02 スマホの使用は放課後までダメなのです

 掃除当番、お疲れ様。土日はしっかり休んで、月曜日からの期末テストに備えるんだよ。


 それで? きみは、廊下で何をしているの? 掃除当番の友達を待っていただけ? ねぇってば。黙ったままだと、千秋先生は困っちゃう。


 きみは、わたしのことを見ていないつもりなんだろうけど、わたしはずっと前から気が付いていたよ。あんまりにも、背中に視線を感じるんだもん。何だか背中がチクチクするから、シャツに虫が入り込んだのかと思ったよ。


 それで、わたしに何の用事があるの?


 うんうん。帰りのホームルームが終わったから、わたしに没収されたものを返してほしい?


 そうだよね……返してほしいよね。

 でもね、きみの態度には、反省の気持ちが込められているの? 本当に反省しているんだったら、しおらしい態度になるはずだよね。きみの態度を見ていると、千秋先生は悲しくなってくるのです。


 私だって、できることなら生徒の持ち物を取り上げたくないのです。貴重品なら、なおさらね。


 さぁ、ここで問題です。きみのスマホが没収されてしまった理由について、三十字以内で答えなさい。


 はい、その通りです。放課後までは、スマホを使うことが禁止されているから。ですよね!

 生徒手帳の内容を、きちんと理解しようとしてくれていますね。すばらしい心がけです。あとは、ルールをしっかり守ってくれたら完璧ですよ。


 では、次の問題です。きみは、どうして授業中にスマホを使ってしまったのですか? 難しい質問ではないはずです。その理由は、今から配る原稿用紙に記入してください。


 ふふふ。驚きすぎですよ。また校則違反をしてしまった罪は重いのです。きっちり反省してください。


 さあさあ。原稿用紙と向き合って、なぜ校則違反をしたのか自問自答しなさい。自然と理由が見つかるはずですよ。


 ち、な、み、に! 反省文が書き終わらないと、帰らせませんからね。スマホも、わたしが預かったままです。だから、真剣に取り組んでくださいな。


 わたしは、今日の学級日誌のコメントを書いておきます。何かあれば呼んでください。すぐに駆けつけましょう。




 言い忘れていましたが、今回の文字数は二百字です。二百字。この前より百字も増えていますから、より具体的に書くことができますね。それでは、反省文を書き始めてください。


 おー。シャーペンが、ものすごい勢いで動いていますね。これなら、すぐに二百字をクリアしそうです。ふぁいと! ふぁ~いとぉっ!




 へっ? ちょっと待ってください。働く先生が可愛いすぎるから、写真を撮りたくなった?

 スマホを使ってしまったことは不可抗力ですって?


 えぇっ? わたしのせいなのですか? それは、お門違いというものでは。ハッ、もしかして.......。


 たいっへん忍びないのですが、きみのスマホを少しだけ見させてもらいますよ。そんなに長々と見るつもりはありません。ほんの少しだけ。ちょぴっと。ちょぴっとでオッケーです。もうっ! 減るものではないのに、いじわるぅ~。


 こうなったら、奥の手を使います!

 ポチッとな。


 ふにゃおぉっ! 待ち受け画面が。待ち受け画面が、わたしですって?


 むむむぅ? 「もうお嫁に行けない」なんて言っているところ恐縮ですが.......わたし以上に恥ずかしがってどういうつもり? これ、八橋を頬張っているときの写真ですよね。おみやげ屋さんの店先で、味見をさせともらったときの。

 受験生なら、北野天満宮の写真を待ち受けに使ったらどうなの? わたしの写真を待ち受けにしても、勝負運も健康運もアップしないよ。

 .......ん? 目の保養にはなる? えへへ、嬉しいな。


 それなら、なおさら写真フォルダが気になってしまいますね。

 ポチッとな。


 わわっ! きみの写真フォルダ、わたししか写っていないじゃないですか! きみはストーカーだったのですか? わたしは、さっきまでストーカーとおしゃべりしていたのですか? 予想の斜め上すぎて、ビックリしちゃいましたよ。しかも、この写真って.......明らかに授業中の光景ではありませんか! 一体いつから盗撮していたの?


 やれやれ。授業中は、わたしではなく板書に集中してくださいよ。だって、千秋先生が.......? 

