開花その20 実戦の前に



「こんなイカレた魔法を考えたのは誰だ、と問われても、姫様の名は出せませんよ。どこかの頭のおかしい魔術師、とでも答えておきますか?」


「……」


「まあ、一見普通の魔法に見えますし、こんなことは誰にも真似できないでしょうけれどねっ!」

 ルアンナは、その後も呆れてそんなことを言い続ける。


「諦めて、早く現実に目を向けてね」

 とはいえ、その現実というものが、精霊とか魔法とかの事なんだよなぁ……



 さて話は大きく変わるが、エルフたちはなぜ、弓を主武器にしているのだろうか。

 実は、私はその理由を知らなかった。


 何しろ魔法の得意なエルフには、射程の長い魔法攻撃が他に幾らでもあるのだ。


 だから魔法以外の武器を使うなら、剣や刀のような、接近戦用の頑丈な刃物を持つ方が、理にかなっている。


 鉈代わりに短く頑丈なエルフ刀を腰に下げてはいるが、滅多に使わない。



 彼らが好んで弓を使う理由は、里に迷い込んだ比較的強い魔物を狩る場面で判明した。


 危険な魔物と戦う前に、エルフたちは手分けをして魔法障壁を張り巡らせる。


 結界や障壁魔法を個人単位で使いながら、身体強化により素早く動いて激しい戦闘行為を続けるのは熟練のエルフでも中々に難しい。


 私のように、精霊の力を借りてインチキしていれば別だけど、一度に幾つもの魔法を使うのが得意ではない者も多いのだ。


 だから集団戦では分業化し、障壁を張り維持する者と攻撃手と、大きく二手に分かれる。


 しかし、普通の攻撃魔法は術者の手元から直進するので、障壁越しに撃つのは簡単ではない。


 一部の風魔法や水魔法などは障壁を迂回して攻撃可能だが、練度によって威力も精度も落ちる。


 そこで、弓の出番となる。


 私も使っているエルフの魔弓は目の前の障壁を迂回しても尚強力で、命中率も下がらず連射もできる優れものだ。


 つまりこれは、エルフの特徴を生かした集団戦術に適した武器なのだ。



 私はこれまで一人で戦うつもりで、あらゆる魔法を収納していた。


「姫様、それはちょっと違うんじゃないですか?」

 ルアンナではない。


 私の不可解な行動の意味を知ったフランシスとプリスカが、不機嫌そうな表情を浮かべて私に迫る。おいおい。


「私たちは、三人パーティでしたよね?」


 前衛のプリスカ、後衛のフランシスに守られて、私はここまで連れて来て貰えた。


「まさか、私たち二人はもう用済みの、お払い箱ですか?」


「そんなことはないよ……」

 そう言いながら、私は言葉に詰まる。


「では、ルアンナは、何と言っていますか?」



 私は、何か大きな勘違いをしていたのだった。


 例えこの斬新な魔法体系を実戦に投入できたとしても、私には二人の力が必要だ。


 見た目の体は大きくなったが、この世界での私は経験不足の幼児に過ぎない。


 二人の存在は、私の保護者として必要不可欠なのだ。


 更に、このエルフの里においては、エルフ三人娘のネリン・リンジー・カーラの存在も、我らの後見人として重要だった。


 だからこそ私自身が、間違ってもこの人たちを失いたくない、と強く願っている。



 私たちのパーティに必要な魔法を、私は実際に使えるのだろうか?


 例えば、エルフの強固な魔法障壁のような、防御魔法を。


 或いは、パーティ全体のステータスを上げて防御力、攻撃力を上げるような、強力な支援魔法を覚えたのか?


