番外3 悪夢の実を食べた



 エルフの里、フリークス村近郊の草原で狩った大量のユニコーンの解体には、かなりの時間がかかった。


 そもそも箱入り娘の私は、そんな野蛮な仕事をしたこともない。

 旅の間も、師匠とプリスカの世話になっていた。


 貴族令嬢として生まれ育って五年。転生前の記憶にある二十年を加えてみても、狩猟や動物の解体精肉など見たことすらない。


 だがこれからは、何でもやらねばならぬ。


 私は、どや顔の師匠とプリスカに教わりながら、黙々とナイフを動かした。


 本来ならばその場で新鮮なうちに血と内臓を抜くようだが、私の持つ賢者の巾着に入れておけば鮮度が保たれるので、村を流れる小川の畔で作業を行った。


 角と皮は村の共有資産として村長に預け、肉は近隣のエルフに分けた。

 それでも半分以上の肉が余り、私の巾着へ保管された。


 こうして賢者の巾着には、様々な食材が貯まっていったのだろう。


 長いリストをよく見れば、ユニコーンの肉もかなりの在庫が最初から入っていた。



 ユニコーンの肉は、煮ても焼いても美味だった。まぁ、そもそもが、丸々と太ったウサギだからね。美味しくないわけがない。


 一番の料理法は、じっくりと煮込んだシチューだった。これには、私たち全員の意見が一致した。


 某有名カップルがデスゲームの中でイチャコラしながら食べたシチューも、こんな味だったのかもしれない。



「ところで、白い馬に似た体で、額に角の生えた魔獣はいないの?」

 何気なく、今日案内をしてくれたネリンに聞いてみた。


「ああ、それは角馬ですね」

「ツノウマ……?」


 この異世界は、何かが間違っている。



「昔、ツノウマの角には解毒作用があると言われて、乱獲され激減しました。今では滅多に見られませんが、解毒作用の話は迷信だったようです。でも、ユニコーンの角の薬効は、本物ですよ」


