開花その37 精霊の卵 中編



 崖っぷちの一本道で山賊に襲われた私たちは、着の身着のままその場から一列になって、来た道を戻る。


 その間にも男たちは身じろぎもせず、二列で私たちを黙って見ていた。


 これは、以前峠で待ち伏せされた時と同じ、訓練された兵士のような振舞だった。

 ただ違うのは、今回の目的は人ではなく、馬車の積み荷らしい。


 私もこんな所で正体がばれるのは不本意なので、黙って恐怖に震える若い女性を演じながら、無言で通り過ぎた。


「姫様、何がそんなにおかしいのですか?」

「これは、笑いを堪えて震えてるんじゃないの!」


 私の渾身の演技も、ルアンナには通じていなかった。これだからポンコツ精霊は!



 賊の列を通り過ぎた後も、私の聞き耳スキルが馬車の荷物を探る男たちの声を拾う。


 どうやら彼らの探しているのは、精霊の卵というものらしい。


 その後、目当ての物を無事に発見したようで、安堵と興奮の声色が伝わった。


「そんなものは聞いたことがありません」

 ルアンナは言う。


「例えば珍しい宝石や、貴重な魔道具などの呼び名か、何かの例えなのかな?」


 今回の積み荷の預かり元と届け先は、荷受けした御者たちが知っている。


 馬車に荷を積み込んだ二人は、特に不審な物は無かったと言っているので、きっと小さくて隠しやすい物なのだろう。


 だが、どう見てもあの男たちは練度の高い兵士だった。しかも、王国の兵士ではなかろう。


 となると、あの規模の兵を動かせるのは、この土地の領主が一番怪しい。


 この辺り一帯はローゼンス子爵の領地だが、その中でも特に開発の遅れている静かな土地だ。


 逆に言えば、何か人に知られたくない物をこっそり運ぶには適している。


 どちらにせよ巻き込まれたくないので、これ以上首を突っ込むつもりはない。


 しかし街道があれほどの落石に埋もれたとなれば、復旧にはかなりの時間がかかるだろう。それまであの鄙びた村で待つか、もう一度馬車で北へ戻り、別のルートで南へ行くかの二択である。



 その夜、私は一人で村の宿を抜け出し、崖の崩落現場へ行ってみた。


 いや、ちょっとした夜空の散歩だよ……星のきれいな夜だったからね。


 崖の上は何事もなかったように静かだが、不自然にきれい過ぎる。


 良く調べると人の手で砕かれた石により整地されて、まるで熟練の工兵が城攻めをしていたような、大規模な作戦遂行の痕跡が残っていた。


 崩れた岩石を支えた太い木材の支柱を組んだ跡、重量物を運んだ荷車のわだち


 離れた場所に残された、野営跡も見つけた。


 これだけ手の込んだことをする野盗はいない。


 そして、私たちが馬車を止めた場所の真上と、他にも二か所に岩を落とす仕掛けを撤去した跡が残っていた。


 もし私たちが黙って従わなければその場で殺され、馬車ごと岩に潰されていたのだろうか。


 彼らの狙う精霊の卵を運ぶ者が、完全武装で護衛していた場合の対応まで考慮されていたのだろう。


 その場合、馬車の前後に岩を落として退路を断ち、崖の上から矢でも射かければ、ひとたまりもない。


 しかもそれだけの大仕掛けを全て撤収して消え去ったということは、その精霊の卵とやらを連中は手に入れたのだろう。



 私は崩れた岩に塞がれた道まで下りた。馬車馬は放たれていたが、馬車も荷物も見た限りではほぼ無傷で残っていた。


 前方の道が塞がれている以上、放たれた馬は今頃村へ戻っているかもしれない。


 先へ進むと、崖が崩落した現場に着く。

 こんなものは、私の土魔法で瞬時に復旧してやる。


 私は収納土魔法の素を選んで、不安定な崖の岩を全て強固な岩盤に変え、道の上に残った大小の岩石を消した。ついでに星の明りで見える範囲の路面を広げて補強し、今後ますますの安全と発展を祈念して、三本締めは行わなかった。


 これですぐにまた、馬車が通れる。明日明後日にも、この地を離れることになるだろう。



 精霊の卵はきっと今、領主ローゼンス子爵の手元にあるのだろう。


「せっかくだから、少し覗いてみようよ」

 ルアンナが悪事をそそのかす。


 まあ、その名からして、精霊としては気になるのだろう。


 そこで私は、領主の館までひとっ飛びした。


 だが、領主の館は混乱の中にあった。

 何事か、良からぬことが起きている。



 そんな中で、館から密かに脱出しようとする一人の男を、空から見つけてしまった。そいつは高度な魔法で身を隠しながら、子爵家の追っ手から逃げようとしていた。


 私は仕方なく地上へ降りて、その男の逃げ道に立ち塞がる。


 私の放ったライトボールの魔法で、周囲が明るく照らされた。


 まばらに若い木が生える林の中で、隠形が解けた男は驚きながらも素早く剣を抜いた。



 私には魔法以外の取り柄がないので、接近戦は苦手だ。しかし相手は一人。谷の館で賊を倒した雷撃魔法なら、何とかなるだろう。


 だが男は素早く、強かった。私の雷撃を剣で受け流しながら、接近する。


 仕方なく私も調理用のナイフを収納から取り出して、一人前に構えてみた。


 賊の一撃を武器で受けるような技術は、私にはない。でもルアンナの結界に守られて、賊の刃は空中で弾かれた。


 驚いた男はそのまま私の横をすり抜けて、脱出を図る。


 仕方なく私はその背中に向け、もうちょっとだけ強めの雷撃を放った。普通の人間なら即死レベル。対魔物用の強度だけど、相手が普通じゃないなら遠慮は無用だよね。



 さすがに男は雷撃をまともに受け、ばったり倒れて背中から煙が上がる。まさか、死んでないよね?


