開花その24 鍛冶場の馬鹿力



 私の魔法収納も、ある意味魔道具のようなもので、うまく調整さえしておけば、収納から出すだけで自動的に魔法が発動する。こりゃ便利だ。


 私の魔道具についての認識は、その程度の漠然としたものでした。



 しかし、私の収納魔法をよく知らぬバルム親方は、憤慨したように語った。


「魔導石を利用した魔道具ってのは、直接送り込んだ魔力の分だけ、即座に魔法が発動する。ただそれだけの、えらく単純なモノだ」


 ……なのだそうです。



 つまり私の作成した魔導石モドキは、加えた魔力を即座に発動させずにチャージする。そしてトリガーを引くことにより、好きなタイミングで魔法を発動させることが可能となるらしい。


 しかも、一度発動した魔法にはチャージされた魔力が継続的に補給され、ロングランの運用も可能だ。


 魔力を加えると同時にトリガーを引くようにすれば、普通の魔導石のようにも利用できる。


 これが、現在親方の目の前にぶら下がったニンジン。バラ色の未来、技術革新である。



 親方の職人魂に、火が点いてしまった。


 今更間違いでした、返してください。とも言えず、私も親方の後を追って工房へ行った。


 そこは親方専用の、特別製の赤レンガで囲まれた、頑強な鍛冶場だった。


 他の職人には目もくれずに一人で引きこもったことには、好感が持てる。


 ここで大騒ぎされては、一大事だった。


 がっちりと施錠してある重い扉を、ルアンナの助けを借りて苦も無く開き、私は鍛冶場へと足を踏み入れた。



 夢中で炉に魔力を加えて過熱している親方の背中に、私は声を掛ける。


「バルムさん。私には、誰にも言うな、と言いましたよね」


「ああ、言った」


「じゃ、親方にも同じことを、お願いします」


「わかった。黙っているから、これをもっとたくさんくれ」


「よく知りませんでしたが、これは安定供給できる代物じゃありませんよ。世に出れば、きっと大騒ぎになります」


「ああ、わかってる。二人だけの秘密ってことでどうだ?」


「ありがとうございます」


「だがよ、たぶんこいつで魔高炉を作れば、姫様の作ったあの金の針を溶かして、剣が打てるかもしれねえんだ」


「そんなこと、必要ありませんよ」



 私は親方の足元に新たな魔導石を出すと同時に、あの軽い銀と重い金の素材でできた剣を二振り、その場で作って見せた。


「な、なんてことだ……」


 高炉への魔力供給の手を止め、バルム親方が棒立ちになって足元の剣を見ている。


 いい加減な拵えの剣ではない。どちらも鋭い刃を持つ、立派な両手剣である。



「私の生まれた北の谷では、毎日が魔物との戦いでした。確かに、より強力な武器があれば、人はもっと楽に暮らせるでしょう」


「そうだろ。この剣にも新しい魔導石を加えて魔法を付与すれば、この間みたいに多くの魔物に囲まれても戦えるだろう」


 エルフの作った透明なカタツムリ結界の中で、見渡す限りの魔物に囲まれ死を覚悟した親方の経験は、まだ生々しいのだろう。


「それがどうしても必要とあれば、私が作ります。でも、人間が互いにこんな武器を持ち、争うことになるのは見過ごせません」


「確かに人間共の使う武器は、人間同士の戦いの中で磨かれて来た歴史がある……」


 バルム親方の言う通り。一部の人間だけが強い武器を手にすれば、それはいつかきっと、新たな争いの火種となるだろう。



「私がいる限り、こんなものを大量生産するような時代にはしません」


 私は、じっと親方の目を見る。


 人間は、既に十分に強力な武器を持ち、魔法を発展させてきた。



「……すまん。ワシが悪かった。何か目立たず暮らしを支えるような道具を考えるから、もう少し時間をくれ」


「はい。それなら私も、協力できるかもしれませんね」



 私はそれだけ言って振り向き、鍛冶場の出口へ向かった。



「初めて、姫様が自分の力で進む道を示しましたねぇ」


 ルアンナが挑発するが、私には相手にする気力もない。


「ああ、疲れた……」



 部屋へ戻ろうとしたら、今度は外が騒がしい。


 どこかでカンカンと鐘の鳴る音が聞こえた。

「火事だ!」

 親方をはじめ、職人たちが鍛冶場から飛び出し、外へ向かう。


 私も後を追って外へ出ると、左手の道沿いに建つ、暗いレンガ造りの建物から煙が上がっている。


 どこからともなく手桶や水樽を抱えた人が集まり、鍛冶場へ向けて人の流れができた。


 ドワーフの、大きな声が響く。

「クレヴィスの工房だ」


「あそこも旧式の炉を使ってるからな」


「爆発音が二度聞こえたぞ」


「避難状況は? 怪我人はいるのか?」


「とにかく、消火だ!」


 近くの水路からバケツリレーが何列もできて、建物まで大量の水が運ばれる。その手際は、見事としか言いようがない。


 工房の裏庭で剣の稽古をしていたエルフたちもやって来て、水魔法を使い消火作業に手を貸しているのが見えた。



 やがて火は消され、煙を吸ってぐったりした獣人や、火傷を負ったドワーフが、治癒魔法で治療されている。


「こういう事故は多いの?」

 私は隣にいたドワーフの職人に尋ねてみた。


「まあ、そうだな。この村には古い魔道具が多いから、制御不能になったり、思わぬ方向へ火を噴いたりすることは、たまにある。それに職人は熱中すると、つい魔力を込め過ぎちまうからなぁ」


