風邪気味②

「え?俺は我慢強い性格をしているんだ?いやいや。元気と我慢は全然違うから。健康管理に大切なのって我慢強さじゃなくて素直さなの!

分かってる?」

体の不調を感じたらすぐ休む。これ、大事。

「それに、大丈夫って言うなら私におでこを差し出してよ。それで、身の潔白は証明できるんじゃない?」

けど、凌平はまだ私の手を離してくれない。


「嫌だって言うのは逆に怪しいけど?大丈夫、元気とか言ってるけど、ちょっとはしんどいとか思ってるんじゃないの?」

で、熱あるのバレると困るからって…。

違う?怪しいなぁ。

凌平はちらりと目を反らした。

「凌平が見栄っ張りの意地っ張りだって事、16年間一緒に生きてきてよくわかってるんだから。」

今日の凌平はちょっと熱っぽい顔をしている。

瞳もうるうるだ。

けど、凌平はどんなに風邪を引いたって強がる。

それは、凌平が病弱体質だからかもしれない。

自分が体調を崩す事で人に迷惑がかかると思っているのかもしれない。

全然そんな事ないのに。

人間、一つくらい弱点がある方が可愛げがあるし、私は、凌平が体弱い事を何一つ迷惑だと思ってないから。


けど、多分、それを言ったって、凌平は平気なフリをすると思う。だから、最終手段。

「それなら、今から保健室言って体温計もらってこようか?」

体温計で測る方がもっと正確に体温が分かるしさ。

保健室行こうって言うともっと嫌がると思って言わないでおいたのに。

「こっちには、他にも手段、色々あるんだよ?」

分かったら観念して。

私がそう言うと、凌平は、はぁと小さく息を吐き出して、私を制していた手を握る力を緩めた。


「そう。そう。最初からそうしておけばよかったんだよ。」

もう、どうとでもなれ。そんなふうに凌平は目をつむった。

「はいはい。では、失礼しまーす」

私は凌平のおでこに手をあてた。

「んー。やっぱり。ちょっと、熱ある。熱いよ」

手の平からポカポカと熱が伝わってくる。

やっぱり、体調悪いのに無理してたんだ。

「ひどくなる前に帰りなよ」

先生には言っておくからさ。

私が、気を配ってそう言ったのに、凌平は平気だと首を振った。



「平気じゃない。大丈夫じゃない。凌平の大丈夫は、あてにならない」

すぐ本音隠すもん。



「今日、この後の授業?なんでそんな事聞くの?帰りなって..」

凌平は早退したくないみたい。

もう。変なとこで頑固なんだから。


けど、そんなうるうるな瞳で頑張って真剣に訴えてくる凌平。かわいい.....。

はっ!


危うく口に出してしまいそうだった。慌てて感情を飲み込んで、私は5、6時間目の授業を思い出す。

「確か....次、5限目が地理で最後が数学だよ」

数学はメネラウスの定理を使った課題が出てたっけ。


凌平が、『じゃ、いける。椅子に座っておくだけだし、授業出席する。早退はしない。大丈夫』そう言いたげな視線をよこしてくる。

「まぁ、体育とか球技大会とか体を動かす系ではないけど…。座ってるだけって言っても…、風邪引きにはしんどいでしょ?」

今もちょっとしんどそうなのに。

今、無理して、風邪を悪化してほしくないよ。

私が言うのに、今日も凌平は頑固だ。

『期末テストも近いだろ』

「期末テスト?」

来週の期末テスト範囲だから授業受けないといけないんだ。そう言って凌平は席を立ち上がった。


『ゲホッゲホッ』急に体を動かしたからか凌平が大きく咳をする。


「もう。来週の期末テストの範囲が心配なら、私が今日の分のノート見せるし…本格的に風邪引く前に休んだほうがいいよ」

私は咳き込む凌平の背中をさすり、早退するよう促す。

けど、落ち着きを取り戻した凌平は意地悪く笑って言ってきたんだ。


「むっ。馬鹿のノートはいらないとか酷いぃ」

「凌平が私より勉強できるからってバカにしすぎ」

そう。凌平は体こそは弱いけど、勉強は出来る。小学校の頃は私の方がテストの点数が良かったんだけど、高校に入ってから私の一歩前にいつもいる。

「いいもん。今度こそ学年トップの座に君臨するんだから」

「万年2位とか…幼馴染に負けてるっていうのが一番屈辱だもん」




「じゃ、なくて、話をそらさない」

危ない。変な話を振られてムキになるとこだった。

『ちぇ。せっかく、話そらせたと思ったのに』そう凌平が口を尖らせた。

「風邪引きさんは帰った帰った」



はぁ。わぁったよ。今日は帰る。

凌平は溜息をついて地理の教科書を鞄に閉まった。

「よろしい。早く帰って、手洗いうがい、そして、今日は早く寝る事。いい?」





「約束だからね」




■■■■■


はあーぁ。


「地理、この前、席替えして、真朝と席隣になったから、一緒に授業受けたかったのに...けほっ。」

「なんでこんなタイミングで風邪引くかなぁ」

「俺の馬鹿野郎」


『自分の事が自分で管理できるようになったら、俺は彼女を守れる存在になりたい』

だから、高校に入って勉強を頑張って、彼女の前を歩く存在になれた。けど、不運体質、病弱体質は自分の力だけじゃ、どうにもならないかもしれない。

免疫力を高めるために、黒酢を朝起きて飲み始めたのに、なぜか、お腹を壊し、挙句の果てに盲腸でぶっ倒れ。

怪我をしないように、体を鍛えようとランニングをしていたら、通り雨に合い、次の日風邪を引き、それでも無理して次の日のマラソン大会出たら、風邪をこじらせて入院するし。


「俺は昔からアイツに守ってもらってばっかりだ」

「本当は俺がアイツを守りたいのに...けほっ。けほっ。」

「俺がもっと強かったら、アイツに好きって...言えるのにな...」



「ま、こんなとこでウジウジしててもしょうがないか。さっさと帰ろう。」

林凌平は、もう彼女に心配かけまいと、後天的に見につけたポジティブさを前面に出し、学校を後にした。

彼女の言いつけ通り、帰宅してしっかりと手洗いうがい。風邪薬を飲んで、無事2日後には元気を取り戻した。


一度風邪を引くと、次の日まで引きずるのが凌平の体質ポリシー?なのである。

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