開花その7 王都 後編



「あれ、これはルーナの魔法だったの?」


 まだ私がルーナと出会う前、谷で魔獣ウーリを倒した魔法と、同じに見える。


「いえ、これは姫様の魔法を少しお借りしただけ」

「私の魔法?」


「姫様は、既に幾つもの魔法をその御身に備えておられます」

「ああ、これとか、果実を冷やした奴とか?」


「他にも、無意識に発動して御身を守った魔法が、お記憶に御座りませぬか?」


 ……まさかと思うが、私が異世界から転生したのも、こっちのアリソンが無意識に使った魔法のせいだったりして?


「それにしても、私の魔法をルーナが使えるとは」

「いいえ、これは姫様の魔法のほんの上辺だけを、真似てみたに過ぎません」


「で、これからどうするの?」

「国王陛下には、我が直談判いたしましょう」


「ルーナがやってくれるんだ。頼むよ」

「アリソン様のためなら、何なりと!」



 そのルーナの力強い一言は、固まっている王様にも聞こえたらしい。


「この声は、何者じゃ!」

「我が名は精霊ルーナ」


「る、ルーナ? ま、まさか、賢者様の伝説に残る、あの月の精霊ルーナ様にございますか?」


「そうじゃ。今は縁あってアリソン様の守護精霊を務めさせていただいておる」

「おおお、守護精霊と……こ、これは大変な失礼を……」


 ひょっとすると、セアブラの教会での騒ぎも、王は知っていたのかもしれない。



「よい。今後二度とアリソン様に手を出すな」


「ははっ、今後決してそのような大それた真似は致しませぬ」


「では、アリソン様がこれより独力で旅を続けられるよう、加護の力を尽くせ」



 すると、王の体だけが動いて、手元の羊皮紙に何やら書きつけると、机上の玉璽を押し、右手の指輪を一つ外して、それと共に差し出した。



「先ほどお伝えした通り、ウッドゲート男爵は子爵へ。アリソン殿は王宮魔術師として、特級魔術師爵の位を差し上げましょう。この書付と指輪があれば、この国の力の及ぶ限り、最大の便宜を図れるように致します」


「よろしい。では我らはこれより修行の旅に出る。間違っても変な詮索をするな」


「よ、よろしければ、いずれアリソン様には王宮へお戻りいただき、賢者様として力をお貸しいただければ幸い……」


「まあ、お主の孫の代を経てもこの国が健在であれば、そんなこともないとは言えぬの……」


「はは。ありがたきお言葉、子々孫々へ伝えましょう。私が精霊様とこうしてお話できたことですら、国中が歓喜に沸き立つような奇跡。どうか、アリソン様、ルーナ様、良き旅を。王国一同でお祈りいたします」


 そう言い終わると、王もまた動きを停止した。


「うむ、世話をかけた。では行くぞ」


 ルーナが格好良く締めたが、これからどうすりゃいいんだ、私たち?



「で、私はこれからどこへ行けばいいの?」


「さて、アリソン様はどこへ行きたいのだ?」


「うーん、ここで賢者様について調べたかったけど……それなら、エルフに会いたいな!」


「なるほど。ではエルフの里へ向かいましょう」



 停止していたフランシスが急に顔を上げ、きょろきょろと周囲を見回している。


「ほら、フランシス。行くわよ」

「姫様、どちらへ行かれると?」


「エルフの里」

「へっ?」


「いいから、ついて来て」



 私は固まっている父上の手を両手で握り、心の中で謝罪して、別れを告げた。故郷にいる家族とも、会えることがあるのだろうか?


