開花その38 警告
私は今回の事件で、自分がこの世界での異物であると、身に染みて理解した。
自らの存在自体が異物であるのは勿論、他の異物を引き付けて回収する異物ホイホイ的役割まで、おまけに付いている。外れしかないガチャを回した気分だ。
そうして私の周囲には、世間からはぐれた不良在庫が集積し、溜まっていくのだ。
恐らく遠からぬうちに別れることになるであろうエルフ三人組は優良物件なので別として、ポンコツ精霊とうっかり表に出せない封印魔獣が二体。
それに負の婚活スパイラルにハマっている魔法使いと人の道を外れかけている無頼の女剣士も、うっかりその辺に放置できない。
ドゥンクの存在は私にとって大きな救いだが、黒犬の母とクロヒョウの精霊を父に持つその不可解な出自は、世間が容易に受け入れられない孤高の存在だ。
私とドゥンクは明らかな異物同士で慰め合い、切っても切れない関係にある。
いつかドゥンクが成長し、互いに言葉を交わす日が来るのを楽しみにしている。
こう見えて、ドゥンクは六歳児の私よりもまだ若い、三歳の子供なのだ。
そんな諦めに似た責任感から、廃墟となったローゼンス子爵鄭跡に立ち尽くす私が、フランシスたち五人を置いて逃げ出すわけにはいかなかった。
さて、この場をどう取り繕うか?
パンダについては、ローゼンス子爵領の皆様方に正体を知られていない可能性がある。
ジャイアントパンダという愛らしい動物は、この世界に存在していない。
しかも、ウッドゲート領で暴れた凶悪な古代魔獣ネメスとは、今の見た目は全然違う。たぶん。
そもそもウッドゲート領での戦い自体が公にされていないので、上手くすれば誰も気付かないかもしれない。
まあ、いずれ今夜の情報が王宮に届けば、私の関与がバレるだろうけどね。
シロの存在については、私の使い魔になったことすら誰も気付かぬだろう。このまま極力表に出さず、黙っているしかないな。
キマイラって何?
美味しいの?
私は何にも知りませーん。
救護所で私が使った治癒魔法については、早く忘れてほしい。礼はいらないぜ、と言ってクールに立ち去ろう。
さて、その前に、フランシスたちを黙らせねば。
私はこっそり闇に紛れて空中へ飛び上がり、フランシスたちの気配のする方向へ飛んだ。
上空へ昇ると、東の空が明るい。夜明けは近いぜよ。
私は決して逃げ出したのではない。合流するパーティメンバーへ先に説明をしておかないと、面倒なことになると考えたからだ。
本当だって。
私は暗い道を進む五人を発見し、その前に舞い降りた。
「姫様、ご無事で何よりです。何だか、ものすごいことになっているようですが」
一応フランシス師匠はルーティーンとして、第一に私の身を気遣う。
嬉しいが、どうせ殺しても死なないとも思っているのだろう。以前のように心配する感情が薄い。
それよりも、今度は何をやらかしたのかという好奇心と、どんな尻拭いをさせられるのかという不安が大きく顔に出ていた。
「はい、ちょっとここでストップ。ご想像通り、たいへん面倒なことになっているので、あんたたちは現場へ行かない方がいい」
「……あの騒ぎは、もう終わってしまったのですか?」
「そう言うこと」
「姫様は、一人で現場へ戻られるのですか?」
「ああ。戻りたくはないが、このまま姿を見せないわけにもいかない」
「では、我らはこの道を逸れた森の中に潜み、一休みしております」
「うん、悪かったね」
「プリスカが暴れ足りないようなので、こいつだけでも連れて行ってもらえませんかね?」
「無理」
「じゃ、プリスカも諦めて」
「……はい」
プリスカは、フランシスに言われて素直に返事をする。おお、偉いぞ。
しかし剣の柄を握る右手の指を左手で無理矢理引き剥がすようにして、何とか剣から手を離した。
まさか、人斬りの禁断症状かっ!
