開花その17 ユニコーン狩りに行く
おまけの服装やアクセサリー類を別にすると、本体の部分は成長もしなければ、老化も起きないように見える。
「では、私はこの母親の姿のままで、エルフのような長命になると……」
中年女になった代償として不老を手に入れたのなら、まあ悪くない成果だろうか、などとフランシスは計算しているようだ。
「ルアンナはどう思う?」
私は師匠の妄想を頭から否定する前に、念のため自称専門家に尋ねてみた。
「本体の寿命が尽きれば、そこで終わり。見た目が変化しても、命の器は同じだからね。あくまでも変化の影響で肉体の基礎能力とかが増減しても、ほら、姫様になったフランシスの魔力は、少しも増えなかったでしょ?」
なるほど。表面的な肉体の変化に合わせて、多少の能力変化が伴うだけなのか。
私はフランシスの夢を打ち砕く一言を告げる。
「残念。中身は二十八歳の師匠のまま、普通に歳を取るらしいよ」
師匠は、大いに動揺した。
「ま、まだ二十五です! せめて、今だけは十代の姿に戻りたかったのにぃ……」
「師匠。それは夢が覚めた時に、自分が辛いだけだよぅ!」
「では、私はいつまでこの母の姿でいるのでしょうか?」
「さて……判決を言い渡そう。本人に何ら反省の色なく、情状酌量の余地なし。よって、このまま懲役三か月を命じる!」
「ううっ……三か月このままとは……」
フランシスは項垂れて、とぼとぼと畑へ向かって歩いて行った。
そんなフランシスだが、辺境の男爵領で仕事を始めた理由の一つは、生まれ故郷の村から比較的近い、ということがあった。
今でも年に一度は家族と会うために、実家へ帰っている。
噂では、両親が毎年大量に用意している縁談が目当ての帰省らしい。
今では地元でも有数の豪農となっている師匠の実家だが、昔は貧しかった。
今の成功があるのは、両親も兄弟も、魔法の才能により子供のころに家を出て、一人で苦労したフランシスのお陰だと知っている。
フランシスからすれば、貧乏農家に幾ら仕送りを続けたとはいえ、成功の理由は毎日地面を這うようにして未開地の開墾を続けた、家族の執念の産物であると信じている。
しかし魔法一筋に修練を積み重ね、結果として婚期を逃しつつあるフランシスを、家族は皆本気で心配している。
何しろ兄弟姉妹は全員が結婚して、既に多くの子をなしているのだから。
そうなると、この私だって、師匠を何とかしてやりたいと思うじゃないか。
長命なエルフやドワーフとの縁談は先行きの困難が予想されるが、近隣に暮らす獣人たちは、種族にもよるが多くは人間とそう変わらぬ寿命を持つらしい。
人間と違い、魔力よりも身体能力に秀でた獣人は、フランシスのような田舎育ちの元ヤンには……いや、上品ぶらないフランクな性格の師匠には、相性がいいかもしれない。
住居の周囲に作っている畑の開墾がひと段落したら、里の周囲の村々を訪ねてみるのもいいだろう。
「その時には、フランシスに恩赦を与えて元の姿に戻してやらないとね」
プリスカとは、早くもそんな話を始めた。
しかし自身の婚活の旅と知れば、浮かれて何をしでかすかわからないのが、フランシスという残念な生き物だ。絶対に、本人には言えない。
「それに、あの中年女がここで更なる悪事を重ねないよう、しっかり監視しなければ」
出会った頃の師匠を意識高い系のやり手と勘違いしたくらいに、あの女は意外と悪知恵が働く。不断の努力を積み重ねて魔法を習得したその底力は、侮れないのだ。
プリスカはエルフの三人娘にも監視の協力を要請し、四方を包囲されたフランシスを中心とした農作業は、ますます進んだ。
「その旅には、私たちもご一緒します。これからは積極的に里の外へ出て行かねばと感じていましたので」
エルフの三人娘も、外出には積極的だった。
「でも、せっかく作った畑はどうするの?」
「あ、それは留守の間、ソトさんとハリルさんたちで何とかしてくれると思います。新しい料理のレシピと引き換えなら、何でもやってくれそうですよ」
エルフの共同体は、本当に素晴らしい。
「姫様、修行のお時間です」
畑の開墾と同時に、フランシス師匠の修行が再開されている。
今は午後の三時間ほどを中心に魔法の修行を行い、他の時間にも、魔法だけでなく、プリスカからは剣術を、エルフたちからは弓を教えて貰っている。
これらは相互に教師となり教え合っているので、毎日都合のつき次第、空き時間を見つけて行うことになっている。何も教えられないのは、私だけだ。無念。
畑の作物を育てること、罠や弓を使い狩りをすること、キノコや野草など森の恵みを集めることも、エルフたちから教わる。
同時に料理当番を決めて、豊富な素材を使った料理の研究も始めている。
こうして私は、この世界で生き抜くための本当の力を得るための一歩を、ここに踏み出したような気がする。
ここまでの旅では、私はお世話をされるだけの、頼りない幼児だった。
だが、ルアンナに前世の姿に変えてもらえば、私にもかなりのことが一緒にできる。髪だけは灰色のブロンドのままで、鍛えたクライマーの肉体を得た私は、魔法の修行にも少しだけ光明が見えた。
まあ、簡単にお漏らしをしない肉体のコントロールは、魔力の制御にも重要だったのだな、実際には。
