開花その42 サバイバル 前編



 無人島暮らしの滑り出しは、順調に見えた。


 フランシスを加えた海の冒険者たちは、海側の守りと海での食糧調達。


 プリスカを護衛の中心とした採集班は、近くに発見された泉からの水汲みと、周辺での果実や薬草の採集に加え、罠を使った猟も始めた。



 船乗りの男たちは、船の修理と小屋や防護柵の増築と修繕。それに加えて、森の中での狩りや、キャンプ地の守りも当番制で担当する。


 それらを支える服船長直轄班はキャンプ地全体の安全な運営を管理し、医療衛生その他雑務全般を引き受ける総務や庶務係として、窮屈な暮らしを支えている。


 基本的にはキャンプ地から出ずに、薬師や料理人を中心にした生活支援を中心に受け持っている。この班には、女性や子供も多い。



 私は勝手に動いているが、一応、船長と、海の冒険者の頭と、私の三人で毎日定例の合議をしながら、日々の暮らしを組み立てる形になった。


 今の私はパウロの力を借りて、燻製作りが本格稼働を始めたところ。


 比較的大きな小屋を建て、その中でスモークウッドと呼ぶ、おがくずのように細かく砕いた木材を圧縮して固めた、でっかい線香のようなものを燃やす。


 熱でなく煙で長時間燻し続けて、素材の水分をゆっくりと抜くのだ。


「本当は冬の涼しい時期に何日もかけて作るものですが、帰りの航海を含めて三か月くらいの保存期間なら、これでも何とかなるでしょう」


 パウロ先生のお言葉通りに、私は燻製小屋を組み上げた。


 小屋の中には私の謎金属で造った網が縦に七段重なっている。それが引き出し式に外から一段ずつ入れ替えられるような構造だ。


 一番下の網に素材を乗せ、三時間ごとに一段ずつ上に上げる。最上段まで上がって更に三時間燻せば、一応の完成だ。


 完成まで二十一時間。それ以降は全ての網に素材が乗ったまま、これを切れ目なく延々と繰り返す。


 この作業とは別に、スモークウッドを絶やさずくべたり、燃え尽きた灰を掃除したり、二十四時間絶え間なく稼働し続けるのだ。


 無人島で、どうやって時間を計るのかって?

 大型船には、高価な時計という魔道具が積まれていたのですよ、あなた。


 その前段階の、調味液に漬けて一度乾かす作業も入れると、これだけで多くの人員が必要だ。


 そもそも肉や魚を捕らえ、解体して骨を取ったり切り揃えたり加工する作業も、人手がかかる。結構な大事業なのだ。


 しかしこれは、全員が生きて帰るために必要な作業だった。



 それにしても、ここへ至るまでの試行錯誤は大変だった。


 パウロ先生の妥協のない探求心により、少しずつ条件を変えながら試作を繰り返した。しかし、時間もないので、一刻も早く実用化に漕ぎ着けねばならないプレッシャーがある。


 小心者のパウロ先生は寝る魔も惜しんで作業を続け、おかげで私も毎日睡眠時間を削られながら一週間。


 まさかこんなに時間がかかるとは、夢にも思っていなかった。



 燻製なんて、もっと簡単に煙の中へ材料を突っ込めばいいのだ、と考えていた私が甘かった。


 私(の山登りの先輩)がキャンプで作っていた燻製は、段ボールのような箱で小一時間燻すだけで簡単にチーズや肉が燻製になっていた。


「そんなことも知らずに燻製を作ろうとか言っていたのか、あんたは!」


 あれは保存食でなく、温めて水分を少し飛ばして、香り付けをする調理法の一種だったらしい。パウロ先生には、最初にこっぴどく叱られた。


 ひ弱な兄ちゃんのくせに、そういう時だけは怖いのだ。


 おかげで、満足のいく保存食が、毎日大量に生産され始めた。



 私が寝不足を治癒魔法で誤魔化しながら、ふらふらで過ごした一週間の間にも、色々なことがあった。


 あ、私だけじゃなくて、パウロ先生にもこっそり治癒魔法を使ってあげたよ。


 キャンプ地で無理して働く連中には、ちょっとした手足の怪我は日常茶飯事。


 食あたりや、密林の植物や魔物の毒を受ける程度は当たり前。


 レッドバフに乗っていた薬師の手による薬と、師匠の水魔法による治療で大抵の怪我や体調不良は治った。



 ただ、風土病というのだろうか。恐らく小動物や虫が媒介する熱病や下痢が一部で連続して発生した時には、慌てた。


 あの冷静な船長が、血相を変えて私に相談しに来た。


「原因不明の疫病が蔓延し、既に八人が寝込んでいます。高熱を発し水も飲めず、腹を抱えて苦しんでいる状態です」


 これは放置すると、キャンプ地が全滅しかねない。



 とにかくこの世界の連中は、衛生観念というものがまるでない原始人だ。


 魔力を持つ分だけ身体の抵抗力は強いのだが、南の島には未知の病原菌やウィルスが存在するのだろう。まさか、呪いとかじゃないよね?