 もしかして、授業に集中できない理由があるのですか? それなら、何でも聞きますよ。教えてくれたら、すぐに改善できるように努力します!


 えーっと。聞き間違いでしょうか? もう一度教えてもらえませんか?


 わたしが背伸びをして黒板を消そうとしたり、プリント用紙を間違えて大きい紙に印刷したりするところが好き?

 .......やっぱり、聞き間違いではなく本気だったのですね。


 変なところに萌えを感じないでよぅ。わたしは、いたって真面目に取り組んでいるんですよ。それを可愛いだなんて、ひどくありません?


 それに、隠し撮りするなんて最低です。どうしても、わたしの写真がほしいのなら、わたしの許可をとってください。学校の外なら、いくらでも撮影に協力しますよ。


 たかが写真なのに、どうして厳しく叱るのか?

 それはですね。インターネットが発達した、このご時世に理由があります。


 SNSや動画投稿サイトを使えば、たくさんの人に写真や動画を見せることができるでしょう? それは、とても便利なことですよね。


 しかしながら、光があれば影が生まれてしまうもの。一度でも拡散された写真は、投稿した本人が消しても残ってしまいます。そのようなデメリットは、デジタルタトゥーとも呼ばれていますよね。四月に、携帯電話の講習を受けたので、記憶に新しいはずです。


 写真や動画を軽い気持ちで投稿した結果、内定取り消しになることもあるのです。きみも、気を付けてくださいよ。他の人にうっかり画像を送ってしまう可能性は、ゼロではないのですから。


 それに、学校で撮影するのは色々と問題があるんですよ。きみが思っている以上に、大人の世界は厳しいのです。

 もしも大会の出場が取り消されちゃったら、部活の皆にも迷惑がかかるよ。そんなことが、現実になってほしくないよね?

 わたしは嫌です。きみが部活で汗を流す姿を、見てきたから。そして、誰よりも走り込みをしていたことを知っています。だから、スマホの使用を見直してちょうだい。


 うちの学校では、スマホは保護者との連絡手段として許可しています。でも、適切ではない使い方をしていると、持ち込み不可として学校が動いてしまいますよ。自分のためにも、みんなのためにもルールは守りましょうね。返事の声は、ハキハキしていて素敵です。


 では、盗撮した写真は、一刻も早く消してください! 第一に、わたしの写真写りが悪すぎます。


 写真写りは気にしますよ。一番好きな人には、一番可愛い姿を見せたいものでしょう? どうか、スマホのデータだけでなく、きみの記憶からも抹殺してください。ゴミ箱の写真も、完全に消してくれましたか?




 はい、よくできました! 反省文も、書き上がりましたね。さすが、わたしの生徒です。

 今なら、わたしの写真を撮るのを許します。すごい、目がキラキラ輝きましたね。


 じゃあ、お好みのポーズがあったらリクエストしてください。わたしとの写真が撮り放題なんて、滅多にない機会ですよ。


 じゃあ、まずはツーショットから撮りましょう。いきますよー! はい、笑顔! 

 念のため、あと二・三枚は撮りましょう。


 パシャ。パシャ。


 それじゃあ、次はわたしだけの写真ですか? 可愛く撮ってくださいね!


 パシャ。

 パシャ。


 ハートマークを手で作ってほしい? 難易度が急に高くなりましたね。親指と人差し指で作るポーズでは、物足りないのですか? だいぶ照れますが、やってみます。わたしは、約束したことをきちんと守れますから。




 パシャ、パシャ、パシャ。




 ふぅ。もう満足しましたか? それなら安心です。


 わたしは、きみの写真を持っていますよ。もちろん、隠し撮りではありませんよ。四月に撮った、クラス写真があるじゃないですか。

 わたしは宝物にしています。額縁に入れて、職員室の机の上に置いているんです。だから、みんなの笑顔に、いつも癒されています。そう言えば、きみはクラス写真を買っていなかったんですよね。やっぱりほしくなってきましたか? 


 ダメダメ。わたしの宝物はあげませんよ。その代わり、さっきの写真で満足してください。


 だから、放課後になるまで写真を撮るのはやめてね。千秋先生のかっこいい勇姿は、きみの目に深く焼き付けておくんだよ。や・く・そ・く。

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