開花その33 アリソン五歳編 最終話



 春を迎えて、私はもうすぐ六歳になる。


 五歳の誕生日には、星片の儀の前祝いで盛大なパーティーを行ったが、六歳ともなると、何もないようだ。


 谷の館に留まる私と共に、五人のパーティメンバーも離れずに残っていてくれた。


 元々フランシスは子爵家に仕える魔術師だったが、今ではプリスカと二人は私の個人的な臣下ということになっている。


 それもこれも、国王より賜った爵位により私が単なる子爵令嬢ではなく、領地を持たない魔術師爵という意味不明な位を持つ、貴族となってしまったためだ。


 しかし私はまだまだ若輩者なので、父上が後見人となり一緒に暮らしているという体裁だった。


 その辺りの話をするときには、ハイエルフだとか大賢者だとかの件は、うやむやになっている。


 あくまでもこれは、人間側の都合でのお話なのだ。



 うっかりエルフの前で人間の国の話をすれば、エルフの王族に対する重大な侮辱と受け止められかねない。


 今のところ私の他にハイエルフはいないそうなので、実質的に私がエルフの王族であり、ただ一人の王様だ。例え何の役にも立たない飾り物でもね。


 しかしエルフの王ともなると、人口が多いだけの人間の国の王とは格が違う。何しろ今後私一人で千年以上もの間、王位に就くのだ。ほんの数十年間即位してすぐに代替わりする人間の王族とは、比較にならない。


 エルフ側から見れば、私に関して人間にとやかく言われる筋合いはどこにもなく、ましてや人間の貴族だのなんだのと言われても、まったくもって心外であり問題外、余計なお世話なのである。



 で、そのエルフが三人、現在谷の館に逗留している。


 元々人間界へ来て暮らす希望を持っていたので、成り行きでこのまま人間の生活を学んでもらおうという意図もある。


 おかげで私に関しても、特に意見の相違で揉めることもなく、人間との軋轢もなくて互いに変な気を使わずに済んでいる。


 もう少し暖かくなったら、私たち六人は北の鉱山へ移動し、あの城で暫らく暮らす予定だ。


 それまでの僅かな間、私は離れていた家族と共に、大切な時を過ごしている。



 私は谷の領地の森を守る精霊とも、繋がりを持った。


 私の力が少し安定したおかげで、守護精霊の力も上がっているらしい。それは、何故だろうか?


 元は精霊の力を借りていた私だが、今ではその力で精霊をパワーアップさせることができるらしい。


 北の谷の精霊は、大賢者様の森の精霊と自ら名乗り、周囲に対して著しい優位を保つ。


 ただ元々精霊自体は大した力がないので、あまり変化はないと思う。名前だけだね。


 何しろ精霊は気まぐれで、信用できない。



 中でも一番信用できないのが、いつも近くにいるルアンナだ。


 森の精霊は、土地を離れれば繋がりは希薄になる。

 しかしルアンナだけは、四六時中一緒だ。


 本来ルアンナは、私の魔法の使用を制御する役目を担っているはずだった。


 だが、その役目をマトモに果たしていたのか?