そうして元の体が成長すれば、変化後の基礎能力も上がる。
この世界に生まれた私、アリソン自身にとって、本当にこれが幸福な事なのか、躊躇する部分はある。
本来なら家族と共に幸福な子供時代を過ごすはずの貴重な経験を捨ててまで、今の生活が必要なのだろうか。
だが、私は既に王都で大人の思惑に巻き込まれ、振り回され始めていた。そこから逃げ出し、自由を得るためには仕方のないことと、今は割り切るしかない。
私が前世の記憶を取り戻してから、およそ半年が過ぎている。
その間の異常な経験のお陰か、明らかに心身共に成長している実感がある。
さてそんな日々の中で、ネリンがユニコーン狩りに行かないか、と誘ってくれた。
「ユニコーンって、あの白くて角のある……」
私は驚いた。
「そうですよ。大きなユニコーンの集まる草原があるんです」
「それを、私たちが狩ってしまってもいいの?」
耳を疑う、とんでもない話だった。
「いいんです。時々狩りに行かないと、増えすぎるので」
「ユニコーンを見てみたいけど、狩るのはちょっと……」
「ユニコーンの角には薬効があって、教会を通じて人間の国とも取引しているんですよ」
「そうなの?」
「それに、お肉もおいしいですから。姫様は見ているだけでも構いません。私たちエルフが勝手に狩りますから」
私は最初から腰が引けているのだが、こんなに面白そうな話を、野蛮なうちの家臣二人が聞き逃すはずもない。
「姫様、我ら二人も狩りに加えていただきたい!」
「ぜひとも、お願いいたします」
あまり気が進まないまま、私は他のメンバーに押し切られて、森の中へ分け入った。
エルフの里の中では珍しく樹木の濃い暗い森を、三時間以上歩いただろうか。
突然絵本のページをめくったように、明るく美しい花咲く草原が目前に開けた。
「わぁ、きれい」
まるで妖精さんが飛んでいそうな、これぞまさに、ファンタジー世界という神秘的な光景だった。
だが、そこはすぐに、血生臭い狩場へと変貌する。夢とは儚いものだ。
「さあ皆さん、準備はいいですか? 獲物がいますよ!」
ひと時の驚きと興奮が収まるのを待って、ネリンが小声で指示する。私以外の全員が、流れるような動作で、弓に矢をつがえた。
私は顔色を青くして、どのタイミングで制止しようかと、前方を伺っている。
「あそこに、群れがいます」
ネリンの指が差す方向を見ると、草原に白い体が点々と見えた。
それを一目見て、青かった私の顔は紅潮し、瞬時にデストロイモードに切り替わる。
「あれが、ユニコーン?」
「はい。そうですよ」
確かに、白くて額に長い一本の角を持ち、体も大きい。あくまでも、普段村の近くで狩っている野ウサギに比べて、の話だが。
「あのう、あれは、角ウサギっていうんじゃ?」
「いいえ。あれがユニコーンです」
ネリンが、自慢げに断言した。
それはどう見ても、始まりの町の周辺エリアに出現する、序盤の経験値稼ぎとしてゲーマーが戦う、あの生き物であった。
私がこのままデストロイモードで火球を放てば、ユニコーンの群れどころか、この草原全部、いやいや下手をすると、エルフの里全体を、滅ぼしかねない。
何しろ、今の私は魔力を制御するアイテムを、何一つ身に着けていないのだから。
この状態で放った魔法がどんな威力になるのか、誰にも分らない。
では、他の生活魔法なら、どうだろう?
例えば、水魔法では?
この距離で、高圧水が届くのだろうか?
やはり一気に殲滅するには、着火魔法を拡大した火球が一番だろう。
私が激情を必死で抑えているのが、ネリンにもわかったのだろう。
「姫様、魔法はダメですよ。今日は弓のお稽古に来たんですから」
そうだ。自分でも制御できないこの力は、人類が手にするには、まだ少し早い。
「私も、弓で狩ります」
それだけ言って、私も背中の弓を手に取った。
今の私は五歳の幼児ではない。この世界では十六、七の小娘にしか見えないだろうが、実際には鍛え抜かれた二十歳のクライマーだ。クレイマーではないよ。
だから、私はそれ以上文句を言わずに、ユニコーンに向けて矢を放った。
習い始めたばかりの弓矢だが、私に与えられたエルフの魔弓は、ぶっ壊れた神性能を誇っている。
私の手元から放たれた矢は、無尽蔵の我が魔力を勝手に使いながら、標的に向かい最適解のコースを選んで誘導ミサイルのごとく飛翔する。
のんびり草を食む平和なユニコーン国の排他的経済水域を易々と飛び越えて、エルフの独裁者が放つ単純破壊兵器が、急所へ命中した。
普段この魔弓を使って訓練を積んでいると、異常に上達が早い。
これは私の中のエルフの血が目覚めたのか、熟練度とかスキルレベルとかが爆上がりしたのか、普通の弓を使ってみても、的にバンバン当たるようになっていた。
今では拙い弓のお稽古、というレベルではない。
ああ、こんな調子で魔法が覚えられたら、最高なのに。
調子に乗って狩った大量の角ウサギを魔法の巾着へ押し込んで、我ら悪いエルフの国の特殊部隊は本国へ帰投した。
ここでは、角ウサギのお肉は柔らかくて、とても美味だったことを忘れずに追記しておきたい。
皆様も、機会があればぜひお試しください。
終
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます