開花その27 迷宮 中編



 洗濯乾燥が終わり、すっきり爽やかだが息も絶え絶えの一行は、食事休憩を取ることになる。


 一応あの黒い粘液が再生しないかの監視だけは、緩めないでいる。


 先へ進む横穴は、一つだけ。そこから何か新たな魔物が来る可能性もあるし、私たちの進んできた横穴からも、新手が追って来る可能性がある。



 この迷宮の特徴の一つに、魔力感知能力の低下がある。


 感覚的には、周囲の岩や土など迷宮そのものに、魔力の伝達が阻害されているような感じだった。魔力自体はある程度残るが、その輪郭がぼやけて平板に感じる。


 レーダー波を吸収する、ステルス戦闘機のようなものか?


「どこの迷宮でも、そうなのかな?」


「そもそも魔力はあの星片の水晶でないと測れないもので、姫様以外に魔力を感知できる人物など知りませんから……」


 プリスカに、そう言われてしまった。


「あ、つまりこの迷宮の岩には、あの水晶と同じ性質のものが混ざっていると……」


 だから魔力により、ぼんやりと内部が光っているのかもしれない。


 そうして地下空間の魔力が吸われて、減衰しているのだ。


 だとすると、ここへ集まっている魔物は、魔力に吸い寄せられたのではないのか?

 もしかすると別の何か、特に人為的な何かによって集められているのでは?



 そこから先は、途中で分岐した洞窟が延々と続く。プリスカがマッピングし、エルフたちが複数の目印を付けながら、僅かでも強い魔力を感じる方向へ、我らは進む。


 あの黒い粘液以降、初めて見る種類の魔物が増えた。


 機雷のように漂い、炸裂すると薄いナイフの刃のような石片を無数に飛び散らす物体。


 天井から落ちた液体が瞬時に固化して、肉体の自由を奪うもの。


 近寄ると、黒板に爪を立てたような、気が狂いそうな大音量を発するサボテンのような生き物。


 そんな、罠と魔物の中間のようなものが混じり、進行を難しくさせている。



 突然の吹雪に視界を遮られ足を止めると、雪だるまのような魔物に囲まれていた。


 これは見た通りに火炎系の魔法に弱く、事なきを得た。


 赤熱する溶岩を纏ったウルフの群れは、素早く動き、手強かった。


 これは、師匠の氷雪魔法により群れ全体を弱体化させることができた。


 その他多くの魔物は、エルフの魔弓とプリスカの魔剣により、駆除された。



 次の中ボスは、風の刃を纏った、神社の注連縄しめなわのような化け物だった。


 魔法も物理攻撃も、遠距離系の攻撃は全て避けるか無効化されてしまう。


 エルフの結界も風刃の物量により徐々に削られ、何度もかけ直す必要があった。


 ところが、意外な突破口があった。


 結界内に隠れていると、そこを集中攻撃される。


 そこで思い切って結界を出て、散開してみた。思った通り、風の刃も散り散りになり、各個で避けるのは容易だった。


 エルフの三人が同時に放った魔弓による物理攻撃を、私が風魔法で補助して弱点を探っていたところ、こちらの強力な風魔法で注連縄の纏う風刃を引き剝がし、逆にこちらの武器として利用できることが判明した。


 風魔法には、より強力な風魔法で対抗すれば良かったのだ。


 そこから先は、全員の風魔法で注連縄をズタズタに切り刻んで、勝利した。


 ひょっとして、これは最初からかなり弱い魔物だった?



 遂に、最下層らしき場所へ辿り着いた。


 広い空間に、数十匹の魔物がひしめき、その後方にひと際巨大な獣の尾のようなものが浮いている。


 モフモフの狐の尾のような、得体の知れない物体だ。


 しかし、そこからは心をざわつかせる、強力な魔力が発散されていた。


「えっと、尾から先に生まれた、妖狐の一部分?」


「いや、あれは毛の一本一本が意思を持って動く、イソギンチャクやワームの一種かと思われます」


 プリスカは、似たような魔物に遭遇したことがあると言う。


「もっと遥かに小型のワームでしたが、防御力が高く苦戦しました」


 モフモフの毛ではなく、触手だとは気味が悪い。


「前衛の魔物たちを、先に片付けましょう」


 プリスカが先頭になり、切り込む。


 中距離からエルフの弓矢が援護する。


 後方からはフランシスが魔法で援護を続け、私は妖狐の尾に注目していた。



 前衛の有象無象の魔物たちも、防御力が高い。これはあの尾から支援魔法をかけられているからだろう。


 私は例の魔法の弾丸を収納から出し、大量に風魔法に乗せて後方の尾へ集中攻撃した。


 さすがに大したダメージはないが、連続攻撃により自身の防御へ力が集まると、前衛の魔物へのバフが疎かになる。


 これは、時間の問題だな。早く、一息に片付けてしまおう。


 そう思う心の隙を、魔が差す、と言う。


 私たち六人が六人とも、同時に魔が差した。いや、悪魔に心の中を見透かされ、鋭い剣先で刺されたのだった。



 私の連発する魔力の弾丸は、攻撃手段としては弱い。それはこういう状況でも魔法を使えるようにと、威力を調整したからだ。


 だから一見派手に連続攻撃が炸裂しているように見えても、強い相手へのダメージはほぼない。ただ一瞬気を取られて、思考を止めた。その瞬間だけが、唯一のチャンスだったのだ。


