開花その16 フランシスの冒険 前編



 私にそっくりの姿となったフランシスのおかげで、私も元の子供の姿へ戻れずにいる。


 ただでさえ面倒なのに、周囲をもっと混乱させることになるからだ。


 しかし私の黒髪自体は人間界ではそう珍しくもないが、ここエルフの里ではよく目立ち、聞かれても説明するのが難しい。


 今後は髪の色だけは、元のブロンドのままにしておこう。


 その場にいなかった、ネリン、リンジー、カーラのエルフ三人娘とプリスカには事情を何とか適当に説明し、頑固なフランシスの説得を再度試みるも、こいつは強情で、意地でも戻らぬと言い張った。


 諦めてその日はフランシスが外出しないように見張りながら、新しい家の片付けなどをしながら過ごした。


 早く畑を作る作業を本格的に始めたいところなのだが、今はそれどころではない。

 何しろ私の姿で自由に外へ出せば、師匠がどんな悪さをしでかすやら、心配で仕方がない。


 本当に、たちの悪い魔法使いだ。


「それにしても、すごい魔法ですね」

 一番若いネリンが、五歳児になったフランシスを膝の上に抱き上げ、頭を撫でている。


 何故か、それで師匠も嬉しそうだ。それでいいのか?



「エルフだって、みんな変化の魔法が使えるんでしょ?」


「いえいえ、耳を伸ばすか、髪や目の色を変える程度ですよ。あ、でも耳や尻尾を生やして獣人風になるくらいは、たまにやるかな」


「でもホント、こんなに体の大きさから着ている服まで全部変わるなんて、すごいですよ」

 カーラも驚いているが、本当にすごいのはルアンナだ。


「全部精霊ルアンナがやっていることだから、私の魔法じゃないの」


 だが、カーラは首を振って、言う。

「魔力を使うには、幾つかの方法ありますよね。例えば、封印の結界を維持するには、地脈を通じて魔力を得ることもします。人の多く集まる街やここのような深い森には魔力が集まる場所ができますし、普通は個人の持つ魔力を使いますが……」


