開花その22 ドワーフの村 前編



 師匠に叱られ、一面の山肌に刺さった金の針を全て収納しようとしたところ、エルフ三人娘の妹役、ネリンに猛反対をされた。


「ダメです。これは、貴重なアリソン様の奇跡なのです。エルフの森の遺産として、後世に残すべきものです!」


 他の二人のエルフも、同様の考えだった。


「こんなもの残しても、邪魔なだけでしょ?」

 呆れたように、師匠が言う。


 たまには、いいことも言うじゃないか。こんなものを残せば、いずれ、例のあの小娘の悪行の動かぬ証拠、などと言われるようになるに決まっている。


「まあ、それほどまでに我らが姫様の威光を世に示したいというのであれば、仕方がないですね……」


 師匠、デレるのが早すぎる!



 おかげで私たちの拙い偽名は、バルムのおっちゃんにすっかりバレている。


 バルム自身も、この森の住人だ。エルフの里に突然現れたハイエルフの娘の噂を、知らぬはずもなかった。


 そもそもフランシス師匠が、姫様、姫様と、うるさく言うのがいけない。


 仕方なく私は、ドワーフの村へ向かう方向の、北側の一部の針だけを収納し、人が歩ける幅の通路を作った。


 まあ、全部残らず収納するよりも、その方が楽だったからね。



「ワシにもその金の針を一本分けてくれねえか?」

 遠慮がちに、バルムさんが私に言う。


 鍛冶師の血が騒ぐのだろう。


「うん、いいよ」


 幾らでもあるので、収納から両端の尖った釣り竿のような細い棒をばらりと何本か地面に出してみた。


 収納するときには、口に出したくもない様々な汚れを残して、針だけを回収している。


 登山用のテントフレームのように輝く細い線だが、一本が六メートルはある。

 しかも、チチャ川の橋のように、この素材は軽くなかった。


 これが百本どころか、見渡す限りの野原のように地面に刺さって、ゆらゆら揺れていた。


 確かに全て収納するには惜しい、幻想的な美しさだった。場違いな、現代アートの森だね。


 ここが異世界の森の奥でなければ、観光客が押し寄せるだろう。


 自分の才能が怖い。



「すまねえ、こりゃ長すぎて、運べねえや。村へ着いてから貰えると助かるんだがな……」


 金色の針を持ち上げようとして取り落とし呆然としていたバルムさんは、顔を赤くして私に手を合わせた。


 力自慢のドワーフでも、さすがにこの長さは持て余す。


「うん、一本と言わず何本でも、工房へ届けるよ」

「そいつはありがてぇ」


「じゃ、行きましょうか」

 壮大な芸術作品を後にして、私たちは北へ向かう。


 私たちのいたカタツムリの中心部は防護柵に囲まれた無敵の砦に見えるが、障壁の消えた今では、上空からの攻撃に対して無力なんだよなぁ……



 さて、ここで私的な反省会です。


 問1:どうしてこうなった?


 ザリガニ沼のようにならぬよう、収納から取り出す魔法については、かなり上手く制御できるまで練習した。


 あの、天から降り注いだ黄金の釣り竿も、一本だけを見れば、ほぼイメージ通りだ。

 誤ったのは、その規模だ。


 百本くらい、と最初に思ったのは明らかに少なく、瞬時にカタツムリの周囲を埋め尽くす魔物を全てカバーできるように、その数を増やした。


 あの瞬間に、何が起きたのか?


 つまり、エルフや精霊の年月の数え方のように、百を超えたその先は、似たような「たくさん」の範疇だった……


 百という数字は、数値ではなく単なるボーダーラインで、それを超えると数字ではなく感覚的な量に変化する。言ってみれば、デジタルからアナログへの変化だ。


 そんな風に、一瞬とはいえエルフ的アバウト思考が脳裏に浮かんだがために、魔法を行使する範囲に対する規模感が曖昧なまま、発動させてしまった。


 まあ、そんなところだろう。


「……まあ、そんなところですね」


 ルアンナも諦めているので、これは終わり。



 問2:結局、針は何本あるの?


 十センチ間隔で均等に地面へ突き刺さっている針があります。では半径百メートルの範囲内には、全部で何本の針が……


 計算しようと考え始めただけで、気が狂いそうになる。


 しかも、半径百メートルで足りるか?


