開花その14 封印されし魔物



 結局、この世界でエルフと出会ったことがある人間を、私は直接知らなかった。


 王国が大陸を平定させて以来、多くのエルフは王国からその姿を消した。


 ドワーフや獣人の一部は今でも深い山奥に定住するが、エルフとの接触は、限られた場所でしか認められていない。


 このエルフの里とその周辺以外の場所で暮らすエルフも存在するようだが、人間社会との接触はあまり知られていない。



 王都の周辺では、まだエルフやドワーフ、それに獣人たちもいくらかは暮らしていると聞く。中には王宮に仕える者もいるらしい。


 しかし多くの国民は、エルフという存在に幻想を抱き、エルフは殺生を好まぬ賢く温厚な菜食主義者だと思っている。


 だけど、考えてみろ。平和主義で菜食主義のエルフが、何故弓の名手なのか。少し考えれば、生き物を殺傷するための技を磨き、その道具を常に携帯しているという答えへ自然と辿り着くだろう。


 もちろん、身を守るために魔物と戦う必要もある。しかし魔力に秀でたエルフが、それだけのために弓を常に携行する理由があるだろうか。


 私の見たところ、この里の強力な結界内部で暮らす限り、エルフを脅かすような魔物と出会うことは少なそうだ。それでも、彼らは弓を持つ。


 例えば競技としての弓の選手であるとか、マイ弓を携えた射的屋の常連客とか?


 要するにエルフは皆、優秀な狩人なのだ。そして、エルフが狩猟を好むのであれば、それは毛皮を取るだけではなく、肉を好んで食べるに決まっている。


 それでは、彼らが菜食主義者だと誤解されるのは、何故か。


 恐らく、本物のエルフを知らぬが故に、人はその美しき姿に憧れ、物語の主人公のように偶像化している。


 エルフはきっと肉食だけでなく、う〇こも、お〇っこもしない清らかな存在として、神格化されているのだ。知らんけど。


 だが私が思うに、そもそもエルフが平和主義者だというのも、疑わしい。

 私たちを里の入口で出迎えたあのロビンフッドの奴は、やけに好戦的だった。



 私は、王都の教会で聞いたことを思い出す。

 ……エルフの里にも教会はあり、密かな交流が続いている、と。


 確かに精霊を祭る教会は、エルフにも人間にも共通する信仰の場所である。私はまだ来たばかりで、この里の教会を見ていないが。


 太陽の精霊アンナは、このエルフの里を千年守護していたという。時間感覚の曖昧な精霊の言うことなので、ウソかホントか怪しいけれど。


「で、アンナは実際に何をしてたの?」

「うーん、暇だから時々ルーナのところへ遊びに行ってたけど……」


「それって、里を守っていないよね」

「うーん、里を守ることなんて、あったかな?」


「で、アンナの後継者はいるの?」

「そもそも森の精霊がいるから、私はいなくてもいいんだわ」


「何じゃそりゃ?」


 精霊の思考回路は、人間には理解できない。

 私も千年経てば、判るようになるのだろうか?



 それはそれとして、里長には伝えておかねばならないことがある。できれば物騒なロビンたちの、いないところで話したい。


 我々三人は里長にお願いして、人払いをしてもらった。


「西の森の入り口に、人間が砦を築いていました。その建物は教会にも似ていて、王国の優秀な結界魔術師が集められていました」


 恐らくこのエルフの里でも、事態を把握していなかったのではないか?


「そうですか。最近川に船着き場を作っていたのを知り、監視を強化しようかと思っていたところです」


 あの場所からここまでは、かなり遠い。里長が船着き場について知っていただけでも驚きだ。


「はい。船着き場だけでなく橋を架け、森に砦を築き何やら企んでいたようです」


「そうですか。こちらでも何か対処しなければいけませんね」


「いえ。それには及びません。この二人が、全てを破壊し尽くしましたので」

 驚く里長に、私たちは最近王国で起きている、古代魔獣の復活事件について説明した。



「彼らは、西の森に封じられている古代魔獣の封印を解き、森の魔物の暴走スタンピードを起こしてエルフの里に被害を及ぼし、森の支配権を手に入れようと目論んでいたのではないかと推測しています」


「ただ、まあ、この里へ来てみれば、連中にこの結界を破れるとは思えませんし、そもそもこの森の深くまで魔物の暴走が到達するとも思えません」


「そうでしょう。人間の教会は、この場所を知りませんから」


 それなら、なぜプリスカは知っていた?



「どういうことです?」


「プリスカさんが以前ここまで来られたのは、恐らく何かの偶然なのでしょう。そして今回は何よりも、アリソン様が同行されていましたから」


「私? プリスカは教会の依頼でここへ道案内をしてくれたのですが」


「ここに教会はありませんよ。もう少し森の入口に近い場所に、結界に守られた飛び地のような村があります。そこの教会を通じて、人間との僅かな交流を続けています」


「では人間は、そこをこの里と勘違いしていると……」

「恐らく、そうでしょう」


「では、教会がそこを攻撃する可能性がありますね」


「そうですね。それでも、村の結界を破ることも、古代魔獣の封印を解くことも、かなり難しいでしょう」


「どうしてですか?」

「そこはこの里を守る前線基地の一つとして、エルフの精鋭たちが暮らしております」


「なるほど」


「それにしても、ありがとうございます。まさか、お二人だけで陰謀を阻止していただいたとは。しかし、そんなことをして大丈夫なのですか?」


「大丈夫、まさか人間に襲われたとは、思ってもいないでしょう」



 道中に行方をくらました時点で、フランシスとプリスカは王国と教会を敵に回したとも言える。だがそこは、主君である私の命に従ったのみである。


 この後何が起きようと、二人は私が守る。


 まあ、今は私がお世話されている側ですけどねぇ。



「我らがうまく偽装しましたので、魔物の襲撃だと思ったでしょうね」

「私も剣を使わず、魔法と素手で戦いましたので」


 夜陰に紛れたフランシスとプリスカの襲撃は、魔物というより悪魔のようだったからなぁ。


「まさか彼らも、川を越えた森へ魔物の討伐隊を送るわけにもいかないでしょう」

 フランシスはそう言うが、里長は立場上鵜吞みにできない。


「そうだといいのですが……」


 私も、不安に思う里長の気持ちがわかる。

「うん、人間は馬鹿だからねえ……」


「あら、姫様はすっかり人間ではなくなったようですね」


「そう言うあんたたちこそ、凶悪な魔物扱いだからね。人間に退治される側だよ」


「「……」」



「ところで、この森にはどんな魔獣が封印されていますか?」

 今までの経緯を考えると、私はそれを知っておく必要がある。


 何しろここまで派手にフラグが立てられたのだ。このまま読者が納得するとは思えない。これが標準的な二十一世紀の女子大生の考え方、というものだ。


 ちなみに、私は文学部英文科に籍を置いていた。その知識は、この異世界ではまるで何の役にも立たない。


 皆さんにも、異世界転生を考慮に入れて進路を選ぶ時代が来たと、忠告しておこう。学校も就職情報サイトも、教えてくれないぞ。



「古代魔獣、と言われる魔物は、西の森に五体が眠っております。それぞれが封印を守る村の結界の中で監視下に置かれ、更にその状態も日々確認しておりますので、間違いはないかと」


 それなら、大丈夫か。


「それ以外に、何かないの?」


 後で一度結界の外へ出て、魔力感知により広範囲の魔力を探ってみよう。

 疲れるので、やりたくないけど。


「フランシスとプリスカ。一度里の外へ出て、広範囲の魔力感知をしてみるから、一緒に来て」


「それなら、エルフの護衛も何名か付けましょう」


 里長はそう言ってくれたが、あの悪党顔のロビンフッドが来ると嫌なので、断った。



 封印された魔物の気配というのは、独特なものである。


 強力な結界により封印されているのだから、本来は反応が微弱過ぎて探知は難しい。特に、エルフの結界の中となれば余計に気配は微かだ。


 だが私が唯一自由に使える魔力探知の能力は、この森へ来て飛躍的に精度を上げた。

 あまり役に立たなかった魔力封じの指輪を外した事も、その理由の一つに違いない。


 だがそれだけに、この状態で生活魔法を使うとどうなるのかが、非常に心配だ。


「大丈夫、姫様にはルアンナがいるから」


 本来、私の魔力の制御をしてくれるという精霊の能力を、私は信じきれない。精霊を、というよりこのいい加減なルーナとアンナを、だけど。


 私たちは来た道を戻り、結界の外へ出た。



「では、お静かに」


 私は大きな樹木を背にして、いつもの集中瞑想のスタイルで、感覚を研ぎ澄ませる。

 感覚を広げると、一つ、二つ、と封印された魔獣の気配を察知する。


 確かに五つ。周囲には、村の結界。これなら簡単に解かれることはなかろう。

 そして森全体へ、意識を広げる。


 北方の山岳地帯とその周辺には、ドワーフの村があるのだろう。いつか行ってみたい。

 獣人の村も、その近隣に多いようだ。


 その山岳地帯に、特別大きな魔力が二つ。封印とは違う、眠っているのか。

 これは何か。


 他の魔獣の封印とは、明らかに違う。その規模が、遥かに大きい。


 これが、ドワーフの守り神たる、ドラゴンなのだろうか。だとすれば、ドラゴンは自らその力を抑え、眠りについているように感じる。


 物語の中の存在だとばかり思っていたドラゴン。それは恐らく、私の生まれた谷の北にある山岳地帯に感じていた気配と、きっと似たものだろう。



 これには、触れない方がよかろう。


 とりあえず、今は大丈夫そうだ。たぶんこれで、フラグは回収したぞ。



 こうして何もなく、平和に終わる日々も必要だ。


「さて、じゃ、里に戻ろうか」


「「……はい」」


「ん? どうしてそんなに物足りなそうな顔をするかなぁ、二人とも。ひょっとして欲求不満か?」


「「まさか」」


「あのね、千年も封印されている魔物が、そんなにひょいひょいと復活されちゃ、たまらんわ!」


「姫様、それを口に出してもよろしいのですか?」


「あっ、ひょっとして新しいフラグを立てちゃった?」



 終



  

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