 そして何よりも、傷ついた仲間や自分自身を癒す聖魔法の力が必要だ。

 これら全てとは言わないが、できるだけ多くを身に着けなければ、実戦は遥か遠いと言わざるを得ない。


 賢者様の巾着の中には、良質な傷薬や回復薬も揃ってはいる。

 しかし、薬はあくまでも死なない程度に回復するのが目的で、即効性のある薬は少ない。


 私の本当の目標は、エルフ三人娘やフランシス師匠が使えるような魔法を覚えることではなく、私にしかできない魔法を体得することにある。


 例えば防御や回復系統の魔法を覚え、パーティと共に成長しなければならないのだ。



 そんなふうに考えていた時期が私にもありました。


「では姫様、ちょっと痺れさせて、魔物を炙り出しましょう」


 私の新魔法のデモンストレーションのため、六人揃って森の奥の沼へ来ている。


 沼の主が育ち過ぎて釣り人を襲っているとの情報を得て、退治に来たのだ。


 私は軽い電気ショックを沼の水に与えるつもりで、雷魔法の収納から僅かな電気を水面に流した。


 ちなみに、雷どころか静電気のようなものまで含め、生活魔法に電気系統の技はない。


 雷撃魔法は、純粋な高等攻撃魔法の系統に属する技らしい。


 極めて微弱な雷(当社比)を受けた水面は泡立ち、底からあらゆる生き物が浮き上がる。


「姫様、これは明らかに、やり過ぎですよ」


「うう、手加減が……」


 だがついでに、怒り狂った魔物も浮き上がって来たので、良しとしよう。



 それは、全長五メートルはあるザリガニのような姿の魔物だった。


 普段は深い沼の奥に隠れているのだが、最近エサが不足しているのだろうか、釣りに来るエルフが襲われていた。


 分厚い甲殻はエルフの矢も通らず、ただ逃げるしかなかったらしい。


 よく見れば、巨大なハサミは四本もある。


 腹が減っているのか突然の電撃に怒りを覚えたのか、私たちを襲って食う気が満々に見える。


「ひ、姫様。今度は遠慮せずにやってください!」


 フランシスは後方から魔法の構えを取り、プリスカは剣を抜いて私の前に出ようとする。エルフ三人はセオリー通りに防壁を張って矢を放つが、やはり魔物の甲殻に弾かれてしまう。


 きっと物理防御だけでなく、何か魔法的な防御力も備えているのだろう。


 半端な魔法では、効きそうにない。


 そこで私は、収納してある雷撃魔法を細く収束し、ピンポイントで魔物の上から落とした。



 接近しつつある魔物の頭上へ、ピカリ、ズドンと落雷の攻撃が完璧に決まった。


 いや、確かに当たったのだけれど、決まらなかった。


「効果がない?」


 余計に怒り、四本のハサミを振り上げたザリガニは、悠々とこちらへ向かってくる。

 手を抜き過ぎたのかな?


「もう一度やるよ!」


 どうやら、雷撃魔法自体の収納在庫が少なかったらしい。明らかに、威力が足りなかったのだった。というか、最初の一撃目が強すぎた、とも言う。


 それならば、私の本気を見せてやろう。


 魔力開放

 目標、前方巨大ザリガニの頭部

 軌道、上空約二十メートルから垂直落下による直撃コース

 外殻貫通予想電圧、電流(気分)を残し、それ以外を全てカットして収納在庫へ

 収納魔法発動・展開

 雷撃魔法発動!


 瞬間、目前に強烈な光と爆発音、大地を揺るがす振動、そして焼きガニの芳香を放つ白煙が充満し、思わず唾液が口に広がる。


 ザリガニの動く音は、もう聞こえない。


「はい、こちら事故現場です。幸い怪我人はなく、火災は現在鎮火しています。今後視界の晴れるのを待ち、消防と警察の現場検証が行われる模様です。以上、ザリガニ三昧エルフの里支店のガス爆発現場から、アリソン・ウッドゲートがお伝えしました」


 湿った熱気が、周囲を包んでいる。


 とにかく真っ白で何も見えないので、一人遊びで暇つぶしをしていた。

 どうしてすぐに風魔法で煙を吹き払わないのかって?

