開花その15 エルフの食卓 後編
先ずはエルフの姉ちゃんたちに外の世界の食べ物を披露して、しっかりと餌付けすることが急務と思われた。
そこで同居初日の夜から、フランシスとプリスカが料理の腕を振るった。
正直私たちは、ロビン家にいた三日で、もうエルフ料理には飽き飽きだったのだ。
食材は、エルフ側で用意してくれた。
近くの森で仕留めた山鳥と野ウサギ、それに食用になる様々な植物と甘い果物やナッツ類。
焼いた肉に合わせて、果実を煮詰めたソースを作る。
付け合わせは、ナッツと葉野菜の和え物。
そして彼らが面倒がって適当に煮ているだけのスープに変えて、たっぷりと煮込んだシチュー。
根菜類はイモやニンジンは辛うじて食べるようだが、それ以外は知らぬようだ。
玉ねぎやニンニクも、見かけない。
野生のミニトマトのようなものは途中の森で見つけて食べていたので、この辺りでも探せばあるだろう。
まあ、だが、二人の反応は微妙だった。何しろ生まれてから九十年間、同じような果物と木の実と味の薄い肉をかじっただけで満足していた人種だ。
味覚云々の前に、美味いものを食べたいという欲求自体が、決定的に欠けているのだろう。だが、しかし。
賢者様の残した巾着袋に詰め込まれた異常なまでの量の食糧。それに食材や調理器具など、どれをとっても、エルフが味音痴ではないことを証明している。
賢者様自身も、生前は多くのエルフと交流していたはずだ。
その中で彼一人だけが味の分かる、エルフの異常個体だったとは思えない。同じエルフの仲間と豊かな食卓を囲んだ名残が、この巾着の中身だと信じたい。
一番いいのは村に畑を作り、様々な野菜やハーブを育てることだ。
だが農業経験のない私たちには、そこまでのノウハウがない。
それならエルフの書庫に農業指南書はないのか、作物を育てる生物魔法のようなものはないのか?
いやその前に、そもそも農業を営んでいるエルフの村はないのか?
二人娘も興味がないのか全く知らないので、私たちは里にある村の調査を始めた。
で、その移動方法が、とんでもなかった。
里長の家の近くの地上に、八角形の小屋のような建物が幾つか並んでいる。
扉を開けて中へ入ると、中心にも小さな八角形の部屋があり、その間をぐるりと一周する廊下になっている。
廊下に面した両側の壁には各辺に一つずつ扉があって、それぞれに文字が書かれていた。
それが、このエルフの里の結界の中にある、村の名前らしい。
一つの建物には、外からの入口を除く十五の扉があって、別の村に繋がっている。
これはどこでもドアならぬ、そこだけドアなのだった。
その小屋が三棟もあるので、結界内のエルフ村は三十以上、四十五以内なのだ。岩ばかり登っていた馬鹿な大学生でも、このくらいの計算はできる。
里にある全ての村にはこの手のそこだけドアの小屋が設置されていて、住民は自由に往来しているらしい。確かに、これは便利だ。
私たちは、二人娘の助言を頼りに、その扉を使いながら、里の村々を見学して回った。
で、結論から言うと、ありましたよ。
やはり外の世界から持ち込んだ作物を大事に育てて、調理している村がある。
よくよく聞けば、エルフの里の中にも、そういう場所は幾つかあるらしい。
では、それを見て回り、野菜の育て方を教えて貰える先を見つけよう。
ロビンフッドの功績により、私たちには、エルフは人間を蔑む気難しい種族、というマイナスの印象が残る。
だから、どこの村でもいいから気楽にお願いしてみよう、などという乱暴な発想は生まれない。
やはりその畑の規模や管理するエルフの人柄などを基準に、なるべく軋轢のない形でお願いしたいと思うのだ。
こちらはお邪魔する側で、お返しできるものが少ないからね。
それと同時に、同居するエルフの二人娘は、フランシスとプリスカの修行相手として丁度良いことが分かった。
拮抗する力を持ちながら、全く違う体系で身に着けた魔術や武術である。互いに高めあう相手としては、理想的らしい。
しかも、エルフの弓術は群を抜いている。それを教わる機会など、これを逃せばあり得ない。
更に良いことに、そんなこんなで私自身の修行は、すっかり忘れ去られているのだった。
エルフの二人娘を加えて五人で他の村を回り、畑作りだけでなく、ヤギやアヒルを飼育している本格的な村に教えを乞うことになった。
その村の名は、フリークス。
まあ、変わり者の集団らしい名前だ。
フリークス村の村長ケビンの強い要望もあり、私たち五人はそのフリークス村へ、そっくり引っ越すことになった。
渡りに船というのか、ギブアンドテイクというか、互いに足りない部分を埋め合える関係というのは、無駄なく得るものが多い。
ということで、フリークス村のケビンの娘、ネリンが仲間に加わった。
住居は元々ネリンの母親が住んでいた空き家を、ネリンが一人で改装中だった。そこを父親のケビンが手伝い、魔法で部屋を広げて、六人全員が暮らせるようになった。