 とにかく私は、生活魔法で適当に全身を清めるだけでなく、手と食材や食器類を都度清潔な水で洗う事と、食事は極力加熱して、早めに食べ切るように指導した。



 当然それだけで患者は治らないので、私は光魔法を駆使して密かに治療をしまくった。それも、燻製作りでブチ切れ寸前のパウロ先生の目を盗んで、だ。


 ルアンナの手も借りてキャンプ地内の結界を強固にし、ある程度の害虫や害獣を防ぐことができた。


 しかし柵の外へ出て働く者も多く、病原菌の侵入を根絶することは事実上不可能だ。


 そうなると対症療法しかないのだが、普通の薬草で治るような、ヤワな病原菌ではない。探せばこの島固有の自然由来の有効成分が発見されるかもしれないが、我々は研究者ではない。


 今の私の能力では直接的な治癒魔法は何とか使えるが、まだ光魔法系の魔道具や薬を作る技術がない。


 だから病状が悪化した者に対して、こっそり治癒魔法と回復魔法を使って回るのが精一杯だった。



 それでも、どうにか伝染性の病による死者を出さずに済んだのは、船長が素早い判断で私に相談してくれたおかげだ。運が良かった。


 ポーションとかエリクサーとか、そういう魔法の薬がホイホイ作れればいいんだけどなぁ。


 あれ、そういえば賢者様の巾着に、最初からそんなような物が入っていたような、いないような……??


 ま、いいか。今はこれで何とかなってるし。



 私が不眠不休で燻製を作っていた間に、師匠もプリちゃんも仲間と一緒によく働いていた。


 パンダもプリちゃんの薄い胸に抱かれて癒しを与えているようだし、シロとドゥンクも私のお願いに応えて、陰から皆を見守ってくれている。



「で、この島の精霊や古代の神殿については、どうなのよ?」


 やっと、あまり役に立っていないように見えるルアンナに話しかける余裕ができた。

 待ってましたと、ルアンナは饒舌に語る。


「ここは大昔、もっと広い島だったようです。大きな港と人間の町があり、北の大陸と南の大陸とを繋ぐ航路の、重要な中継点でした」


 こいつ、さらっと何か言ったぞ。


「南の大陸だって?」

「あっ……」


「初めて聞いたぞ。隠していたな?」


「い、いや。姫様が行きたがると、ちょっと面倒だなぁと……」


「うう、たぶんその通りだけど。まあいい。話の続きを聴こう」


 ルアンナの話に一々突っ込んでいると、先へ進めない。



「ある時、海からやって来た大魔獣と、島の守護をしていた空の魔獣が戦い、その余波で島の火山が大噴火をして、島は沈みました」


 それが、今の島の姿なのか。


「で、神殿に封印されているのは、どっちの魔獣なんだ?」


「さあ?」

「へっ?」


「さっぱりわかりません。どちらの魔獣なのか、それとも、全く別の魔獣なのか。そもそもあの神殿自体は噴火の前からあったようで、大陸に散らばる封印魔獣とは違い、遥かに古いものですから」


 肝心なことが判らないのは、いつもの事か。


「封印されているのは、本当に魔獣なんだろうな?」


「安心してください、履いています。いや違う。封印の中には、魔獣が入っています」


「で、その封印はパンダの時みたいに、簡単には解けないということなのね」


「はい。あれは特殊なケースでした」


 そうなのか?


 私は既に、邪宗が封印を解いた古代魔獣と三度遭遇している。


「人間が介入して封印を解除しようとしない限り、簡単に封印は解けませんよ」

「そうだといいけどね」



 これで、余計に神殿へ近寄ることはできなくなった。とにかく山へは行かず、そっとしておこう。


 順調に燻製造りが進み、風土病の患者も減っている。


 私が次にすべきことは、何だろう?

 山が駄目なら、海だろうか?


 今じゃパウロ先生も忙しくて、相手にしてくれないし。

 とりあえず船長に相談しようか。



「船長、何か問題はある?」


 上級船員の集まる小屋に入ると、船長は船から持ち込んだ安楽椅子に腰を掛け、一人で何やら紅茶のようなものを飲んでいた。


 こうして見ると四十半ばの船長は気品があり、とても普通の平民には見えない。


「おお、姫様もお茶をいかがですか? ちゃんと沸かした湯を使っておりますので、ご安心を」


「ありがとう、戴きます」


 私は小卓を挟んで船長の向かいに置かれた、多少粗雑な椅子に腰かけた。


「おかげさまで病人も快方に向かい、食料の調達も順調です」

「ひとまずは安心、てところ?」


「そう、次はそろそろ順に、休暇を作ってやらないと……」

「まるで領民を気付かう領主様みたいだけど……」


「さすが、大店のお嬢様は見る目が違う。私は田舎貴族の五男で、今はただ船が好きなだけの商人ですよ」


 そう言って穏やかに笑う。なんなんだ、この大人の色気は。



 私が動揺していると、船長は少し声を低くして続けた。


「熱病の患者を治してくれたのも、姫さんの治癒魔法ですね?」


「な、何故突然そんなことを……」


「うちの薬師が言っていました。王都の聖女様級の魔法でないと、あの熱病は治せないだろう、と」


 いや、それなら余計に私じゃないと思うだろ?


「私の魔法は闇属性寄りなので、そんな大それた魔法は使えませんよ」


「そうですかな。私には美しい姫さんが、いつも精霊の加護により光輝いているように見えますが」


 恥ずかしいことを言うのは止めてくれ!


「さて、私はフラムとプリムの働きぶりでも見て来るよ。紅茶、美味しかった。ご馳走様」


 私は船長にからかわれただけで何の収穫もなく、慌てて小屋から逃げ出した。



 後編に続く


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