怖い。見なかったことにしよう。
……そのうち辻斬りでもしそうだな。
それから私は、一人で現場へ戻った。
まだ薄暗い空の下、必死で陣頭に立ち破壊された館の瓦礫を掘り返している、ローゼンス子爵の元へ。
幸いにして、ほとんどの怪我人を私が治癒してしまったので、人手だけはあるようだ。
私を見つけると子爵は指揮の手を止めて、こちらへ来るようにと手招きした。
嫌だけど、拒否できない。
私は仕方がなく、沈痛な面持ちでその後を追う。
最初に怪我人が運び込まれた天幕の近くに、仮設の家が建っていた。
崩れた館の廃材を利用した、意外と立派なものだ。
その中へ子爵が入るので、私も続く。
中には寝台やテーブルセット、簡易キッチンまで作られて、狭いが快適そうな居住スペースが確保されている。
そこに、子爵のご家族がお休みになっていた。
私は、どんな顔をしてこの人たちと接するべきなのか、悩む。
しかしここは堂々と、私も巻き込まれた被害者です、という顔をするしかない。
「皆様におかれましては、ご無事で何よりにございます」
私は一介の商人の娘に過ぎない設定なので、膝をついて頭を下げる。
「幸い家族も家臣も領民も、誰一人命を落とさなかったのは大きな奇跡だ。それに、そなたのお陰で大勢の怪我人を治療してもらった」
「お力になれて幸いです」
「しかし一体あの時、何事が起きたのか。お前にはわかるか?」
「いいえ、さっぱり何も。ただただ困惑するのみです」
「そうか……」
(主様、我の封印が解けた折には、人間に無駄な被害を与えぬよう細心の注意を払いましてございます)
シロが、頭の中で言い訳をしている。
(まあ、いきなりあんなところで封印が解ければ、ああなるよね)
(ですからあの頭のおかしいパンダさえ現れねば、こんな大事には至らなかったかと)
(いや、使い魔のパンダを呼んだのは、私だから。全て私の責任なの)
(そうですよ、姫様。俺だって死ぬところだったんですからね)
そこへパンダが割り込んだ。
(黙れ、役立たず)
(姫様、でもこいつは俺の魔力を吸い取ったおかげで、完全体に復活できたんですぜ)
(まぁ、その分お前は私の魔力を補充していろ)
(へい)
私はパンダを黙らせて、子爵とその家族を見る。
私と変わらぬ年齢(五、六歳って意味だ)の姉弟が、長椅子で若い母親に両側から抱きついている。
谷間の館に暮らす家族を思い出し、この幸せそうな家族の暮らす家を引き裂き潰してしまったのかと思うと、心が痛む。
六歳児の部分の私は、今でも家族との平和な暮らしを心の底から望んでいる。しかし、それがもう手の届かない場所にあることも、よく知っている。
「あのまばゆい光の後、二体の魔獣が現れ、屋敷を破壊し、そのままかき消えた」
「はい」
「あれは何だったのだ?」
「互いに争っていました」
「宝玉には、二体の魔獣が封印されていたのだろうか?」
「そうなのかもしれません」
「では、魔獣はどこへ消えた?」
「力を使い果たし、また宝玉に戻ったのではないでしょうか。宝玉は見つかっていませんか?」
私は嘘に嘘を重ねる。悪い娘だ。
「そうか。そうだな……大至急、宝玉を見つけねば」
「復興に協力できず、申し訳ありません」
「君たちは、どこへ向かっているのだ?」
「南へ、海の魔物を倒すために。海辺の町からの、討伐依頼です」
「そうか。では長く引き留めるわけにはいかぬか。怪我人を救ってくれて感謝する。こちらも急ぎ、邪宗より先に赤い宝玉を発見せねばならない。悪いが手元にあるだけの報酬を、受け取って欲しい」
子爵は幾らかの金貨が入った革袋を差し出した。
「いえ、これは館の復興に役立ててください。私はこれで失礼します」
私はこれ以上嘘を重ねないよう、速足で外へ出た。
ついでに、瓦礫の中に私の巾着から金貨を出して、埋めておいた。
せめてもの賠償金として受け取って欲しい。
これは、警告だ。
神無き世界に投げ込まれた異物の運命,或いは宿命についての、警告だ。
しかも、谷の襲撃事件に続く二度目の警告だった。
もしかしたら、意地の悪い神がどこかで笑いながら見ているのかもしれない。
つまり、私のような異物がこの世界に関わるだけで、こうした不幸を呼び集める。
二度の事件では、軽微な被害で済んだ。それは何故か。
これはきっと、今後に起こり得るより大きな悲劇に対する、警告なのだ。
次に起きる事件では、いったい何人の犠牲者が出ることだろう。
二度続いた幸運は、さすがにもう種切れだ。
陰鬱な気分で、私は明るくなっていく道を歩いて、仲間の元へ向かった。
賢者エドウィン・ハーラーが山奥の鉱山から150年の間出て来ないのも、同じ理由からなのだろうか?
そんなことを考えていた。
嘘から出た
今、私のついた最後の嘘は、海辺の町から海の魔物の討伐依頼があった、というものだった。
討伐依頼を受けてはいないが、私たちは海へ行って、そこで海の魔物と戦うというのはどうだ。
この大陸で海辺の町が発展しないのは、その急峻な地形のせいだけではない。
海運や漁業に支障が出る、海の魔物の存在が一番大きい。
少しでも魔物を減らし、人々の暮らしに貢献しよう。
噓つきの私でも、一つくらいは実のある旅になればいいなぁ。
終
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