開花その31 魔獣覚醒



この部屋からは、封印魔獣の置かれた中庭は見えない。

だが、魔獣復活の気配は感じている。いよいよ時は迫っているのだ。


「ルアンナと私の結界で、何とかならない?」


「姫様なら、封印の魔法も使えるはずですが?」

そうね。もっと色々できるはずなんだよねェ……


「無茶を言わないでよ。どうなっても知らないからね」

「ですよね」



「魔法の弾丸を造ったような、内部からの圧力に強い結界ならば一時的に動きを封じられると思うけど……ほら、今この辺りを包んでいる結界みたいにさ」


「そうですね」


「私たちの結界がどこまで耐えるか、だよね」


「やってみますか?」


「保険だと思って、やってみるか。ダメなら何度でも重ねがけして」


「さて、保険とは?」


あ。この世界に保険はないのか……

「ま、ダメ元でやってもいいか。で、他にできることはない?」



「あとは、封印の解けてしまった時のことを考えておきましょう」


「あれが、どんな魔獣だかわかるの?」


「実は、少々心当たりが……」


「そうか。あんたは、あれが封印される前からいたのよね」


「いやぁ、全部覚えてるわけじゃないですよ」


「そんなことは少しも期待してないから」

「失礼な!」


「で、どうするの?」


「姫様の言った通り、領民はなるべく建物の中にいて、出来れば地下に隠れているのが一番だと思います」


「わかった。もう一度父上に話しておくわ」



魔獣の復活は想定外の事態のようで、賊であるアイクスの魔術師たちが中庭に集まり、慌てて封印のほころびを繕い始めているようだ。


脅しに使うはずの魔獣が先に暴れ出したら、計画も台無しだ。今は彼らも必死なのだろう。これは笑える。


私とルアンナは、アイクスの魔術師の手腕に大いに期待しつつ、いざとなったら結界魔法を使うつもりで準備していた。



結局、それから三日がかりの夜を徹した作業により封印は落ち着きを見せ、今のところ賊が領民に手を出す気配もない。


きっと、それどころではなかったのだろう。私たちも、そのまま放置されていた。



その間、こちらも遊んでいたわけではない。私とルアンナは、父上と母上の記憶を頼りに、結界内に閉じ込められている民の位置を探っていた。


そして父上の名で記された文を、風魔法で密かに送り出した。


吹雪の中を飛ぶ白い紙は、賊に発見されることもなく届いたようだ。


文には館に大きな被害がなく、領主一家も無事な事。今後館で何が起きても、領内の人間は指示のあるまで建物の中から動かず、可能なら地下へ隠れているように、と記されていた。