 私とフランシスが歩いて王宮を出るまで、門の中は時間が止まったように動くものは一つもなかった。


 そして二人が王都の人混みに紛れると、再び王宮の時間が動き出す。



「あのさ、姉上が攫われたのも、ルーナの仕業でしょ?」

「よくわかりましたね」


「だって、門前から姉上だけいなくなるなんて、ルーナじゃないとできないよ」

「そうでしょうか?」


「どうして、そんなことを?」

「姫様なら、おわかりでしょうに」


「父上と私が谷を出た後、残った連中が悪さをしないように、先手を打っておいたということ?」


「はい」

「ルーナは策士だね」


「この程度は当然」

「そうか、心強いよ」


「ま、これで心置きなく旅立てるというものです」

「じゃ、行こうか……で、どうやって?」



「ところでこの格好、目立つよね」


 王宮の謁見場から直接出て来たのだから、私はミラに褒められたひらひらのドレス姿で、フランシスは魔術師の式典用の正装だ。


「姫様、荷物も旅費も何一つ手元にございませんが……」


 私に手を引かれたフランシスが、人混みの中で泣きそうな声を上げた。


「このような時は、教会へ行くがよろしい」

「なるほど」


「教会にいる精霊の仲間を頼るのが吉」

「おみくじかっ!」


 ルーナとのこの馬鹿な会話はフランシスには聞こえていないので、私が簡単に説明した。



「その後は、魔術師協会へまいりましょう」

 フランシスが提案する。


「ルーナ、どっちが近い?」

「教会なら、そのすぐ先にもう見えておりますぞ」


 ルーナの口調は、謁見仕様のままだった。


「もしかして、緊張してる?」

「まさか……」


 王都の教会へ行き事情を話し、私たちは旅支度をすることにした。


 国王に貰ったお墨付きの威力は、絶大である。


 しかもなんと、エルフの里にも教会があり、密かに教会同士が交流していたのだ。


 目立たぬよう教会の道案内が一人、私の旅に同行することになった。


 彼女は若いが剣と魔法を使う護衛としても優秀な実力を持ち、教会の信用もある人物らしい。



 元は裕福な商家の末娘だが、行商であちこちの町を回るうちに冒険者となり、王都へ流れ着いた。


 今回は私たちのために急遽教会に呼ばれ、護衛と道案内の依頼を受けたらしい。

 名をプリスカという。


 これは、幾らなんでも都合が良すぎる話だ。


 どう考えても、慌てて王宮が差し向けた関係者であろう。


 だが、王室と教会の信用がある人物であるならば、それはそれで構わない。


 表向きには三人の旅となるのだろうが、きっと陰から見守る追跡者が、複数いるのだろう。


「そんな旅は嫌だな」

「大丈夫、地元の精霊が何とかしてくれます」


「ほんとに?」

「ああ、任せてくだされ」


「プリスカはどうするの」

「本人次第じゃろう」


「脅すの?」

「人聞きの悪いことを言わないでいただきたい」


「優しくお願いする?」

「取引、という手もありますぞ」


「プリスカ自身も、教会や王室から手を切りたがっている可能性も捨てられませぬ」

「なるほど、エルフの里まで行けば、あとはどうにでもなるか……」


「そう。王国も手の出しようがなかろう」



 とりあえず私とフランシスは教会の一室を与えられ、そこを拠点に旅支度を始めることになる。そこにプリスカも加わった。


 私に同行するのは、フランシスとプリスカの二人だけ。

 当然専用の馬車や護衛もいない。


 乗り合い馬車の通らぬ険しい道も、多くなるだろう。


 王都から離れたら馬を調達して、私と荷物を乗せる算段のようだ。

 基本的には、徒歩の速度での長い旅となろう。



 そういえば、と気になって王様から直接頂戴した巾着袋を開けてみた。


 中には金貨が一枚だけ入っている。


 取り出してみたが、種も仕掛けもない普通の金貨である。


 チチャ川の橋のお礼らしいので期待していたが、思ったよりセコい報酬に肩を落とす。


「お年玉かよっ!」


 まあ五歳児には、これでも身に余る大金ではある。


 だが、金貨の入っていた巾着からはまだ何か微かな残存魔力のような香りが漂っている。


「気付かれましたか?」

 ルーナが思わせぶりなことを言う。


「アリソン様、巾着袋に魔力を込めてから、手を入れ直してください」


 私は巾着を持つ左手で必死に絞った魔力を加え、右指を巾着の中へ差し込む。

 するとそのままスポッと右手が肘まで中に入ってしまった。


 ん?


 指が固く、冷たいものに当たる。

 それを掴んで引き出すと、かなり重い。


 握った手を開くと、現れたのは数枚の金貨だった。


「これ、魔法のお財布?」

「恐らくあの王は、不敬にもアリソン様を試したのでしょう」


 その後同じように巾着へと手を入れれば、幾らでも金貨が取り出せた。

 それを戻せば、元の軽い袋に戻る。


「これで路銀には困らない。ありがとう、王様」

 私は初めて、この国の王に感謝の気持ちを持った。


「この巾着は、アリソン様の魔力により契約されました。他の者には開けられません」


「へえ、そんなことができるんだ」

「昔からある、契約魔道具ですよ。失くさないように」


 ルーナに言われるまま、私は巾着袋を首からぶら下げた。



「試しに、銅貨一枚を願って手を入れてみてください」

 ルーナの言うままにやってみると、取り出したのは確かに一枚の銅貨である。


「これは便利だね」

 ああ、前世でもこんなお財布が欲しかった……


 私は山に登る資金を作るために、アルバイトに明け暮れた学生時代を遠く思い出して、ため息をついた。



 私は王様からもらった大事な書付と指輪も、巾着の中へ入れてみた。


「うん、大事なものは、みんなここへ入れておこう」



「姫様、次は魔術師協会へぜひ!」

 旅支度を始めると、フランシスがうるさい。


「やっとここで落ち着いたんだから,もういいんじゃないの?」


 だが、フランシスは引かない。きっとそこに、気になる男でもいるのだろう。


 うるさいので、巾着袋へ入れてしまうか……


 そうだな。師匠も、必要な時だけ取り出せれば、もっと便利だ……


「……出すかな?」


「姫様、何かおっしゃいましたか?」

「いや、こっちの話」


「では、急いで魔術師協会へまいりましょう!」

「へいへいっ」



 終



  

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