「で、このユニコーンの角は何に効くの?」

 えっと、私がここで言っているユニコーンは、角ウサギのことだよ。


「そ、それは……」

 珍しく、ネリンが顔を赤らめて言い淀む。


「ほら、繁殖力が旺盛なユニコーンの性質は、その角から来ていると言われているから……わかるでしょ?」


 カーラが代わりに言ってくれた。



「なるほど、なるほど。ぜひ私にも、それを分けてもらえませんか?」

 フランシスが、即座に身を乗り出した。


「そりゃ、人間の国へ高く売れるわけだわ……」

 プリスカが呆れながら、フランシスの肩を掴んで引き戻す。


「あんたは、使う相手を見つける方が先でしょ!」

 師匠は相変わらず中年女のままで、プリスカはその娘のように見える。


「何が起こるかわからないので、常に準備を怠るな! って、あんたの口癖でしょ」

 師匠は、口では簡単に負けない。


「どうせあんたはロクなことに使わないでしょ。これ以上悪事を働くと、本当に戻れなくなるわよ!」


 どう見ても親子喧嘩の構図なのだが、その役割が逆だ。



「ユニコーンの角は人間にはよく効くらしいので、高く売れるんです」

 聞くに堪えない話を終わらせようと、おとなしいリンジーが介入する。


「ということは逆に、エルフには効かない?」

 フランシスの肩が、ガクリと落ちる。


 ここはエルフの里。この近隣には、人間の男は全くいないからねぇ。


「ええ、私たちにも効くならば、もっと大陸はエルフだらけになっていたかも……」

 なるほど、長寿のエルフの泣き所か。


「どちらにしても、人間の魔術師が作る薬の原料の一つというだけですから、これだけ飲んでも意味がないですね」


「そういうのは、最初に言ってくれ」

 力なく、師匠が呟いた。



 エルフたちが食事の片付けをしている間に、復活した師匠が玄関に置いてあった籠から果物を持ってきて、魔法で軽く冷やした。


 見たことのない実だが、今日の遠征で採集した物らしい。

 一つを切り分けると、甘い香りが広がった。


「うん、これはいけるね」


 早速口に入れた師匠が幸せそうに食べているので、私とプリスカも手を伸ばした。

「うん、美味しい」


「甘味と酸味と香りとシャキッとした食べ応え。最高ですね」

 この村へ来て一番の味かもしれないと、私は思った。


 すぐに師匠が二つ目にナイフを入れて切り分けている。


「あら、珍しい。悪夢の実じゃないの!」

 片付けを終えたカーラが、食卓の果実を見て不穏なことを言う」


「あ、悪魔の実?」

 師匠が青い顔で手を止めた。


「違うわよ。悪夢の実。食べると嫌な夢を見るけど、とっても美味しいのよね」


「悪夢?」

「うん、そう」


「あ、でも皆さんはもう食べてしまったか。それなら、これ以上食べても変わらないので、ゆっくり味わってください」


 ネリンは、自分は御免とばかりに、そのまま自分の部屋へ戻っていく。


「悪夢を見るんですか?」

 さすがのプリスカも、不安そうにカーラを見る。


「うん。私の時は、夢の中でスライムになっていて、麦藁帽子を被った少年にびよーんと伸ばされ続ける夢だった」


「なんだ、それだけ?」


「でもその後で若い魔女が現れて、ナイフでスパッと斬られたの。死んだと思ったら別のスライムになっていて、延々と何百年もその魔女に殺され続けるという恐怖……」


 結局エルフ三人は果実に手を付けることなく、私たち三人はヤケになって全部食べた。



 そして翌朝……


「で、夢は見ましたか?」


「私は自分が小さな蜘蛛になって、カエルの化け物に暗い洞窟を追い回される夢でした……」

 師匠は、憔悴した声でそれだけ言った。


「私は、ゴブリンの群れに掴まり、巣穴の奥へ運ばれて……」

 プリスカは絞り出すように言って、テーブルに突っ伏した。


 私の場合は、軍服を着た幼児の姿で空を飛び、追いすがる敵軍から逃げていた。最終的には空の上で完全に包囲され、小銃でハチの巣にされ地上へ落ちた。一方的にやられるだけで、救いのない、散々な夢であった。


 生前に見たアニメの影響を強く受けていることは、疑いの余地がない。


 これをこのまま、この世界の住人に説明するのは、ちょっと無理がある。


「私は空を飛んでいる時に、魔法で総攻撃に会い落下するという夢でした……」

 そう簡単に話して、ごまかした。



 三人三様の悪夢の報告に、エルフの娘たちは考え込んでいる。


「どうしたんですか?」

 プリスカの問いにも、曖昧に笑っているだけだ。


 これは何か、隠しているに違いない。


「えっとね、たまに、悪夢は現実になるの」

 遠慮がちに、カーラが言う。


「そんな馬鹿な……」


「だって、気付いた時には三人とも食べていたでしょ。後から何を言っても遅かったので……」


 それにしても、どうしてあんなものが籠に入っていたのだろう。


「よく熟れた悪夢の実は、早く食べてもらおうと、近くを通る者に魅了の効果を持つ香りで誘うの。さて、誰かしらね、魅了されたのは」


 カーラはそう言いながらも、フランシス師匠しか見ていなかった。


「はい、その通り。私です……」

 フランシスは、消え入りそうな声で言う。


「まーた、あんたなの? 魔法使いのくせに!」

 プリスカの声は、非難というより諦めの境地に入っている。



「えっと、師匠の見た夢は……」

 私は自分の悪夢にまだ酔っていて、すぐに思い出せない。


「確か小さな蜘蛛になってカエルに追われるとか……」


「姫様、これ以上変化へんげの魔法はダメですよ!」

 師匠が怯えた声を出す。


「でも、必ず魅了された者の夢が現実になるとは、限らないんです」

 リンジーが控えめに言うと、師匠はやっと顔を上げた。



「私の見た夢は、早く忘れたいのに……」

 プリスカは、自分の夢を思い出して震えている。


 ゴブリンの巣へ連れ込まれた後、一体何が起きたのだろうか?

 それによっては、プリスカの夢が一番見たくない夢かもしれない……


「ゴブリンの巣の続きだけは、知りたくないよ。本当の悪夢じゃない!」

 私はプリスカがこんなに怯えているのを、見たことがない。


「よくわからないけど、プリスカの悪夢だけは、本当に知りたくないです」

 師匠が呟くと、震えながらプリスカが首を縦に何度も振っていた。


 その日は一日、嫌な思いで過ごした。



 しかし何も起きずにほっとして眠った翌朝、私たち三人は厳しい現実に目覚める。


「まさか、二日続けて同じ夢を見るとは……」

「まさか、プリスカと同じ夢を見るとは……」

「まさか、三人とも、同じ夢を見るとは……」


 翌朝、知りたくもなかった洞窟の中で起きた凄惨な出来事の記憶で食欲はなく、三人で抱き合って、泣いた。



 悪夢が現実になるって、こういうことなの?





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