開花その27 迷宮 後編
五人揃ってのボロボロ具合を見ると、限界寸前まで死ぬ気で戦い続けた姿が、目に浮かぶようだ。
体は治癒魔法で治したし、ほぼ空に近かった新しい武器の魔力も、フルに供給しておいた。
しかし、衣服や防具の激しい汚れや損傷は戻らないし、すり減った精神力も簡単には戻らない。何よりも、本人の魔力が残っていない。魔力切れで、立っているのがやっとの状態だと思う。
最低でも二日三日は休養しないと、戦える体には戻れないだろう。
ただまあ、命を落とす寸前の状態で、どうにか全員が無事に踏み止まれたのは、本当によく頑張ったし、運も良かった。
私があと数分でも狐の尾に手こずっていたら、一人か二人は危なかっただろう。そう思うと怖くて、背中がぞわぞわして落ち着かない。
それでも結果には、大満足だ。五人は、新しい武器に習熟する期間もなしに、よくここまで見事に戦ったものだ。私は彼女たちを尊敬し、誇りに思う。
あのカタツムリの結界の中で絶望に震えていた頃から見れば、大きな進歩であり成長だ。私も含めて、だけど。
今回の戦いでの私の一番の課題は、迷宮を破壊せずにどう勝利するか、だった。なので、それについては、完璧に達成された。
最後のボス部屋まで私を運んでくれた、五人の仲間。そして九本の尾の能力と相当強力になった取り巻きの魔物たちを追い込んでくれたのも、彼女たちの成果だ。
私は最後の最後で、ちょっとだけ働いて仕事を締めただけ。
でも、私の不完全な魔法の巻き添えで迷宮が崩壊し、パーティが全滅することにならず、本当によかった……
さて、私たちは水分補給と軽い食事をして小休止の後、このラスボスの部屋のどこかにあるという、迷宮のコアを探索中だ。やはり魔力が乱れていて、探知できないのだ。
部屋の中心、あの狐の尾が生えていた辺りの地面に、隠し階段などがあると思い、付近を探している。
この迷宮の中では魔力感知が上手く働かないので、実に厄介だ。
フランシスが、杖で地面を突きながら、ゆっくりと歩いている。
「この下に、何かありますね」
ついに見つけたか。
杖の先でコツコツ叩くその部分の音は、確かに他の部分より軽い。
フランシスが、土魔法でそこへ穴を掘る。
すぐに、地下への階段が出現した。
「いよいよですね。行きますよ」
フランシスを先頭に、階段を下る。
相変わらず薄明るい階段を下ると、そこも岩壁に囲まれた広い部屋だった。
中央に、庭石ほどもある、白い光を放つ物体がある。あれが迷宮のコアなのだろうか。
全員が階段を下り切り、岩の床に立つ。
床には一面に、何かの線や模様が描かれていた。
「こ、こんなに大きなものが、本当に魔法陣なのか?」
フランシスは一人で再び階段を上り、高い位置から全体を見渡す。
「地脈から力を得て、人工的に迷宮を造ろうとした者がいるようです……」
戻って来たフランシスが、そう言った。
「人工迷宮?」
その言葉の嫌な響きに、私は顔を歪める。
「まさか、そんなことが、可能なのか?」
「聞いたことがないわ」
プリスカも、エルフたちも、初めて聞いたようだ。
「恐らく、元々この地には地脈の澱みがあり、魔力を蓄えたコアが育ちつつあった」
「それが、普通の迷宮の始まりと言われているものよね」
プリスカも、知識としては聞いたことがあったようだ。
「そう。それを誰かが発見し、この床一面の精緻で巨大な魔法陣により、急速に成長させた」
フランシスにわかるのは、そこまでだった。
「誰が、何のために?」
「こんなことができるのは、恐らく、魔獣の封印を解いている連中の仕業だろう」
「教会の関係者なのか?」
封印を解いていた聖魔法の使い手たちは、いまだに正体不明の集団だった。
「それでも、魔物は、どうしてここに集まったの?」
「それも、この魔法陣の力かもしれない」
「何にせよ、これは破壊しなければ」
「ええ。このまま迷宮が成長し続けたら、大変なことになるでしょう」
エルフたちの言葉には同意するが、私には、実際に何が起こるのか、想像もつかない……
「でも、ボスが復活したり、新たな魔物が生まれる前に、今すぐやるべきね」
プリスカの意見には、完全に同意だ。
「私の出番だな!」
「まあ、そうですね」
「存分に破壊してください」
地脈に繋がるコアをいきなり破壊すると、迷宮を含めたこの辺の地形自体が不安定になる可能性がある。そして、私たちの脱出を考慮に入れると、先ずは確実に魔法陣を消しておくことが重要だった。
私は、土魔法で床一面を掘り起こし、巨大魔法陣を完全に消去して、機能を停止させた。そして階段の最上段まで全員が退避してから、土魔法で硬質の岩を造り、コアの広間を完全に岩で固め、埋め尽くした。
「これで、コアは地中に残るが、余程の地殻変動のない限り、地表へ出ることはないだろう」
次にその上の、九尾のいた広間には強力な炸裂魔法を結界で包み、幾つか置き土産にして地上への道を辿る。
途中の中ボス部屋にも同様の仕掛けを施して、慌てて来た道を戻る。
自分の魔力は枯渇している五人だが、武器から供給される魔力により身体強化をして、何とか体を動かしていた。
