゃ、薬草を探しに、森へ行くよ」
「薬草?」
「燻製を作る前に色々な薬草を使い、肉や魚の臭いを取る」
「なるほど」
ハーブや香辛料のようなものか。
「濃い塩水に薬草を混ぜて材料を漬けて、臭みと水分を抜き下味をつける。それから長時間低温の煙で燻し、水分をすっかり飛ばして、表面に煙の香りを纏わせる。それで、やっと保存できる食料になるんだ」
「この森で薬草を大量に探すの?」
「そう。塩水は海水を煮詰めれば何とかなる。あとは薬草だ」
「じゃ、行きましょう」
「俺は弱いから、魔物は頼むよ……」
「まっかせなさいって!」
私たちはそうして、二人でキャンプ周辺の森を歩いた。
パウロは日焼けして浅黒い肌の二十歳くらいの若者だが、不思議と怖さを感じない。
気の弱さと人の好さが、全身から滲み出まくっていやがるせいだろう。
道々、パウロが示す何種類かの薬草をごっそりと魔法で収納し、腰を抜かされたりしたが、おかげで必要な草が幾らでも生えていることがわかった。
しかも収納に入れておけば、乾燥させる必要もない。
「あの……もしかして、姫さんの収納に肉や魚をそのまま入れれば、燻製を作る必要などないのでは?」
そりゃそうなんだけどさぁ……私はまたやらかしたか。
「ええっと……軽い草ならいっぱい入るけど、肉や魚はそんなに入らないよぅ」
なるべく可愛らしく言って誤魔化したつもりだけど、パウロは既に私の背後に何か邪悪な影を感じたようで、頬を引きつらせながら一歩下がって、必死で頭を掻いていた。
「そ、そうなのか。それじゃ仕方がないな……」
うーん、生まれたての子犬のような男だ。なるべく、怖がらせないようにしよう。
何しろ私は異世界から来た悪い魔女だからな、ははは。
私だって、好きでこんな無人島脱出ゲームに付き合っているわけではない。
しかし、これが今出来る最善の方法なのだと自分に言い聞かせ、とにかく全員の安全を守ることに全力を傾けるしかないのだ。
その全員の安全には、当然私たちメタルゲートの三人が大陸へ戻った後の、今後の暮らしぶりも含まれるのだ。
今更、彼らを見捨てて自分たちだけ帰るわけにもいかないしね。
それにしても、収納魔法は簡単に見せちゃいけなかったよなぁ。せめて劣化版の巾着くらいにしておくべきだった。これじゃ師匠を怒れないよ。
本当に、忘却魔法とか使えたらいいのに。
ああ、何だか心が沈む。
せめて、この胸糞悪い雨期が、早く終わらないかなぁ。
終
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