開花その16 フランシスの冒険 後編
その日の午後になり、やっとフランシスが一人で帰って来た。
勿論、私に
「姫様、この度は、まことに申し訳ありませんでした!」
本人は深く反省していて、私には会わせる顔もなく、戻って来るのにも勇気を振り絞っただろう。ここでは、他に行く当てもないし。
しかし、朝も早くからこの家に暮らす残りの五人全員で、探しに出たのだ。謝罪を受けるのは、私一人だけではない。
一応六人の最年長者であり、一番のしっかり者であるカーラが私たちの共同生活上の舵取りをしてくれている。
それから、この家を提供してくれたネリンが、補佐役を担う。
その二人は無欲のエルフらしく、逆に困ったようにフランシスを眺めていた。
「えっと、私たちエルフは、その謝罪を受け入れます。でも、よくわからないんですけど、こういう場合、人間の国では、どうするんですの?」
カーラが、フランシスに向かって気軽な調子で問う。
だがそれを聞いたフランシスは目を見開き、驚愕の表情で私を見た。
立場上、今のフランシスとプリスカは私の家臣であり、その行動の責任は、私にある。
一般的には、主君の目を盗み、無断で外出した時点で、かなりの罪状となる。
というか、主君である私の姿に変化し、戻るのを拒否した時点で完全にアウトだったのだが。
いくら王国の権威から逃げて、遠いエルフの里に滞在中であるとはいえ、そもそも私がハイエルフであると里長が認めた以上、私は国王を超えエルフの里長さえも超えて、その権威は現在インフレーションの極みにある。
しかも、私のその権威は、直属の家臣であるフランシスとプリスカにも及んでいる。
それを知った上で好き放題した責任は重大で、私が何らかのペナルティを課さなければ、同僚のプリスカに対して示しがつかない。
それは、村のエルフたちに対しても、同じことが言える。
私の名を騙り、善良なエルフたちを欺いた罪も、非常に重いと言える。
「もはやこの罪は、その命で購う他ないでしょう」
プリスカは、冷ややかな目でフランシスを見る。
こんな時のプリスカは、この上なく怖い。このクソ真面目な女に、シャレや冗談は通用しないぞ。
今更ながらに自分のしたことの重大さに気付き、震えているフランシス。
朝に話を聞いたハリルや三人娘の反応を見れば、エルフの社会的には、それほど大きな問題になりそうではない。
それならば面白いので、もう少し事を引き延ばすだけだ。
「処分が決まるまでは、証拠としてそのままの姿でいることを命ずる」
私は、極めて不機嫌そうな声で言った。
「ははっ」
フランシスは跪き、頭を下げた。
ここまでは、事前に打ち合わせておいた通りに進んでいる。
今後のことを考えれば、このままお咎めなしというわけにはいかない。
ただ、フランシスの態度次第で、落としどころは幾つか用意していた。
例えば、命をもって償おうと、極端な行動に出た場合。
先ずは常にフランシスを監視すべく、ルアンナが精霊を動員した。
そして実際に行動に移そうとした場合には、三人娘とプリスカが全力で拘束する。
そこまでは行かずとも、どんな罰でも受ける覚悟があるので、許してほしいと私に縋り付いた場合。
その時には、一か月の外出禁止と、六人で分担する全ての家事当番の引き受け程度で、許すつもりだった。
その中には、家の周りで開墾中の、畑の作業も含まれる。
当初の反省が不足していると皆が判断したのなら、それが二か月、三か月と増えるだけだ。
さて、師匠はどうするだろうか。
「このような幼き姿のままでは、姫様に十分お仕えすることは叶いませぬ。せめてあと十歳ほど成長した姿としていただければ、死ぬ気で働かせていただきます」
一見反省していそうだが、実に自分に調子のいいことを言い始めた。
「あなた、まるで反省していませんね?」
私は笑いを堪えているが、プリスカの震える手が剣を掴んでいる。これはマズイ。
