開花その40 誰もいない海 前編



 新造船の製作は、極秘裏に行われた。


 さすがに試行錯誤の製作過程を、村の誰かに見られたらマズイ。

 その程度の常識は、私にもある。いや、あって良かった。


 何しろこの世界に、金属製の船が他にあるとは思えない。


 師匠とプリスカにも相談して二人の意見を取り入れ、何度か実際に試乗しながら改良した。


 例えば両舷に後から取りつけたフロートなど、私には不要に思えた。しかし試験航海の船上で、プリスカに泣きながらお願いされたので、仕方なく追加した。


 これは、船体の安定と速度のどちらを選ぶか、という設計思想の相違なのだ。

 揺れる船の方が、圧倒的に楽しいじゃないか。


 人はどうして海に出るのか。何故ならそこに波があるからだ……という私の思想の敗北でもある。


 結果的には、まぁ悪くはなかった。



 その作業は、ベルーザ村の対岸、エルフの森で行った。


 私にとっては、エルフと人間の国の国境など、あってないようなものだ。


 そして完成した船を何食わぬ顔でベルーザ村へ持ち込み港の外れに係留し、そこを三人の家として使い始めた。


 水上生活者そのものだね。しかし秘密を色々抱えた私たちは、宿に泊まるよりもその方が自由で気楽に暮らせる。


 それに今後の魔物討伐活動のために、プリスカにはもっと船に慣れて貰わねば。



「この船は、沈まないよ。安心して沖へ出られる」

 私はなお不安そうな二人の背中を押そうとする。


「沖へ流されたら、どうやって村へ戻るのですか?」

 プリスカの言うことも、一理ある。何しろ海図など何もないのだから。


「心配するな。とにかく北へ進めば、大陸のどこかの岸へ着くよ。それに、私の魔力感知がある」


「魔力感知ですか?」


「村長に渡した武器があるだろ。あの魔力を目標にすれば、戻って来られるだろう」

「いざという時はこれで村を守れ、と授けたあの魔槍ですか?」


「そう。あれには結構すごい魔力が込められているの」


「そんな物を使える人間が、村にいるとは思えませんが……」


「いいんだよ。飾っておくだけで、魔除けになる」

「本当ですか?」


「いざという時には、その魔力で村を守る結界を張るよう、村の精霊たちに託しておいたから。宝物として保管していれば、それで充分」


「あれは、そういう物だったのですね」


「それじゃ、行ってみようか」

「仕方がありません。出航しましょう」

「へいへい」


 プリスカは何とか納得したが、フランシス師匠からは、やる気が感じられない。


 それでも、沖へ出て魔物の姿を見ればきっと、目の色が変わるだろう。



 相変わらずの強風と荒れた海、そして時折降りしきる強い雨の中、私たちは出航した。


 とりあえず様子を見ながら、風に逆らうように沖へ出る。

 私は魔力感知で魔物の多そうな場所を探して、船を進める。


 一応見た目はボロいがしっかりした造りの船室があるので、悪天候でも雨や波に洗われることなく過ごせる。


 でも、やっぱり揺れるんだけどね。



「さあ、そろそろ魔物の巣だよ!」

 船の周囲には数多の魔物が泳ぎ回り、時折空中へジャンプする。


 巨大なピラニアのような集団と、もっと大きなカジキマグロのような奴が群れの中心だった。


「こいつら、食えるんですかね?」

 師匠がやっとやる気を見せる。


「たぶん、食べられますね」

「エルフの里でも、魔物を普通に食べていたからね」


 人間界では、魔物を食用にする習慣は少ない。しかしエルフの里では当たり前に食材としていたし、私が雷撃魔法で姿焼きにしたザリガニは美味だった。

 この魚型の魔物が、不味いわけがない。


「じゃ、やっちまうか!」

 フランシスはいつものアイスランスを放ち、一撃で複数の魚を串刺しにする。


 プリスカは炎の刃を飛ばして、器用に魚の頭だけを刈り取った。


 私はエルフの魔弓を取り出して、水中目がけて射かけてみた。


 魔法の矢は水中でも勢いを失うことなく、逃げる大魚を追って進んだ。


 そうして集まった魔物を片端から狩り、私の空間収納へ入れまくる。



「右舷前方に強力な魔力を感知。高速接近中!」

 私が叫ぶと、二人が一斉に船の右舷に集まる。


「あれは、ワタリガニでしょうか?」

「美味しそう!」


 すっかりデストロイモードに入った二人は、魔物を食材としか認識していない。

 そんな事を言ってると、いつか逆に食われちゃうぞ!


