開花その21 獣人の村 後編
「みんな、沢山の魔物がこっちへ来るよ」
私は魔力感知により、ルアンナの警報を確認した。
「ずいぶんと早い登場ですなぁ」
私の前を歩く、ドワーフのバルムさんが落ち着いた声で呟く。
「逃げられそう?」
先頭のカーラが、振り返った。
「ここで殲滅しないと、村が襲われるかも……」
まだ村がすぐ近くなので、私は仕方なくそう答えた。
うちの戦闘狂の護衛二人が、声にならない歓喜の叫びを上げるのを全身から感じる。特にプリスカだけど。
「バルムさんの護衛が最優先だよ!」
一応、釘を刺しておく。
「姫様も、今度はやり過ぎないようにお願いします」
後ろからフランシスの声が聞こえたが、無視した。バルムさんのいる所で、姫様と呼ぶな!
足元でじゃれつくドゥンクは、早くも気配を察して背中の毛を逆立てている。
私を守ろうという気持ちが、ルアンナの言葉のように頭の中へ直接伝わって来る。
「ありがとう、ドゥンク」
私は手を伸ばして、黒く光る頭を撫でた。
多くの魔物が、囲むようにゆっくりとこちらへ向かっている。完全に私たちを目標としているので、今のところは直接村へ向かう個体はいないようで、安心した。
「全部で百体以上。そのうち、あのザリガニクラスか、それ以上の大物が十体を超えるわね」
私は皆に告げる。この人数だと、囲まれれば苦戦は必至だろう。
囲まれる前に散会して個別撃破といきたいところだが、パーティを分けるには、人数が足りない。
護衛任務の戦いなので、強固な障壁を築いての拠点防衛が中心になるだろう。
それなら、接近されないうちに極力村から離れて迎え撃つ方がいい。
カーラとプリスカが話し合った結論も、同じようなものだった。
「私たちが先行し魔物を引き付けて、できる限り村から離れた場所で陣を築きます。後続は離され過ぎず、囲まれぬよう最低限の戦闘に留め、陣に入ってください」
先行するのは、カーラ、プリスカ、リンジーの三人。二人のエルフが障壁を築くのを、プリスカが援護する形だ。
残る我々は、バルムさんを囲んで進む。
ネリンが先頭で、私と師匠がバルムさんの左右を固める。ドゥンクはその素早さを生かして、遊撃に徹する。
「では行きます!」
まだ魔物の影すら見えないが、先行隊が森の中へ消えた。
近付くにつれて、どんな魔物がいるのかが、わかって来た。
二十体を超えるシルバーウルフの群れ。
それにオークとゴブリン。
アシッドアントとキラービー。
大きい個体は、ギガントスパイダー。こいつは強力な毒を持つ。
火トカゲの亜種らしき中型の魔物の後方に、バジリスクが這っている。
接近する魔物を、ネリンの弓とドゥンクの牙が、狩っていく。
それを逃れた魔物は、師匠が氷の槍で串刺しだ。
我々の手に負えない素早いトカゲやアリを、ドゥンクが軽々と倒してくれる。
ネリンは、飛行型や木の上に潜む獲物を弓で落としている。
私はバルムさんと共に、ルアンナの結界に守られていた。
しかし、魔物は怯むことなく向かってくる。何故か、異常な興奮状態にあった。
前方の森の中に、魔物が集中している。
その中心に、先行隊の三人がいた。
既に、エルフの二人は障壁魔法を張り終えている。
今度の結界は、複雑な形状だった。
ドゥンクに易々と跳び越えられたのを反省したのだろう。魔力感知で確認すると、カタツムリの殻のような、らせん状の障壁になっている。
しかも、そこだけ盛り上がった小山の上だ。見晴らしはよい。
中心は丸い空間で、そこからぐるりとトンネルのような通路が巻いて小山を下っている。
エルフの二人はそのトンネルを通して、器用に弓を射ていた。
プリスカはトンネルの出口の脇に立ち、近寄る魔物を切り捨てている。
しかし、周囲の魔物の密度は高い。
さて、どうやってあそこまで行くか?