ところで、私と今のフランシス、二人が並んでみれば、どちらが本物かは一目でわかる。
私の髪は元々くすんだ金髪であったが、最近色が抜け始め、徐々に父上のようなアッシュブロンドに近くなりつつある。
フランシスの化けた私の髪は、母上や姉上のような、明るい金髪だった。
「もう十分楽しんだでしょ」
私の言葉に、小さなフランシスは、黙ってこくこくと何度も頷く。
「今のあんたの髪は、母上と姉上の髪に似ているわ」
だが、今の私は違う。
「ほら、私の髪の色は、最近父上に似て来たの」
毎日一緒にいると、意外と気付かないものだ。
嬉しいことに、私もまだ成長しているようで、少し背も伸びたように思う。
だから、今日の私は機嫌がいい。
「そういえば、フランシスのお母様はお元気かしら?」
突然の話題転換に、フランシスは真顔になる。大きく見開いた目は、何かを懐かしむように、どこか遠くを見ていた。きっと、故郷の母親を思い出しているのだろう。
「あなたは、お母様のような立派な人間になりたいんじゃなかった?」
「それは……」
師匠の瞳に涙がにじむ。
「今よ、ルアンナ」
「お任せを!」
次の瞬間、私たちの目の前に、恰幅のいい中年の農家のおかみさんが立っていた。女は、目に涙を浮かべている。
「ルアンナ、姿見のサービスをお願い」
「はい」
日に焼けて皺の多い中年女の前に、楕円形の姿見が浮かぶ。
それを見て蒼ざめ驚愕する女の顔は、その赤い髪も含めて、フランシスによく似ていた。
「お母さま!」
「違うよ、フランシス。それは、あんた自身の姿だ」
「あああああああ」
「当分、その姿で暮らしなさい」
「ひ、姫様~」
「さ、午後のお茶の時間にしましょう」
其の場に崩れ落ちる中年女を、顧みる者は誰もいない。
これを、自業自得という。
翌日からの農作業に、フランシスは大いに役立った。
元々貧しい農民の子に生まれたフランシスは、魔法の才能により小さいころから世に出て修行し、出世した。
家族はその仕送りで畑を広げて、周辺でも指折りの大きな農家になった。
しかし両親は畑に出るのが好きで、母親は力仕事だって男に交じって一歩も引かない強さを誇っている。
丸太のような太い腕を振り回して毎日畑で鍬を振るう、フランシス自慢の母親だった。
エルフの村の農業は、一風変わっている。
畑を開墾し、畝を作り、種を撒き、水をやる。
するともう翌日には、撒いた種から芽が出ている。
そこへ、また水を撒く。
すると翌日には、もう蕾が幾つか見えるほどに育っている。
さすがの私も、これには呆れた。
「これは、誰かの魔法なの?」
「さあ、特に魔法を掛けなくても、この結界の中ではこれが普通ですが……」
「じ、じゃあ、私の成長も早くなる?」
「いえ、エルフの魔法はツリーハウスを作るような、植物にしか影響を与えない魔法ですので、恐らく姫様には無理かと」
「……残念!」
人間耕運機と化したフランシスだが、彼女は子供のころに家を出たので、農業知識については、まるで何も持たない。
しかし母親の姿で畑に出て働けば、人の倍の力を出す。
「もう、師匠はずっとこのままでいいんじゃない?」
「ほら、エルフのご老人からの評判もいいし」
プリスカも、あれ以来フランシスがおとなしくしているので、落ち着いている。
農業指導をしてくれるエルフのソトさんは、九百歳を超える老エルフだが、その見た目は、まだまだナイスミドルだ。
彼は、フランシスのことがとても気に入ったように見える。
おかげで我々の畑作りへの挑戦は、フランシスをリーダーとして、着々と進んでいる。
「フランシス母さん、よく働くから、明日は休暇をあげるよ。ソトさんと野菜畑でデートしてくれば?」
「それじゃ、いつもと同じじゃないですか。結構です!」
フランシスは、ナイスミドルをお気に召さないようだった。
終
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