 だが、私たちはそれを逃した。


 こちらが攻勢に転じた瞬間、狐の尾は空中で分裂し、九本の尾となり、花開くように広場へ広がった。


 その一つ一つから、魔法耐性、物理攻撃耐性、瞬発力上昇、物理攻撃力上昇、魔力・体力回復、等々、様々な魔法が周辺に降り注いだ。


 死に体だった数十体の魔物の群れは、より強力な力を得て、復活した。


 前のめりになった攻勢は、全てを軽く防がれて、こちらは丸裸で敵の集中攻撃を受けることになる。


 私たち六人に対し、一人当たり中型の魔物十体近く、プラス狐の尾が一本プラスアルファ。


 ひとたまりもなかった。



 咄嗟に結界を引いたエルフ三人は、結界ごと吹き飛ばされ、何とか意識を失わずに魔弓を連射しながら、結界を張り直した。


 結果的には、後方へ吹き飛ばされた分だけ、運が良かった。だがこのままでは囲まれて、一方的な攻撃に晒されるのは時間の問題だ。


 最前線のプリスカは、乱戦に巻き込まれている。新たな剣の付加能力を目いっぱいに利用して、囲まれた魔物との息つく暇もない攻防に晒されている。


 師匠は水と氷の障壁を利用して何とか後退し、プリスカの援護に回ろうと必死で動いていた。


 フランシスには攻撃よりも、治癒や回復魔法の力を残しておく役目がある。



 私は最初から見ていた狐の尾を何とかすべく、無謀にも風魔法により花のように広がった尾の中心に向けて、飛んだ。


 空中の私に向けて、触手が伸びる。


 ルアンナと私の二重の結界は容易く破れないが、その触手の内容がエグイ。


 一本一本の毛に見えた触手は、それぞれが独立した攻撃手段を持つ。


 電撃、致死毒、素早さ低下、混乱、眠り、幻影、麻痺、閃光、刺突、爆裂、乱気流、等々……


 これを受け流すのは何とかなるが、正面から全てを受け止めておかないと、他の五人へこれが向かったら、耐えきれないだろう。



 だから、私は攻撃の手を緩めるわけにはいかない。


 プリスカに渡したものよりも一回り小型の剣を、私は収納から取り出した。


 剣の修行はサボっていて心もとないが、今はそんな事を言ってはいられない。


 私の魔法は、迷宮内では自主規制により封印されている。


 その対策が、この剣だ。


 プリスカの剣と違い、魔法を放出する能力はない。ただこの剣の強度と魔法による強化の限界まで魔力を込めて、その後は無暗やたらと振り回すのみ。


「さて、結界同化、身体密着。身体強化最大。高速回転。急降下。超高速空中機動!」


 私は両手で握った剣を体ごと回転させて、空中から九尾へ襲い掛かる。目を閉じ、魔力感知だけを頼りに、九本の尾を刈りに行った。



 そこから先は、私が九尾を倒すか他の五人がやられるか、時間との戦いだ。


 だが私は、仲間の力を信じる。


 人間刈払い機と化した私は、手当たり次第に魔物を刈る。


 標的は九本の尾であるが、近寄る魔物は全て敵と認識して、躊躇はしない。


 恐らくその混乱に乗じて、プリスカは上手く立ち回るだろう。


 風魔法と結界に守られた私に、有効な攻撃は当たらない。高速で移動する私はエチケットカッターと化して、触手のムダ毛処理を開始した。



 ムダ毛ばかりのモフモフ刈りが功を奏し、触手の数は減り始める。


 最後の一本を刈り払ったところで、私は上空へ退避して回転を止め、目を開いた。


 部屋の中央に血まみれのプリスカが、剣を杖にして辛うじて立っていた。


 その周囲には、累々たる魔物の死骸。


 更に壁際には、必死でエルフたちの治療をする師匠の姿があった。



 私は師匠の横へ降り立ち、横たわったまま半死半生の三人のエルフに、続けて治癒魔法をかけた。


「な、こ、これは聖魔法!」

 魔力切れのフランシスは、目を回して倒れた。


「師匠も治療してあげるね」


 私はフランシスにも治癒魔法をかけると、まだ動けないプリスカの元へ行く。


「おい、生きてるか?」


「……」

 返事はないが、息はしているようだ。


 私はプリスカの胸に手を当て、治癒魔法を使った。


「……姫様、ご無事で?」


「それは、こっちのセリフだよ。大丈夫か?」



「この通り、何とか命だけは……いやこれは、どこも痛くない!」


「じゃ、みんなのところへ行こうか」

 私はプリスカを従え、師匠の下へ行く。


「姫様、終わったのですね?」


「ああ。魔物は倒した。これから迷宮のコアを探しに行こう」


「私は、どうして無事なんでしょう?」


 上半身を起こしたネリンが、私たちを見上げる。


「すまない。君たちに渡した魔道具の最終モードは、残された魔力で所持者の周囲に結界を張り続けることだった。その強度が、少し不足していたかもしれない……」


「でも、そのおかげで私たち、こうして生きています」


「で、姫様。いつの間に聖魔法を?」


「ん? 何の話か分からないな。あれは指に棘が刺さった時に使う、生活魔法だぞ」


「いいえ、それは絶対に違います!」


「ま、いいじゃないか。みんな元気なのだから。早くコアを探しに行くぞ!」



 後編へ続く



  

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