開花その23 魔導石



 魔法の銃弾作戦は、完全な失敗だった。何か別の方法を考えなければ。


 暴発事故により右腕が凍った程度で済んだのは、本当に運が良かった。


 私は常に幸運に恵まれている。そう思いながら、青く澄んだ空を見上げる。

 はい。アリソンは、ちゃんとわかっておりますよ、母上。


 家族と離れ離れになり、無数の魔物に追われ、エルフの服を着てドワーフの村に滞在する五歳の貴族令嬢は、決して幸運に恵まれていませんよね……


 でも、私はこうして生きている。これを幸運と呼ばずにはいられない。私を助けてくれる多くの仲間のお陰で、こんな遠くまで来られたのだから。


 しかし、私には感傷に浸っている暇はない。今は、頭を使う時間だ。


 

 今現在、私の収納魔法の使い方には、二つの方法がある。


 直接物体を内部へ収納する通常の方法と、反則級の魔法収納だ。


 カタツムリの中心から見渡す限りにばら撒いた金の針は、土魔法を広範囲に展開し、無数の針を生成した。(実際には、生活魔法なんだけどね)


 本来は、微小な魔力によりそれに見合う小さな針を生成するだけの魔法だ。


 しかし私の場合は、大量に収納されている土魔法のエッセンスを利用している。

 収納から取り出したのは物体の針ではなく、実行途中の魔法であり、言わば土魔法の原液のようなものだ。


 私は収納から取り出した絵の具をパレットに出し、均等に水で薄め私好みの濃度に調整して、絵筆に乗せる。筆で何を描くのかは、私次第だ。

 しかも、絵の具はまだ収納にたっぷりと残っている。


 原色の絵の具を基本として、様々な色の絵の具を収納してある。その色は、ちゃんとラベルで区別できるのだ。


 勿論、結果を顧みなければ、それを濃い絵の具のまま取り出し無秩序にぶちまけることもできるし、逆に水で薄めた絵の具を再収納して、そのまま取り出すことも一応は可能だ。


 薄めた絵の具を収納に戻し、再び絵筆に乗せるという意味あいだ。


 でも結果として濃度はラベルに反映されず、それは元の絵の具と同じラベルになってしまう。他の色と混ぜて別の色を作れば、別のラベルになる。


 同じラベルが大量に増えないように色を混ぜるのは、とても難しい。


 どの段階で収納するかは私の選択次第となるが、同じ色には全部同じラベルが付くので、エルフの里で泣きながら収納を一種一つに限定した。


 それとは別に、今回の実験で各種の魔法を圧縮し結界で包んだ魔法の弾丸が、完成品として保管収納されている。


 ただ、結界に包まれた魔法は物質の収納とほぼ同じで、そのまま手元に取り出す以外のことはできない。


 そのうち、何か他の利用法を考えるとしよう。



 そういえば、ドワーフの村へ着く前に、年が明けていた。


 北の山脈に住むドワーフは、二月の一番寒い時期に冬の祭りを催すらしい。


 この村でも、あとひと月もすれば冬祭りがあるらしい。


 雪も降らない村だが、年が明けてからは肌寒い日も増えた。



 鍛冶場で使う火の魔道具は、ドワーフの魔力により高熱を発して、材料となる金属を溶かす。


 この魔高炉の排熱を、厨房や風呂や部屋の暖房にと利用している。


 もっとも、暖房が必要なのは一月二月のほんの一時期だけらしいが。



 うっかり私が触って壊すといけないので、魔高炉には近寄らないようにしているが、こういった道具を使えば、私の魔力も上手に利用できるのではないかという期待もある。


「こういう高度な魔道具は、鉱山のある北の街で造られている。この辺にいる職人には、そこまでの腕を持つ奴はいないな」


 バルム親方の言う通り、この辺では需要も少ないのだろう。


 人間やエルフが日常生活で使うような魔道具も、多くはドワーフの手によるものらしい。


 確か谷の館でも、厨房や手元の灯などでは、様々な魔道具が使われていた。魔力による微妙な加減が可能で、実際に魔法を使うよりも、魔力の効率が良い。


 魔導石という特殊な石が必要で、例のドラゴンの住む山岳地帯の周辺でしか入手できないらしい。


 魔導石は魔力を流して魔法を発動させるために、武器や防具などにも少量混入される。


 炎の魔力を帯びるプリスカの剣なども、その類だ。



「ところで、姫様に貰った金の棒だがよ、ありゃなんだ?」


「いやぁ、なんでしょうねぇ?」


「色々調べようと思ったが、折ることも削ることもできねえ。炉に突っ込んでも溶ける気配もねえし、傷一つ付けられねえんだよ」


「じゃ、そのまま使ってみれば?」


「ありゃ長くて重いんだよ」


「じゃ、短いのも作ってみようか?」


「い、いや、ここじゃ止めてくれ。あんなのを何千本も出されたら、工房が潰れる」

「銀色で軽いのもあるけど……」


「おい、それってまさか、あれか。チチャ川の橋っての。やっぱりあれも、姫様の仕業なのか?」


「あ、これ言っちゃいけない奴だった」


「バカ野郎、あの橋の調査で、何人のドワーフが大恥かいたと思ってんだ?」


「え、そうなの?」


「ああ。人間の鍛冶師じゃ手に負えねえって、ドワーフの腕自慢が何人も行ったが、全員が何もできず、空手で戻って来た。サンプルも取れなきゃ、調べようもないからな。ドワーフの信用も、地に落ちたもんだ……」


「なんだか、ごめんね。私にも、よくわからないんだわ」


「薄々、そんなことじゃねえかと思っていたけどよぉ……」



「あ、それじゃぁ、私の土魔法で、さっきの魔鉱石ってのを作ってみようか?」


「違う。ワシの言うのは、魔導石だ。そんなもの魔法でひょいひょい作られたら、鉱山やまの仲間の仕事が無くなっちまう」


「あ、魔導石の原料が魔鉱石なの?」

「そうだ。北の山奥で採れる」


「へぇ。うーんと、ちょっと待ってね」

「おい、本気か、姫さんよぅ?」



 私が黙って集中すると、親方の顔色が蒼白になる。


「おい、こんなところで止めてくれ。俺の工房を潰す気か!」


「でも外でやったら、みんなに見られるよ」


 私の脅しに親方の視線が泳ぎまくり、すぐに屈した。


「……仕方ねえ、ちょびっとだけだぞ」


「わかった」

 私は再び集中する。


「いいか、本当にちょっとだけにしてくれ、頼むよ姫さん……」



 一応、勢いで許可を得てしまったので、私も後へ引けない。


 いつになく気合を入れて、集中する。


 魔導石自体は、親方から高純度の見本を見せてもらっている。しかし魔力を感じ取れる私には、効率の悪そうな二級品に見えた。


 きっと、その辺に転がっている粗悪品の石と間違えたのではなかろうか。

 だから、もうちょっとマシな物を作らねば、親方に笑われてしまう。


 魔導石の果たす役割を考えると、効率と共に、加工が容易でなければならない。銀の串や金の針とは、根本的に役割が違う。


 土魔法のエキスをちょっぴり使い、私は一塊の石を造った。


 素晴らしい。本当に宅急便で送れそうな塊一つだけが、足元に転がっている。

 なんだ、やればできるじゃないか!


「どう、親方!」

 ドヤ顔で私は親方を見る。


 親方は不審そうにその石に触れ、持ち上げ、魔力を流し、腰にいつも下げているハンマーで叩き、欠片を舐めて、最終的に首を捻った。



「これは、魔導石じゃねえぞ」


「え、だって、魔力をたっぷり蓄えて、それを魔法に変える金属触媒だよ」


「……それだ」


「何が?」


「魔導石は、魔力を蓄えねえ」


「え、そうなの?」

 聞いてないよぅ。


「そりゃ、持続時間の長い魔法を発動するように作れば、長い時間使える。結界とか常夜灯とかな。だが、あくまでもそれは、魔法による力と効果次第だ」


「え、そういうこと?」


「最初からそう説明しなかったか!?」


「じゃ、これは何?」


「いいか、このことは誰にも言うな!」


 親方は私をひと睨みして、慌てて石を抱えてとんでもない速さで自分の工房へ駆けて行った。



 バルム親方でも、あんなに速く走れるんだねぇ。


「そりゃ、あんなもの目の前に置かれたら、ミミズだって全力疾走しますよ」


 今日のルアンナは、機嫌がよさそうだ。


「何だったの、あれは」


「あの銀の串や金の針と同じで、この世にまだ名前のないものの一つですね」


「私、またやらかした?」


「さあ。それは、バルム次第だと思うけど」


 私も慌てて、親方の後を追った。



 終




  

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