開花その41 無人島 前編



 大陸の沖合、大海原にほんの少しだけ突き出した、海底火山の頂上付近。

 私たちが発見したのは、そんな奇跡のような島だった。


 ハワイや小笠原のように、周囲に他の島があるわけでもない、完全な孤島のようだ。


 火山活動が終わったのは遥か昔で、島は冷えて固まった溶岩と噴出した火山灰の上に、深い森が育っていた。


 山は三つの頂を持ち、島全体は噴火口の一部が露出して湾曲し、両腕で抱え込むような入り江を形作っている。


 だが、島は近くに見えて、遠い。大型船は一本しかない帆柱を失い、海流に流され、偶然島の近くを漂っているだけだ。


 私は密かに水魔法で船を島へ誘導し、大方の予想通り力加減を誤って、速度を落とさないまま入り江の浜へ突入した。



 大型貨物船レッドバフは、乗組員の悲鳴と共に入り江の浜へ突っ込んで、停止した。


 結界とサンゴ礁が造った柔らかな白砂が、船をどうにか破壊から守った。


 こうして、私たちは島に上陸した。


 ここが無人島なのは、間違いない。


 何故なら、海だけでなく陸地にも、魔物がうようよいる。ヤドカリやイグアナのような水陸両用の魔物だけでなく、ユニコーンや牛蜘蛛のような、陸生の魔物もひしめいていた。


 そこへ大勢の人間が上陸したのだから、魔物たちが集まりお祭り騒ぎだ。


 慌てて魔物を駆逐しながら、魔法で浜近くの森を切り開いた。


 船が乗り上げた周囲の砂も土魔法で排除してから船体を固定し、その周囲を結界で守りながら、狩り払った木材を使って、防護柵を築いた。


 私たちの船はそのまま防護柵と海の間の浜へ乗り上げて、自分たちの家として利用する。ちなみに名前の無かった私たちの船は、今回の遭難で仮にメタルゲートと名付けた。


 私たちが魔法で森を切り開き、それを材料に船員たちが仮小屋を組み、船の外にも何とか寝床を確保した。


 何しろ相変わらず雨交じりの強風が続き天気は悪く、しかも蒸し暑い。


 幸い、まだ船内には十日分程度の水と食料が残されているという。


 水陸の魔物と戦いながら、こうして漂着者のキャンプ地が開拓された。



 私はアリス、師匠はフラム、プリスカはプリムという偽名を名乗っている。


 ただ、師匠とプリスカが姫様、姫様と幾度となく口を滑らせるので、結局私はいつものように姫様と呼ばれているが。


 まあ、大店の娘を使用人が呼ぶときには、お嬢様、だけどね。ただこの世界の愛称としては、無いこともない。


 うっかりした場所で口にすると、その場で首が飛ぶような愛称だけどね。


「姐さん、凄いです。尊敬します。俺にも魔法を教えてください!」

「お、俺も弟子にしてくだせぇ!」


 これらの困難な作業の中、先頭に立ち大きな魔法を駆使して一目置かれたのが、フラムことフランシス師匠である。


 海の冒険者や水夫の若い男たちが、すっかり師匠に懐いてしまった。


 プリスカの場合は整った顔に笑顔を浮かべ、返り血を浴びるのも気にせず嬉々として魔物を斬りまくるその姿が異質で、近寄り難い。特に若い男たちは気後れして、一歩引いてしまう。


 ただ、女性の乗組員には密かな人気があって、フランシスとは別の意味でお姉さま、と潤んだ瞳で陰から見つめられているのだった。あら怖い。


 私は元々六歳の見目麗しい貴族の子女なので、若い男にちやほやされるのには慣れている。


 ただフランシス師匠のお陰で、若い男に対する不信感が無駄に強い。本当の不審者は、師匠の方なのだけど。


 父上やお爺様のような年齢の男性ならば、まだ安心して心を許せる。



 だから船長や冒険者の頭のような、中高年の男たちと接することが多かった。



「姫さんは、オヤジキラーですね」


 パンダが余計な事を言う。こいつの前世は、昭和の上野だったのじゃないか?