 実際、魔法制御のデリケートさは、メンタルの影響を強く受ける。


 魔法の行使には、最後の最後まで気を抜いてはいけない。


 いい教訓となった。


「うん、姫様には、いい勉強になりましたね」


 私は機嫌よくラン、ランララ、ランランラン、と軽快なメロディーを口ずさみ、両手を広げて金色の野を歩くような気分であった。


「姫様は、気楽でいいですねぇ」

「うん。私、まだ五歳ですからね」


 今回もそうしてうやむやのうちに、一人だけの反省会を終えた。あ、ルアンナもいたけど、精霊は数のうちに入らない。私の中では。



 過ぎたことを悔やむより、より良い未来を望むのだ。


 周辺の魔物は、恐らくあの現場でほとんどが地面に串刺しになり、息絶えたのだろう。


 おかげで、それからの旅路は魔物に襲われることもなく、快適だった。


 どうしてあんな風に魔物が大量に集まったのか。考えてみても、私にはさっぱりわからない。


 そんなことに頭を悩ますよりも、これから向かうドワーフの村について考えよう。


 バルムさんに問いかけて、ドワーフや村について、あれやこれやと教えてもらう。



 そうこうしているうちに、ドワーフの村へ到着した。


 獣人の村と同じで、特に結界に守られるでもなく、しかも広い土地に大きな家が点在している。


 その多くが、ドワーフの鍛冶工房らしい。


 しっかりしたレンガ造りの建物は、いかにもドワーフの職人らしい精密で頑丈な造りだった。


「工房は夫々危険な魔道具を扱うので、互いに離れて建てられている。ワシの工房はもう少し村の奥になるが、どうだい、良ければ今夜は、うちの工房へ泊らないか?」



 バルムさんにそう言われれば、断る理由もない。


「では、よろしくお願いします」


「そうかい、良かった。ワシの家族にも紹介したかったし、ほら、エルフの姫様の件は、内緒なんだろ?」


「ああ、そうでした。村の中では姫様とは呼ばないよう、気を付けねば……」

 フランシスが、今更ながらに言った。


「そうだよみんな。あの金の針と私たちは無関係だからね。バルムさんも、お願いしますよ!」


 私は半分諦めてはいたが、一応この村では無関係を装いたい。



 私たちは再度念を押して、三人はエルフで、アリス、フラム、ルスカなのだ、とバルムさんに名乗った。


「ワシはなるべく黙っているが、あの金の針を貰えるんなら、何でも協力するぜ」


 未知の素材のためなら、何でもする。ドワーフの血の求めるままに。これを、宿命と呼ぶ。大袈裟か。



 村の中央を貫くメインストリートを山に向かって登ると、数分でバルムの工房へ到着する。想像以上に大きな工房で、彼の家族以外にも、多くの職人が働いている。


 主人の帰還に気付いた職人が大声を上げ、すぐにバルムさんの家族を呼びに奥へ走る。


 家族が来る前に、ぞろぞろと、仕事の手を止めた職人が入口へと集まって来た。


 何だか、工房中が大騒ぎになっている。


「バルムさん。こんなに大きな工房のあるじが、どうして一人で獣人の村へ行ったりするんです?」

 驚き慌てて、私は尋ねた。


「それが、うちの親方の唯一の趣味なんで、誰にも止められないんですよ!」

 職人たちの先頭にいた白い髭のドワーフが、諦めたような落ち着いた声で説明してくれた。


 すぐに小さな子供二人と奥様がやって来て、職人が道を開けた。


 家族が抱き合って喜ぶ微笑ましい光景に、私たちは、ほっと息を吐く。



「親方が出かけた後、森の魔物の動きがおかしいって噂が流れて、こりゃ当分帰れないんじゃないかと心配してたんですぜ」


「ああ、こちらのエルフの嬢ちゃんたちのお陰で、何とか生きて戻れた。こう見えて辣腕の冒険者で、ワシの命の恩人だから失礼のないようにな。下手に手え出しゃぁ、お前らごとき一瞬で命刈られるぞぉ」


 そう言って私たちを振り返り、ぞっとするような笑顔を見せた。


 狂戦士なのは、プリスカだけだって。


 フランシス師匠は逆に、すぐにも手を出したそうに、集まった職人たちの品定めを始めていたが……


 師匠、涎が出てるよ!


「さて、今夜は祝宴だな。と、その前に部屋へ案内して、風呂へ入ってもらおう」



 私たちは四つのベッドが二列に並ぶ、ゆったりとした大部屋へ通された。


「今は使っていない部屋なので、自由にくつろいでください」


 暖房のよく効いた部屋にはベッドの他に、大きなテーブルとキッチンがある。


「それから、部屋を出て右手に行くと、突き当りがお風呂です。ここは水と火が大量にあるので、いつでもお湯に入れますよ」



 この世界では、温泉以外に湯に漬かる習慣はない。


 大体が、髪を洗い体を拭いて、掛け湯をするくらいだ。それも、暑い季節なら湯ではなく、ほとんどが、ただの水だ。


 しかし鍛冶師の村では別なのだろう。鍛冶場からは火の魔道具を使う気配が、濃厚に漏れている。近くに川があると聞いていたので、水も豊かなのだろう。


 一日中炎の絶えない鍛冶場で汗をかいて働くドワーフにとって、風呂は大切な設備なのかもしれない。



 思わぬ幸運に、私は喜んだ。


 風呂というものに特別な思い入れのない他の五人は、微妙な顔をしているが。


 だがいずれ、更に北のドワーフの街を訪ねる時が来れば、思い知るだろう。


 私は知っている。一年中寒冷な鉱山の街には、温泉がふんだんに湧いているのだ!



 後編へ続く



  

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