今度は全員個室である。女六人の共同生活が、これから始まる。
一緒に暮らしてみるとわかるのだが、エルフというのは実に欲のない人種だ。
その点では、欲と煩悩にまみれた人間世界へ行くために、十分な準備期間が必要とされるのも、頷ける。
一見温厚なプリスカはともかく、元ヤンのフランシスを見ていると、人間というのが実に罪深く、愚かな生き物であることがよくわかる。
「で、村の独身男性も紹介してほしいんだけど。私の手料理をふるまうから、一緒にパーティーをしましょうよ!」
いわゆる、合コンの誘いである。
人類の煩悩と欲望を代表するフランシスは、エルフの男性が気になって仕方がない。
うっかり、私の修行はどうなったのだ? などと余計なことを言いそうになるが、そこはぐっと我慢する。
八十代、九十代の若いエルフ女性はまだまだパートナーを選ぼうという気もなく、おっとりとしている。ちょうど、思春期前の無邪気な人間の子供のようだ。
後のないアラサー女との対比は大きく、恥ずかしくて見ていられない。
けれどフランシスにはエルフと違い、圧倒的に時間がないという切実な事情があるのだ。
見苦しいが、そこは理解してほしい。
いや本当に、理解はするが、見苦しいので勘弁してほしいのだが。
さて、容姿の整ったエルフの男性は二百歳とか三百歳とかなのだろうけれど、下手すればフランシスより年下に見える。
そのギャップは、それなりに彼女の心を傷付けているらしい。
「姫様。私はこの里でただ一人、先に老いて死んでいく定めなのでしょうか?」
「そんなに長くここにいないから、大丈夫よ」
「姫様だって、百年二百年はあっという間なのでしょう?」
「……私だって、早く大きくなりたいの!」
そこで、私はある事を思い出す。
「ねえ、ルアンナ。変化の魔法で大人の姿にしてよ」
「お安い御用です。では、どのような姿になるのかを、心にはっきりと思い浮かべていただきたい」
「いいよ」
私には、日本で暮らしていた自分の、明確なイメージが残っている。
「では、いきます」
一瞬にして、私の視点が上がった。つまり、背が伸びたのだ。
「どうです?」
「姿見が欲しい」
「はい、どうぞ」
瞬時に、楕円形の霧に包まれた鏡が目前に浮かぶ。
そこには、エルフに似た服装の、黒髪の女が映っていた。
これは、私だ。
思わず、涙がこぼれる。だが、姿見からは目を離せない。
「ありがとう、ルアンナ」
「これは、姫様の大切な人の姿ですか?」
「うん。大切な、昔の思い出……」
しかし私は、この姿になったことを、少し後悔している。
「これって、いつまでこの姿でいられるの?」
「ご希望であれば、いつまでも」
「ああ……」
私は混乱して両手で顔を覆い、本気で悩んで、泣いた。だって、あまりにも簡単すぎたのだ。心の準備なんて、できるものか。
「姫様!」
一連のやり取りを見ていたフランシスが、私に駆け寄る。
「この黒髪の美少女は、姫様の
フランシスには、ルアンナとのやり取りは聞こえていない。だが、私が魔法で姿を変えたところを見ていたのだろう。
西欧風の人種が多いこの王国では、私のような東洋人の顔立ちは珍しく、しかも年齢より若く見られがちだ。
「姫様、ふ、フランシスにも変化の魔法をかけてください。お、お願いします。もっと若く、美しく!」
「少し落ち着け、フランシス。ちょっと試してみただけだぞ」
相変わらず煩悩ダダ洩れの言葉に、私は現実へ引き戻された。
「ルアンナ、出来る?」
「へへ、やってみようか?」
「ではフランシス。あなたの望む姿を、心に思い浮かべなさい」
ルアンナに言われたように、私はフランシスに伝える。
「は、はい。わ、若くて美しい姿に……」
そして、フランシスも変化した。
「ん、これは……」
「私だね」
「えっ?」
「ほら、姿見で見てごらん」
「あああ、姫様!」
「冗談じゃない。何であんたが、五歳の私になるのよ!」
「いやそれは……」
本当に極端な奴だ。いくら若くと言っても……限度があるだろう!
「ルアンナ、戻してあげてよ」
「はい。……いや、できませんね」
「あのね、それも面白いけど、ややこしいでしょ」
「いえ、ですから、本人が元の姿を望まぬ限り、簡単に解除できないんです」
「フランシス、早く元の姿を思い浮かべて。じゃないと戻せないの」
「へっ、いやいや、私はこのままでいいのですが……」
「馬鹿なこと言ってないで、いい加減に戻りなさい!」
「嫌です!」
「うう……もうお前には、二度と変化の魔法を使ってやらんからなっ!」
「それなら尚更、ずっとこのままでいいでーす!」
「ならば、勝手にしろっ!」
……というわけで、当分このままの姿で暮らすことになりそうだ。
この村に移住して来たばかりだというのに、どうやって他のみんなに説明しようか?
ああ、面倒くさい。
終
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