反省文を書くまで帰っちゃダメなのです~放課後の教室で千秋先生と二人きり~

羽間慧

01 服装検査に引っかかっちゃダメなのです

 きみが日直のときは、黒板がすごく綺麗になるよね。千秋先生、いつも助かっているよ。


 ほんと、ほんと。お世辞じゃないってば。


 考えてみてよ。まっさらな黒板と、チョークの跡が残った黒板を。チョークの書き心地は、全然違うと思うよ。だから、きみの仕事はすごいのです。ふふんと胸を張っても、罰は当たらないと思いますよ。


 そう言えば、学級日誌もすごく丁寧に書いてくれているよね。実はね。わたしは今日の放課後を楽しみにしていたんだ。月に一度、きみの書いた日誌が読めるから。今日は一体、どんなことを書いているんだろうね?


 あ、さすがに今は読まないよ。わたしはともかく、きみが気まずいだろうしね。後で、じっくりと読ませていただきます。ふふっ。照れちゃって、かーわいいっ。


 改めまして、日直の仕事お疲れ様でした。それじゃあ、また明日ね……って言いたいところだけど。まだ帰っちゃダーメ。ダメですよ?


 部活があるから、すぐには帰れない? まぁ、それは置いておいて。

 きみ、千秋先生に弁解しないといけないことがあるんじゃないかな?


 えぇっ? まさか思い出せないの?

 自分の胸に手を当てて、よーく考えてごらんなさい。無実とは言わせないよ。


 なあに? 可愛らしく首をかしげちゃって。そんな目をして、許してもらえると思った?


 しらばっくれても無駄ですよぉ。いつも優しい先生でも、きちんと叱るときは叱りますからね。

 わたしのお説教を、しっかり聞いておいてください。すぅ、はあぁ~。


 よし、気合いを入れました!

 わたしのお説教を聴き逃しちゃ「めっ!」ですからね。それでは、いきますよ。んんっ。


 どうして服装検査の日に限って、眉毛を剃ってくるかなぁ? 千秋先生は、怒っているのです。きみは、ちゃんとできる子なんですから。


 うちの校則が厳しいのは知っているでしょう? 

 ツーブロックはダメ。カーディガンは、黒色または紺色。あるいはベージュ。


 ほかにも、身だしなみについての項目はあったよね。後で、生徒手帳を読み直しておくといいですよ。眉毛についても、詳しく定められているからね。眉毛を細く剃ったり、マスカラを使ったりしてはいけないのです。


 守らないといけないルールが、たくさんあるのは面倒だよね。だけど、うちの校則は基本的に、面接試験に対応しているの。たとえ、きみ達が急に面接する事になったとしても、大丈夫なようにね。日程変更であたふたしないように、学校がルールを定めているんだよ。


 これで、校則の大切さは理解できた? うん、うん。これからは、校則の範囲内で身だしなみを整えていこうね。


 口うるさいって言われても、千秋先生はめげませんよ。

 だって、もうすぐ一学期が終わるんだよ。夏休みを楽しみにしているところ悪いけど、そろそろ受験モードに切り替えてほしいな。今年の夏は、自分の大事な将来のために使お?


 きみが推薦入試を希望するのか、一般入試で受験するのかどうかは分からないけど、一つだけハッキリしていることがあるの。それはね、毎日の積み重ねは、確実に実力に繋がるってこと。

 努力は裏切るよ。でも、努力して無駄になることは一つもない。だから、身だしなみをきちんとすることも、未来の自分を助けるの。


 何だか、よく分からないっていう顔をしているね。どうやって言えば分かりやすいかな。


 よく、内申点がどうのこうのって言うじゃない?

 学校側が大学に出さないといけない書類にさ。生徒が三年間で何をしたのか、しっかり書かないといけないの。その書類に良いところがたくさん書いていないと、印象が悪くなると思わない? 


