開花その34 新しい門出 後編



 城へ戻ると、いつものように精霊のサトナが出迎える。


「おかえりなさいましー。姫様、なんかいつもと違ってお急ぎでぇ。今にも漏らしそうな顔だしー」

 どいつもこいつも。


「漏れそうなのは私じゃない。パンダだ」

 私が振り返ると、パンダがよろよろと走っている。


「あのさ、パンダの腹の中には巨大化していた時に呑み込んだ大勢の人や魔物が入っていて、魔力を吸われたの」


「まあ、恐ろしい」

 サトナはAI音声のような、全く感情のない声で言った。



「で、本体と共に圧縮されているその抜け殻を排泄したくて、一階のホールを使いたいんだけど、いいよね!」


 私は有無を言わさぬ勢いで、そのままホールへ駆けこんだ。


 城の中は上等な絨毯が敷き詰められ、ここへ直接犠牲者の亡骸を並べるのはちょっと躊躇われる。しかもそれが、どんな状態で出て来るのか。正直恐ろしくて逃げ出したい。


 そこで私はホールの奥から、魔法で薄い金属板を生成して大きなトレイを造り、床に設置した。


 トレイだよ。トイレの誤植じゃないからね。一辺が十メートルはあろうかという金属製のお皿というか、お盆だ。


 これは金の針を大量に作った時の応用というか副産物というか、私も進歩しているなぁ。



 自己満足中に駈け込んで来たパンダが私の前で立ち止まり、限界が近いらしい潤んだ目で私を見上げる。


 私は黙ってぬいぐるみサイズのパンダを掴むと、奥のトレイへ投げ込んだ。


 すぐにパンダの腹が横に裂けたと思ったら、一気に大量の人間や魔物を吐き出した。


「な、なにをするんですかーっ!」

 サトナの悲鳴が頭の中へ響く。精霊の声は、パンダにも届いているのだろうか?


 その悲鳴を感じ取ったのか、私たちの世話をしてくれているメイドたちがわらわらと集まって来て、絶句し立ち尽くし、ある者は倒れて気を失い、気丈なメイド長だけは、折り重なる遺体の山へと駆け寄った。


 精霊の声を聴いて駆けつけるのだから、そもそもこの人はただ者ではない。


「姫様、この人たちは、まだ息がありますよ!」

「なにっ!」


「そうだぜ。姫様の使い魔になって魔力をたっぷり戴いたおかげで、こいつらから完全に魔力を吸い尽くす必要もなくなったんだな。だからきっと、仮死状態って奴だろう。でも早く助けないと、ホントに死んじまうぞ」


 腹から不要になった異物を吐き出してさっぱりしたらしいパンダは、いつにも増して可愛らしい仕草で物騒なことを言う。


「それを早く言え!」



 それから先は、修羅場だった。


 数十人の人間はすぐに私が軽く回復魔法をかけて、すぐには目覚めぬ程度に手当てを施した。


 残りの魔物は部屋の片隅に積み上げ、処置はエドに任せることにする。

 すぐにサトナがエドに連絡し、鉱山長のネルソンやフランシスたちと共に駆け付けた。


 生きていたとは言え、全ての人間は里を襲ったアイクスという教会の一派とその協力者たちだ。


 生きていたとて、まとめて牢獄送りになることは間違いない。だが、この秘匿された金鉱山の事を知られるわけにもいかない。


 私は敷き詰めた金属板を更に曲げて箱状にして、生き残った人間たちをそこへ閉じ込めた。


 残った魔物は優しいエドの判断により、周辺の森へ放逐されたらしい。

 問題は、どうやって連中を谷間の領地まで運ぶか、だ。



「さすがにこの大きな箱を外へ出すのは無理ですね。では、部屋の外にもこれと同じ箱を作っていただき、いつものあれで、ビューンと一息に飛ばしてもらいましょうか?」

 フランシスは楽しそうに、私を見つめる。


「うーん、失敗しても仕方ないよね」


「どうせ生きているとは誰も思わぬ連中。こうして意識不明のまま運ぶ最中に何があろうと、知ったことではないと思いますが……」

 血も涙もない殺人鬼のプリスカらしい意見が後押しする。


 しかし私は二十一世紀日本の常識を、頭の片隅に持つ身だ。せっかく拾った命を、私の魔法で簡単に散らすのは心が痛む。



 悩んでいる私に、フランシスが小声で言うのが聞こえた。


「なあ、プリスカ。私らも何度か姫様に飛ばされて死ぬ思いをしたよな」

「ええ、あれは今までの人生で最悪の経験の一つです」


「それなのに、何であんな悪党どもをぶっ飛ばすことを、姫様は悩んでいるんだ?」

「姫様は、フランシスには色々と深い恨みをお持ちのうようですからねぇ」


「何を言うか。私は魔法の師匠として、時に厳しく指導せねばならない辛い勤めがあるのだぞ。プリスカの方こそ、最近は雑に扱われているんじゃないか?」


「いえ、空を飛んだ件については、私は単に巻き込まれた被害者ですよ」


「家臣となったからには、それも覚悟の上だろうがっ!」

「でも、あの人数を飛ばすのは、幾ら姫様でも無理なのでは?」


「確かに、ざっと見ても五十人は下らないからな。だが、このまま夢見ているうちに早く下界へ送らねば、どちらにせよ全員生きては帰せんぞ」


「そうですね。殺すのは簡単だけど、あとは姫様に任せましょう」


 私の強化された聴覚が、二人の恐ろしい会話を拾う。

 何としてでもこの荷物を、下界へ無事に送り返さねばならない。



 金以外の鉱物も色々産出するこの隠し鉱山から下界へ降りる道は、狭く険しい山道だ。だからこそ山奥の鉱山に加工場まで造り、金貨を主体にある程度完成された製品として価値を上げて出荷している。


