開花その19 アリソンの解答



 エルフの里で畑を作り、木の実を集め、狩りをして、料理を楽しむ。


 三人の若いエルフと人間の王国から来た変人三人の暮らしは、落ち着きを見せていた。


 表向きは私が心から望むスローなライフなのだが、その心中は揺れ動いている。


 私はルアンナの告白から三週間、悩みに悩み、考え抜いて、試行錯誤を繰り返していた。


 そしてその日、遂に一つの結論に辿り着いた。


 その日は喜びのあまり、フランシスの容姿を恩赦として元に戻すほど、気持ちの整理がついて、すっきりとした気分だった。


 その後フランシスは、相変わらず里のエルフに粉をかけまくり、我々の顰蹙ひんしゅくを買っているが。



 思えば五歳のあの日、私に突然前世の記憶が蘇らなければ、幼女のままのアリソンが、今も生きているのか、怪しいだろう。


 例え私が五歳のアリソンのままで師匠やルーナの助力を得たとしても、魔獣の襲撃や魔力の暴走から身を守ることが、果たして出来ただろうか。


 かくいう今の私自身も、綱渡りのような奇跡の連続により、こうして生き永らえているに過ぎない。


 これもまた、いつどこで死んでいても仕方のない、危険に満ちた道行きであった。


 それは私だけではなく、私の魔力暴走に巻き込まれる周囲の多くの人命も含んでのことだ。



 もし私が何かの意志によりこの世界へ導かれたのであれば、それにはきっと、確たる理由があるのだろう。


 神様に、勇者として世界を救え、と告げられなかったからと言って、何の使命も無いと拗ねる必要はない。


 ただ、学業成績も人並みで、多少体を鍛えていただけの若い女の持つアドバンテージとは、何なのだろうか。



 そこで私は、これまでの短い異世界生活を振り返ってみた。


 印象的な出来事は多々あるが、何度か命を救ってくれた風魔法による飛行を強く思い出す。


 あれは、かなり無茶で無謀で愚かな行為であった。


 やけくそで発動した生活魔法が、たまたま上手くいっただけ。そう考えていたのだが、果たしてそうだろうか?


 力任せに空中へ舞い上がることは、私の魔力をもってすれば難しくはない。ただ、その行先と着地方法も決めずに飛び出す愚行を考慮に入れれば、普通はできない。


 まあ、大抵はそのまま落ちて死ぬからね。


 そう何度も経験できるものではない。



 私は特別強靭な肉体を誇るアスリートではなかったが、岩を登る際に得意としていた分野がある。私の唯一の得意分野かもしれない。


 岸壁の登攀には、ルートファインディングという技術が重要となる。


 見上げた岩のどこをどう通って登るのか。精密にイメージして、最後まで登りきることが可能な道筋を見つけるのだ。


 スポーツクライミングの一つ、ボルダリングでは、試技の前にオブザベーションという時間がある。


 登るべき壁を下見して、どのホールドをどんな順序でどのように使い、体をどう動かして登りきるのかを、頭の中で詳細にイメージする。



 壁は複雑な形の立体で、その中で摩擦力と重力や遠心力がどう働き、自分の能力でどう体を動かせば、効率的に動けるのか。


 それを総合的に考えると、3D空間における力の働き具合を、正確に予測し認識し対応する力が重要だった。


 だから、適当な風魔法で空をぶっ飛んでいた時にも、結果的に私の空間認識能力が命を救ったのではないか。



 私の最大の武器は、これかもしれない。というか、これ以外に思いつかなかった。


 幸いにして、私は賢者様の巾着という空間魔法を応用した魔道具を肌身離さず身に着け、日々利用している。


 きっと、空間魔法の経験値も、幾らかは高まっているはずだ。


 そこに、ブレークスルーを求めた。



 自分の魔法で巾着袋のような収納空間を作ることができれば、私の抱えている問題が一気に解決する可能性があった。


 私の大きすぎる欠点は、強すぎる魔力を制御しきれないことにある。


 どうしても、必要以上の巨大な魔法が出現し、周囲に被害を撒き散らす。


 本来は自分の魔力を制御することにより、発動する魔法を制御する。


 しかしそれができないのなら、発動してしまった巨大な魔法を収納魔法により無理やり削減して、真に必要な魔法だけをこの世に残せばよいのだ。


 私は今、放出する魔法の範囲を広げたり、一点に集めたりすることはどうにかできるレベルにある。


 ただ強弱については、ホント、難しい。


 だから、強弱それについては、収納魔法でコントロールしてしまおう。


 収納魔法とは、空間魔法の一種である。収納魔法を習得するのに、私の空間認識能力が、一役買ってはくれないか?



 それさえできれば、私の問題はほぼ解決してしまうのだ。


 難しいのは、使いたい魔法と収納魔法とを、同時に発動しなければならないところだろうか。


 このタイミングを誤ると、例えば水魔法ならば、漏れ出た水で自分が溺れ死ぬ。


 コップ一杯の水が必要な時に魔法を使うと一度に何十トンもの水が溢れ出るが、そのほぼ全てを収納魔法で吸収する。


 結果として、手元に一杯の水だけが残れば、それで大成功だ。



 無駄だって?