「それは、だいたいわかります」


「自身では大きな魔力を持たない精霊がこれだけの魔法を使うには、姫様の持つような大きな魔力を利用しないと絶対に無理なんです」


「つまり、私は単に大きな魔力の入れ物ってことか……」



「はは、それは否定できませんね」

 ルアンナが、私にだけ言った。


「でもね、そのうち姫様も、自分で何でもできるようになりますよ。焦らずやりましょう。それまでは、私が力を抑えたり、魔法を代行しますから、ご安心を」


「じゃ、フランシスはもういらない?」


「いえいえ、姫様自身の鍛錬のためにも、今の修行を続けてください」


「ふーん、そうか。じゃぁ、まだ捨てられないわねぇ」


 私は無邪気にネリンとじゃれている師匠を横目で見る。



「ハイエルフの姫様の器は、私たちにはとても計れません。くれぐれも、今は無茶をなさらずにお願いしますよ」


 カーラの声が緊張して多少かすれているのは、うっかり私が変な魔法を使うと里が滅びかねない、という恐怖心から来ているのだろう。


「うん、ありがとう。気を付けますね」



 だが、翌朝早く起きた私がフランシスの部屋を覗いてみると、そこには誰もいなかった。


「逃げられた……」


 空のベッドの前で呆然と立ち尽くす私の横に、プリスカが並ぶ。


「ベッドが乱れていませんね」

 どうやら、昨夜のうちに家を抜け出したようだ。


 そのうちに、エルフの三人娘もやって来る。


「単純なフランシスのことだ。行先は、簡単に予想できるが……」


 プリスカの呟きを、カーラは聞き逃さない。

「ネリン、フランシスの行きたがっていたパーティーは、この近くだったわよね……」


 カーラが言いながら、もう廊下を歩き始める。

 その後を、我々四人も追う。


 行先は、フランシスが例の合コンをやろうと持ち掛けていたエルフたちの家だった。妙齢の(二百歳から三百歳の)エルフの男女が集まり、昨夜はパーティーをしていたはずだ。


 我々六人にも誘いの声が掛けられていたが、まだ新居も落ち着かず、フランシス以外は誰も乗り気ではなかった。


 そこで、全員また今度の機会に、と見送っていたのだ。

 ましてや、あの姿になったフランシスに、一人で行ってくれば、とは言えない。



 こういう時には、エルフの村では地上へ降りずに、生きた蔦の絡まる吊り橋を渡って目的地まで行ける。


 我々は早起きなので、まだ眠っている家もある。


 途中から地元のネリンが先頭になり、静かに歩いて目的の家に着いた。



「あのう、うちの姫様がこちらへお邪魔していないですか?」

 ネリンが代表して、声を掛けた。


「ああ、昨夜から来ているよ。でもまだ眠っているかな?」


 そうして私たちは部屋へ招き入れられて、散らかって酒臭い居間を通り抜けて、奥のドアの前まで来た。


「ちょっと待って」


 対応してくれたハリルという男性エルフが、そっと扉を開けて中を見る。


 私たちは好奇心に負け、開いたその隙間に鈴なりに頭を並べて、中を覗いた。


 並べたベッドをくっつけて、二人のイケメンエルフの間に、幼女の姿が見えた。


 ぐう、なんと破廉恥な。


 あの偽幼女の幸福そうな寝顔を、何とかしてやりたい。



「遅くまで騒いでいたから、もう少し寝かせておいてやろうよ」


「……まあ、仕方がないか」


 案内してくれた人の好いエルフの言葉を拒否できず、私たちは居間へ戻り、かなりの惨状となっている宴の片付けを手伝った。


「こんなことまでさせて、すみません」


「いいえ、うちのバカ姫がご迷惑をおかけしていますので、このくらいはやりますよ」


「いえいえ、ハイエルフの姫様のおかげで、大いに盛り上がりましたよ。とても楽しく、意義のある集まりになりました」


 などと、不思議なことを言う。


 阿呆のフランシスが加わり意義のある集まりなったとは、それは一体なんぞや?


 ちなみにネリン達三人娘から見ると、この家に集まっていたエルフたちは、彼らの両親に近い立派な大人たち、という印象らしい。


 小中学生から見た大学生や若い社会人、のような感じだろうか。



 この家には、ハリルを含めた三人の男性エルフがシェアハウスのような暮らしをしている。


 昨夜は同じ年頃の女性たちも集まった、本当に合コンのようなパーティーだったらしい。


 フランシスは、どんな顔で参加していたのだろうか?

 とても、私にはできそうにない。


 居間の片付けが終わり、私たちも朝食前に飛び出て来たことを思い出した。家主のハリルも同じだろう。


「では、寝ている皆さんの分の朝食も作ってしまいましょうか?」

 大人しいが気の利くリンジーが言い出して、キッチンを借りて全員の朝食を用意することにした。


 リンジーは器用で物覚えも良く、率先して新しい料理を覚えて身に着けている。私たちは手際よく、料理を進めた。


 まだ寝ている人の分も含めて、大量に作る。勿論、エルフ風の朝食では断じてない。


 私は有り余るフルーツやナッツを使い、卵と小麦粉を使ったクレープとタルトの中間のようなものを作ってみた。


 干した果実を使ったタルトのようなお菓子を谷でも食べていたので、真似をしてみたのだ。やはり新鮮な果実と蜂蜜があると、何でもおいしくなる。


 プリスカは堅いパンを炙り、茹でた肉と葉物野菜を挟んでサンドイッチのようなものを作っている。


 リンジーがミルクで味を調えた野菜スープを作り、食卓を囲んだ。


 これは比較的三人娘の口にも合うものだったので、初めて食べるハリルも、驚きながらも喜んで食べてくれた。


 この村では多くの家が畑を作っているので、食材が豊かだ。

 料理の方は比較的単純で地味だが、ロビン家の食卓に比べれば、天と地ほども違う。


 他のエルフの村とは、普段から食べているものもまるで違うのだ。



「それにしても、驚きました。ハイエルフの姫様があんなに人懐こく、可憐な少女だったとは」


「……」


 一同、口の中の物を吹き出さぬよう、下を向いて黙るしかなかった。



 さすがに、いつまでも誤解されたままでは、いけないだろう。


「ねえ、ルアンナ。ここで一度、私を元の姿に戻して」


「はい、わかりました」


 私は椅子を降りて、ハリルの前に立つ。



「よく見ていてください!」

 そして、目の前で私は本物のアリソンに戻る。


「ええっ!?」


「本物のアリソンは、私です。今ベッドで寝ているのは、私の魔法の師匠、フランシスなんです。ごめんなさい」


 そうして、私たちは昨日からの酷い内幕を説明した。



「いや、その。フランシスさんとは一度お会いしていますが、気付きませんでした。ずいぶんユニークなお方ですね」


「ええ、お調子者の間抜けなんです」


「はっはっは。でもお陰で昨夜はとても刺激的な夜になりました。きっとこれがきっかけで、エルフの里が少し変わるかもしれませんよ」


「何を大袈裟なことを言っているんですか。あ、それとも師匠が何かやらかしましたか?」


「いえ、逆です。我々エルフは長命で、欲がないというか、変化を好まないというか。おかげで結婚して子供を産む者が減っています。でも昨日は可愛い子供と触れ合い、みんなが、自分たちも子供が欲しいと強く思ったようです」


「なるほど。あの姿で男性に媚を売りまくったのですね」


「いえいえ、女性にも大人気でしたよ」


「そうなんですか?」


「はい。あの体でお酒を少し飲んで上機嫌になり、その後で優しく介抱されていましたからね」


「ああ、そういうことでしたか」


「たぶんこれから、エルフの里にベビーブームが沸き起こるような気がします」


 私は、聞かなかったことにしたいと、ため息をついて窓の外を見つめた。

 豊かな緑が人の心を落ち着けるというのは、本当だった。


「そうですか。ではご迷惑でなければ、もう少しこのまま寝かせてあげてください。起きたら、ちゃんと家に帰るように言ってくださいね」


 私たちはそのまま、逃げるように自分たちの家へ帰った。



 後編に続く



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