開花その30 再会
「ところで、アンナ。ルーナとはまだ連絡が取れないの?」
「そうですね。連絡がないということは、結界の内側へ入ったということ。入るよりも、出るのが難しい結界でしょうから」
「そうなんだろうね。谷にも優秀な魔法使いがいたのに、こんなことになっているということは、侮れないよ」
「そうですね。ただ結界の周囲の精霊が騒いでいないので、今はまだ大丈夫かと思います」
「何やら大荷物を運びこんだらしいから、それが気になるよね」
「それはきっと、今頃ルーナが調べているでしょう」
のんびり歩いて谷へ向かうのは面倒なので、例によって空から行く。
結界は、二重になっていた。上書きされた外側は、領地の魔獣を人里に近付けないための薄く広大な結界柵に囲まれた範囲。
内側の結界は強力で、内部に人質を閉じ込めるための、新しい結界だ。
その範囲は、意外と広い。
下流は、魔獣ウーリから逃れる際に使った地下通路の出口となっている池の先まで。
上流側は、ルーナが祀られていた教会のある集落の先まで。
かなりの広さだ。
領地の中心となる町は、谷川の左岸にある館を中心とした段丘上の高台で、町の中を街道が通っている。
街道は、険しい地形を避けるように、吊り橋によって川の右岸と左岸を行ったり来たりしている。
今思えば、もしもの際には橋を落とし街道を閉鎖して、鉱山を守るのに都合が良いのだろう。
「結界を破って侵入すれば、エルフの里の時みたいに、すぐ中の者にばれるよね」
「では下流側から中へ入り、すぐに上流側まで移動してから、密かに内部の調査をしましょうか」
「なるほど、アンナは頭いいね」
「その間にルーナと合流し、状況を聴けると思います」
「よし、それでいこう」
このまま館の正面から突っ込もうとしていた私は、下を向いて赤面する。
アンナの計画通りに結界の上空を飛び越えて、下流側の結界から内部へ侵入した。
「わはは、私に破れない結界はない!」
というか、大抵の場合、何もないのと同じだ。
そこから低空飛行で川の水面ギリギリを飛んで、館を過ぎたところで岩陰に降り立った。とにかく、雪の中とはいえ、建物の外にまるで人の気配がない。
「いらっしゃいませ~、お早いお着きで」
ルーナである。最初の頃の、時代劇の侍みたいだったのとは別人だ。
「はーい、もうルアンナに戻りましたぁ」
「あんたたち、ややこしいのよ」
「で、ここの状況を教えて」
「結界内は完全に敵に掌握されて、館と隣の護衛隊舎は敵の本陣に利用されています」
「敵の正体は?」
「旧レクシア王国時代から続く教会の一派が、アイクスと名乗って活動しています。表向きはどこかにある古き精霊の里を信仰し、その地を探しているという建前ですが、実は大陸に散らばった古代魔獣の調査をしていたようです」
「怪しいな。エドの言っていた通りか」
「今では滅多にレクシア王国の名は出せませんが、アイクスのシンボルは、旧レクシア王国の紋章の右半分を反転したものに、よく似ています」
「すごいね、ルーナは」
「と、姫様のお父上が語っているのを聞きました」
「なーんだ」
「姫様のご家族や、主だった家臣たちは無事です。が、鍵付きの魔力封じの首輪を着けられ、館内に監禁されています。主だった家臣や各砦には、その場から動かないようにとの指示が子爵様の名で発令されました」
「たぶん、近くにいた王国の諜報部隊が、そろそろ谷に接近していると思うけど……」
「普通の人間では、この結界は破れませんね。エルフレベルの術者を連れてこないと」
「じゃ、やっぱり私たちがやるしかないね」
「館の中庭に、大きな白黒斑の岩が置かれていました。姫様が水魔法で岩を真っ二つにした辺りです」
「連中が大事そうに運び込んだものだな。なんだかわかる?」
「恐らく、封印魔獣そのものではないかと」
「げっ、あのクソ共は、そんな危ないものを谷へ持ち込みやがったのか?」
「姫様、フランシスのような汚い言葉を使ってはいけません」
「あ、それはスゴク恥ずかしいデス……」
どうやら、封印の解けかかった魔獣を、どこからか運んできたらしい。確かにこれは切り札になるだろう。迷惑極まりない。
さて、どうしようかな。
「ねえ、やっぱり私が元の姿に戻って、館へ行ってみるよ」
「捕らえられて、内部から探ろうとおっしゃるので?」
「うん。私はエルフの里へは行かずに、鉱山に隠れていたことにする。あの鉱山は国王の命令以外では動かない。子爵家はただ切り捨てられるだけだ、と説明するよ。きっと家族とも会えるだろうし」
「確かに、あの魔力封じの首輪など、姫様には何の役にも立ちませぬが……」
「他に何が心配なの?」
「姫様、拷問などされませんでしょうか?」
「止めてよ、変なこと言うの。私は屈しないよ!」
「五歳児を拷問するような鬼畜がいるとは、考えたくもありませぬが……」