「危険な仕事だね」


「ああ。だが普段からみんなで火消しの訓練をしてるから、咄嗟の時にも素早い鎮火ができているんだ。今日はちょっと、危ないところだったがなぁ」



 私は黒い煤にまみれて、まだ熱を放っている現場を見に行った。


 鍛冶場で使う炉の全てに、魔道具が使われているわけではない。


 特に細かい作業には、薪や木炭、揮発性の油などを使っている現場が多い。


 幾ら耐火煉瓦で厳重に作られた作業場でも木材はそこここで使われているし、他の可燃物も色々と置かれている。爆風に壁や天井が崩れれば、延焼の恐れは大いにある。



 私はバルム親方の工房へ戻ると、中庭の片隅でちょっとした実験を始めた。


 暫くすると、親方が二階から声を掛けた。


「姫さん、そんなとこで何をしているんだ? 上がって来て、お茶でも飲まないか?」

「あ、親方、丁度いいや。ちょっとここへ降りて来てよ」



 私は半分に切ったレモンくらいの、白い光沢を持つ硬い石を幾つか親方に見せた。


「さっき話していた、魔道具の件なんだけど……」


 私は建物のレンガ壁に、半球型の白い石を粘土で張り付ける。


「これは、さっきと同じ私の魔導石に水魔法を封じ込めてみた魔道具。こうしてちょっと炎で炙ってやると……」


 着火魔法の炎がトリガーとなり、石から放射状に冷水がどっと飛び散る。前世のスプリンクラーのようなものだが、配線も配管も不要で、凍るような冷水が吹き出るところが、ちょっと違う。



「うわっ、すごい量の水だな」


「うん。これを魔高炉の上とかに取り付けておけば、火災の時に自動消火できるんじゃないかな」


 親方が目を見張る。


「これが普及すりゃ、鍛冶場や鉱山の事故も減るだろうが、そんなことしていいのか、姫さん?」


「うーん。私が魔力込みで大量に寄付するから、宣伝と販売を親方の工房でやってよ。手間賃以外の余剰利益は財団を作って、事故で家や家族を失った人たちのために使ってほしい」



 腕組みをして考え込んだ親方が、顔を上げた。


「ちょっと待て。こいつはちょいと、ワシの手に余るぞ。一度預からせて貰い、ドワーフの組合案件にしたいが、どうだろうか?」


「そうだねぇ。これだけだと弱いから、あの金銀の剣と一緒に持って行って、極秘案件だと伝えて。もし秘密を守れなければ私が全部魔法で消すぞ、とか脅してみてよ。それなら、悪用する奴も減るでしょ」


「いいのか? そこまでワシらドワーフを信じて?」


「私は、バルム親方を信じているだけだよ」


「……わかった。ワシはすぐにこれを持って、街にある組合本部へ向かう」


 親方は少し恥ずかしそうに、私の目を見ながら言った。



「あとこれ、一度放水したら余程の魔力お化けじゃないと、再充填が難しいように調整してあるからね」


 調整してあるなどと、いらぬ見栄を張ってしまう。ただ、そういう物しか作れなかっただけなのに……


「ワシらの魔力では、再充填できないと?」


「かなりの魔術師が一日頑張って、一つを満タンにできるかどうか。それに、この石は硬くて壊れないよ。だから使用済みの石は、回収して集めておいて。時々私が魔力を補充するから。当然、魔導石の仕組みは、誰にも内緒ね」


「ま、それなら非常時以外には、気楽に使えないわな」


「親方も忙しい人だね。じゃ、ドゥンクを護衛に付けるから、気を付けて行ってね」


「おお、あの黒犬が一緒に来てくれるんなら、心強いぜ」



 本当は私たちも一緒に鉱山の街へ行きたいところだったが、実は次に行くべき場所をもう決めていた。


 この村へ来て以来、魔物の動きはない。


 しかしフランシスは、日々獣人の若い男たちに付きまとい、それなりに楽しそうだった。


 獣人たちも人間の女性が珍しく、フランシスを邪険に扱うようなことはない。


 魔物の動向は気になるが、フランシスの婚活を邪魔するのも、少々気が引ける。


 エルフ三人娘とプリスカも、ドワーフの作る様々な物に興味を持ち、安いアクセサリーやら新しい防具やら、毎日あちこちの店や工房を巡っていた。



「姫様、ちょっとお話が……」

 フランシスが、珍しく真剣な表情で近付く。


「婚活がうまくいったの? それならあんたは、ここに残ってもいいわよ」


「いえ、その。実はこの村の獣人たちから、近くにもう一つの獣人村のあることを聞き及びまして……」


「ああ。確かに、あるね」



 私も存在は知っていたが、エルフの里から近い獣人村へ行けば十分と思い、黙っていた。


「そこは交易の村で、獣人だけでなくエルフやドワーフの商人も多く訪れるとか。きっと魔物についての情報も何か得られるのではないかと」


「ついでに若い男も大勢いるって?」


「いや、それは、その……」

 フランシスは、顔を背ける。


「ま、いいわ。あとでみんなに相談しましょ」


「は、はい。ありがとうございます」


「で、今夜はどこで飲むの?」


「いえ、今日は予定がありませんので」


 フランシスは毎夜、合コンのような飲み会続きで、宿にしている鍛冶場で一緒に夕飯を食べることも少ない。


「では、今夜みんなで話し合えるわね」



 私は森の精霊の力により、魔物の動きを細かく知ることができている。


 親方の向かう北の鉱山街も、我々の目的とする村の周辺も、今のところ穏やかだった。


 エルフの調査隊も、近くにはいない。どうやら、森の南側に集まっているようだった。


 バルム親方の出発に合わせて、私たちも工房の村を出た。



 終



  

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