開花その18 精霊ルアンナの告白



「姫様、実は早々にお伝えしておかねばならぬことがございます」

 突然頭の中に響いた精霊ルアンナの声で、私の背中に寒気が走る。


「……その無駄に丁寧な口調は、ルーナの謝罪?」

「い、いえ、その。色々と事情がございまして……」

 図星のようだ。


 突然の改まった話に、私は不信感を剝き出しにする。


 だいたいエルフの里に着いてアンナと合体してからは、アンナ特有の軽い口調でずっと話している。


 それが、突然ルーナの畏まった話しぶりに変貌するとなると、これは確実に嫌な話題だろう。


 そもそも、ルーナとアンナに分裂していた二人の関係性自体が、私にはきちんと説明されていない。


 今は合体して千年ぶりに一人の精霊となったと本人は言っている。だが何しろいい加減な精霊の言うことなので、そのまま素直に信じられないのが正直なところだ。



「私も、あんたには聞きたいことが山ほどあるんだけどね……」

「我にお答えできることであれば、何なりとお尋ねくだされ」


「ふーん。でも、そのしゃべり方は、どうにかならないの?」

「ああ、姫様。いつも通りでよろしいのですね。それでも怒りませんか。絶対に、怒鳴ったりしませんよね?」


「……だから、何が言いたいんだ?」

 ギリギリで、怒鳴りそうになるのを堪えた私を褒めてやりたい。


 ……というわけで、光と闇の精霊ルアンナの告白が始まる。



 ええと、千年前に大きな動乱があって、邪神の名の下に召喚された百体の魔獣が、大陸を蹂躙しました。


 大陸に暮らすエルフや人間が力を合わせてそれに対抗し、大陸中の人間族が連合を組み、魔獣の多くをどうにか倒したのです。


 勿論我々精霊も、それに手を貸しましたよ。


 けれど、上位の強すぎる魔獣は完全に倒しきれず、エルフの得意な封印魔法で封じるのが精一杯でした。そしてその時封じられた魔獣は、今もそのまま眠っています。


 これが今も各地に眠る、封印魔獣です。いや、本当ですよ。



 魔獣を召喚した邪神は、邪神を信奉する邪宗の集団が長い年月をかけて集めた、実体のない邪気の淀みから成っていました。


 だから全力を挙げて召喚した魔獣をほぼ全て失って邪神が力尽きると同時に、邪宗もまた長年蓄えた力を失い、解体しました。


 以来千年の間、私たち光と闇の精霊ルアンナは、太陽の精霊アンナと月の精霊ルーナに分裂し、魔獣の多く眠るエルフの結界内と、それ以外との二手に分かれ、魔獣の封印を監視していたのです。



「えっと、エルフとか精霊の感覚だと、だいたい五百年以上は千年も二千年も一緒みたいな感じを受けたので、今の千年という数字を鵜呑みにできないんですけど……」


「あ、そうだね。そうそう。だいたいその位の昔ってことで……」

 やっぱりそうなのか。


 百年、二百年と指折り数えて、片手で足りなくなると、それより先は全部千年と言っているようなものだ。まあ、精霊に五本の指があるのかは、さて置いて。



 ハイ、いいですか、姫様。続けますよ。


 やっとルアンナの硬さがほぐれ、口調が雑になった。



 長命のエルフも、およそ千年もすれば寿命を迎えます。当時を知るエルフもいない今、ざっくりその程度の時間が過ぎているのは、間違いありません。


「ほう。あながち嘘ではない、と言いたいのね」


 さて、今回はエルフの守る西の森の外で、続けて二体の魔獣の封印が解けました。これは完全に、ルーナの監督責任であります。


 それについては、今の我、ルアンナ自体が長年の分裂状態により想像以上に弱体化しているという事実を、認めざるを得ないでしょう。


 同じ事は、この里を守っているエルフにも言えます。長い平和が、エルフも精霊も、そして全ての人族の力も、弱らせてしまったのです。


「なるほど」



 現在魔獣の封印を解いている謎の組織は、古の邪神の復活を目論む邪宗の系譜でしょう。千年の間に封印の力も弱まっているとはいえ、これ程簡単に魔獣の封印が解けるとは思えません。