「そういうお前も、プリスカと仲良くなれて幸せだな。何があったんだ?」


「あの娘だって、一人で不安だったんですよ。ああ見えて、中身は普通の女の子なんです。姫さんとは違ってね」


「バカ言わないで。私こそ、普通の女の子なのに」

 こいつは意外と鋭いところがあるので、油断がならない。もしかすると、私の前世にも薄々気付いているのかもしれない。


「普通の女の子は、古代魔獣を脅して自分の使い魔になんてしませんよ!」

「それは私よりも、古代魔獣側に大きな問題があると思う」


 永久に埋まらない、見解の相違だ。


「ところで姫さん。プリちゃんにはもっと食事をしっかり食べさせないと、せっかく胸に抱かれる喜びが半減……」


「お前、間違いなくそのうちプリちゃんに斬られるぞ」


「そんでもって、姫さんも同じく胸に栄養が……」


 最後まで言わないうちに、パンダは海中へ沈んだ。


「お前も海中の魔物の栄養でも摂って、少しは平和な暮らしに貢献しろ」



 いい餌が落ちて来たと思った魔物がパンダに群れるが、逆に次々に呑み込まれ消えていく。


 さすがに古代封印魔獣。中々有能じゃないか。キマイラには簡単に負けたけど。

 そうだ、次はキマイラにも登場願うか。



「シロ、たまには出て来てヨ」


「お呼びでしょうか」

 細く短い縄のような白蛇が、私の右肩の上に現れた。


「事情は分かっているわよね。ちょっと一回り、この島を偵察してきてくれない?」


「偵察だけでよろしいのですか?」


「そうね。地形と魔物の分布は大まかに分かるけど、本当に無人島なのか確認しておきたいわ。それに、水場や食べられそうな果実とかがあればいいけど。お願いね」


 白蛇は私の肩から降りると、するすると森の中へ滑るように消えて行った。


「ドゥンクはキャンプの周囲を警戒して。パンダはメタルゲートで留守番ね」



「どうですか、船の損傷具合は?」


 私はキャンプ地の海側に固定した船に戻り、船長に尋ねた。


 例えば私の船で陸に戻り救助を呼ぼうにも、こんな場所まで航海できる船は、ほぼないだろう。何とか自力航海で帰還するしか、全員が助かる道はないのだ。


「へし折れたマストは、完全には治せんだろう。だがあと一か月もすれば雨期も明け、波も静まる。何とかそれまでに、航海ができるようにしなければ」


「問題は、それまでここで生き延びる事ができるか、かな?」


「それだけじゃない。こんな沖から陸へ戻った船はいない。帰りの水と食料も問題だし、海ではまた多くの魔物に襲われるだろう」


「魔物は私たちが何とかするよ」


「有難い話だが、それよりもあんたの船なら、今からでも陸へ戻れるんだろ? ワシらはもう充分、世話になった。これ以上付き合わせるつもりはない」


 船長はそう言いながらも、ちょっと顔が引きつっていたけれど。


「うん、船長の気持ちは分かった。仲間と相談してみるよ」



 夕方になり、島の偵察に出ていたシロが戻って来た。


「ずいぶん早いね」

「小さな島ですから」


「で、どうだった?」

「残念ながら、水場は見つかりませんでした」


「そうかぁ。じゃ、私が何とかするか。他には?」

「魔物は、異常に多いですね」


「それだけ豊かな自然があり、食い物が多いということかな?」

「それだけではなさそうです」


「というと?」

「古代の神殿を見つけました」


「まさか、こんな場所に魔獣が封印されているんじゃないよね?」


「そのまさか、です。神殿は、古代魔獣を封印しているのでしょう。」


「勘弁してよぅ……」


「さすがに封印はかなり弱っていますが、すぐに解けるような状態ではありません。ご安心を」


「場所はどこ?」


「中央の峰と奥の峰の間です」

「うん、金岳と銀岳の間ね」


 この島の三つの山は、オリンピックの表彰台のように三段になっていて、私たちのいる場所から一番遠いのが銀岳、中央が金岳、一番手前が銅岳、と私が仮に名付けた。


「島にいる魔物の多さや、今年大陸の南海岸に魔物が多いのも、これが元凶だとしたら、嫌だなぁ……明日にでも、見に行ってみるよ。他には?」


「食べられる果実も多いですが、甘い匂いの赤い実で動物を集めて襲う魔物の木が多いので、ご注意を。明日から少し、山の魔物を狩りに行ってもよろしいでしょうか?」


「船乗りたちの安全と食糧の足しにしたいから、先ずはこの近くから始めてくれるかな」


「承知しました」


「巨大化は止めてね」


「大丈夫です。ここにはそれほど強い魔物はおりません」


 とにかく甘い匂いの赤い木の実には注意するよう、全員に伝えねば。



 それにしても、また封印魔獣か。嫌な話を聞いてしまった。


 夜になって自分の船に戻り、私は船長とハクの話を、フランシスとプリスカに伝えた。


「師匠はどう思う?」

「私は、船乗りたちが誰一人欠けることなく、全員で陸へ戻りたいです」


「プリスカは?」

「姫様とフランシスの魔法で、何とかならないのですか?」


 プリスカの口から、そんな言葉が出るとは。こいつも、人間の心を取り戻したか?


「姫様は、私たちが魔法を使い過ぎることに反対しておられる」

 私は、調子に乗ってフランシスが目立つ大きな魔法を使った時に、大いに叱った。


 大型船には、船員と冒険者に下働きの子供を含め、四十人ほどの人間が乗っていた。

 その大勢の目の前で、これ以上目立つ魔法は見せられない。


「魔法で助けるにしても、隠れて上手にやろうよ、ね」

 私は師匠を見て、そう言った。


「明日はキャンプの近くに池を作るよ。土魔法で穴を作り、水魔法で池を満たす。天然の泉が以前から湧いていたように見せるから、手伝って」


「なるほど。姫様のスプ石を使えば、できそうですね」


「そう。そんな風にして、船を直す木材なんかも、少しずつ切った木を乾かして造ろうよ」


「はい。時間をかけて、陰から手伝い見守る作戦ですね」


「私も魔物を狩って食料調達しましょう」


「あ、山の魔物はシロに頼んだから、プリスカは船員たちが木の実や果実を調達に山へ入る時の護衛を頼めるかな」


「承りました」


「海の魔物は、海の冒険者に任せようよ」


「そうですね。あと姫様は、魔獣を復活させないように!」


「今度ばかりは、自重してください」


「はい……」


 私だって、好きでやっているんじゃないよぅ。



 後編に続く


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る