「みんな、避けて!」
私が叫ぶと、プリスカは慌ててカタツムリの内部へ飛び込む。
私の前にいたネリンも、頭を抱えて屈みこんだ。
私は収納魔法の中から、風魔法を選ぶ。
カタツムリまでの道を一直線に切り開くため、突風を放つ。しかも連続して放った風の刃を混入した突風だ。これも、結界内部を荒れ地にした高等技術の一つだぞ。
軽い魔物は吹き飛び、堪える魔物は斬り刻み、一直線の道が開かれた。
上手くいった。カタツムリまで切り刻んでしまうかと、冷や冷やしていたが。
まあ、カタツムリの奥に広がる森まで薙ぎ払われたのは、この際仕方がないよね。
「さあ、急いで行こう!」
ドゥンクが先頭で牽制しながら、私たちはカタツムリの陣地へと入った。
全員が陣に入ると、入口は小さな隙間を幾つか残して閉じた。
お城の壁に矢を放つ穴が開いているのと同じ、
エルフは器用にその穴から外に向けて、牽制の矢を放つ。
牽制と言っても、その一撃で二三体の魔物が串刺しになる威力だ。
ひとまず、強固な障壁で全員の安全は確保された。
「あとはなるべく魔物をここへ引き寄せて、殲滅するだけですね」
カーラの言葉には、責任を果たした安堵感が滲んでいる。
「それなら誰かが外へ出て、囮になった方がいい」
早速、プリスカが自分から外へ出て行きたがる。
「あ、それならドゥンクがやるって」
「大丈夫なのですか?」
出鼻をくじかれ、プリスカが恨めしそうに私を見る。
「この子の素早さは、あんたも見たでしょ?」
「はい、私たちの弓でも追えませんでした」
カーラが保証する。
「じゃ、一休みしたら、ひとっ走りしてもらうか」
「うわんっ!」
ドゥンクが嬉しそうに、尾を振る。プリスカも、ドゥンクには敵わないと思ったのだろう。
「ありがとう、ドゥンク。大好き!」
カタツムリの中心で愛を叫ぶ、じゃない、冷たい果実水を飲んだ。
雑魚敵をドゥンクが倒しながら、カタツムリ周辺を走り回る。
すると、ひと際巨大な体をした中ボスクラスがやって来る。
これは、ザリガニクラスの魔物だ。
単に体が大きいだけでなく、素早さも防御力も高く、強い魔法も使う。
オークの上位種は十体前後のオークの軍団を率いているし、キラービーの女王はもっとたくさんの部下を連れている。他にも上位種に率いられたゴブリンや巨大アリ、ウルフの群れまでいる。
夫々が数十から数百の群れを成し、最初に見つけた百体前後を遥かに超えた、大集団に育っている。
「あんなのに同時に来られたら、障壁も危ないよね」
「私が、重ねがけをしておきます!」
ネリンが障壁を補強している間に、フランシスがアイスランスの連発で、ハイ・オークを仕留めた。
プリスカも、ファイヤーボールで応戦して、キラービーの羽を焼いている。
地面に落ちれば、ドゥンクが止めを刺す。
私も殻に開けてもらった穴から熱線砲を放ち、女王蜂の首を落とした。
なんだか、今回はちゃんと私も役に立っているじゃないか。
「皆さん、ボスを狩れば、他の小さな魔物は散っていくような気がします」
リンジーが、冷静に状況を把握して、報告した。
確かに、ハイ・オークと女王蜂を失った群れは、森の中へ散った。だが、まだまだ新たな魔物は集まっているし、単独で動いている大物が何体もいる。
それから昼が過ぎ、何度も結界を重ねがけしたカタツムリは、びくともしない。食料は私の巾着袋に幾らでもある。
ドゥンクと交代でプリスカが外へ出ても、魔物は減るどころかかえって増える始末で、囮の意味はまるでない。
「魔力はまだ持ちそうだから、持久戦になるね」
