開花その25 交易の町
北の街へ向かうバルム親方と護衛のドゥンクと別れ、私たちは北東へ向かう。
エルフの里を出て以来、エルフ三人娘同様に私たち三人も長耳エルフの娘を装い、アリス、フラム、ルスカと名乗っている。
基本的にはバルム親方とその家族以外には、身バレしていなかったはずだ。たぶん。
ただし、フランシスだけは合コンで酔った挙句、自分は長命のエルフではなく、人間であると獣人たちに白状していた。
エルフやドワーフと違い、一般的な獣人の寿命は人間と大して変わらない。中にはエルフやドワーフに匹敵する、特殊な魔力を持つ長命な獣人もいる。
しかしそれは、竜人や鬼人など一部の特殊な種族だ。
獣人との婚活のためには仕方がなかった、と本人がしきりと言い訳するので、ルアンナが長耳を元に戻してやった。
これで、エルフ五人と人間の魔術師による奇妙なパーティが出来上がる。
踏み跡程度に残されている道を辿っている私たちも、今までの旅と少しだけ違うことを感じる。
「風が冷たい……」
「午後になって、一段と冷えますねぇ」
「フードを被らないと、耳の先が……」
樹間を吹き抜ける風が、肌を刺す。
北へ進んで標高が上がるのと、季節が真冬に向かうのとが、重なっている。
特に一年中暖かなエルフの森で育った三人には、寒さが身に染みるようだ。
「もっと移動速度を上げて、体を温めましょう」
先頭のプリスカは、振り返りもせずに足を速めた。
「ひえーっ」
フランシス師匠は連夜の酒浸りのお陰で、体がなまりきっている。他の四人は、全く苦にする様子もない。
「師匠、今までの私の辛さがわかったでしょ?」
幼児だった私には、これまで辛い旅の連続だった。だが、今は違う。
「姫様は、ちゃんと馬に乗せて差し上げたじゃないですか!」
「じゃ、師匠もまた馬に乗って空を飛んでみる?」
「……あれだけは、二度とゴメンです」
「ぐずぐずしてると、置いていくよ!」
「ああ、このままでは、身体強化の魔力が尽きそうです……」
どうやら朝からここまでに、かなりの魔力を消費していたらしい。師匠の荷物も、ほとんど私の収納魔法に入れてあげてるんだけどねぇ。
それでも何とか森を駆け抜け、ほんの数日で交易の村へ到着した。
この獣人の交易拠点は人の出入りが多く、村というよりも立派な町だった。魔物討伐や護衛の依頼が多いので、ちゃんとした冒険者ギルドもある。
そこで最初に、冒険者であるプリスカが一人でギルドへ様子を見に行った。
本物のエルフ以外の我々三人は、身分を偽装している。プリスカも、本来の高ランク冒険者の肩書は使えない。
私たち六人は、バルム親方の口添えで護衛任務を完了したばかりの新人冒険者として、鍛冶師の村の出張所で新たに冒険者登録したばかりなのだ。
フランシスだけが人間で、他は若いエルフ五人の、新人パーティになっている。
戻って来たプリスカの報告によると、一時期活性化していた魔物は最近になり突然消えてしまい、依頼は多くないようだ。
機嫌の悪そうな仕事待ちの冒険者が、ギルドの一階で大勢油を売っていたらしい。その大半が筋骨逞しい獣人たちなので、さすがのプリスカも圧倒されたようだ。
私は、行かないでよかった。
「今は森の南方が荒れているので、仕事を探すならそっちへ行きな」
受付嬢ならぬ受付爺は、諦め顔でそう言ったそうだ。
「きっと、この辺の魔物も南へ向かい、その途中で私たちを襲った挙句、悉く姫様に串刺しにされてしまったのでしょう」
プリスカにそう言われると、この事態の責任の一端というか、ほぼ全てが私にあるようにも感じる。これでは何となく、冒険者ギルドへは近寄り難い。
魔力の感知によれば、エルフの調査隊は、森の南方に集中しているようだ。
商人の護衛任務も冒険者同士の取り合いで、私たちのような駆け出しに回ってくる仕事は無さそうだった。
南の魔物は気になるが、そちらはエルフの調査隊に任せるとして、私たちは交易の町にしばらく滞在し、予定通り情報収集しよう。
そもそも今回の魔物の異常は、私たちが壊滅させた森の東側の要塞に関連しているのだろうか。
今のところ、今回の魔物の動きに人間が関与している証拠は見つかっていない。
冒険者の話を聞くのは、プリスカとフランシスに任せよう。
残るエルフ組は二手に分かれて、町の中をそれとなく歩いてみた。
ざっくりとした分担として、私はネリンと二人で、獣人の店を中心に回る。リンジーとカーラは、エルフとドワーフの担当だ。