何度か中小の魔物に遭遇したが、エルフ三人組とプリスカが、全て片付けた。
そうして何時間か後には、私たちはどうにか横穴の出口へと戻った。
私は六人全員を結界で包み、縦穴の底から一気に上空へ昇る。まだ、地下では何も起きていないようだ。
「では、爆破!」
迷宮内に仕掛けてきた魔法の結界を、私は同時に消去した。
いや、かなり結界には力を入れたけど、よくぞここまで壊れずに堪えてくれたよ。
瞬時に、内部に封じ込められていた極大炸裂魔法が、弾ける。
低い地鳴りの音と共に縦穴の底が抜け、穴からは火山の噴煙のように、盛大に土煙が吹き上がった。
陥没した縦穴は大きく広がり、巨大なクレーターのようになっている。
これで完全に、迷宮は埋もれただろう。
私は土煙を抑える効果を期待して、遠慮のない水魔法を使い、縦穴に大量の水を注いだ。
暫らく続けていると、そこには新たに深い湖が誕生していた。
「こんな、天地創造神話みたいな光景を見られるとは……」
カーラが、ため息をついた。
私も、ここまで無遠慮に魔法を使える機会は少ないので、少々気持ちが良かった。
「破壊と創造、まさに神の御業ですね」
師匠も言うが、そんな大層なことではない。
ただ、土煙が消えたので、もう少し高度を上げないと、地上にいるエルフに見つかってしまいそうだ。
魔法陣が消え失せたせいなのか、集まっていた魔物は行き場を失い、森の中へ散り始めている。
エルフたちは深追いすることなく、慎重にそれを見守っていた。
私はより広い範囲を見渡せるように、更に高度を上げる。
この地へ集まり余計な魔力を得たためか、散って行く魔物たちは非常に強い魔力を持ったまま、高速で移動していた。
今はいいけど、これは後々問題になるんじゃないかなぁ~
だが、私はそれとは別の、新たな異変を感じていた。
「ルアンナ、何かがおかしい。谷の領地の結界が、閉ざされている!」
「姫様。これは、あの要塞にいた結界魔術師たちの仕業では?」
そうだ。エルフの森の入口に築かれていた要塞にいた魔術師たちと、同じ気配だった。それが、谷の領地を外側から結界で囲んでいる?
違う、谷の結界が、別の結界で上書きされているのだ。これは魔物除けではなく、領民を閉じ込める結界だ。
「この迷宮騒ぎは、ただの陽動だった? 最初の魔獣ウーリの事件と同じで、あの連中の本当の狙いは、私の故郷だったのか?」
今では領地全体の魔物の結界が、あの教会の聖魔術師の作る結界に置き換わっている。
「すぐに行かないと!」
「北の谷までは、かなり遠いですよ」
ルアンナの言葉に、少し冷静さを取り戻した。
「一度、森に降りよう」
私たちは、新たな湖の近くへと着地した。
「みんな、聞いて。私の故郷の谷が、何者かの襲撃を受けているの」
「まさか、子爵様の領地が?」
谷からずっと一緒なのは、フランシス師匠だけだ。
「急いで谷へ向かいたいけど、私以外の五人には、絶対に休息が必要だ。だから、私は一人で先に行く。悪いが、皆にはここへ残って欲しい」
「姫様、せめて私だけでもご一緒させてください……」
フランシスは私の手を握るが、長い飛行と、その後の危険に付き合わせるのは、気が進まない。
「他の皆は、しっかり休息を取ってから、地上を移動して。私は先に、空を行くから」
「私は姫様の護衛ですから、同行します!」
プリスカも、そこは譲ろうとしない。
「私たちは、今でもパーティですよね!」
こんな時に、普段はおとなしいリンジーが、一番激しく迫る。
皆、見るからに、ぼろぼろの体なのに。
「ああ、私たちはパーティだ。私はあまり戦っていないから、今度は一人で斥候役を担おう。必ず皆に状況を報告するから、一足先に行かせてくれ!」
「わかりました。それなら、私たちは、少しでも北へ向かって移動しましょう。姫様、ちゃんと戻って来るんですよ!」
「わかった。だけど皆、一度しっかり休息を取ってから、行動を始めろよ。決して無茶をするな。では、私は行く。元気でな」
私はそのまま空中へ飛び上がり、高度を保ったまま北へ向かった。
これが奴らの目的なら、私が行くことも計画のうちだろう。
しかし、奴らの裏をかくならば、一刻も早く谷へ到着する必要がある。
「姫さま。多くの魔力が谷と、その北の森に集まっています」
「クソ、封印魔獣は、もうあそこにはいないはずだが……」
「とにかく、急ぎましょう」
「そうだ。谷へ行くなら、一度私の体を元に戻してくれないか?」
「いいんですか?」
「だって、私は今でも子爵家次女、アリソン・ウッドゲートだからな!」
「そうですね。姫様はまだ五歳なのでした……」
「なに、春が来ればすぐに六歳だぞ。それに、このままの姿では、家族や領地の皆に会っても、私だとわからないじゃないか」
「確かに、そうですねぇ。では、戻しますよ」
「頼む!」
私は久しぶりに、子供の姿に戻った。でもこれって、なんだかとても心細い。
こんなことで、大丈夫だろうか?
終
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