開花その15 エルフの食卓 前編



 思えば最初に出会ったあのロビンフッドなどは、実に好戦的で性格のねじ曲がった、嫌な奴だった……


 と過去形にして早く忘れ去りたいのだが、そのロビンが今、私の目の前にいる。


 ロビンの本名はヴィクトワールというのだが、長いので皆ヴィックと呼んでいる。


 私は、心の中では変わらずにロビン(悪役の)と呼ぶ。私の知るロビン・フッドのような、義賊や弱者の味方ではない。闇落ちしたロビン、とでも言おうか。


 その悪役ロビン、ヴィックの家に、私たちはお世話になっていた。


 どうしてよりによって、目つきも口も態度も悪いこんな男の家に泊まることになったのかと言えば、里長のヘルゼにそう言われて、断れなかったからだ。



「こんな嫌味な男の世話になんか、絶対になりたくない!」

 などと本当のことを言う勇気は、我々にはなかった。


 ただ彼の妻はヴィックの分まで愛想の良い美しいエルフで、二人いる子供も成人し独立しているため、今は二人で暮らしている。


 だから、家には空き部屋があった。


 二人合わせてプラマイゼロ。いや奥様のプラスの方が、やや大きいか。


 とはいえ、ここで厄介になるのは、ほんの二、三日だけの予定である。その後は、近隣に若いエルフが暮らす家があるので、そこで共同生活をする予定になっている。


 これから森を出て行こうというエルフが集まり、自立の準備期間として暮らすための家で、人間と異文化交流を図るには、互いに都合がよい。


 エルフも、なかなか姑息な真似をするではないか……


 私は悪役ロビンに対する最悪の第一印象のお陰で、エルフ全体に対して今も肯定的な気持ちが持てないままでいる。


 なんと、私は心の狭い嫌な女だろう。



 で問題は、そのロビン家の食卓が、ちょっとばかり、残念なアレだった。


 新鮮な野草や果実、それに狩ったばかりの獲物と、素材には恵まれている。

 だが、肝心の調理センスは、人間の基準では壊滅的だ。


 機会があれば裏庭へ密かに穴を掘って、エルフの舌はロバの耳~、と叫びたいところである。



 エルフの大多数は、若いころに耳を尖らせる魔法を使わず人間のふりをして、結界の外へ出る。そして近隣の獣人やドワーフの村で経験を積み、やがて人の街へ出て何年か暮らす。


 若いころというのは、おおむね百歳から二百歳くらいの間らしい。


 だが、少なくとも一度外でまともな食事をしたエルフは、里に戻ってからも外の美味しい食事を食べたいとは、思わないのだろうか?


 それとも、本当にエルフの舌はロバの耳なので、外での食事を美味しいと感じる味覚が、根本的に欠如しているのか。



 具体的に言うと、果実はそのまま食べる。これはまあ悪くない。


 肉は焼くのが中心で、味付けは岩塩を加えるだけ。もったいない。


 残った骨や肉でスープを作る。狩った獲物は無駄なく食べる。その心がけは、良い。


 だが煮込み方も時間も適当で、浮いてくるアクを除いたりもしない。臭い消しの香草やスパイスなども、申し訳程度にしか入れない。


 それは雑草のような草が浮き沈みする、ほろ苦い薄味の湯だ。あまり口に入れたくない。


 それに加えて、果実を冷やすとか、肉やスープを熱いうちに食べるとか、そういう意欲もまるでない。


 ただでさえ味気ない食事が、ほぼ常温で食卓に並ぶ。

 最初は驚き、二度目からは、逃げ出したくなる。


 つまり、ほぼ料理と呼べるようなレベルではなく、石器時代の食卓から進歩していないように感じる。


 二十一世紀の人類から見れば理想的な健康食なのかもしれないが、食べ盛りのお子様には、ちょっと厳しい。


 それが、エルフの標準的な生活スタイルらしい。



 それでも、熟れた果実や甘いハチミツなどへの興味はあるので、味覚が未発達で甘いもの好きの子供のようなものかもしれない。(私よりも、もっと極端にひどいです)


 それは先天的なものではなく、単に食の経験が乏しいだけではないのか。


 ルアンナの言うように、私が人間ではなくエルフの仲間ならば、五歳児の私ですらそれなりに味覚は発達している。


 苦い野菜やお茶などはまだ苦手だが、この村のエルフのように、毎日同じような単調な味に満足することはできない。


 つまり、エルフだって味覚を鍛えれば、もっと美味い料理を求めるようになるのだ。……きっと。


 試しに、私が賢者様の巾着から取り出し食べていた焼き菓子を試食させてみれば、ロビンも奥様も美味しいと喜んでいた。


 次に出した干し肉は、硬くて味が濃いせいか、顔をしかめていたが。



 フランシスとプリスカはそれなりに料理もできるので、若手エルフとの共同生活の中では、色々試してみたい。


 私も山に登るときには一応自分で食事の用意をしていたが、手の込んだアウトドア料理とは一線を画すものだ。


 岩登りが主体の登山では、軽量化のため調理済みフリーズドライ食品の袋にお湯を注いで、十分待てば出来上がり、みたいなものばかり食べていた。あとは粉末のスープ類やプロテインバーとかジェル等々……