 たとえば遅刻とか、指導を受けた回数が多いと、信頼できる人とは判断されにくいんだよ。小さな積み重ねだけど、努力できる人とできない人の間で違いは必ず生まれてくる。


 きみは努力できる子だって、千秋先生は信じていますよ。授業中、きみはいつも背筋を伸ばしていますよね。わたしの目をしっかり見つめているので、話を聞いてくれているんだって嬉しくなります。


 そんな風に、千秋先生はきみがどんなに素敵な人か分かっているつもりです。でも、初めて会う人も、わたしと同じように感じてくれるかどうかは分からないの。だから、日頃から身だしなみに注意してほしいのです。凡事徹底という素晴らしい言葉を、聞いたことがあるでしょう?


 もう! わたしの説教をめんどくさく思わないの。それに、先生は鬼畜じゃありません! お節介を焼きすぎなのは認めるよ。そのとおりだもの。否定はしません。


 きみ、いちいち口答えをして、本当に厄介な性格だよね。嫌味を言わないと死ぬ病気でもかかっているの? 二年前はピュアな生徒だったって言うのに。はぁー。


 へっ? 二年前のわたしは、しどろもどろで自信なさげだった? 頼りがいはなかったけど、今よりは優しかった?


 仕方がないよ。二年前のわたしは、新卒だったから。初々しいのは当たり前でしょう? 今の方が怖く見えるのは、それだけ長い時間を過ごしたからだと思うよ。わたしも、きみの良いところと、直してほしいところも、たくさん受け止めてきたし。話が長い? うにゅう.......まだ反省しているように見えませんね。


 決めた。きみには反省文を書かせるよ。ピアスの穴のことは、顧問の先生に報告しないでおくから。ピアスはバレていないと思った? ふふん。千秋先生は何でもお見通しなのです。


 観念して反省文を書きなさい。今なら、百字にまけておくよ。反省文を書くまで、帰っちゃダメなのです。分かりましたか? しっかり返事できて、いい子いい子。


 ほら、原稿用紙ですよ。ありがたく受け取りなさい。

 もしも書き直したくなったら、いつでも呼んでください。原稿用紙はたくさん用意していますから、遠慮せずに。


 じゃあ、きみが反省文を書き終えるまで、ここで待っていますよ。今日の小テストを採点するので、丸つけの音が邪魔になったら教えてちょうだい。なるべく音を出さないように、頑張ります!




 たたたん。しゅ、しゅ、たたたん。


 みんな、よく勉強できていますね。だんだん平均点が上がっていて、千秋先生は誇らしいです。さすが、うちのクラスの生徒ですね。


 手を挙げて、どうかしたのですか? 赤ペンの音がうるさかったですか? 違う?


 分からない漢字があるから教えろ? 言葉遣いは丁寧にしてほしいな。誰かにお願いするときは「教えてください」でしょう? どれどれ、ちょっと待っていてくださいね。すぐに行きます。


 うんうん。部首は合っているね。ちょっとシャーペンを借りるよ。


 カリカリカリ。


 この字の成り立ちを思い出してごらん。正しい文字はこっち。入試問題でも出される漢字だから、しっかり覚えてね。


 ひゃう。耳に息を吹きかけないで。びっくりしたじゃない。

 ……え? チョークの粉が付いていた? そうだったんだぁ。わ、わたしったら、勘違いしちゃったかも。


 もう! 耳が赤いのは気のせいですよ。くすぐったかっただけだもん。ドキドキなんか、していませんよ。きみと一緒にいるだけで、ずっとドキドキしっぱなしなんだから。何を今さら。


 あっ。反省文、かなり書けたみたいですね。文の最後には、丸を書くことをお忘れなきよう!


 別に、きみの話題から逃げた訳ではありません。無駄なやりとりに時間を割くのは、効率が悪いでしょう?


 さぁ、お説教はこのくらいにしておきましょうかね。

 くれぐれも次の服装検査では、引っかからないでください。ピアスの穴が塞がることを祈っています。


 もう帰っていいですよ。教室の窓の戸締り、手伝ってくれる?