 その道をそのまま辿ってこの人数を運ぶのは、無理だ。何よりも目立ってしまう。

 そうなると、金属ケースに入れたまま夜間に飛び降りるのが一番現実的だろう。


「なぁ、パンダ」

「何ですか、姫様」

 スッキリ生まれ変わったような表情で、パンダが私を見上げる。


「悪いけどあの人間をもう一度腹に入れてから山を下り、谷の里でもう一度出してくれないか?」

 私の提案に、パンダはのけ反って逃げようとする。


 その腕を掴んで私は、「なっ、頼むから!」と言ったが、パンダは震える声で抗議する。


「姫さん、それは〇んこやゲ〇をもう一度食えと言っているようなものでっせ!」

「しかし、全部自分の排泄物だか吐しゃ物ではないか。責任を取れ」


「無理です。姫様の収納で運べばいいじゃないですか?」


「無理だ。私の収納に生きた人間は入れられない。お前ならできるだろ。すぐに空を飛んで運んでやるからさ」


「勘弁してくださいよう……」



 結局、エドとネルソンが父上に使いを出して、館の隣にある護衛隊舎の練兵場に、受け入れ場所を用意してくれることになった。


 こうして退路を断たれた私は、自分で何とかする他ない状況に追い込まれている。


「ねえ、ルアンナ。何とかしてよぉ」

「姫様が私を呼ぶのは、こんな時だけですね」


「そんなこと言わないで頼むよ、ド〇えもーん!」


「その箱を結界で守る手伝いをしますから、後は姫様の力で運んでくださいね。大きな力を発揮するのだけは得意でしょ?」


「確かにそうだね。思い切りぶっ飛ばしてやろう。やっぱりルアンナは頼りになるね」

「それは、姫様がちゃんとやり遂げてから言ってください」


「なんか最近、私に冷たくない?」

「それはたぶん、姫様の外見が一人前の大人に見えるからでは?」


「……いや外見によるって、それこそ姿を持たない精霊が言うことじゃないでしょ?」


 そもそも幾ら外見を取り繕っても、私以外の五人は今でも、邪悪な元封印魔獣ネメスであるパンダには近付こうとしないという事実がある。



 私は谷の館を出てからは、二十歳の姿で過ごしている。

 子供のままでは、色々不便だからね。


 でも姿だけは大きくなっても、私は六歳児なのよ。みんなわかって!


 でも、大人はわかってくれないのだ。何とか自分でやってみよう。



 城の外へ造った飛行用の箱の中へ、意識不明の人間たちを移動する。


 夜間フライト用に、目立たぬ黒い箱にしてみた。

 巨人の弁当箱、といった趣である。東京ドームの売店でも売っていない、一品ものだ。


 腹から出た時には得体の知れない臭いヌルヌルに包まれていた人々も、今まで考えたこともなかった広域生活魔法という私意外には使えないだろう荒業を用いて、きれいにしてあげた。


 勢い余って周囲で見ていたメイドたちも巻き込んだが、特に被害はなく逆に感謝された。


 私にとって、こういう使い方は歓迎だ。


 あとは人力で一人ずつ城の外の箱へ移動させ、動かぬようにベルトで固定して準備は完了。人目に付かぬように、日が暮れるのを待った。


 夜になり、箱の上に乗った私は重力魔法と風魔法を駆使して、漆黒の巨大弁当箱を宙に浮かべた。


「ルアンナ、行くよ!」



 誰も死にませんようにと祈りながら、結構乱暴に弁当箱は練兵場へ着地した。


 同時に私はルアンナに元の六歳児の姿に戻してもらい、弁当箱を飛び降りると、待っていた母上の胸に飛び込んだ。


「母上、アリソンはまた旅に出ます」

「わかっているわ」


「父上、後はよろしくお願いいたします」

「最後まで面倒をかけたな」


「兄上、来年は王都でお会いしましょう」

「楽しみにしている。それまで達者で暮らすのだぞ」


「姉上、アリソンはもっと一緒にいたかったです……」

「アリソン。私はいつでもこの谷で待っていますよ」


 私は気立ての良い姉が、大好きだった。



 パンダの吐き出した置き土産のお陰で、父上の株はますます上がるに違いない。来年王都の学園へ行く兄上も、それほど肩身の狭い思いをせずに済むことだろう。たぶん。


 さて、ここにこれ以上いると、私は迷惑をかける。このまま去るのが得策だろう。

「では、北へ帰ります。お婆様にもよろしくお伝えください」


 私はそのまま一人で空へ飛び上がり、城へ戻った。


 なんか一人だと当たり前に空を飛ぶなぁ……うっかり人前でやらないように気を付けよう。


 やはり、また六人で旅に出ることになるのだ。



 終


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