開花その10 プリスカの実力 前編



 大陸の南海岸は、幾つかの大河の河口付近を除くと、切り立った断崖が続く。海沿いを通る街道は、険しい山道や波に洗われるような難所続きで、逃げ場もない。


 だからこそ、この地域では陸路より海路が発達しているのだが、良港が少ないうえに海は荒れがちで、こちらも常に危険と隣り合わせだ。


 私たちが選んだ旧街道は海岸から離れた内陸の狭い山道を辿り、行きに通った大陸中央の大街道のような賑わいはないが、それなりに通行人がいる。


 古くから開かれた道なので、街道沿いには険しい斜面を切り開いた小さな宿場町が点在し、古くは国境に関所や砦が設けられていた。

 王国が大陸を統一した今ではそれらは既に役目を終えて史跡となり、数少ない観光資源として活用されている。


 馬車も荷車も通れない険しい道筋が多く、人力か水牛による荷運びが流通の主流で、馬やロバの姿は少ない。


 私は旅の荷物とカモフラージュ用の僅かな商品と一緒に、頑強な農耕馬の背に乗せられ、フランシスに引かれている。


 先頭を歩くプリスカは狭い道の安全を確保しつつ、すれ違い事故を防ぐための交通整理などを行っていた。


 幾つかの難所と言われる地点を通過するために、手前の宿場で天候の回復を待つか、急いで通り抜けるのか、そんな判断もプリスカの経験に助けられて、無事に進んでいた。



 峠を越えて小さな盆地へ下れば、それなりの賑わいを見せる町へ出る。西へ進むに従い宿場町の規模が小さくなり、同時に夏が通り過ぎて、早くも秋の気配を感じつつあった。


 そんな町の宿で、不穏な噂を聞いた。


「この先にある峠の周辺では、最近山賊の被害が増えているんです」

「山賊か……」


 この道を行くからには、ある程度のことは覚悟していた。ここまであの古代魔獣レリウムとの戦闘意外は順調な道行きだっただけに、ついに来たかという思いが強い。


「冬を前に稼いでおこうというのか、夏の間はおとなしかった盗賊の動きが最近目立ちます。三日前にも、峠の向こうで旅の商人が丸裸にされたとか」


 街道を西へ進むにつれて、行き交う人の姿もずいぶんと減った。


「うちに泊まる商人や旅人さんも、共同で護衛を雇って一緒に通行するようお勧めしていますが、お客さんたちもいかがですか?」


 宿の親父が、そんなことを言っている。


 いえ、うちには優秀な護衛がおりますので」

 フランシスが即座に答えると、プリスカが仰々しく頷く。


「いや、狭い山道で囲まれたら、一人や二人の護衛じゃ逃げ切れませんよ」

 後ろから、宿泊客の商人らしき男が声を掛けた。


 優秀な護衛などと言ったおかげで、逆に仲間へ引き込もうと思っているのかもしれない。


「まあとにかく今日は疲れたので、明日のことは部屋で休んでから考えますよ」

 フランシスはそう言って、部屋へ引き上げた。



「面倒なことになったわね」

 フランシスは、部屋に入るなり言った。


「みんなと一緒に行けばいいんじゃないの?」

 私は何が困るのか、理解していない。みんなで安全に行動することの、どこが悪いのか。


「他の商人たちと一緒に行くのはいいんだけど、万が一山賊に襲われた場合、プリスカの腕と私の魔法で、確実に人目を引いてしまうわね」


 いやいや、なるほど。


「この辺の山賊や護衛と、あなたたちの剣や魔法の腕とでは、そんなに違うものなの?」


「そうですよ。それに、同行の商人たちの口だけでなく、捕らえた賊の口からも噂が広がる恐れがあります」

 プリスカが、そう追加した。


「万が一姫様が魔法で暴れでもしたら、完全におしまいですよ」

 フランシスは、私を横目で見る。


「それはないわよぉ」

「どの口で、そんなお気楽なことを言うのですか!」


「だって、二人が飛び切り強いんだから、私の出番はないんでしょ?」

「そ、それはそうですが……」


「一番いいのは、誰も出歩かないような悪天候とか深夜の時間とかに、無理して通り過ぎてしまうことでしょうね」


「まさか、夜中に歩くの?」

「いえ、姫様は馬の背中で寝ていてください」


「それなら、嵐の日は嫌だなぁ」

「さて、どうしましょうかねぇ……」


 そうして、話の続きは夕食の後で、ということになる。



「どうですか。明日朝には我々六人とこの宿で紹介された護衛四人とで発つ予定ですが」

 食堂で、先ほどの男にまた声を掛けられた。


 どうやら、ギルドを通さず、宿屋が護衛を紹介しているようだった。


「お嬢様がお疲れのようなので、少しこの町で休もうと思います。せっかくのお誘いですが、私たちに構わず、お先にどうぞ」


 フランシスが無難な断り方をして、その場を収めた。



 プリスカは、山賊などと言っても、この辺りの山に出るのは少人数の追い剥ぎのような半分素人の賊だろうと言う。


「大勢で襲うには獲物が少ないし、うっかり人を殺めたりすれば、領主が討伐に乗り出します。食い詰めた農民や博打で金を失った小悪党が集まって、少し悪さをしている程度でしょう」


「それならば私が一発魔法で脅してやれば、勝手に逃げ出すんじゃない?」

 フランシスは軽く言うが、プリスカは険しい顔を横に振る。


「優秀な魔法使いは、希少です。そんなことをしたら、私たちがここにいると宣伝するようなものでしょう」


「やっぱりだめか……」


「絶対にダメです。魔法の痕跡を消し、一人残さず息の根を止める他なくなります」


「それは物騒な話ねぇ」

 師匠は他人事みたいに言う。


「物騒なのは、山賊よりもプリスカの方だけどねぇ」

 この時、私とフランシスは盗賊という存在に実感が湧かず、まだ甘く見ていた。


「姫様、物騒な奴らは皆殺しにしないと、その後が大変です」

 だが、プリスカだけは本気だった。


「いや、今ここで簡単にいいとは言えないよ~」


 私も先日、初めてこの手で古代魔獣を葬った。この世界にいる限り、こうして人間同士で争う日もあるだろう、とは思っていた。


 自分の身を守るために、他人を殺さねばならぬ時が、いつかは来るのだろう。



 あの商人が出発してから二、三日は様子を見て、襲われたという噂が出ないようなら大した賊ではないということだ。


 もしあの程度の護衛をものともしない戦力を持つ山賊なら、侮れない。


 思いがけない休みになって、私は護衛にプリスカを引き連れ書店を探して小さな町をうろつき、フランシスは少なくなってきた商品の薬を売りに行き、代わりに仕入れられる軽く値の張る品物はないかと、やはり街をうろついていた。


 夕方になって、あの商人たちが賊に襲われたとの一報が入った。早いな。


 一行の命に別状はなかったようだが、弓を持つ賊に囲まれ抵抗できなかったようだ。


 聞いていたよりも、戦力が増強しているようだ。


 ただ、賊は圧倒的な力で脅すが、金目のものさえ置いて逃げれば、怪我人すら出さない。


 それに、襲う場所や日時に規則性がなく、出現する範囲が広い。次にいつどこへ現れるのか、捉えどころがない厄介な賊だった。



「それなら、すぐに同じ場所を襲うことはな居でしょう」

 プリスカが言切る。


「なるほど。逆に賊は、前の現場付近には留まらないということか。きっと、もうどこか別の場所へ移動して、次の獲物を待っている」

 フランシス師匠は、大きく頷いた。


「とりあえず、次の町までは安全かと思うので、先を急ぎましょうか」


 プリスカの助言に従い、宿の者が止めるのも聞かず私たちは翌朝慌てて出立した。



 しかし、その行動は裏目に出た。

 半日歩いてやって来た大きな峠の前で、私たちは足を止める。


 私の魔力感知能力によると、峠の付近に伏兵の気配がある。


 魔法が使える、使えないに関わらず、全ての人間は多かれ少なかれ魔力を持つ。足を止めて集中すれば、ある程度の人数も分かった。


「数十人いるね」


 普通の人間はあの厄介なトゲトゲの水晶を使わないと魔力の感知は不可能らしいが、覚醒以降更に感覚が鋭くなっている今の私には、それができる。


 しかし信じられないことに、とても盗賊とは思えぬ数の人間が、行く手の森に潜んでいるのだった。



「これは、罠だね」


 私の呟きに、プリスカはすぐ気付いたようだ。


「王宮と教会の炙り出しの一つが、これだったのですね」

「たぶん、そうだと思う」


「姫様を見失ったことで、西へ向かう主要な街道に罠を張ったのでしょうか」

「こんな僻地にまで兵を出すとは、国王もなりふり構わないね」


「まあきっと、姫様の安全を確保するため止むを得ず、とか言うんだろうな」


「途中の町に検問を設けるだけでよかったのでは?」

「そんな目立つものには、引っ掛からないでしょ?」


「ああ、そうか。もしかすると、私たちを誘った宿や商人たちもグルだったのかな?」


「この辺の町ごと、教会が手配している可能性もありますね。山賊の情報を流して、足止めしようとしているのかも」


「だとすると、私たちが今朝町を発った情報も、筒抜けか?」

「かもしれない」


 峠の両側の森に展開する兵士たちは、見張りの位置取りからすると、まだ我々の接近には気付いていない感じだ。


 今なら、ピンチをチャンスに変えることができるかもしれない。



 後編に続く




  

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