リンジーは先を見据えて、無駄な矢を使わずに魔法攻撃主体に切り替えるよう、指示を出した。
誰も言わないが、森中の魔物がここへ集まっているような、常軌を逸した恐怖を感じ始めている。
私たち若いパーティは、精神的に追い詰められつつあった。
「もう、きりがないから、私の魔法で一気に片付けるよ」
「ひ、姫様、それはどうかと……」
「でも、あんたたちに任せていたら、日が暮れちゃうよ」
「まあ、この中で野営をするのも、一興では?」
「あんたたちは、慣れてるかもしれないけど、バルムさんが参っちゃうよ」
蒼ざめた顔で腰が抜けたように座り込むドワーフの姿を見れば、こんな事態をいつまでも続けるわけにもいかない。
私たちは簡単に負けやしないが、これだけの数を相手にして、確実に勝つ手段もない。恐らく、パーティの全員が、心の奥で恐怖と戦っているのだろう。
「いいから、私に任せなさいっ!」
私は外に出ていたドゥンクを呼び戻し、そのまま魔物がカタツムリを取り囲むのに任せる。
結界の障壁はまだ充分な耐性があり、魔物はそこで阻まれたままでいる。
ところで、魔物と障壁の双方共に、雷への耐性は不明だ。なので、今回は単純な物理攻撃が妥当だろう。
そこで私は、チチャ川での忌まわしい事件を思い出す。
あの金串をもっと小さく細く、一度に百本も出して一網打尽、という感じでどうだろうか?
私がそう口にすれば、フランシスは絶対に反対するだろう。だから、黙ってやってしまえ。
幸い今は、全員がカタツムリの中心に集まっている。
私は外の魔物を伺うように少し歩いて、障壁の穴から魔力を外へ向ける。使うのは、土魔法。でもそれは例の、害虫駆除の生活魔法だ。
そして今回は上から下へ、害虫を刺し貫く細い針をイメージして、カタツムリの周辺に群がる大小の害獣へ向けて、魔法を解き放つ。
瞬間、空が暗くなり、直後に爆音と共に、地面が大きく揺れた。
立っていた全員が地面に転び、激しい揺れと土煙が収まるのを慄きながら待つ。
何が起きたのか?
私はいつもの嫌な気分に陥る。何が起きているかが、少しずつわかって来たのだ。
目の前の障壁を紙のように貫いて突き刺さる、金色の筋。
釣り竿のような金色の針が、見渡す限り無数に地面に突き刺さって揺れている。
カタツムリの中心部だけを残して、金色の針でできた、野原が出現していた。地面に突き出た針の高さは見上げるばかりに高く、三メートルはある。
目の前は金色の壁にしか見えないが、土地の傾斜に合わせてそれがうねりながら山の方角へ広がり登っていく。
どれだけ広いんだっつうの。
以前と同じでは芸がないので、今回は金串の名の通り、金色の串にしてみたのだが……
まるで、青い服の少女がその上を唄いながら歩くかのような荘厳な景色の下では、血まみれの魔物と魔獣が一体残らず何本もの針に刺し貫かれて、息絶えていた。
天国と地獄を、同時に見ているかのようだ。
「姫様。我々は、どうやってここから出るのですか?」
妙に冷静な声で、師匠が言った。
確かに、カタツムリの中心部以外は、見渡す限りのひまわり畑のように、隙間なく金の針が突き刺さっている。
魔物も太い樹木も、岩をも粉砕し尽くした金の草原は、脱出不能の牢獄に見えた。
「今日はここで野営して、じっくり脱出方法を考えようか?」
「いいから、早くこの針を全部収納してくださいねっ!」
「あ、さすが師匠。あったま良いっ!」
終
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