 さすがにあれを、料理と呼ぶのは気が引ける。


 要するに、私は料理など何もできません。ごめんなさい。


 でも、それは仕方がない。私は貴族令嬢なのだから、これを機会に学べばいいのだ。


 とにかく、何とか美味い飯にありつけないと、この里に長くはいられない。

 ダメならその時は、獣人やドワーフの村を訪ねてみるしかないだろう。



 約束通り、私はエルフの書庫へ案内してもらい、自由に出入りする許可を貰った。


 まあ、厳重なエルフの結界も私には全く効果が無いので、書庫への立入を止める術もない。


 許可を与えるのは当然と言えば当然。既にハイエルフだという怪しい噂が先行していて、私を止めようとするエルフは誰もいない。


 三日間は里を散歩したり書庫で本を漁ったりしていたが、ついに四日目には若いエルフの暮らす家へと移動した。


 世話になったロビンの奥様には、お礼に甘いクッキーをたくさん置いてきた。

 この奥様のお陰で、私のエルフ嫌いはかなり改善された。ありがとうございます。



 人間界で長く暮らしていた賢者様も味覚はしっかりしていたようで、巾着の中には恐ろしいことに野菜だけではなく、肉や卵やミルクなど、やばそうな食材が大量にあることがわかり、戦慄した。


 だって、百五十年以上前の食材なのだ!

 ……って、そりゃクッキーとかも同じだけどさ。


 さすがに旅の間は怖くて、生ものには手を出せなかった。


 最近になって、フランシスに一番ヤバそうなミルクをたっぷり飲ませてみたが、腹を壊すこともなく、今も普通に生きている。


 調味料の類もちゃんと残っていて、基本的な味付けには困らない。


 いや、魔法ってすごい。

 ひょっとすると、フランシスの胃袋がすごいだけなのかもしれないが。



 さて、私たちは若いエルフの女性二人が暮らすツリーハウスへ案内されて、そこへ長逗留することになった。


 ちなみに、若いエルフ二人の平均年齢は、九十歳オーバーとのこと。

 若い方から、リンジー、カーラという。耳の長くない、普通の金髪美少女という感じだ。


 リンジーはやや人見知りで口数も少なく、カーラは気のいいお姉さんタイプだ。


 気の強すぎるプリスカとフランシスを、まともな人格に寄せればこんな感じだろう。


 私の見たところでは、二人ともフランシス並みの魔力を持つ。いや、そう考えると、フランシスも人間レベルでは、化け物級の魔法使いなのだった。



 四つある寝室のうち、二人部屋が二つが空いている。


 最近二人のエルフが旅立ったばかりなのだという。当然、私が一人部屋になる。


 ……と思ったけど、無理だった。


 なんだかんだで揉めた挙句に、一部屋にベッドを無理やり三つ詰め込んで、三人で眠ることなる。まあ、ほんと、仲の良いこと。いや、悪いのか?


 旅の間、ずっとこんな感じだったので、違和感はない。だがまたしても、フランシスの歯ぎしりからは、逃げそびれた。


 そして、共用部分には居間と貧相な台所がある。


 確かにここは思いっきり木造住宅なので、火災が怖い。大々的に火を使う調理は、やや気が引ける。


 土魔法で造ったと思われるシンクと調理台に、魔道具のコンロが一台。湯を沸かす蓋のある深鍋と、深めの中華鍋のようなフライパン。


 水道はない。勝手に水魔法で新鮮な水を出せということか。


 私がやると、家全体が水桶になるか、水桶に空いた穴が地面まで到達することになる。困った。


 これに、木の食器がセットになっている。


 せめてティーポットくらいは欲しいので、巾着から出してプリスカに預ける。

 すぐにお湯を沸かして、ハーブティーを淹れてくれた。


 磁器製のティーカップも人数分揃え、ロビンの奥様に大好評だったクッキーやオレンジパイなどと共に、お近づきのお茶会にした。



 これには、リンジーとカーラは驚き、喜んだ。


 そして、ものすごい勢いでの質問攻めが始まった。ああ、そういうことだったか。


 何しろ、これから外の世界を目指そうという二人娘である。外から来た人間に興味がないわけがない。


 二人の魔力はフランシス並みで、身体能力はプリスカ並み、揃って弓の名手である。

 しかも、近隣のドワーフの村で造られた、特製の魔弓を使う。


 これは、手強い姉ちゃんたちである。



後編に続く



  

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