私とルアンナが協力すれば、この程度までは可能だった。


これで、一通りの事前準備は終わった。あとは行動を起こすのみである。



領民の位置と同時に、敵の戦力も把握した。敵が人質として使えるのは私たちの家族六人と、姉上の婚約者を含む親類が十人ほど。


親類は川の対岸の屋敷に集められ幽閉されているが、そちらの警護はこちらほど固くない。


問題は、この館だ。


私たちのいるのは五階で、この部屋を含めて客間が二部屋しかない特別な階だ。


もう一つの部屋には、敵の護衛兵士と魔術師が詰めている。


どちらもバストイレ寝室に従者や護衛の控室、それに居間と簡易キッチンまで付いた、貴賓室である。


貴族の一家を幽閉するには、丁度いい。


この上には物見の櫓があるだけで、実質的な最上階となる。


直下の四階は賊により施錠され廊下以外は立ち入れなくなっており、三階から下に賊の本隊がいる。


別棟の護衛隊舎にも、多くの兵士がいるようだ。


単なる過激な教会の一派だと思っていたが、これだけの戦力を隠していたとは意外だ。


既にプリスカとフランシスにより、かなりの戦力が削られていると思ったのだが。

今回の作戦の、本気度が伺える。



さて、私の魔法はプリスカと似て、破壊の方面に偏っている。建物の被害を抑えて兵隊だけを排除するような、器用な真似は難しい。


 何かないかと考えたが、例の雷撃を放つ弾丸が使えるかもしれないと思い至った。


「どうかな、ルアンナ?」


「いいと思いますが、弾はあるのですか?」


「任せて。私の魔法収納には、売るほど残っているから」


迷宮でも結構使ったが、なかなか役に立つじゃないか、魔法弾。


「じゃ、試してみますか?」



まだ寝るには少し早いが、すっかり日の暮れた夜である。外は地吹雪で、視界が悪い。部屋の中は、魔道具の灯が照らしている。


私は家族に部屋の反対側へ集まってもらい、扉の前で小さな悲鳴を上げた。


すぐに、見張りの兵が扉を開けて、様子を見る。


「助けて、お兄さん。大きな蜘蛛が!」

二人の兵士がやれやれと部屋に入って、扉を閉めた。


 私は数メートル離れて、雷撃の弾を放った。

バチッと音がして、二人の兵士が物も言わずに倒れた。


 周囲には焦げ跡が残り、衣服の焼けた臭いがする。


「生きてる? ちょっと強すぎるかな?」


私は二人の首筋に触れて、脈のあることを確認した。脳みそが少し煮えたかもしれないが、とりあえず息はある。ま、いいか。



私は部屋を出て、兵士の詰め所になっている部屋の扉を少し開け、中へ雷撃弾を何発かばら撒く。


ギャッ、とか、ぐえっとか嫌な声が聞こえたが、静まるのを待って扉を開けた。


内部の広間では、十人ほどの男が倒れていた。どうやら、これで全部らしい。

一度でKOとは、中々の威力だ。


そのまま上の物見へ向かい、詰めている賊へ雷撃弾を放つ。一発で、二人の賊が声もなく倒れた。


元の部屋へ戻り、家族とミラを連れて階下へ向かう。

 一応、両親と兄上には、兵士から奪った武器を持ってもらった。


四階の廊下にいた歩哨も、雷撃弾で沈めた。


三階は、少々厄介だ。


私は集中して、三階の二部屋の中に、収納から出した雷撃弾を直接送り込んだ。


即座に、結界を消す。バチッ、ぐえっ、どさっ、と音がして、二部屋の魔力反応が消えた。

同様にして、三階の六部屋を全て沈黙させた。



順調すぎて、怖い。三階には、賊の幹部クラスが揃っていたはずだ。既に指揮系統の、かなりの部分を破壊したと思う。


私が最初に尋問を受けた男のいたボス部屋には鍵箱があり、父上たちの魔力封じの首輪を外すことができた。


上階で人の倒れる音が続いたので、不審に思った兵士が二階から上がって来る。


それを廊下でバチッ、どさっ、と倒して、先へ進む。

廊下でやると、かなり焦げ臭い。


風魔法で上階へ吹き流し、二階の制圧にかかる。


一階と二階には、兵士の世話をする館の侍女や料理人が多く残っている。



私としては、父上たちだけを先に結界で包み、風魔法で飛んで脱出、というシナリオを描いていたのだが、領主の家族だけ先に逃げ出すなど、もっての外、と叱られた。


だからこのまま家族をまとめて結界で包んで、特攻をかけるしかない。


私は結界に包んだ家族を廊下に置いたままルアンナに任せ、二階の居間の扉を開け、一人で中に飛び込んだ。


目に付く賊を目がけて、雷撃弾を当てて昏倒させる。


「王宮魔術師団特級魔術師爵アリソン・ウッドゲートだ。子爵家に仇をなす者は、命がないと心得よ!」


適当な事を言って時間を稼ぎ、賊の世話に使われている家令や侍女たちが無事に避難する時間を作った。



剣を抜いて襲い掛かる間抜けな賊どもを、まとめてバチッ、ぐえっ、と片付けてから、居間を出る。子供だからと舐めて貰っちゃ困るぜ。


廊下には既に賊の兵士が集まっているが、ルアンナの結界に阻まれて、何もできずにいた。

そこを再び、バチッとやらかして先へ進む。


隣の護衛隊舎を占拠する兵力が出てくると、領民を人質に取られたりして乱戦となりそうだ。


その前にこの館内の主力を叩き、地下の騎士たちを解放するのが目標だ。

それも、結局は魔獣の封印次第なのだが。


一時的に安定している今なら、一気に賊を制圧できる可能性がある。


だが、魔獣の開放を盾に脅されたら、身動きが取れなくなってしまうだろうなぁ。



「ルアンナ、館の中に、魔術師の姿が少ないように思うんだけど」

先ほどから、剣を持つ兵士の姿が多い。


確かに私たちの魔力が首輪により封じられていれば、警護には魔法使いよりも一般兵士の方が適しているだろう。


だが、中庭で魔獣の封印をしていた大勢の魔術師は、どこへ行ったのだろうか?


「まさか、隣の隊舎にいるのか?」

だとすれば、それが出て来ると厄介だ。



私たちが一階まで進軍した時には既に騒ぎは大きくなり、地下や隣の隊舎からも、援軍が来ていた。


私は強引に階段を突破して地下へ降り、見張りの兵士を倒して閉じ込められている館の兵士たちと合流した。すぐに鍵を渡して、首輪を外し始める。


「子爵様、ご無事でしたか!」


「おおお、アリソン様がお戻りになられた!」

士気の上がる騎士たちだが、私は中庭が気になる。


敵から奪って収納しておいた武器の数々を、床へと並べた。

「まだ護衛隊舎を占拠している部隊が、大勢残っている。様子がわかるまで、地下から出ないで!」


私は、地下への階段に結界を張り、敵の侵入に備えた。


ま、それは建前で、魔獣の覚醒に備えてもう少しの間、地下に隠れていてほしかったのだ。


そして私は再び雷撃弾で道を開き、一人で中庭へ向かう。



中庭に駆け込むと、多くの魔道具によって昼間のように明るい。


積もった雪の中で照らされているのは白黒斑の大岩で、そこにいた魔術師たちがこちらを振り向いた。


魔力封じの首輪を着けられた可愛い幼女に向かって、彼らは一斉に攻撃魔法を放つ。鬼畜だな。


対人魔法としてよく使われる、風の刃や氷の礫、それに石の槍が乱れ飛ぶ。


しかし私の周囲にある結界が、全てを無効化した。


「何故、魔法結界を使える!」


私は、魔力封じの首輪を着けたままだった。アホな兵士と違い、魔術師たちには私の素性はすっかり知られ、かなり警戒されていたようだ。



魔獣に封印魔法を使っていた魔術師たちが、一斉に私に向かって更に多くの魔法を放った。


幾つかの魔法は私を逸れて、建物や魔獣の岩の周囲を破壊する。


私は仕方なく、魔法使いたちの中心に向けて、雷撃弾を一発だけ放った。


例によって、バチッ、ぐえっ、となったが、その後は雪の上なのでドスンではないだろうな、と思っていたら、ドカン、だった。


攻撃魔法を放とうとしていた何人かの魔法が暴発し、周囲を巻き込んで爆発した。


「ああっ!」


魔獣の岩が熱と風に包まれ膨れ上がり、見る見るうちに巨大化し、見上げるように巨大な魔獣が目の前に姿を現した。



「私のせいじゃないよぅ!」

いや、私のせいか?


私はそのまま空へ飛び上がり、中庭に二本足で立つ獣を見下ろした。


その姿は白と黒の毛皮を纏った珍獣、ジャイアントパンダであった。


「どうしてパンダなの?」





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