 今になってみれば、私の魔法における失敗の多くが、ルーナとアンナの気まぐれによる悪戯だったような気がする。



「例えば王都の魔術師協会で、ティーセットと共にテーブルを真っ二つにした事件」


「そして宿屋の庭で魔力循環の修行中に、雲の上まで飛び上がった時も、近くにアンナが来ているのを承知で、わざと飛ばしたんでしょ」


「あと、第二の古代魔獣レリウムを倒した熱線砲が、試し撃ちなのにあんな凄い威力となったのもおかしい。でしょ?」



「どれもこれも、ルーナですよ」


「じゃあ、エルフの里で私の魔力が大きすぎて、ルアンナの力ではとても制御できない、とか泣きついた時のことは?」


「それはホントのことですよ」


「その後、ザリガニに雷撃魔法をぶつけて沼を干したよね。あれも、わざと魔法を強化したんでしょ?」


「それは、その方が楽しい、いや、そうじゃなくて、本当に姫様の魔法が制御できないと身を以って体験していただき、その後の慎重な行動を促す重要な意味合いが……」


「なるほど。楽しかった、と」


 あとは、調子に乗るなよ小娘、というところか。よく覚えておこう。



「ま、私も結構楽しかったけどね」


「で、ですよね……」


「それで、千年前の邪神の話は、本当なの?」


「それは間違いなく」


「まあ、パンダもそう言っていたし」


 パンダは親方のところから戻ったドゥンクと同様、普段は影に隠れる技を身に着けている。どうもこれは、私の使い魔として契約したことによる能力らしい。



「で、あのアイクスという教会の一派は、結局今の王国に恨みを持つだけの組織だった。本命は、邪神復活を企てている妙な邪宗がいるらしいんだよね」


「はい。結局アイクスというのは、私の恐れていた組織とは別物のようです」


「父上や山に引きこもっているエドには分からない、謎の組織が他にあるということか」


「この大陸に暮らすのは、人間だけではありませんから」


「ということは、今後も邪宗の襲撃が想定されると?」


 ちなみに、この世界には精霊信仰以外の宗教観がない。邪神も神と言いながらも、強大な力を持つ精霊を意味するらしい。


 だから邪神信仰も、多くの精霊を信仰する宗派の一つに過ぎない。


「邪神を信仰するのは、人間界だけではないですよ」


「まさか、エルフの中にもそんな奴が?」

「そうですね。特にダークエルフとかには……」


 やっぱりいるのか、ダークエルフ!


「ならば、ここにも長くはいられないよねぇ」


「はい。夏が来る前に、旅に出ることをお勧めいたします」

「ああ、また旅暮らしか……」


「旅は楽しいですよ」

「エルフの三人組はどうするかな?」



「それよりも、フランシスを何とかしてやってくださいよ」

「あ、そうか」


 最悪の場合、パンダでも抱かせておけば、いいかな。


「俺は嫌ですよ」

 パンダにも拒否されたか。



 こんな話ができるのも、今が平和だからだ。


 この谷で生まれた私は、昨年突然変な女の記憶が蘇り、こんな風になってしまった。


 自分の名前も覚えていない女の前世の記憶など、どこまで信用できるのだろうか。


 落石に当たり意識を失う最後のワンピッチの、荒い岩肌のホールドの一つ一つは詳細に覚えているというのに。



 五歳までの私は、家から出ずに本ばかり読んでいる内気な少女だった。天才とまでは言えないけれど、努力の秀才ではあった。


 能天気な肉体派のアホ女の記憶に引きずられてはいるが、この世界の実態については、五歳の私が持つ常識と狭い知識だけが頼りだった。


 館にある物語だけでは足りずに、難しい歴史書や地誌などを片端から読破してはいたが、実際にはその半分も理解していない。


 ただ私の頭の中の引き出しには、様々な知識がばらばらになって眠っている。その引き出しを開き整理して、関連付ける作業をこれから行っていかねばならない。



 インドア派とアウトドア派の二人の私が融合し、完全にその実力を発揮した時、私は持てる能力を開放するだろう。たぶん。


 それまでもう少し、師匠やプリスカ、もしかしたらエルフや獣人、ドワーフたちにも世話になるだろう。本当は、お婆様と父上や母上、それに優しい兄上と姉上にも、もっとお世話になりたい。


 いや、師匠だけは、そろそろ、自分の幸せを追ってもらう時期なのか?



「誰かいい人いないかね?」

 再び師匠の話に戻る。


「鉱山長殿は、確か独身では?」

 ルアンナが、意外な存在を口にした。


「ネルソンか。もうすぐ鉱山へ行くから、紹介することになるけど。その前にネルソンの身辺を探ってみるかな」


「姫様、悪だくみではないですよね」


「いや、あのネルソンというドワーフ、何か訳ありでしょ?」

「まあ、普通ではないですね」


「そうじゃなければ、一人であんな山の中に暮らしているのはおかしい」

「しかし姫様、フランシスが、あんなところで暮らせると思いますか?」


「うーん、無理だろうね。なら逆に、鉱山からネルソンを引き抜く」

「そんな乱暴なことが、できますか?」


「ほら、ドワーフの街にはスプ石の貸しがあるから、誰か後任を送ってもらおう」

「それなら最初から、フランシスのお相手を頼んだ方が……」


「だから、それができれば苦労はないの!」

「ではまた、次の旅で探すことになりそうですね」


「まだネルソンを諦めてはいないよ」

「さて、どうなりますか」



「あ、フランシス。ちょうどいいところに来た」


「何ですか、姫様。私はこれから砦の合コン、いや意見交換会に呼ばれておりまして、あまり時間がありません」


「本当に呼ばれたのか? 勝手にあちこち押しかけるのは、よくないぞ。その焦りが周囲の男に逃げられる原因だと、何故気付かない?」


「い、いえいえ、わ、私は少しも、あ、焦ってなどいまいまいませんですが、なにか?」


「いいから落ち着け!」



「姫様、私に足りないものは、何でしょう?」


「男かな?」


「違いますよ、愛です。ラブです、ロマンスです!」


「ロマンスねぇ……」

 この一年間、一番縁のない言葉だったと思う。


「そう。私は愛を求めて彷徨う旅人なのです」


「まあいいか。あんまり酔って迷惑かけるんじゃないよー」


「はい、行ってまいります」



「次回、フランシスの結婚編、乞うご期待!」


「……いや、それは当分なさそうだよ」



 アリソン五歳編 終



  

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