 現場を見るのが怖いからだよぅ……



 周辺の白い煙が晴れると、沸騰して水位が半分以下まで減った沼の底に、ザリガニの残骸が焼け焦げた姿を晒して煙を上げていた。


「誰が沼ごと吹き飛ばせと言いましたか!」

 だが、フランシスの言葉には力がない。



「いや、収納を開けてみたら、意外と雷成分が残ってなかったんだよね。だから直接雷撃魔法を使っちゃった。おかげで今は、余った大量の雷撃を収納できたよ。もう一発見たい?」


「姫様、本当にこれを実戦でお使いになると?」


「味方にも大被害が……」


「肝心な時に役に立たないとか……」


「ダメですね、これは」


「今までと、何か変わったんですか?」


 散々な言われようだ。



 そうです。

 世間ではこれを、糠喜び、と言うようです。


 私がたくさん収納した魔法は、制御が効かない威力ではあるが、全て全力で放っているわけではない。ただ適当に試し撃ちをしながらも、精一杯制御しようという意味合いも含んでいた。


 冷たい水を出そうと思い、誤って熱水が出たとしても、熱水は熱水として収納・保管される。意図しない限りは、決して冷水に熱水が混じることはないようだ。


 自動振り分け機能というより、これが収納魔法の基本仕様なのだろう。



 何が言いたいのかと言えば、私が収納した魔法には、大雑把なラベルが付いているだけなのだ。


 冷水というラベルの収納を開けると、どうなるのか。


 確実なのは、そこから熱水が出ることはない。


 そして、コップ一杯の冷水を取り出すような器用なこともできる。


 でも、それの収納が全部でバケツ一杯分あるのか、それとも池一杯分あるのか。開けてみなけりゃわからない。少し冷たい水なのか、外に出すとすぐに凍るような過冷却水なのか。その辺の判断も全くつかない。


 それに冷水というラベルの付いた収納がたくさんあって、そこからどれを選択すればよいのか判断できない。

 これって、そういうことなの?


 だとすれば、それを選択する方法こそが他の魔法の細かな制御と同じ、出たとこ勝負ということになる。再び制御不能の混沌魔法へ戻るのだった。



 だがしかし、収納した魔法のラベルが一つだけなら、迷うことはない。

 コップ一杯目と同じ冷水を、同じ収納から二杯三杯と出せるだろう。


 だけど同じ冷水ラベルの収納が増え続けたら、どの冷水収納庫から取り出すかを、都度選択せねばならない。


 何しろ、開けてみなければ詳しい中身がわからないのだ。


 これでは、千個のびっくり箱を抱えている状態だった。

 私は単なる、びっくり箱マイスターであったのか……



「さすが、姫様のやることはすごいですねぇ」

 ルアンナに皮肉を言われても、返す言葉もない。


 これを解決する方法は、全ての収納を一つずつ開けてラベルを付け直すか、一度全ての収納魔法を捨て、一から内容を確認しながらラベルを付ける作業を始めるか……


「うう、面倒だ……」


「ルアンナ、自動ラベリング魔法で仕分けしてよ」


「そんな魔法は聞いたことがありません」


「クソ、ネコ型ロボットとは違うか……」


「姫様、何を言っているのかわかりません」


「じゃ、今作るぞ!」


「どうぞご自由に」


「いや、未来の世界のロボットを作るんじゃないよ。魔法を作るのだからね」


「……?」


「……そもそも、自動ラベリング魔法なんて私にできるかっ!」



 私は今ある魔法の収納を全て開いて、内容をひと欠片ずつ取り出し、確認する作業を始めた。どうしてだろう、頬を涙が流れ落ちる。


 ちなみに、村から離れた森の中に厳重な結界を張ってもらって、一人で作業をしている。


 千まではないが、とにかく数が多い。


 すっかり調子に乗っていたからなぁ……



 失敗作や、似たような魔法は整理整頓して、消去したり再度気が済むまで詰め直したりする。


 根気よく開いては閉じているうちに、なんとなくコツが掴めてくる。


 おお、これが熟練度の上昇というものか……


 一週間ほど作業に没頭し、収納の数を減らした。


 強い魔法だけを一か所に大量に集める、という基本方針だ。私の魔法は手加減ができないので、失敗魔法を除けば自然とそうなる。


 すると、なんとなく収納を開く前から内容が想像できるようになる。

 やがて、目的の収納を選択して取り出すことにも慣れてきた。



 元より、私の魔法に精度を求められても困る。今はとりあえずこれで良し、なのだ。


 でも本当に、これが能力の開花と言えるのでしょうかね?


 あ、あと、焼けたザリガニはスタッフで美味しくいただきました。念のため。これは、番組の最後にテロップで流しておいてくださいね。

 ではまた来週。


 終




  

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