 そこへ子爵家の兵士がどっと駆け寄り、囲まれてしまった。


 周囲はライトボールの魔法で明るく、私が魔法で賊を倒した場面も、きっとよく見えたことだろう。


 まあ、賊と一緒に捕まるよりは、だいぶマシだけど。


「ご協力感謝します。ところで、あなたは?」


 こんな真夜中に、領主の館近くの林にいる。通りがかりの冒険者です、とも言えない、完全な不審者だよなぁ……


 そもそもこの状況で、どこから湧いて出たことになるのだ、私は?


「わ、私は旅の冒険者。デッド〇ンドの、〇イジェルドよっ!」

 赤い髪の剣士なら、そう言う場面だけど……



 なんだかんだと、そのまま賊と一緒に館まで連れて行かれる。


 賊は精霊の卵が館へ戻る直前を狙い、隙を見て盗み出したらしい。


 男は有名な盗賊で、高いスキルを持つ魔法使いだった。ただ、今回は何者かの依頼で動いていたことは間違いない、とのことだ。



 私がいとも簡単にその男を倒した事を聞いた子爵は、自ら私に簡単な事情を説明した。そして私が冒険者の仲間と南へ旅していることを知ると、仲間と共に少しの間、館の警護を依頼できないかと言われてしまった。


 そうなると気になるのは、精霊の卵である。


 無駄な好奇心は、その身を亡ぼすぞ。などと子爵が悪そうな笑いを浮かべて拒否してくれれば、それで上手く収まったのだ。


 だが、精霊の卵の正体を明かすことを条件に出すと、軽く了承されてしまった。まさかの出来事だ。


 もう、引くに引けない。私は、依頼を受けることになってしまった。


 これではまるで、本物の冒険者みたいじゃないか。


 朝起きて私がいないと騒ぎになるので、私は手紙を書いてドゥンクに託し、残る五人をとりあえずここへ呼ぶことにする。


 だって一人でここに缶詰めにされるのは嫌だし、まぁ逃げ出すのは簡単だけど、その後にせっかく取り戻した精霊の卵とやらをまた盗まれたら、気分が悪いじゃないか。


 フランシスたちには明日、館へ来るようにと伝えた。

 私が崩れた道を開通させておいたので、きっと楽にここまで来られるだろう。



 仲間が揃う前に、私は子爵と二人だけで対面し、精霊の卵についての説明を聞く。


 精霊の卵とは、あくまでもその正体を隠すための符丁であり、本当の名は〈赤い瞳〉という宝玉らしい。


 それは、子爵家に代々伝わる家宝であった。


 しかし当然のことながら、それはただ美しいだけの宝石ではない。


 子爵家の秘宝である赤い瞳は、その存在自体が厳重に秘せられている。だから精霊の卵などと呼んで、ややこしい話になったのだ。


 これが河童の尻子玉とかパンダの糞とかだったら、決して私が首を突っ込むことにならなかった。


 回収に成功したのが例の乗合馬車の荷の中で、それもまた今夜、館へ戻る寸前に、再び別の者に盗まれてしまった。相次ぐ失態に、衛兵たちは死に物狂いだった。



「千年前に暴れた魔獣の一体が、この宝玉の中に封印されている」

 ゲッ、また封印魔獣かよ。


 私は、咄嗟に逃げ出したくなった。


 封印魔獣と聞いて、私は相当に嫌な顔をしたのだろう。子爵は両掌をこちらへ向けて、私を落ち着かせるような仕草をする。


「心配には及ばない。復活した魔獣は、我がローゼンス家のために働き、守ってくれるという言い伝えなのだ」


 長い年月、領地存続の危機に於いて役立てよ、との伝承と共に、宝玉を代々守って来た。


 どこか辺境の谷にいる子爵家と違い、長い歴史を持つ名家なのだ。


 確かに戦乱の時代に領地が強大な敵に包囲された時など、最後の手段として役にたったかもしれない。



 しかしその宝玉が、最近館から消えてしまった。


 賭博で莫大な借金を作った使用人が、脅迫されて持ち出したところまでは調べが付いたが、宝玉の行方は不明だった。


 その後も行方を全力で追い、いかさま博打を仕掛けていた男の居所を追い詰め、どうにか捕らえたものの、宝玉は所持していなかった。


 追い詰められた犯人は、とある商人の荷物に紛れて、宝玉が仲間の元に届くよう手配していた。


 その荷物が載せられていたのが、私たちの乗った乗合馬車であった。



「宝玉には一流の魔術師十人が三日三晩魔力を加え続けなければ、封印が解けないと伝えられている。だが念のため、魔力を持たぬ無能者を選んで、捜索に当たらせていたのだ」


「え、何だって?」



 後編へ続く



  

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