《三部・オワカレノタメノ葬送曲(レクイエム)・1》
気付くとフラウは教会のベッドで眠っていた。
起き上がるとエルトとミカルが見守ってくれていたのが見えた。
エルトはフラウが自らケリを付けようとしたことを高く評価した。
自らが望み、間違い、多くの人が犠牲になった。それはいけないことだと彼は言った。でも、「それをいけないことだった」と知っているとのは、罪を理解していることだとエルトは言う。反省していることだと言う。
「人は間違い、人は罪を犯す。そして、間違いを反省するのが人。反省しているという彼は立派な人だ。神もあなたを御許しになるだろう。私もあなたを歓迎する」
エルトはそう言って頭を下げた。
「そして、許してほしい。あなたの恋路を邪魔し、あなたに酷い目を合わせてしまった。そんな私を許してくれないか」
フラウはニコリと微笑んで「分かった」といった。
「ミカルは、君の側を離れることなく看病していた。君の気持ちがまだ変わっていないなら、二人で一緒に住むといい」
エルトは少し寂しそうに笑って、
「また美しい笑顔で花を、幸せをこの町に振りまいてくれないか、ミカル」
「はい」
彼女は可憐な白百合のように笑った。
清楚な天使の微笑みだった。
* * *
面白くないのは、遠くで見ていたドーケ。ようやく彼女と結ばれたというのにフラウのココロはいっこうに満足する様子を見せないからだ。そして――
「悪魔がいたぞ!」
「チッ」
この町の人々はドーケこそ、この町に害をなす元凶として敵視し始めた。
エルトはドーケの結界を張り逃げられないようにして、彼を倒そうとしたのであった。彼は毎日町人に見張られ続けていた。
フラウには近づくこともできない。
「くそ」
彼は空を飛ぶが、天にも結界がある。
「このままじゃ終わらないからな」
誰に言うでもなくドーケは喚いた。
* * *
町は次第に息を吹き返した。
役場は再建の予定が立ち、カフェはすぐにでも営業ができるほどに回復し、ミカルの花屋は営業を再開した。他の家々も少しずつではあるが、もとの町に戻そうとしていった。
エルトはクルス派の人間を嬲り殺した牢の管理者を許さず、この町を追放した。
罪は罪だが命までは取らないといい、彼を殺せという町の人の声を宥めた。
ミカルの店は初め小さな花ばかりだったが、すぐに港にも船が入り、彼女の店は賑やかになった。先代のおばあさんは九年前になくなってしまったらしい。フラウはおばあさんの墓前に手を合わせ、自分がフラウを、店を支えると約束した。
自分が店を支える。
それは決意だった。
血のつながらないおばあさんだったが、フラウはその人に誓った。
ミカルのことを一番知っているだろう人だからこそ、誓ったのだ。
自分が店を支えるから、だから、彼女を天に返すと。
それは堅い決意だった。切れることない堅い約束だった。
フラウはもうジェイスのところに通うことはなくなった。
彼には、堅い芯ができていた。
「フラウさんには、ちゃんと御勉強してもらいます」
「は、はい」
「店にある全ての花の名前と、花言葉をセットで。それに三百六十五ある誕生花と、その意味も忘れずに覚えてもらいます」
「そんなに……」
「そうです。愛があれば楽勝ですよね?」
ミカルにニコッと微笑まれると、「はい!」と言うしかないのだった。
花の名前は難しい。舌を噛みそうな複雑な物まである。そして、その花言葉やどういうときに好まれるかも覚えなければならない。
誓いが、折れそうなフラウのココロを支えた。
彼女への愛が、勉強を進ませる。
愛。
彼女への思い。
スキとかではない。彼女をただ思っている。
彼女を天に帰したいという強い思い。
それが愛。
それが誓い。
それが約束。
絶対に彼女を天に帰すという決意が、約束が、フラウを前進させるのだ。
フラウと、ミカルは同じ部屋に寝た。
そして、フラウは聞くのだ。無意識にうなされ、涙を流す声を。
「天使だっただけ、今は人間です」
そういう彼女は、他に悩みなんてないんだろう。
じゃあ、彼女はなんで泣くんだよ。