 あのね。ぎゅっとされたら、上手く閉まらないんだけど。さっきも、わたしのそばにいたよね? わたしと密着する必要ある?


 にゃあああぁっ 。手のひら、こちょこちょ、しないでよぉっ!


 わたしがくすぐったがりなの、分かってやっているよね! ほかの生徒が来たら、何て言い訳するのですか?


 千秋先生の、すいばりを取っていましたって? 確かに、机のささくれが手に刺さることはあるよ。なかなか一人で抜けないから、安全ピンを使うけど。

 なんだか……それだけで悲鳴を上げるわたしが情けなく思えてくるわ。




 ねぇ。ふと思ったんだけど。きみ、いつまでわたしを抱きしめているつもり? もう夕方だし、汗もいっぱいかいているだろうから、あまりいい匂いはしないよ?

 そりゃあ、硫黄みたいな刺激臭はしないはずだよ。だけど、恥ずかしいよぉ。できれば早く解放してほしいなぁ。


 ふぇ? 苺と桃を混ぜた、甘い匂いだから安心して? 

 そう言われてもね。ちっとも安心できないの。いつ嫌な香りになるか分からないよ? そんなことないから嗅がせてほしい……? えっち。


 うぐぐ、抱きしめている腕の力がもっと強くなったんだけど。こ、この、変態さんめぇー。すぐに離すのです。これは、教師としてのメンツに関わる、由々しき事態です。何としてでも形勢を逆転させなければ。


 こら、そこ。二の腕を揉まないの。そろそろ絵面的にまずいと思うのですが……。


 わたしのシャツが透けてる? 青色が見えているせいで、目のやり場に困る?

 嘘でしょ。だったら、なおさら恥ずかしいよ。もうお嫁に行けない……!


 そういえば、水色のアンダーシャツを着ているから、透けて見えるのは下着じゃないと思うよ。焦って損したぁ。

 それに、わたしが着ているのは、青じゃなくて淡い……あ、危ない危ない。うっかり教えるところだった。


 もう、舌打ちなんてしないの。優しいきみに、舌打ちは似合わないよ。


 え? 部活に行くのやめちゃうの? 顧問の先生に、なるべく早く向かわせるって話しちゃったのに? ちょっとちょっと、サボりは関心しないぞぉ。


 あれだけ部活に早く行きたいって、ぶーぶー文句言っていたじゃない。さっきと態度が全然違いすぎて、びっくりしちゃったよ。反省文を出してくれたから、もう部活に行っていいんだよ?


 まだ千秋先生と一緒にいたい?

 そっか。そうなんだね。……じゃあ、もう少しだけ、一緒にいよっか。


 国語の授業で分からないことがあったら、今のうちに質問に答えるよ。授業のこと以外のことも、なーんでも相談していいからね。早速聞きたいこと? 何だろう。うきうき。


 ち、千秋先生に彼氏がいるかどうかなんて、そんなことは聞いてはいけません! プライバシーの侵害なのです。

 ほっぺを膨らましても、言いませんよ。だって、君たち生徒は、噂をすぐ広めちゃうじゃない。すっごく尾ひれをつけてさ。違う情報が拡散されて、先生は困っているのです。学生時代に告白された回数はゼロですし、手繋ぎ止まりですよ。誰が取っかえ引っ変えなどするものですか! わたしは一途なのに!


 すみません。少し熱くなりすぎました。別の質問にしてもらえませんか?


 もしも恋人にするなら、どんなタイプか?


 うーん。そうですね.......。身だしなみがきちんとした人かな。

 当然でしょう? たとえ小さなことでも、継続できる人はカッコイイもの。


 あらら。「眉毛を生やしてきます」なんて言って、教室を飛び出しちゃった。眉毛は、そんなに早く伸びませんよ。

 ほんと、わたしのことを振り回してばかりなんだから。でも、嫌いにはなれないのよね。本人の目の前では、口が裂けても言ってやんないけど。

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