 恐らく現在、邪宗は相当の力を持つ組織に育ちつつあると考えられます。


 そこで、本来それを阻止すべく生を受けたのが、我が姫様なのでしょう。


 しかし、いかんせん姫様はまだまだ齢五歳の幼女。その膨大な魔力を制御するには、これから長い時間が必要です。


 そこで、我の出番となりましょう。有り余る姫様の魔力を制御し、その成長の助けとなることこそが、我が定め。


「私の力を制御してくれるんでしょ。頼もしいわ」



 ところが、なのです。その我は、思ったよりも激しく弱体化しておりました。

 ルーナとアンナが揃えば無敵、と思っていたのに……


 いやこれは、姫様の魔力が想定を超えて、強過ぎるとも言えます。


 とにかくここ最近の姫様は、一段と力が増しております。もう我の手には全く負えぬ程に。


「今更、何を言い出すかと思えば……」


 いや、申し訳ない。我が力が至らぬばかりに、姫様の魔力の暴走を止める手段が見当たらない状況。


 もしかすると、このままでは姫様自身が、この世界を滅ぼす新たなる邪神となるやも知れぬほどに……



「私の魔力は、そんなにヤバいの?」


「何しろ、復活したばかりとは言え、千年前の魔術師軍団が手を焼いた魔獣の二体を赤子扱いとなると、一体全体、どちらが魔獣なのやら……」



 確かに、最近は師匠との修行でも、一段と魔力の制御が難しく感じている。それは、私自身の魔力が急成長していたからなのか。もう、これ以上いらないのに。


 思えば、私にも予感はあった。


 エルフの里へ来て、前世の日本人であった頃と同じ肉体を手に入れた。髪と目の色は違うが、肉体の性能はほぼ元のまま再現されている。


 成熟した肉体の効果で、魔力制御能力は確実に上がっている。これならば、今後もやっていけそうな手応えを感じていた。


 しかしそれ以上に、僅か五年の経験しか持たない本体に、余りにも多くの経験を急激に重ねてしまったようだ。


 五歳の時に受ける星片せいへんの儀で判明するのは、土、水、風、火の四属性への適性と、生来持つ魔力量だという。


 適性については生涯変わらぬが、魔力量は成長する。


 私の場合は全属性への適性と、水晶を粉砕するほどの基礎魔力量。


 元来規格外であった魔力量が、この数か月の異常な体験により、急速に伸びているらしい。



「恐らく、その魔力は千年前の邪神に匹敵すると思われます。現代に復活しつつある邪宗の連中がそれに気付けば、今後姫様を標的としてその魔力を利用し、新たな魔獣を生み出す手立てを画策するでしょう」


 マジか?


 邪宗が何もしなくても、その前に、私自身が世界を滅ぼしそうだけど……


 はは、私はそのために転生したのだ!

 と開き直って宣言し、魔王を拝命するか?

 ……はぁ。



 悪いことに、姫様の魔力は虹色の全適性。


 白い生活魔法だけであればどうにかなったかもしれぬが、我の扱う光と闇の魔法に加えて、空間魔法や精神魔法など、我の手に負えぬ広範囲の魔法を、無意識に発動させる可能性があります。


 既に賢者の巾着による効果で姫様は空間魔法の一端を経験し、その能力を広げつつあるでしょう。


「あれ、ルーナも一度瞬間移動の魔法を使ったよね。あれって、空間魔法じゃない?」


 それは王都へ行く途中に宿泊した旅館の庭で、身体強化の暴走により雲の上まで跳躍した私を救ってくれた、ルーナの魔法だ。



 あの時、丁度アンナが遊びに来ておりました。


 月と日が同地に天空にある時には、アンナの一部が結界を出てルーナのところへ来ておりました。


 その時には、我らは互いにその半身の場所へ移動することができたのです。あれは、地上にいたアンナの元へと移動しただけ。


 一体となった今では、そう簡単に使えぬ技です。


「なるほどねぇ」


 軽い口調で始めさせようとした話なのだが、ルアンナの口調は重くなる。


 この際だから、私の前世についても話してしまうか?



 深く考え込んでいる私に、ルアンナは精霊の加護を何重にもかけている。


 それによりルアンナの意志は私の魔力を得て、エルフの結界を抜け出し、大陸中に広がる。それは、私の感覚とも一体化する。


 西の森は王国の領土ではなく、大雑把に言えばエルフの支配地域に含まれる。


 その範囲は大陸の西側半分を占め、全体の面積では王国の倍はあるだろう。

 ほぼ大陸の西半分と言ってよい。


 エルフの里は森の奥深くにあるが、更に西へ進めば断崖絶壁の海岸へ至る。


 北はウッドゲート男爵領から続く岩と雪の山脈が迫り、南は魔物の多い海岸線だ。


 エルフの支配する広大な地域に踏み込む人間は少なく、この範囲にいる限り、私たち三人の身柄は安泰と言える。



 私たちを見失った教会と王宮は、既に諦め静観しているようだ。


 しかし、西の森の入口に城塞を築いていた勢力は、力を残しているだろう。


 それが、新たな邪神を望むのか、人間の王国の支配を望んでいるのかは、わからない。


 だが、私がエルフの里へ行くと言って教会の監視網から姿を消した情報は、その者たちも得ているだろう。


 機先を制してエルフの里を叩く策は、発動間近でフランシスとプリスカが、完膚なきまでに潰した。



 エルフの里へと続く森の入口に築いた城塞は壊滅し、封印を解かれた二体の古代魔獣も、私があっけなく討伐した。


 これら全てを関連付ければ、そこには知性の輝きを秘めた美しい幼女の存在が、自然と浮き出るだろう。(絶賛特盛中)



 賢者の再来。

 いや、百五十年前の賢者を超える、大賢者。


 王国の宮廷魔術師の頂点に突然祀り上げられた、辺境の男爵家の次女。


 王宮と教会の総力を挙げても、行方が分からぬ存在。


 何としてでも、その力が欲しい。そう考える勢力が、陰でその爪を研いでいる。


 その爪と牙が磨かれるまでの間に、私は何を成せるだろうか。


 私の喉元に突き付けられた刃は、日々輝きを増す。


 邪宗の暗躍か、私自身の暴走による、自滅か。


 今は、不気味な沈黙が大陸を支配している。



 終




  

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