 水面近くを泳ぐ巨大蟹は、一直線に船へ接近する。


 そこへ、アイスランスと炎の刃が命中。しかし、硬い甲に弾かれてしまう。


 あのザリガニの一件を考えると、エルフの矢も弾かれそうだ。


 とはいえ、雷撃魔法は周囲への影響が大きすぎるので、出来れば使いたくない。


「もっと魔力を一点に集中して、力を収束させて放て!」

 フランシスが魔法の師匠らしいことを、久しぶりに言った。


「行け!」

「私も!」


 二人は精神を集中し、先ほどと同じ魔法を、更に凝縮して放った。

 二つの魔法が、今度は蟹の甲を見事に貫いた。


「おお、素晴らしい!」

 私は思わず感嘆した。



「とりあえず試験航海としては、充分な戦果を挙げたよね。今日は無理せず帰るよ」

 私はワタリガニを収納し、船首を返した。


「プリスカ、船酔いは?」

 船室へ戻ろうとした私は、プリスカを振り返る。


「いやぁ、ボチボチでんなぁ……」


「あんた、顔が真っ青じゃないの。船室へ入る前に、出す物出して来なさいよ!」

 フランシスがそう言って、プリスカの眼前で船室の扉をバタンと閉じた。


(ドゥンク、お願い。プリスカがまた海に落ちたら、よろしく頼むわ)



 村へ戻る途中で風は弱まり、のんびりと帆を上げて、村の桟橋へ船を着けた。


「魚はともかく、カニは村の皆と一緒に食べない?」


「いいですが、食べてくれますかね?」

「大騒ぎにならなければいいんですが」


 しかし、それは杞憂だった。


「これは、ダイオウワタリガニ!」

「何て大きさだ!」

「いいのか、貰っちまって?」

「今夜は宴だ!」

「村中に声を掛けろ!」


 そうして、浜辺で大バーベキュー大会になった。



 村人が採れたての野菜や魚、それに貴重な鳥肉などを持ち込み、酒もふるまわれる。

 風雨の小康状態の中での、奇跡的に穏やかな時間であった。


「まだまだこれから、海の魔物を退治しますよ~」

 酔ったフランシスが、漁師のおっちゃんたちを相手に騒いでいる。


 私は旅の途中で仕入れた甘い菓子や果実を子供たちに配り、残りをお母ちゃん軍団と一緒に食べながら、どれが一番美味いだとかなんとか、甘味トークに花を咲かせている。


 プリスカは腕自慢の若い漁師(ほぼ全員妻帯者)と何故か腕相撲をしたり剣技を披露したりと、筋肉系トークが止まらない。



 この村には常駐する冒険者がいないので、常に魔物の脅威に晒されながら暮らしている。


 ただでさえ、川の増水や厳しい気候など自然の猛威に苦しめられているというのに。


 この周辺地域の自然の豊かさや、開発の将来性に誰かが目を付ければ、一気に花開くだろうと思うのだが。


 誰か目端の利く商人や高級貴族がこの土地に投資をしてくれないだろうか?


 村長と話しながら、私は一つの天啓を得た。

 川の対岸にエルフの村を作ればいい。きっと相乗効果で注目を集めるだろう。


 上手くいけば、そこが人間の国とエルフの国との新たな架け橋となり得る。


 まぁ、すぐにどうこうできないが、いつかは実現させたい計画の一つとしておこう。


 今はその前に、南海航路の魔物掃討という大きな目標がある。


 あれ、そんな大きな話だったか?



 とりあえず、村の近海の魔物討伐から始める。


 翌日から、私たちは魔物狩りに出た。数日間は村へ戻らぬつもりである。


「姫様、魚型の魔物が大量に捕獲出来るので、船に専用の収納道具を置きませんか?」


「あ、いいね、それ。食料保管庫としても使えるように、頑張ってみる」


 私は収納巾着の中にある素材を使い、以前パーティメンバーに配ったような、劣化コピー版収納巾着を作成し、三人で共有できるような設定でキャビンへ設置した。


「後は、好きなように使って!」


 私は船酔いが限界に達したプリスカに治癒魔法をかけながら、新しい収納巾着へキャビン内に置かれた邪魔な荷物や、手持ちの食材などを幾らか移してから、解放した。


 そのうち乗り物酔いの薬も作って、中に入れておこう。


「これは便利ですね」

 師匠が素直に喜ぶ。


 特大の物置兼冷凍冷蔵庫のようなものだ。遠洋漁業には必須だろう。



 キャビンの巾着袋が設置されてすぐ、またも繰り返す船酔いで、プリスカは船室で一人横になっていた。


 その後私が袋に補充しておいた甘いお菓子を食べようと船室に戻って来たフランシスは、新しい巾着袋の収納リストを見て、悲鳴を上げた。


 何事かと私も船室に戻り師匠の横でリストを見る。


 そこには〈プリスカの吐瀉物〉という一項目が……


「プリスカ! 〇ロ袋は自分のを使えっ!」

 波の音を打ち消すようなフランシスの激怒の声が、船室に響いた。


 しかし消耗したプリスカは、ピクリとも動かなかった。


「こいつ、生きてますかね?」

「ちょっと待って。また治癒魔法をかけてみるから」


 私が魔法で治療すると、プリスカは力なく目を開いた。


 それからひとしきり師匠に叱られて、その後必死に何度も頭を下げて謝り続けたせいなのか、再び船酔いの症状は重くなったようだ。



 後編へ続く

  

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