「あ、それ一人だけ心当たりが。フランシス師匠!」
「確かに、フランシスが味方で幸運でした」
「魔力が無くなったふりだけしていれば、いいんでしょ?」
「何かあれば、常に変わらぬ我が控えております故」
「あんたも、いつの間にか前の堅苦しい口調に戻ってるよ?」
さっきバカみたいに明るく登場したのとは、まるで別人格だ。これだから、精霊との付き合いは難しい。
私はその場で元の五歳児に戻してもらい、一息に館の前へ飛んだ。
一陣の地吹雪と共に現れた幼女を見て、門番の男は幽霊でも見たような怯えた顔をする。失礼な。昼間だぞ。
「私が、お前たちの探している、アリソン・ウッドゲートだ」
門番の一人が、慌てて中へ駆けこんだ。
館の入口で魔力封じの首輪を着けられて、厳重に身体検査を受けたが、持ち物は全て魔法収納へ保管済みだ。
三階の客間として使っていた部屋に、アイクスを名乗る敵部隊を率いる男が、ふんぞり返って座っていた。
私は水魔法の涙をこぼしながら、自分が鉱山に
鉱山は国の直轄領で、子爵家は単に街道の警護をしていただけなので簡単に切り捨てられるだろうと、涙ながらに訴えたのだ。
名演技と言えよう。
お婆様、父上母上、それに兄上と姉上は、無事ですか、と涙ながらに縋り付けば、男は案内してやれ、と言って私を部屋から放り出した。
連れて行かれたのは最上階の客間で、そこに今言った家族と侍女のミラが、首輪をはめられたまま閉じ込められていた。
「アリソン!」
「父上、母上!」
涙、涙の再会である。
私は部屋まで同行した賊の二人が階下へ気配を消すまで、感動の再会に浸っていた。
思えば長い間、谷を離れていた。
旅の間に世話になった侍女のミラとも、王都で別れたきりであった。こうして谷でまた会えるとは、思ってもいなかった。
兄上と姉上、それにいつもは厳しいお婆様も私の無事を喜び、涙ぐんでいる。
私は頃合いを見て父上の耳に口を寄せて囁き、部屋の隅へ行って、二人だけで話をした。
「父上、他の使用人や騎士たちは、何処に?」
「ここの地下室に幽閉されていると聞いた」
それは、ルーナの情報と同じだった。
「今朝方、鉱山へ文が届きました。山を明け渡さねば、人質を毎日一人ずつ殺すと。しかし、鉱山は国の命がなければ動きませぬ」
「そうだ。しかし、我らの言葉は既に賊には届かない。殺すなら、私を一番にしろと言っているが……」
よく見ると父上と兄上は、顔や手足に多くの傷が見える。最初の襲撃か、その後に何かがあったのだろう。
許さんぞ。
「では、本日の夕刻前に、片付けてしまいたいですね」
「その前に、アリソン。鉱山の話はどこで知った?」
父上の目が怖い!
「単なる偶然です。王都を抜け出してフランシスと共に、密かにここへ戻ろうと山中を彷徨っていた際に、偶然見つけました」
「フランシスはどうした?」
「魔物との厳しい戦いがあり、その疲れを癒してから、こちらへ向かう手筈になっています」
「そうか。元気であればよい。あれにも苦労をかけた」
「父上、私は以前よりも、大きな魔法を使えるようになりました。私の魔法で、活路を開きます。このまま下手に動かず、館や砦の皆も建物の外へ出ないよう伝えてください」
「しかし、それでは領民が……」
「魔獣ウーリの事件の時のように、近隣の街に常駐する王国の諜報機関や情報部隊が、既に谷の近くで活動しているはずです。間違っても賊に協力したなどと疑われぬよう、下手な取引は禁物です」
「アリソン。お前は以前より賢い子だったが、一年も経たぬ間にこれほどの成長を遂げるとは……苦労したのだな」
父上は、再び涙ぐんでいる。
父上、泣かないでっ!
私が未熟な魔法を使う時に、近くに誰もいない方が都合がいいってだけなんですから。
「それと父上、白黒の岩を見ましたか?」
「ああ。あの禍々しい気配は、封印が解けかかった魔獣そのものだと聞いた。魔獣が解き放たれれば、制御不能で谷も鉱山も壊滅するだろう。あのウーリよりも強力な魔獣だと聞いた」
クソ、本当に最終兵器だな。しかも封印は溶けかかっていると。
そこは、動く前に様子を確認しておかねばなるまい。
「どうなの、ルアンナ?」
「岩が、小刻みに震え始めています。今すぐに封印をかけ直さないと、いつ魔獣が解放されても不思議じゃないですよ」
それ、絶体絶命って奴?
「ほら、ウーリの時みたいな、時を止める魔法は?」
「王都で姫様の真似をして我が使ってみましたが、謁見の間だけ止めるつもりが姫様の魔力に引きずられ、王宮全体の人の動きを止めてしまいました。あんな恐ろしいことは、二度とできません」
「じゃ、私がやってみようか?」
「今の姫様の魔力では、下手をすれば大陸中の動きが止まり収拾がつかなくなるかと……」
私の方が、最終兵器っぽいな?
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます