開花その22 ドワーフの村 後編
ここは鉱山から離れた村であるが、腕の良い職人が競うように工房を構えているので、各地から良質の素材が集まる。
ここで作られた様々な金属製品や宝石などのアクセサリー類は、ドワーフや獣人の手により人間の国へも多く運ばれ、高値で取引されている。
バルムさんの工房も、大きな金属加工を行う鍛冶場と、装飾品を作る精密加工場に分かれていた。
鍛冶場を仕切るのはバルムさんで、精密加工は奥様の仕事になっているらしいが、ドワーフは誰も器用で、基本的にどちらの仕事も得意にしていた。
だからバルムさんのようなごつい髭面の男が、金銀ミスリルなどの加工をして宝石を研磨し、獣人の弟子に細密なアクセサリー作りの指導などをしているのを目にすると、かなりの違和感がある。
まあ、バルムさんの面倒見の良さは、獣人の村で十分に知っていたのだが。
鍛冶場では鍋釜の他にも斧や鋸、鍬や鎌など様々な生活用品を作っているが、剣や盾などの武器や防具も多く作られていた。
エルフの里にも鍛冶師はいるが、エルフ刀や魔弓の矢じりなどは、ドワーフ製の方が高品質で人気が高いという。
私は今後のために、魔弓の矢を大量に買い込んで、巾着袋へ保管した。
元々賢者の持っていた矢は、ここへ来るまでにかなりの数を消費してしまったので。
今回の大量の魔物との戦いで、私たちのパーティの火力不足が露呈した。
プリスカは冒険者の仮面を被った人斬りで、一対一の対人戦闘を得意としている。しかも火属性の魔法を使うので、山火事を恐れる森の中では、実力を出し切れない。
師匠は水や風の魔法が得意分野なので、後方からの魔法攻撃を主として回復役も担ってもらう方が安心だ。
エルフの三人は弓と魔法の遠距離攻撃が主体だが、戦法は個別撃破に近い。矢の本数に制限なく撃ち続けられれば、かなりの戦力になるのだが、そうもいかない。
勿論、広範囲殲滅魔法は普通、複数の魔術師が集団で行使するもので、単独で扱うものではない。
そういう意味では、どんなパーティでもたった六人であの数の魔物に囲まれた時点で、生還は難しい。
一人で大規模殲滅魔法を扱うような危険人物は、私だけだろうということだ。
しかし私だって、もう少し程よい魔法はなかろうか、といつも考えているのだ。
バルム親方の工房で、小さめの鉄の球を作っているのを見かけた。
「これは何に使うの?」
「ああ、
「
「ああ、普通は良さそうな石を集めて持っているもんだが、小石の手に入らない迷宮や森の奥での戦いに備えて、上級冒険者の中にはこういうものを用意する者もいるのさ」
「へえ。それって、どうやって飛ばすの?」
「指で弾くのが一般的かな。魔力を指先だけに集めるので、効率がいい」
「なるほど、忍者だね」
「ニンジャ? そりゃ知らねぇな。あとは小さな袋のついた紐の先に入れて投げるとか、小型の弓で飛ばすとかだな。魔法の強化があれば、かなりの威力になる」
「うーん、パチンコとかスリングショット?」
「なんだそりゃ?」
ここで作っている鉄球は、パチンコ玉より一回り大きいものから、ピンポン玉大まで各種ある。
「ああ、ほら、岩を飛ばす攻城兵器の小さいやつでしょ?」
「そうそう、そういう物で飛ばすんだ」
鉄の球を大量に収納して、打ち出すというのは、ありかもしれない。
だが、それにしても弓と同じで、球が尽きればおしまいだ。
では、私の土魔法で無限に球を作るか?