仕事にあぶれた冒険者の暇潰し、気楽な散歩を装いながら、あちこちの店を物珍しそうに覗いてみた。
そんな中で、私は森の南へ集まる魔獣の動きを常に気にしていた。
グロムという名のこの森の精霊と偶然繋がったことにより、このエルフの森の中での私の感知能力は、向上している。私は、他力による能力向上ばかりだ。
ちなみに精霊に性別はないらしいのだが、私に届くグロムの渋い声は、どうしても男性を意識させられる。軽いルアンナとは、ずいぶん違うのだ。
南へ向かう魔物の群れは、森の中のある一点に向けて動いているように感じる。
ただその場所からは、私には特別な気配を感じられない。魔物にしか感じ取れない何かがあるのだろうか。
魔物を追うエルフの調査隊も、次第にその場所へ近付きつつあった。
現地に何があるのか、それは調査隊の持つ特殊なスキルにより、里へ伝えられるだろう。
森の精霊と繋がる私にも、恐らく同時に何かがわかるはずだ。
「一時期増えた魔物対策で、交易商人の護衛が大勢町に来ていた。ところが、急に掻き消えるように魔物がいなくなっちまって、護衛の仕事にあぶれた冒険者が、今は町に取り残されているんでなぁ」
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「普通、護衛って交易路の往復で契約するものじゃないの?」
私は疑問を口にする。
「いや、この辺りでは噂を頼りにあちこちの村を回って商いをする商人が多い。だから治安次第で護衛を増やしたり減らしたり、都度契約するのが普通だよ。欲張りな冒険者が護衛料を吊り上げることも多いから、逆にこういう時もある」
なるほど。
もし南の森で手に負えない事態が起これば、この辺の暇そうな冒険者の手を借りることができるかもしれない。
そんなことを考えていると、エルフの調査隊からの緊急報告を傍受した。
魔物の向かっている先には、地中へ通じる大穴が開いていた。
どうやら、新しい迷宮が出現したらしい。
私はプリスカとフランシスに合流し、その噂を冒険者たちへ広めるように頼んだ。
これで自然と、屈強な腕自慢が南へ向かうだろう。
「姫様、私たちは行かないのですか?」
「そうです。新たな迷宮ですよ。魔物の巣窟です。放っておいてもいいのですか?」
プリスカとフランシスは、血が騒いでじっとしていられないようだ。
本当にこいつらは、私の護衛をする気があるのか?
「まだこの町へ来たばかりだろう。それに北の鉱山に向かった親方も気になるし……」
このタイミングでの迷宮出現は、何やら怪しい。魔獣の封印を解いていた一味の仕業かもしれない。
そんな危険な場所へ、わざわざこちらから出向く必要はないだろう?
「しかしなぜ、魔物たちは迷宮を目指す?」
「恐らく、大好物の魔力が大量にあるのでしょうね」
「私には迷宮の魔力を感知できないが……」
魔物の魔力感知能力は、精霊をも上回るのだろうか?
迷宮の最下層には魔力の元になる核があり、そこから得た魔力で大量の魔物が生まれ、強力な力を持つと言われている。
森に棲む魔物も、以前に出現した迷宮から外へ出て広がったのだと考えられている。
「この森の迷宮は、森のエルフが攻略するでしょう。今のところは、姫様の手出しは無用と思われます」
森の精霊グロムがそう言うのだから、ここは静観すべきなのだろう。
「南にはエルフが集まっている。もしネリン、リンジー、カーラが行くというのなら、止めないよ。でも、私は行かない。それよりも、北の街へ向かったバルム親方が気になるので、しばらくこの町にいるつもり」
師匠とプリスカには、我慢してもらおう。
「私たち三人も、姫様にご一緒させてください」
「今はまだ、我らの出番ではないでしょう」
「もしもの時には、どうか我らエルフに力を貸してください」
三人も、ここに残ることにしたようだ。
「あー、もったいない。せっかく手付かずの迷宮へ潜るチャンスを!」
「せめて一目様子を見に行くのは、ダメですか?」
師匠とプリスカは、縋り付くような目で私を見る。
「二人は、私が迷宮で魔法を使ったらどうなると思う?」
「…………水没、凍結、雷撃、熱線、光線、溶岩、水刃、風刃、竜巻、爆裂、猛毒、泥濘、針山、溶解、崩壊……」
「……ああ、ダメだ。あらゆる種類の地獄が顕現、最悪の展開しか思い浮かばない!」
「でしょ?」
「「……ですねぇ」」
終
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