フラウはその涙をみると、無性に自分の無力さをかみしめる。だから、そっと彼女のそばに座って「大丈夫だよ」と声を掛けるのだった。
涙を流した翌朝、ミカルは元気がない。
彼女は夢に何を見たんだろうと、フラウは考える。
友を救えなかったことだろうか、天から落とされたことだろうか、二度と飛べぬように羽根を焼かれたことだろうか。そんな日はフラウも悲しくなるのだ。
「どうしたんですか?」
彼女は聞いてきた。
少し寂しげで、元気のないような顔。
「君は約束を覚えている?」
「あの約束ですか。覚えています。でも、期待はしていません」
「どうして?」
「私は追放されたんです。だから、戻れません。人として生きろと言われたんですから」
「じゃあ――」
フラウは机をバンと叩いて立ちあがった。
「何で君は泣くんだ。何で夢を見てうなされる。ボクはそれが辛)い」
彼女は何も言わず、驚いていた。
そして、彼女はただ近づいてキスをした。
唇と唇が触れる。
それは悲しい顔をしていた。
「私の為に泣かないでください」と言った。
そして、はじめて自分が泣いているのに気付くのだった。
* * *
「久しぶりに顔を見たな。どうした?」
フラウは町の知恵袋であるジェイスのいるカフェへと向かった。
昔、天使や神の話をしていたのを思い出したのだ。彼ならば知っているかもしれないと思ったから。彼女を、ミカルを天へと帰す方法を。
「ミカルを――」
「帰す方法かね」
「何でそれを」
フフと笑って「見ていればわかる。思いつめているような顔だからな」と言った。
「そうです。彼女には幸せになって欲しいんです」
「自分はいいのか?」
「いいんです。彼女が幸せであること、それがボクの幸せです」
「そうか。そういう決意があるのか。だが――」
それだけは知らないんだ。
そう彼は悲しげに言った。
* * *
「話とはなんだい?」
次にフラウは半天使であるエルトのいる教会へと向かった。完全なる天使ではなくとも、半分だけでも天使の血が流れている彼ならば知っているかもしれないと考えての行動だった。彼はフラウの兄のように接するようになっていた。
「ミカルを天に返したいんです」
「そうか。でも、それでいいのか」
「いいんです。彼女の幸せがボクの幸せです」
彼はニコリと笑って「いい弟を持った」と言った。
「僕だって、ミカルを助けたい。でも、その方法だけは知らないんだ」
「そうですか」
フラウは残念そうに帰った。
* * *
彼は色々と調べた。
この町の歴史書を読んだり、この町が特区であった頃の話も読んだりした。それでも堕天した者が天に返ったなんて話はない。天に行くことができるのは、神に許された者であるとしか書かれていない。
神に許される。
それは難しいだろう。神は今も天界で見守っていて、ミカルを見ているのなら、それでも許してくれないのなら、フラウに何ができよう。
自分の無力さを噛みしめる。
神に許される方法は乗っていた。だが、不可能な方法だった。
・他の人間の為に犠牲になる
・神に認められた人間のタマシイを喰う
一つ目はあまりに危険な行為で、二つ目は彼女が拒否をするだろう。
行き詰った。
寂しそうにフラウは夕暮れの街をトボトボ歩いた。
収穫のない定休日だった。
悔しい。
言いようのない悔しさが、フラウの中を駆け巡った。
「神は救ってはくださらないのか」
と天に嘆く。
空は暗い。
日が沈む西の空は薄ら赤く、東の空は暗い。
この曇天の空を打ち破りたい。そして、その天の長に言いたい。
「嘘は悪いことだ。嘘はいけないことだ。しかし、それだけではない。嘘は人を救うことができるのだ」
そしてこう言う。
「彼女がしたことは悪いことかもしれない。だが、友を救おうとしたことは悪いことではない」
彼女の罪は、プラスマイナスゼロでいいはずだ。
「天よ、助けてくれ」
フラウは叫んだ。
道の真ん中などお構いなしに。
天から声は、帰ってこなかった。
かわりに――
「恥ずかしくないのか?」
聞き覚えのある声。
去れとまで言った悪魔の声が聞こえてきた
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