 無駄で結構。でも、一杯の水しかこの世に残らぬ分だけ、環境にはきっとこの方が優しいのだ。


 何しろ、私は今までのところ魔力残量を気にした経験がない。


 収納に入った大量の水はどうなるのか?


 次に使う火魔法と相殺する?


 さっぱりわからない。


 だが、トライしてみる価値はあるだろう。


 そうして試行錯誤の末、三週間後には私の収納魔法は完成し、朝のカップ一杯の水を安全に生み出すことに無事成功したのであった。



 これが、唐突にフランシスの恩赦へと至った経緯である。



 翌朝も同じように水魔法を使おうとして、私は重大な事実に気付いた。


 昨日収納した水を、カップ一杯分だけそこから取り出せばよいのだ。


 なんだ、全然無駄じゃないぞ。


 自分の頭の悪さに驚き呆れるのは、こういう時だ。



 さて。では、火魔法はどうなる?


 一度収納した魔法を取り出すだけなら、意外と簡単だ。


 結果的には、私の使えるあらゆる魔法を一度収納して保管しておけば、後から自在に取り出せることがわかった。


 これで魔法問題は無事解決。なのか?



「姫様、何というデタラメなことをしているのですか」

 ひとまず満足しているところへ、ルアンナが口を挟む。


「いや、これ便利でしょ」


「じゃなくて、あまりにもどうしようもなく、非常識ですっ!! 普通、収納魔法で物質以外は保管できませんからね。水を収納するのはまだいいとしても、炎や雷、光魔法までも収納するなんて、有り得ませんよ。見たことも、聞いたこともないです!」


 おや、そうなの? なんだ、ルアンナも知らなかったんだ~


 まさか、非常識の塊のようなルアンナに、常識を諭される日が来るとは思わなかった。


「でもちゃんとできてるし、問題ないんじゃない?」


「いや、これはこの世界の常識とことわりを破壊する、邪神のごとき行為ですぞ……」


「そんな大げさなぁ」


 世界の理って、よりによって、精霊あんたの言うことか?


「ああ、信じられません。これは、姫様が何も考えていない非常識でデタラメなアホだからこそ達成できた奇跡でしょうね……」


「ふん。何と言われようと、出来た者勝ち~」



 それからというもの、私は意地になって新しい魔法を使っては、収納しまくった。


 何しろ失敗を恐れずに全てを片端から収納すればよいのだから、本当に今までと違って気楽だ。収納魔法万歳!


 失敗したって、収納容量には今のところ限度がない。


 まあ、底が見えたら消せばいい。


 そう。物質と違い、収納した魔法はいつでも消せるのだ。


 だから、推しの俳優が出演するドラマの録画のように、収納した魔法は次々と増える。きっとそのうち収拾がつかなくなるだろう。


 しかしついでに、私の収納魔法の熟練度も、次々と上がる。



 そして、その魔法を組み合わせて取り出すことにより、複合魔法の効果をより適切にコントロールできるようにもなった。すごくない?


 魔法ブレンダー、とでも呼んでほしい。


「ほら、こうして」


 私は土魔法で生成した岩塩と水魔法で出した水を混合し、風魔法で囲み竜巻状の水流を発生させた。


 それを無属性の魔法、いわゆる念動力で細かく位置を移動させつつ、雷魔法で起こした電撃をそこへ流し込む。


 これなら森で雷魔法を使っても、火災の心配はない。塩水を浴びせた範囲だけを、強力な電撃で攻撃可能なのだ。


 使用後は塩分だけを再収納して、塩害を防止することも忘れてはいけない。


 まあ、一度海へ行って大量の海水を収納すれば、前半の魔法は省略できるのだが。



「意味不明だけど、なんだかすごいですね」

 ルアンナが、呆けたように感心している。


 塩水が電気をよく通すなんて、この世界の住人は知るまい。


 というか、電気を知らんか……


 ほら、あんたの知らないことわりなんて、色々あるんだからね。


 確かに私だって、念動力を収納してそれを取り出して自在に操るということには、少なからず疑問を抱いてはいるのだよ。コレハナニカヘンダゾ、という肌感覚はある。


 だけど実際にできているのだから、仕方がないでしょ? 文句ある?



 これで結果的には、ほぼ収納魔法だけで利用できる、新たな魔法体系が完成しつつある。新しい世界の幕開けだ。


 試しに収納した魔法の種類は,百を超えたところで数えるのを止めた。まあ、こういう時は精霊に倣って、千の魔法を持つ魔女、とでも呼ばせようか。


 タウゼント・マイスター。どこかで聞いたような名だが、ここは異世界なのでいいじゃないか。いつか、これが私の別名になる日が来るだろう。


 水晶砕きのアリソンよりは、かなりマシだと思う。


 これって、ホントにすごくない?


 というか、本当にこれでいいのか、私の魔法?



 終




  

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