だが、鉄球を飛ばすだけでは威力が弱い。弾速を上げても、命中率に難がある。火縄銃のレベルだ。
それならばやはり、当たって爆発する炸裂弾が必要だ。
炸裂については、私の得意分野だ。
圧縮した魔法を結界で包み、放つ。対象物に当たり結界が壊れると、内部の魔法が炸裂する。
火炎魔法であれば、大爆発。
冷凍魔法であれば、周辺を凍り付かせる。
雷撃魔法であれば、感電して黒焦げ。
一発で広域攻撃魔法の威力。しかも、球を作成して収納しておけば、幾らでも連発可能。無くなっても、その場で作ってすぐ撃てる。
いやいや、ダメだ。これでは銃ではなく大砲になってしまう。もっと小規模の魔法にしなければ。
そうやって、威力を抑えた小さな弾丸を夢中で色々と作ってみた。楽しい。
で、その球を、というか弾丸を、どうやって飛ばすかだが、弾丸と考えれば銃身があればいい。
私は例の金色の針の素材で直径二センチくらいの筒を作り、片側の穴を塞いだ。長さはとりあえず五十センチもあればいいか。
銃の形状にはこだわらず、ただの一本の筒のままだ。
さて、実験にはどこか広い場所に結界を張らねば。
エルフに頼むと大袈裟になるので、ルアンナの結界で行こう。
私は一人でこっそり村を出て、人の気配のない谷間の窪地に立つ。
「じゃ、こんな感じで二重の結界を頼むね」
「はーい、お任せあれー」
私は既に大量に作って収納してある弾丸を二つ、収納から直接、筒の中に移した。
後ろの弾丸は炸裂空気弾で、前のは冷凍弾。
空気弾が弾けるとその勢いで前の冷凍弾が発射され、外側の結界に当たって弾ける。そういう寸法だ。
「では発射します。3・2・1・ファイヤー!」
内側の結界の穴から筒先を出して、空気弾の結界だけを消す。
どん、と爆音が響いたと思ったら、目の前が真っ白に。
筒先から冷気が直接噴き出し、金属筒を伝った冷気で、私の腕も、肘の先まで凍り付いた。
最近ではこんな時、私の体はルアンナの結界で守られていた。しかし今、その結界は二重になって体の外に展開している。
「姫様。空気弾の衝撃で、筒の中で冷凍弾が弾けたようデス」
自爆したのか。少し考えれば、わかることだった……
「ルアンナ、この凍った手、何とかならないの?」
「氷は溶かせますが、腕の治癒は難しいデス」
これ以上の実験は続けられないので、仕方なく私は凍り付いた腕と筒とをそのままにして、村へ向かう。
凍った腕には感覚がなく、特に痛みも何も感じない。不幸中の幸いというか、実際には、非常に悪い兆候なのかもしれない。
ああ、これをフランシスに治癒してもらうことを考えると、憂鬱だ。
私の治癒魔法はまだ稚拙で、これだけのダメージを直すのは無理だった。
「せっかくだから、練習してみれば?」
ルアンナの言うことも、もっともだ。
治癒魔法は、自分の肉体を直す方がはるかに易しい。例の、身体強化に利用する魔力循環の応用だ。
私は手ごろな木の根元に座り、集中瞑想の姿勢から体内の魔力を活性化する。
全身に魔力を循環させ、身体強化と回復力の上昇に努める。
体が熱を帯び、全身に魔力がいきわたる。
内側からの熱で氷が解け、腕の感覚が戻り、筒を握っていた手を開くと、筒が地面に落ちる。
暫くそれを続けると、右腕は元の状態へ戻った。
「やればできるじゃないの」
「うん、少し自信が持てたよ」
私は閉じていた目を開いて、背中を預けていた木の根元から立ち上がろうとして、息を呑む。
私の魔力が、周辺の植物へ作用したせいだろうか。
私は森の樹木をはるか下に見下ろす超大木の枝の上に座っていた。
この木だけでなく、周囲の木や草も私を中心にして巨大に成長し、小山のようになっていた。
「ああ、ドワーフの村が見える」
ということは、向こうからもこちらが丸見えということだ。
「これは、姫様のエルフの血のなせる業ですねぇ」
ルアンナは珍しく感嘆したように言うが、こっちはそれどころではない。元に戻せないにしても、早く降りなければ。
私は岩登りの要領で、無事に地面まで降り立つ。おお、私も成長した。
木の上で泣いていた、あの頃のひ弱な小魚とは違う。やがて鯉は滝を昇り、龍となるのだ。
雑魚とは違うのだよ、ザコとは。
「ねえ、さすがにこの木を元に戻す方法はないよね?」
ダメもとで、ルアンナに聞いてみた。
「ちょっと待って、森の精霊に聞いてみる」
ルアンナの気配が薄くなる。
「できるみたいだよ。せっかくの姫様の魔力なので、森全体で使わせてもらうってさ」
「へえ、出来るんだ!」
精霊とは、本当に訳が分からない不思議な存在だ。
すぐに巨大に育った木が梢を下げて、森に溶け込む。小山のような盛り上がりが消えたが、何だか妙な気配がする。
「ああ、これは姫様の魔力がこの辺の森全体に浸透して広がっているね」
「うう。だから、何だか魔力感知がおかしなことになっているのか……」
自分の意識が森の奥深くまで広がるような、不思議な感覚だった。
「姫様、もしかして森の精霊と繋がってしまったのでは?」
「なんかそうかもしれない」
「まあ、それはそれで、いいでしょう」
「大丈夫なの?」
「森のことがもっと詳細に分かるようになるだけですよ」
「そんなものなの?」
「はい」
「じゃ、私とルアンナはまだ繋がっていないんだ?」
「何を言っているんです。初めて谷で出会った時から、私たちは繋がっているでしょ」
「全然そんな気がしないんだけど」
「ウソッ?」
「もしかして、あんたが何もできない精霊だからか?」
「それは酷すぎます。ほら、最近お漏らしをしなくなったでしょ」
「それは大人の体になっているからです!」
「でも、姫様の中身は依然として、五歳のままですよ。フランシスなんて、母親の体になっても、中身は何も変わらなかったでしょ。姫様は私と繋がっているから、最高位精霊並みに、意識も高次元に進化しているんです」
ああ、そうか。
「だから最近、フランシスによく言われるのよ」
「何ですか」
「以前の、おしとやかで生真面目な姫様はどこへ行かれてしまったのかと……」
「それは……」
「きっと、あんたのせいだよ!」
「……」
ルアンナは黙ったが、本当はやはり、この前世の記憶のせいだろうなぁ……
終
《《》》
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